第2節 時代に合った構造的な地域づくり

■3 対流促進型国土の形成に向けて

 本節では「コンパクト+ネットワーク」の概念や効果、取組事例を紹介してきたが、最後に、「コンパクト+ネットワーク」とヒト、モノ等の流れについて、これまで紹介した分析や事例等を基に概観し、本格的な人口減少社会における国土の基本構想である「対流促進型国土」の形成注50との関係について考察してみる。

 ヒト、モノ等の流れの中でも、イノベーションにより新たな価値の創造をもたらす上で一番重要な資産は「人財」であり、ヒトの流れは特に重要であると考えられる。喫緊の課題である東京一極集中の是正への対応に当たっても、ヒトの流れを変えることが重要である。
第1章第1節では、ヒトの地域間移動の歴史的経緯を見てきたが、戦後以降、より良い所得・雇用環境を求めて三大都市圏、特に東京に流入する傾向が基調となっており(図表1-1-51-1-8参照)、経済的要因が都市と地方間の人口移動の主要因であったと考えられる。一方で、最近では、社会の成熟化に伴いライフスタイルの多様化も進み、都市住民の間で地方での生活を望む「地方回帰」の意識が高まっていると言われており(図表2-1-578参照)、このような動きをとらえて、個性ある魅力の高い地域をつくることが、地方への移住(ヒトの流れ)の促進及び東京一極集中の是正に役立つものと考えられる。
 その際、第2章第1節でも分析したとおり、移住に当たっては自然環境等の田舎らしい魅力のみならず「一定の利便性」を求める層も存在することから、「コンパクト+ネットワーク」の考え方も踏まえ、例えば、歩いて暮らせる範囲内の利便施設(都市機能の集約)、地方都市や大都市圏へのアクセス(道路・鉄道等)を確保することにより、一定の利便性を求める層にとってもより魅力的な地域をつくり、移住の裾野を広げることも重要であると考えられる注51
 また、本章第1節2.(3)及び本節1.(2)でも述べたとおり、コンパクトシティ化を進めることにより、都市機能の集約や公共交通利便性の向上に伴う中心市街地の活性化・省エネルギー化が進み、地域経済循環の改善も期待される。これにより、地域内の雇用の創出にも寄与し、雇用・収入面に高い関心を持つ若い世代の移住にとってもプラスになるものと考えられる。

 次に、「コンパクト+ネットワーク」により、ヒト、モノ等の流れが生じ、地域の活力や魅力の向上につながっていると考えられる(又は期待される)事例について、本節2.で地域特性別に取り上げたものを基に紹介する。

(富山市の中心市街地(コンパクトシティ))
 本節2.でも見たとおり、コンパクトシティ化を進めている富山市では、LRT等の公共交通利便性増進により、高齢者等を中心に利用者が増加している。例えば、旧JR鉄道施設(富山港線)を活用したLRTの導入の結果、高齢者を中心として利用者が増加しており(図表2-2-18参照)、また、市内路線バスにおいて、高齢者を対象とした一律100円の「お出かけ定期券」の導入により、定期利用の高齢者の平均歩数が多くなっている(図表2-2-20参照)。これらの結果として高齢者等の外出が増えれば、まちなかでの人々の交流機会の増加や消費の増加、医療費の削減などの多面的な効果が期待される。

 また、歩いて回ることのできる中心市街地づくりを実現するために、路線の環状線化事業も実施しており、中心市街地で民間投資の活発化や商業施設等の建設も進んでいる。
 このほか、例えば、中心商店街に学生向けの活動拠点「富山まちなか研究室」を設置し、郊外に立地している富山大学の学生をまちなかに呼び込み、学生と商店街・企業・住民等の多様な主体が交流・連携できるような仕組みづくりにも取り組んでいる。

(京都府南丹市美山町の小さな拠点)
 本節2.で小さな拠点の取組事例として紹介した道の駅「美山ふれあい広場」にある商店「ふらっと美山」は、農産物直売所も備えており、住民向けの食料、日用品のみならず、地域の特産品等観光客向けの商品も取り扱っている。自主運営で黒字を達成するなど住民出資による持続的な商店経営をしており、開始時に比べて売上高も伸びている注52。また、商店利用者の多くが町外から来訪しており、リピーターも多いとのことである。
 さらに、道の駅にある乳製品加工施設では、美山牛乳という地域ブランドを活かして乳製品の加工等にも取り組んでいる。
 このように、地域住民の生活拠点としての機能のみならず、町外からの観光客の来訪注53や加工製品の販売等地域外とのヒト、モノ、カネの流れが発生し、地域の活性化に寄与している。

(京都府北部地域(地域間連携による経済・生活圏の形成))
 本節2.でも見たとおり、京都府北部地域(丹後(宮津市、京丹後市、伊根町、与謝野町)、中丹(福知山市、舞鶴市、綾部市))では、7市町による観光、雇用、医療、教育等の分野での連携と協力による役割分担・機能強化と公共交通等のネットワークにより、地域が一つの経済・生活圏を形成し圏域全体の活性化を図ることを目指している。
 例えば、観光分野では、2014年度に「海の京都観光圏」整備計画が観光庁により認定されたところであり、天橋立などの滞在促進地区における来訪者旅行消費額、宿泊数などの数値目標を掲げて取り組んでいるところである注54図表2-2-42参照)。
 京都府北部地域は、本年4月に、当該地域における連携都市圏の形成推進を対外的に宣言したところであり、今後とも、協働・連携して取り組むことにより、圏域全体の活性化を図ることが期待される。

 以上、「コンパクト+ネットワーク」の地域特性別にヒト、モノ等の流れを見てきたが、コンパクトシティと小さな拠点については、「地域内」における流れが多いと考えられる。一方で、「対流」とは、前述のとおり、「多様な個性を持つ様々な地域が相互に連携し生じる地域間のヒト、モノ、カネ、情報等の双方向の活発な動き」とされている。
 この点については、まず、コンパクトな地域づくりを進め、地域内において多様なヒト、モノ、カネ、情報が交われば、地域の個性を磨くことや、新しい価値を創造することも可能になると考えられる注55。さらには、個性ある地域が互いに地域間ネットワークで結ばれれば、地域を越えたヒト、モノ、カネ、情報の流れ、すなわち「対流」が生まれ、新たな価値が生じることも期待される。
 これを、本節1.(2)で分析した経済面に着目して見てみる。図表2-2-52は、1.(2)の地域経済循環に与える影響の関係図(図表2-2-11)を、複数地域での経済に当てはめたものである。「コンパクト+ネットワーク」は、複数地域の経済に当てはめることによって更なる効果をもたらすと考えられ、その際に重要となるのが「対流」の概念である。
 
図表2-2-52 「コンパクト+ネットワーク」が地域間の経済循環に与える影響
図表2-2-52 「コンパクト+ネットワーク」が地域間の経済循環に与える影響

 地域内で完結するのではなく、それぞれの地域が個性を磨き、その地域でしか生み出すことのできないモノやサービスを創造することで、それを消費しようとする人々の「対流」が生まれ、それによって新たなお金の流れも生まれることが期待される。
 都市機能や生活拠点の集約、域内ネットワーク等を通じ地域経済の持続性を高めるとともに、それぞれの地域が新たな価値を生み出し、これまでになかった消費の機会を相互に作り出すことで、経済全体としての拡大が可能になると考えられる。

(まとめ)
 以上で見てきたように、「コンパクト+ネットワーク」により、ヒト、モノ等の流れが促進され、地域における経済の活性化や地域の魅力の向上につながることが期待される。そして、このようなヒト、モノ等の流れが広がり、地域の個性が磨かれ、ネットワークを通じて全国各地でダイナミックに「対流」が生じることになれば、本格的な人口減少社会における我が国の活力の源泉につながることとなる。このように、対流促進型国土の形成に向け、地域構造(ストラクチャー)面での考え方として、「コンパクト+ネットワーク」が重要であると考えられる。
 国土交通省としても、本節2.(1)(まとめ)で記載したように、2014年の「都市再生特別措置法」等の改正や「地域公共交通活性化再生法」の改正及びそれらに基づく各種取組みや、「コンパクトシティ形成支援チーム」における省庁横断的な支援を進めているところであり、今後とも、地方公共団体が「コンパクト+ネットワーク」の形成に向けた地域づくりを一層円滑に進めていけるような環境を整えていくことが重要である。


注50 本格的な人口減少社会における国土の基本構想:多様な個性を持つ様々な地域が相互に連携し生じる地域間のヒト、モノ、カネ、情報等の双方向の活発な動きである「対流」が、全国各地でダイナミックに湧き起こる「対流促進型国土」の形成を図ること(新たな国土形成計画(全国計画)中間とりまとめ(2015年3月国土審議会計画部会)より)
注51 例えば、長野県佐久平市は、浅間山の景観や豊かな自然環境に恵まれ田舎ライフを楽しめる一方で、新幹線で東京まで約70分、高速道路でも約110分の距離にあり、移住後も首都圏と行き来する層にとって人気の高い移住先となっている。
注52 ふらっと美山の年間売上約1.6億円(2005年の商店開始時の約1.6倍)、年間利用者約12万人(いずれも2014年)。
注53 美山町には「かやぶき集落」(国の重要伝統的建造物群保存地区)等の観光拠点もあり、近年、京阪神方面からも多数の観光客が訪れるようになっている。
注54 その他、市や地域をまたがったヒトの流れが見られる分野として、例えば、通勤分野では、市・郡又は地域をまたいだ通勤の割合が比較的増加する傾向にあり(図表2-2-44参照)、また、医療分野においても、丹後地域の地域医療支援病院(北部医療センター)においては、隣の地域からの通院の伸び率が比較的高い傾向にあることが見て取れる(図表2-2-46参照)。
注55 第2章第1節2.(2)のコラム「コワーキングという新たな働き方」でも紹介したとおり、様々な働く人がある場所に集い、コミュニケーションを通じて情報や知恵を共有、協同することにより地域のコミュニティが発生するなど、多様な主体の交流がイノベーションや新たな価値の創造につながるものと考えられる。


テキスト形式のファイルはこちら

前の項目に戻る     次の項目に進む