■3 海上交通における安全対策
我が国の周辺海域では、毎年2,500隻前後の船舶事故が発生している。ひとたび船舶事故が発生すると、尊い人命や財産が失われるばかりでなく、我が国の経済活動や海洋環境にまで多大な影響を及ぼす可能性があるため、更なる安全対策の推進が必要である。
(1)船舶の安全性の向上及び船舶航行の安全確保
1)船舶の安全性の向上
船舶の安全に関しては、国際海事機関(IMO)を中心に国際的な基準が定められており、IMOにおける議論に積極的に参画するとともに、平成27年12月には、SOLAS条約注1附属書等の改正に伴う機関区域内の脱出設備(出入口及びはしご)に係る要件の変更、甲板上にコンテナを積載する船舶に対する消防設備の新設等、国内法令の整備を実施した。
25年6月の大型コンテナ船折損事故を受けて、日本で検討を行った大型コンテナ船の構造安全対策を27年6月にIMOに提案し、船級の国際統一規則に反映されることが決定した。
また、サブスタンダード船注2の排除のため、ポートステートコントロール(PSC)注3を実施している。
27年7月に北海道苫小牧沖で発生したフェリーの火災事故を受けて、国土交通省では、海上保安庁・運輸安全委員会による調査に並行して、海上運送法に基づく調査を実施した。その結果、消火活動における課題が判明したことから、27年9月に火災・消防に関する専門家からなるフェリー火災対策検討委員会を開催し、28年3月、フェリー事業者による消火活動の備えを強化するための有効な消火手順、消火設備の特性、訓練の方法などをまとめた手引き書を取りまとめて公表した。現在、手引き書を活用して、全国のフェリー事業者に対して指導を進めている。
2)船舶航行の安全確保
STCW条約注4に準拠した「船舶職員及び小型船舶操縦者法」に基づき、船舶職員の資格を定め、人的な面から船舶航行の安全を確保している。平成22年6月に、船員が備えなければならない知識の追加等を内容とした改正STCW条約(マニラ改正)が採択されたことから、国内法を一部改正し、その周知徹底を図っている。また、「水先法」に基づき、水先人の資格を定め、船舶交通の安全を確保している。将来必要となる水先人を安定的に確保するため、交通政策審議会海事分科会での基本政策部会とりまとめ等を踏まえ、近隣の中小規模水先区間の相互支援に必要な免許取得の円滑化等に取り組んでいる。
職務上の故意又は過失によって海難を発生させた海技士、小型船舶操縦士及び水先人に対しては、「海難審判法」に基づく調査、審判を実施しており、27年には347件の裁決を行い、海技士、小型船舶操縦士及び水先人計483名に対する業務停止(1箇月から2箇月)及び戒告の懲戒を行うなど、海難の発生防止に努めている。
図表II-7-4-7 湾内における一元的な海上交通管制の構築

海難防止対策としては、新たにスマートフォン用サイトを構築した沿岸域情報提供システム(MICS)による情報提供、海難防止施策の効果的な連携を図ることを目的とした関係省庁海難防止連絡会議の開催、関係機関等が連携した「全国海難防止強調運動」等を展開している。また、小型船舶の海難防止に向け、関係省庁と連携した海難防止講習会の開催、地域に応じた各種海難防止キャンペーンを実施している。
また、海上保安庁では、津波等の非常災害発生時において、船舶を迅速かつ円滑に安全な海域に避難させるとともに、平時において、混雑を緩和し、安全かつ効率的な船舶の運航を実現するため、東京湾における海上交通センターと各港内交通管制室を統合のうえ、これら業務を一体的に実施する体制を構築しているところである。その運用に併せて、非常災害発生時の海上交通機能の維持等のために所要の制度改正にも取り組んでいる。
加えて、狭水道における船舶の安全性や運航の効率性の向上のため、来島海峡において、潮流観測を行ない、面的なシミュレーションによる潮流情報をインターネットで提供している。
海図については、電子海図情報表示装置(ECDIS)の普及に伴い、重要性の増した電子海図の更なる充実を図っている。また、外国人船員に対する海難防止対策の一環として英語表記のみの海図等を刊行するとともに、航法の複雑な海域について、航法等に関する理解促進のために英語版のルーティングガイドを刊行している。さらに、東日本大震災により被災した主要15港湾の海図については、平成27年10月までに震災後の測量成果により全面改訂を行った。
水路通報・航行警報については、有効な情報を地図上に表示したビジュアル情報をインターネットで提供している。
航路標識については、船舶交通の環境及びニーズに応じた効果的かつ効率的な整備を行っており、27年度に388箇所の改良・改修を実施した。さらに船舶自動識別装置(AIS)を活用し、航海用レーダー画面上にシンボルマークを仮想表示させるバーチャルAIS航路標識の運用を平成27年11月から、明石海峡及び友ヶ島水道において開始した。
さらに、(研)海上技術安全研究所に設置した「海難事故解析センター」において、事故解析に関する高度な専門的分析や重大海難事故発生時の迅速な情報分析・情報発信を行うとともに、再発防止対策の立案等への支援を行っている。
我が国にとって輸入原油の8割が通航する極めて重要な海上輸送路であるマラッカ・シンガポール海峡については、船舶の航行安全確保が重要であり、沿岸国及び利用者による「協力メカニズム」注5の下、航行援助施設基金注6への資金拠出等の協力を行っている。これに加え、平成27年10月からは、我が国と沿岸3国(インドネシア、マレーシア及びシンガポール)が共同で同海峡の水路測量調査を新たに実施しており、我が国としても、海事関係団体からの資金拠出及び専門家派遣による技術協力を行っている。今後も沿岸国との良好な関係を活かし、官民連携して同海峡の航行安全・環境保全対策に積極的に協力していく。
(2)乗船者の安全対策の推進
乗船者の事故における死者・行方不明者のうち約44%は海中転落によるものである。転落後に生還するためには、まず海に浮いていること、また、その上で速やかに救助要請を行うことが必要である。このため、海上保安庁では、ライフジャケットの常時着用、防水パック入り携帯電話等の適切な連絡手段の確保、海上保安庁への緊急通報用電話番号「118番」の有効活用の3つを基本とする自己救命策の普及・啓発に努めている。また、小型船舶(漁船・プレジャーボート等)からの海中転落による乗船者の死亡率は、ライフジャケット非着用者が着用者の約5倍と高く、ライフジャケットの着用が海中転落事故からの生還に大きく寄与している。このため、海上保安庁では、LGL注7の活動に対する支援や海難防止講習会等を通じてライフジャケット着用の周知・啓発に努めている。
(3)救助体制の強化
海上保安庁では、迅速かつ的確な救助を行うため、緊急通報用電話番号「118番」の運用を行っているほか、「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」により、24時間体制で海難情報の受付を行うなど、事故発生情報の早期把握に努めている。また、特殊救難隊、機動救難士、潜水士等の救助技術・能力の向上を図るとともに、救急救命士が実施する救急救命処置の質を保障するメディカルコントロール体制の充実・強化、巡視船艇・航空機の高機能化等、救助・救急体制の充実・強化を図っている。さらに、関係省庁、地方公共団体、民間救助団体等との連携についても充実・強化を図っている。
注1 1974年の海上における人命の安全のための国際条約
注2 国際条約の基準に適合していない船舶
注3 寄港国による外国船舶の監督
注4 1978年の船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約」。海上における人命及び財産の安全を増進すること並びに海洋環境の保護を促進することを目的として、船員の訓練及び資格証明等について定められた国際条約
注5 国連海洋法条約第43条に基づき沿岸国と海峡利用国の協力を世界で初めて具体化したもので、協力フォーラム、プロジェクト調整委員会及び航行援助施設基金委員会の3要素で構成されている。
注6 マラッカ・シンガポール海峡に設置されている灯台等の航行援助施設の代替又は修繕等に要する経費を賄うために創設された基金
注7 ライフジャケット着用を呼びかける漁業者の家族のこと。Life Guard Ladies(女性ライフジャケット着用推進員)の略