第1節 ストック効果最大化を目指して

第1節 ストック効果最大化を目指して

■1 ストック効果の発現事例

 第1章第2節で記述したように、インフラ整備の効果には、フロー効果とストック効果があり、フロー効果は、公共投資の事業自体により、生産、雇用、消費等の経済活動が派生的に創出され、短期的に経済全体を拡大させる効果とされている一方、ストック効果は、インフラが社会資本として蓄積され、機能することで継続的に中長期的にわたり得られる効果である。また、ストック効果には、耐震性の向上や水害リスクの低減といった「安全・安心効果」や、生活環境の改善やアメニティの向上といった「生活の質の向上効果」のほか、移動時間の短縮等による「生産性向上効果」といった社会のベースの生産性を高める効果がある(図表2-1-1)。
 
図表2-1-1 社会資本のストック効果
図表2-1-1 社会資本のストック効果

 インフラ整備を進めることで地域経済の発展や生活環境の改善に結びつく。また、整備したインフラを効果的に利用することで、その整備効果はより大きくなると言える。社会資本整備重点計画(2015年9月閣議決定)では、インフラをその主たる目的や機能により、「成長インフラ」、「安全安心インフラ」、「生活インフラ」の3つに分類しているが、ここではそれらが主に企業の経済活動等に影響を与え、生産性向上に資する事例について紹介していく。

(1)成長インフラ
■北関東自動車道
 北関東自動車道(北関東道)は、群馬県高崎市から栃木県南部を経て茨城県ひたちなか市に至る全長150kmの高規格幹線道路であり、2011年3月に全線開通となった。これにより、東京方面へ向かう南北の軸に加え、群馬県、栃木県、茨城県間を結ぶ東西の軸が形成された。全線開通前の2008年から開通後の2013年の栃木県から茨城県向けの物流取引量は48.3%増加しており、東西の交流が活発化している(図表2-1-2)。
 
図表2-1-2 栃木県発の貨物輸送量の変化(2008年度から2013年度)
図表2-1-2 栃木県発の貨物輸送量の変化(2008年度から2013年度)
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 また、IC付近を中心に工業団地の造成や企業・物流倉庫の立地が急速に進んでいる。2014年の企業立地件数は茨城県が全国1位、群馬県が2位、栃木県が3位であり、立地件数の累計値では、全国平均の2倍近い伸びとなっている(図表2-1-3)。立地面積でも、栃木県が1位、茨城県が2位、群馬県が7位と、3県が上位を占めている。
 
図表2-1-3 北関東3県と全国の企業立地件数の推移
図表2-1-3 北関東3県と全国の企業立地件数の推移
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 このような北関東地域の経済活動の活発化には、開通の進む首都圏中央連絡自動車道(圏央道)も大きな影響を与えている。栃木県宇都宮市と成田国際空港を結ぶ高速バスは、圏央道と北関東道を通過するルートに変更され、約30分の時間短縮効果と運賃の値下げ(200円程度)につながった。また、栃木県の観光名所である日光では、圏央道の開通効果がすぐに現れ、2015年の紅葉シーズンに湘南や静岡等広域からの旅行者が増加した。
 北関東道の壬生(みぶ)IC(栃木県)付近では、工作機械のNC(数値制御)装置で世界シェア5割のファナック(株)が、約1,000億円を投資し、新工場を建設中である(2016年開業予定)。北関東道と圏央道の開通により、山梨県富士山麓の本社及び茨城県つくば市にある工場双方へのアクセス性向上が立地を決めた1つの理由になっている。栃木県でも、壬生ICまでのアクセス道路の4車線化等に取組み、効果の拡大に努めている(図表2-1-4)。栃木県に立地した多くの企業が、北関東道と圏央道の開通を立地の決め手に挙げており、北関東道と圏央道、両インフラの整備が相乗効果を発揮している。
 
図表2-1-4 壬生IC周辺とファナック(株)の壬生工場完成予想図
図表2-1-4 壬生IC周辺とファナック(株)の壬生工場完成予想図

 また、北関東道の開通を地域経済活発化のチャンスと捉えたのは地方公共団体だけではない。群馬県の(株)群馬銀行、栃木県の(株)足利銀行、茨城県の(株)常陽銀行の3行は、食と農の展示商談会「アグリフードフェスタ2015in宇都宮」を共同開催し、東西を軸とした企業間の交流を促進している。(株)足利銀行の調査によると地元企業の中でも、時間短縮や商圏の拡大が図れるなど、開通による経済効果を実感している企業は多い(図表2-1-5、図表2-1-6)。
 
図表2-1-5 北関東道全線開通による自社の経営への影響(N=1,116)
図表2-1-5 北関東道全線開通による自社の経営への影響(N=1,116)
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図表2-1-6 北関東道全線開通による具体的なプラスの影響(複数回答、N=443)
図表2-1-6 北関東道全線開通による具体的なプラスの影響(複数回答、N=443)
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 以上のように、北関東自動車道の整備効果は多岐に渡っており、今後も地方公共団体や地域金融機関等によるインフラを利用した地域経済活性化の取組みにより、その整備効果の拡大が期待される。

■北海道新幹線
 2016年3月26日に北海道新幹線(新青森・新函館北斗間)が開業し、東京・函館間が約4時間で移動できることとなった。(株)日本政策投資銀行は、開業による経済効果を年間約136億円(2014年10月発表)と試算しており、観光やビジネスによる直接効果や波及効果が期待される。また、北海道と青森県を結ぶ青函トンネル(1988年3月供用開始)は、将来的に新幹線が通ることを想定し、新幹線規格にて整備されたものであり、今回の北海道新幹線開通により、その整備効果が十分に発揮される。
 
図表2-1-7 青函トンネルを抜ける北海道新幹線
図表2-1-7 青函トンネルを抜ける北海道新幹線

 開業に向けて、函館方面、札幌方面を中心に二次交通の整備が進められた。新駅となる新函館北斗駅から観光の中心である函館駅(在来線)への移動をスムーズにするため、両駅を接続するシャトル便「はこだてライナー」を整備し、札幌方面へ向かう特急は全列車が新函館北斗駅に乗り入れを行うこととなった。また、「道南いさりび鉄道」(五稜郭〜木古内)を開業し、観光列車の導入等を検討している(図表2-1-8)。
 
図表2-1-8 北海道新幹線開業に向けた鉄道ネットワーク
図表2-1-8 北海道新幹線開業に向けた鉄道ネットワーク

 函館と周辺地域内や札幌方面を結ぶアクセス道路の整備では、沿線の景観整備や「道の駅」を設置し、旅行者が周遊しやすい環境を整えている。北海道や経済界等で構成される「北海道新幹線開業戦略推進会議」が実施した「北海道新幹線開業後の2次交通動態調査」(2014年9月)でも、道外客の50%以上がレンタカーやバス等で移動することが分かっており、利用者の動線を意識した整備が進められている。
 また、青森県でも、本州最北端の新幹線駅となる「奥津軽いまべつ駅」が整備された。駅に隣接する道の駅も利用者の移動拠点として拡張・改修され、2015年4月にリニューアルオープンし、改修前は年間利用者が年間2万人程度だったのに対し、改修後は約半年で8万人程度が訪れた。
 こうしたハード面の整備のほか、北海道と東北の交流促進の取組みも活発化している。各旅行会社は、途中下車が可能な鉄道の利点を活かし、北海道新幹線を利用した北海道と東北を周遊するツアーを新しく企画している。また、地元の商工会議所や金融機関の協力により、観光と食を中心とした企業間の交流が進められている。北海道の(株)北洋銀行と青森県の(株)青森銀行は、2014年5月に青函地域の企業に対し成長資金の供給や経営支援を行う官民連携ファンドとして「青函活性化ファンド」を設立し、北海道、青森県両地域の食材を使った新商品の開発等が行われている(図表2-1-9)。
 
図表2-1-9 青函連携企画商品の「函館ロール」
図表2-1-9 青函連携企画商品の「函館ロール」

 北海道新幹線開業には、観光面への経済効果も期待され、官民が一体となり地域の魅力の磨き上げや、国内外への情報発信を進めている。また、北海道と東北が大きな交流圏を形成することで、経済活動の活発化や地域の魅力向上につなげていくことが重要である。札幌延伸について、2030年度末の完成・開業を目指す注36こととされており、新幹線の開業効果が最大限発揮され、北海道全域に波及することが期待される。

■東九州自動車道・中津港・細島港
 東九州自動車道は、福岡県北九州市を起点とし、福岡、大分、宮崎、鹿児島の各県を通過し、鹿児島県鹿児島市に至る全長約436kmの高規格道路である。一部区間を除き供用が開始され、沿線の海、空の交通拠点や北九州市や大分市といった商工業都市等を結び、九州縦貫自動車道、九州横断自動車道とともに九州の一体的なネットワークを形成している。

・大分県中津港
 九州北部では、自動車産業の一大拠点化が進んでおり、その一役を担う大分県中津港では、港湾整備とアクセス道路の整備が進められた。1999年に中津港が重要港湾に指定されて以降、岸壁の整備等による物流拠点化が進められ、2004年より供用が開始された。同時に、中津港と東九州自動車道を結ぶ中津日田道路の整備も進められた(図表2-1-11)。
 
図表2-1-11 中津IC・中津港付近
図表2-1-11 中津IC・中津港付近

 港を中心とした交通インフラの整備が行われたことで、ダイハツ九州(株)が中津港に工場を建設し、2004年には本社を移転、生産も開始した。自動車関連産業の集積も進み、2003年から2014年にかけて、中津港の貨物量は約8倍、旧中津市の世帯数は約1.2倍に増加するなど、大きな経済効果をもたらしている(図表2-1-12)。また、大分県及び中津港の周辺都市は、集積企業への人材供給や定住促進のため、人材育成の支援や子育て支援等生活環境の整備にも取り組んでいる。
 
図表2-1-12 中津港の貨物量と旧中津市の世帯数
図表2-1-12 中津港の貨物量と旧中津市の世帯数

 2015年3月には、東九州自動車道(豊前IC〜宇佐IC)が開通し、中津日田道路(中津港〜東九州自動車道)が直結しており、今後も九州の自動車産業の拠点としてますますの発展が期待される。

・宮崎県細島港及び各主要港
 九州の山間部には膨大な森林資源が存在しており、近年の東アジアの木材需要の増加や円高傾向の是正等により木材価格が上昇し、木材を輸出する新規ビジネスが始まっている。このような背景のもと、細島港をはじめとする九州の港湾では東アジア諸国への木材の輸出が急増し、林業の再生、地域の雇用の維持・創出につながっている。
 宮崎県の細島港では、2014年12月に国内大手製材企業である中国木材(株)が事業拡大のため進出し、国内各地へ製材の移出を開始した。この背景には、木材の供給地に近接した細島港に工場を建設することで物流コストの低減が図られることや工場用地を港内に確保可能であったこと、将来は製品の輸出も可能であること、東九州自動車道等高速道路の整備も進展し、企業が進出する環境が整っていたことが挙げられる。
 中国木材(株)は、宮崎県産の木材を活用して製材、加工、バイオマス発電を一括した事業を展開しており、設備投資の総額は400億円、新規雇用者は300名を見込んでいるほか、林業従事者等の関連産業を含めると地域の雇用に大きな力を発揮している(図表2-1-13、図表2-1-14)。
 
図表2-1-13 宮崎県木材産業における主要インフラと中国木材(株)日向工場
図表2-1-13 宮崎県木材産業における主要インフラと中国木材(株)日向工場

 
図表2-1-14 九州主要港の木材輸出の推移
図表2-1-14 九州主要港の木材輸出の推移
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・九州と四国の広域連携
 観光面では、東九州自動車道の整備により、九州・四国間の交流が活発化している。ツアー会社は宮崎や鹿児島から愛媛県への観光プランを追加し、西日本高速道路(株)はフェリー利用者への大分・宮崎内の高速道路乗り放題プランを企画している(図表2-1-15)。
 
図表2-1-15 西日本高速道路(株)ドライブパス
図表2-1-15 西日本高速道路(株)ドライブパス

 こうした取組みもあり、2015年のゴールデンウィーク期間中の愛媛・大分間のフェリー乗用車利用台数は前年比で約2割増加した(図表2-1-16)。四国側の入り口となる愛媛県の八幡浜港では、2013年4月に道の駅・みなとオアシス「八幡浜みなっと」が開業し、多数の利用者が訪れている。また、八幡浜港から四国内へのアクセス道路となる大洲・八幡浜自動車道の整備や、京阪神に抜ける四国縦貫自動車道等の機能強化が進められることによって、今後、観光や物流面において九州〜四国〜京阪神を結ぶ広域なルート形成も見込まれる。
 
図表2-1-16 大型連休期間中の愛媛〜大分間フェリー3航路の乗用車台数
図表2-1-16 大型連休期間中の愛媛〜大分間フェリー3航路の乗用車台数
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 以上のように、東九州自動車道の整備は、アジアに近いという九州の立地優位性を高め、九州地方の経済活性化や、国内企業の国際競争力の強化に寄与している。また、九州から四国や関西、関東といった国内各地への交通網が整備されることで、観光や物流等において広域的な交流が進むことが期待される。

■仙台塩釜港・大衡IC
 宮城県大衡(おおひら)村付近は、東北自動車道が縦貫し、東北地方最大の仙台塩釜港へ30kmの地の利があり、また宮城県による大衡IC設置により、交通利便性が高まったこと等もあり、自動車メーカーを中心に同地域への企業の投資が行われた。セントラル自動車(株)(現トヨタ自動車東日本(株))は、小型車の国内生産拠点として同地域に立地を決定した注37。併せて仙台塩釜港では、輸送船の大型化に対応した岸壁の整備(水深7.5→9メートル)等を行い、自動車の取扱能力の強化等、効率的な物流を後押ししている(図表2-1-17)。
 
図表2-1-17 仙台塩釜港と大衡IC周辺
図表2-1-17 仙台塩釜港と大衡IC周辺

 こうしたインフラ整備の効果もあり、同地域の自動車の生産量は増加しており、2011年3月に発生した東日本大震災では、仙台塩釜港の早期利用を再開することで、諸企業の生産活動の早期回復を後押しし、2012年には仙台塩釜港の完成自動車移出取扱量は大幅に増加した(図表2-1-18)。
 
図表2-1-18 仙台塩釜港の完成自動車移出取扱量
図表2-1-18 仙台塩釜港の完成自動車移出取扱量
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 現在、トヨタ自動車東日本(株)の本社機能も大衡村に移転され、関連企業も集積することで、多くの雇用増加をもたらすとともに、企業内訓練校も設置され、地域活性化の大きな原動力となっている。

■日本海沿岸東北自動車道・京浜港
 日本海沿岸東北自動車(日沿道)は新潟県、山形県、秋田県、青森県を結ぶ延長約322kmの高規格幹線道路である。1987年に予定路線が告示され、新潟県内では2002年以降順次開通が進められている。こうした道路整備の進展を見越し、1990年に航空機内装品の世界トップメーカーである(株)ジャムコが新潟県村上市で新工場の操業を開始した((株)新潟ジャムコ)。(株)新潟ジャムコでは、山形県や秋田県から部品を調達して組み立てを行い、京浜港へ輸送し、海外の航空機メーカーへ出荷している(図表2-1-19)。順次開通する日沿道を活用して事業を拡大し、ジャムコグループで世界シェアの30%を占めるギャレー(厨房施設)は70%を(株)新潟ジャムコで取り扱っている。ラバトリー(化粧施設)については世界シェアの50%全てを(株)新潟ジャムコで取り扱っている。
 
図表2-1-19 (株)新潟ジャムコの生産拠点と輸送ルート
図表2-1-19 (株)新潟ジャムコの生産拠点と輸送ルート

 好調な業績や、今後の需要の見通しを踏まえ、2013年〜2014年に地元から新たに250名を採用し、地元採用の社員は総計550名となっており、村上市では有効求人倍率が新潟県平均の約2倍の水準になるなど、地域の雇用創出にも貢献している(図表2-1-20)。また、2016年2月には村上市で第二工場の操業を開始した。
 
図表2-1-20 村上市と新潟県の有効求人倍率の推移
図表2-1-20 村上市と新潟県の有効求人倍率の推移
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 現在、未開通区間(ミッシングリンク)となっている朝日まほろばIC(新潟県)〜あつみ温泉IC(山形県)(朝日温海(あつみ)道路)の整備が進められており、同路線の開通により交通利便性が向上し、沿線地域の活性化につながることが期待される(図表2-1-21)。
 
図表2-1-21 整備が進められている朝日温海道路
図表2-1-21 整備が進められている朝日温海道路

 さらに、日沿道開通は防災面の効果も期待される。新潟県・山形県の主要幹線道路である国道7号は、大雨による土砂崩れや越波等の災害、交通事故による通行止めが発生しており、2006年7月の土砂崩れでは42時間全面通行止めとなった。日沿道の整備により代替網が確保されることで、道路ネットワークの寸断が回避され(リダンダンシーの確保)、物資輸送や住民生活等の安全安心につながる。

■徳山下松港
 徳山下松(くだまつ)港(下松第二公共埠頭)は、(株)日立製作所笠戸事業所近傍に位置している(図表2-1-22)が、徳山下松港整備前は、港湾の設備的制約から大型船の接岸が不可能で、同事業所製作の英国向け鉄道車両の海上輸送には使用されていなかった。当時の輸送形態は、同事業所岸壁から艀(はしけ)にて神戸港まで輸送した後、大型船へ積み替えて英国へ輸送するというものだった。
 
図表2-1-22 徳山下松港と笠戸事業所
図表2-1-22 徳山下松港と笠戸事業所

 そこで、徳山下松港において大型船接岸を可能とするため、係船柱(けいせんちゅう)や防舷材(ぼうげんざい)の追加整備を実施した(2015年7月完了)(図表2-1-23)。このことで、同事業所で製作された鉄道車両は、徳山下松港(下松第二公共埠頭)へ約4km陸上搬送された後、大型船へ積み込まれ、(他の輸出品の相積みのため)名古屋・横浜港を経由して英国へ出荷されている。さらに、埠頭用地のアスファルト舗装も実施され、出荷前の鉄道車両の一時保管が可能となり利便性を高めている(図表2-1-24)。
 
図表2-1-23 整備された係船柱(右)(左は既設の係船柱)
図表2-1-23 整備された係船柱(右)(左は既設の係船柱)

 
図表2-1-24 舗装された埠頭用地
図表2-1-24 舗装された埠頭用地

 以上の整備により、英国への輸送日数が53日から45日へ8日間短縮され、輸送コストにして約2割の削減が可能となる見通しである。
 本事例は、民間事業者の意見も反映し、比較的小規模な整備費用でストック効果を発現させた好例と言える。

■東名高速道路 海老名ジャンクション
 東名高速道路から圏央道北側に向かうランプウェイ(外回り方向のランプウェイ)では、平日は朝夕の通勤時間帯に、休日は夕方の時間帯において、東名高速道路から圏央道北側に向かう合流部分で渋滞が発生していた。中日本高速道路(株)は、こうした渋滞緩和にあたり、既存の道路幅員の中で、車線幅や路肩幅を狭めて暫定的に2車線での運用を2015年10月30日より開始している(図表2-1-25)。
 
図表2-1-25 東名高速道路 海老名ジャンクションの整備概要
図表2-1-25 東名高速道路 海老名ジャンクションの整備概要

 対策を実施した外回り方向のランプウェイでは渋滞が解消しており(図表2-1-26)、整備費用を抑えながら、ピンポイントで整備を行うことで、交通ネットワークの整備効果を最大限発揮し、利用者の定時制や安全性確保につながっている。
 
図表2-1-26 整備前と整備後の渋滞状況の変化
図表2-1-26 整備前と整備後の渋滞状況の変化

(2)安全安心インフラ
■首都圏外郭放水路
 埼玉県東部に位置する春日部市は、中川や利根川、江戸川、荒川に囲まれ、市域を多数の河川が流れている。海抜も低く、水のたまりやすい地形であったことから、台風や大雨が発生すると広い地域で冠水が生じていた。
 これらの問題を解決するため、春日部市を東西に横断する国道16号の地下に首都圏外郭放水路が建設され、2006年に完成している(図表2-1-27)。
 
図表2-1-27 首都圏外郭放水路のイメージ図
図表2-1-27 首都圏外郭放水路のイメージ図

 同放水路は、増水した河川の水を取り込み、地下の放水路を通じて江戸川に排出する仕組みとなっており、2002年の部分通水以降、稼働数は2014年度までで累計100回超、年平均で7回以上稼働している(図表2-1-28)。供用に伴い、春日部市を含む中川・綾瀬川流域の水害の発生状況は大きく減少し、浸水戸数は1990年からの10年間には約35,000戸だったが、整備後の2000年からの10年間では5,745戸となった。
 
図表2-1-28 首都圏外郭放水路の稼働状況
図表2-1-28 首都圏外郭放水路の稼働状況
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 また、2015年9月の関東・東北豪雨では、同放水路の通水開始以来最大の流入量を記録した。これにより、1986年8月の洪水と比較すると、雨量は約1.1倍だったのに対し、中川・綾瀬川流域の浸水戸数は16,874戸から1,849戸となり、約9割減少した(図表2-1-29、図表2-1-30)。
 
図表2-1-29 最大24時間降水量の比較(越谷観測所)
図表2-1-29 最大24時間降水量の比較(越谷観測所)
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図表2-1-30 中川・綾瀬川流域の浸水戸数の比較
図表2-1-30 中川・綾瀬川流域の浸水戸数の比較
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 水害リスクが低下したこと等により、春日部市は2003年に国道16号と国道4号が交差する庄和IC付近を産業指定区域に定め、企業誘致を進めた。もともと春日部市は交通利便性の高い地域であったことから、物流倉庫、ショッピングセンター等を運営する29社が進出し、約3,000名超の雇用が創出されている(図表2-1-31)。
 
図表2-1-31 春日部市産業指定区域内の企業の立地状況
図表2-1-31 春日部市産業指定区域内の企業の立地状況
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 また、調圧水槽はその風貌から「地下のパルテノン神殿」と評され、多数の見学者が訪れ、観光地や映画、テレビ番組のロケ地としても人気が出ていることから、国、市、市民団体等による地域振興につながるイベント等も企画されている(図表2-1-32)。
 
図表2-1-32 首都圏外郭放水路の調圧水槽
図表2-1-32 首都圏外郭放水路の調圧水槽

 こうしたハード面の整備とともに、春日部市では、ソフト面の対策にも取り組んでいる。毎年江戸川右岸に位置する周辺地域と、江戸川の氾濫やその他の水害に備え、水防体制の整備や水防工法の実施を行っている。また、2015年12月に、「地震編」、「洪水編」、「総合編」からなる災害ハザードマップを作成しており、地域の防災意識の向上に努めている。
 以上のように、首都圏外郭放水路は水害リスクの低下に大きな効果を発揮することで、地域経済の発展にも寄与している。

■富士山砂防事業
 富士山南西麓にある富士宮市と富士市では、大沢崩れ注38からの土砂流出等による土砂災害が頻発しており、土地利用が困難となっていた。
 1969年より直轄砂防事業が開始され、大沢川遊砂地をはじめ77施設が整備された(図表2-1-33)こと等により、大雨による土砂災害が未然に防止されており、2000年に観測史上最大の約28万m3の土石流が大沢川を流下した際も、砂防施設が土砂を捕捉したほか、直近では2015年4月に発生した土石流が本施設にせき止められ、周辺地域への被害はなかった。
 
図表2-1-33 大沢扇状地周辺図
図表2-1-33 大沢扇状地周辺図

 土砂災害の減少に伴い工場団地の造成が進み、企業立地が促進された。富士宮市富士山西麓における進出企業は、1986年の2社から、現在では40社に迫っている。
 また、観光面では、1989年には50万人程度だった観光客が右肩上がりで増加し、2013年には4倍強の増加となる200万人超となった(図表2-1-34)。もともと同地域は、富士山の眺めも良く、豊かな自然にも恵まれていたことから、整備の進展は観光資源を活かした地域活性化につながっている。
 
図表2-1-34 富士宮市富士山西麓の観光客の推移
図表2-1-34 富士宮市富士山西麓の観光客の推移
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 また、中部地方整備局富士砂防事務所では、静岡県等地方公共団体とも協力し、大沢崩れの見学会の開催や、市民イベント等への出展を行い、地域住民の防災意識の向上と、土砂災害に対する理解を深める取組みを行っている。

(3)生活インフラ
■品川シーズンテラス
 品川シーズンテラスは、2015年5月に品川地区に開業した業務商業施設を中心とする商業施設である。施設が立地する品川地区は、整備済みの東海道新幹線品川駅のほか、リニア中央新幹線の始発駅及び品川‐田町間に設置が決定したJR線新駅等が整備予定であり、今後大きな発展が望まれる地域と言える。
 品川シーズンテラスは、環境に配慮した大型複合ビルであることや強い防災機能(免震機構、非常用発電機の配備、災害時帰宅困難者の受け入れ等)等多数の特筆すべき点を持っている。今回注目したいのは、下水道施設更新に伴ってその上部空間を一体開発した点である。
 一般的には、「都市計画法」上の都市施設(道路、河川、公園、下水道施設等)の敷地内では、建築可能な施設は制限されており、業務商業ビル等は整備できない。今回ビルを建設した場所には、もともと降雨初期の特に汚れた下水を貯留する雨天時貯留池の整備が計画されていたが、「都市計画法」の立体都市計画制度を適用することで、下水道施設上部空間への業務商業ビル(品川シーズンテラス)の建設が可能となり、土地空間の有効活用につながった(図表2-1-35)。
 
図表2-1-35 品川シーズンテラスの整備前と整備後
図表2-1-35 品川シーズンテラスの整備前と整備後

 整備費用の面では、品川シーズンテラスのビル地上部の建設費用は全額民間事業者によって負担されており、下水道施設を運用する東京都の費用負担はない。さらに、民間事業者から東京都へ支払われる土地借地費用は下水道事業の安定的な経営にも寄与する見込みである。
 エネルギー利用面の工夫についても、下水道施設上の施設であることを最大限利用し、下水処理場の処理水からの採熱や、トイレ洗浄水に下水再生水を利用するなどの取組みが実施されている(図表2-1-36)。
 
図表2-1-36 上部ビルと雨天時貯留池の関係
図表2-1-36 上部ビルと雨天時貯留池の関係

■京都丹後鉄道
 京都丹後鉄道は、京都府北部の丹波、丹後地域と兵庫県北東部の但馬地域を走る鉄道であり、長年「北近畿タンゴ鉄道」の名称で親しまれ、地域を結ぶ公共交通として中心的な役割を果たしていた(図表2-1-37)。
 
図表2-1-37 京都丹後鉄道路線図
図表2-1-37 京都丹後鉄道路線図

 しかし、少子高齢化やモータリゼーションの進展、レジャーの多様化、産業の空洞化等により利用者数と運輸収入がともに減少し、2013年の利用者数はピーク時(1993年)の約3分の2になるなど、経営環境が大きく悪化していたことから、沿線地方公共団体の2府県と5市2町注39が中心となり、周辺地域と鉄道が一体となった地域活性化を目指し、鉄道事業の再構築が決定された。
 2015年4月より名称を京都丹後鉄道に変え、北近畿タンゴ鉄道(株)(第三セクター)が鉄道施設を所有したまま、運行事業を民間事業者のWILLER TRAINS(株)が引き継ぐ上下分離方式が導入された(図表2-1-38)。WILLER TRAINS(株)は高速バス事業・旅行業等を営むWILLER ALLIANCE(株)の子会社であり、同グループの経営ノウハウを活かした運営が期待される。
 
図表2-1-38 京都丹後鉄道の上下分離方式
図表2-1-38 京都丹後鉄道の上下分離方式

 WILLER TRAINS(株)の経営方針では、交通網の整備とまちづくりの連携が目標とされている。利便性の高い交通網の整備を目指し、バスや観光船等の運行会社と連携し、乗り継ぎに配慮したダイヤの設定や共通フリーパスを作成するとともに、地方公共団体と協力し、エリアマップや地元の飲食店のクーポン券とセットになった市町民向けの時刻表を配布し、利用促進を図っている。
 また、地域内の交流を活発化するため、日本三景の天橋立において開業イベント「大丹鉄まつり」を2015年5月に開催した。イベント会場には、鉄道を利用して訪れた人も多く、乗車人数は7,128名と、前年同曜日比約200%となるとともに、周辺商店街等へも多くの人が訪れ、経済効果が波及した。
 近年、日本海側の入り口である京都舞鶴港からは多くの外国人観光客が訪れており、沿線地域では「海の京都」観光圏としてインバウンド観光の振興にも力を入れている。京都丹後鉄道でもインバウンド観光の拡大に向け、外国人観光客向けの1日乗車券の発売や、駅看板に外国人の方でも分かるよう駅記号の記載や車内アナウンスの多言語化を行った。今後は観光客の動線を意識した鉄道ダイヤの見直しや、新規の乗車プラン等の企画や情報発信により、更なる地域内外の交流促進が見込まれる。
 本件は、民間事業者が経営に参入し、既存の鉄道事業の再生に取り組んでいる事例であり、今後も地域が一体となり、地域公共交通の安定した運営と、地域の活性化が期待される。
 
図表2-1-39 観光列車「丹後くろまつ号」
図表2-1-39 観光列車「丹後くろまつ号」


注36 「整備新幹線の取扱いについて」(2015年1月14日政府・与党申合せ)によれば、「新函館北−札幌間完成・開業時期を平成47年度から5年前倒しし、平成42年度末の完成・開業を目指す。」とされている。
注37 東北自動車道の東西に新設する同社の工場中央に、ICが位置し、また搬入時の時間調整のため、IC近接にトラックの待機スペースが整備された。
注38 富士山の山体の真西面側にある大沢川の大規模な侵食谷のこと。最大幅500m、深さ150m、頂上の火口直下から標高2,200m付近まで達する。
注39 兵庫県、京都府、兵庫県豊岡市、京都府福知山市・舞鶴市・宮津市・京丹後市・伊根町・与謝野町


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