第1節 ストック効果最大化を目指して

コラム インフラ整備の「波及効果」と海外におけるWider Impactsの把握

 インフラ整備を行うことで多様なストック効果が発生することを、ここまで述べてきました。そうしたストック効果のうち、例えば、交通インフラの整備は、所要時間の短縮といった直接的な効果(交通市場内効果)のほか、生産の拡大や工場の立地といった交通市場の外で起こる波及効果を派生させてもたらします。
 現在、日本で行われている費用便益分析は、こうした波及効果等は、市場が「完全競争」の場合であれば全て相殺され、交通市場における直接的な効果で計測されるという前提の下、直接効果の計測のみを行っています。
 一方、実際には、経済活動が地理的に散らばっているよりは、一定のところに集まっていた方が活動の効率が増すなどの「集積の効果」と呼ばれる効果があることが知られています。交通インフラの整備は、地理的に隔てられた拠点を結ぶことにより、企業間のコミュニケーションや交流をしやくすし、集積の経済を発生させていると言えます
 また、現実経済における市場は、地理的に一定程度隔てられているため、完全な競争は必ずしも働いていないと言えます。例えば、競争の激しい都会の近接したガソリンスタンド同士は、互いに競争的な価格付けを行っているのに対し、競合相手の少ない過疎地域のガソリンスタンドでは高いガソリン価格になっている場合があります。
 こうした、外部的な集積の経済や、地理的な競争の不完全性などが注目され、インフラ整備効果の経済分析の際に、従来の費用便益分析のほかに、「より幅広い効果(Wider (Economic) Impacts)」と呼ばれる効果を分析する取組みが、ここ10年ほどの間で、英国、ニュージーランド、スウェーデン等の各国政府に拡がっています。
 具体的には、英国では、1)集積効果、2)不完全競争市場における生産活動の変化、3)労働市場への影響による税収効果を便益に加えた分析が行われています(図表2-1-43)。
 
図表2-1-43 英国クロスレールの便益・費用(億ポンド)
図表2-1-43 英国クロスレールの便益・費用(億ポンド)

 このWider Impactsの計測をもってしても、安全安心の向上、消費多様性の拡大等、インフラのストック効果の全てが捉えられているわけではありませんが、海外でのこうした取組みを踏まえると、必ずしも既存の費用便益分析の数値のみに頼るのではなく、交通の変化に伴う多様な効果を事前・事後で捕捉していく姿勢が求められていると言えます。


注 例えば、Bernard, Moxnes, Saito (2014)では、九州新幹線の整備による九州地方他の生産ネットワークの変化を分析し、モノを運ばずに旅客のみを輸送するネットワーク整備であっても、企業の売り上げに重要な効果を挙げているとした。


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