第2節 我が国のイノベーションの現状

■2 イノベーションに関する競争環境や国民の意識等の現状

 「日本再興戦略2016」によれば、「今後の生産性革命を主導する最大の鍵は、IoT、ビッグデータ、人工知能、ロボット・センサーの技術的ブレークスルーを活用する「第4次産業革命」である」とされている。このような視点から、我が国のイノベーションに係る強みと弱みを分析する。

(1)世界の中でのイノベーションランキング
 世界経済フォーラム(WEF)の国際競争力レポートにおいて、国際競争力指標(GCI注11)に基づき、各国の生産性の決定要因となる競争力を毎年評価している。日本は、昨年までは4位から5位の間で推移していたが、2016-2017年版では8位に後退した(図表1-2-3)。
 
図表1-2-3 イノベーションランキングの経年推移
図表1-2-3 イノベーションランキングの経年推移

 日本再興戦略2016(中短期行程表)では、KPIとして「2020年までに、世界経済フォーラムの国際競争力ランキングにおいて、日本が3位以内に入る」とされている。

(2)日本のイノベーションの特色(強み)
 我が国は、戦後、欧米諸国の産業にキャッチアップすることを目指し、先行する国々の技術を基礎として、生産効率を高め、洗練された製品を生み出す製造技術、応用技術を発展させ高度成長を遂げた。こうした戦後の発展の歴史もあり、我が国はものづくり分野において競争力を有している。また、IoT、ビッグデータ、AI、ロボット・センサーなど第4次産業革命のキーテクノロジーとなる個々の分野において、我が国は世界最高レベルの技術力等を有していることは、大きな強みと言える。

(ロボット分野)
 産業用ロボットでは、2012年時点において、出荷額は約3,400億円、世界シェアの約5割を占めている注12。さらに、稼働台数(ストックベース)についても、2014年末時点において約30万台、世界シェアの約20%を占めており、世界第1位となっている(図表1-2-4)。
 
図表1-2-4 世界における産業用ロボットの稼働台数とシェア
図表1-2-4 世界における産業用ロボットの稼働台数とシェア

(通信ネットワークインフラ)
 我が国のインターネット・ブロードバンド普及率は世界的に見ても高い位置にあり(図表1-2-5)、伝送容量の大きさや大容量マルチコアファイバー製造・要素技術、100Gbpsデジタル信号処理回路の実用化など光通信技術は世界最高レベルにある注13
 
図表1-2-5 世界トップクラスの通信インフラ
図表1-2-5 世界トップクラスの通信インフラ

(ビッグデータ(リアルデータ)の保有)
 我が国におけるICカードの普及率は58.7%と広がっており、電子マネーの種別は交通系(JR)が最多で利用者の半数以上を占めることから、個別のICカードによって蓄積されたビッグデータ(リアルデータ)数は相当数になると考えられる(図表1-2-6)。
 
図表1-2-6 電子マネー普及率と交通系電子マネーの広がり
図表1-2-6 電子マネー普及率と交通系電子マネーの広がり
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(スーパーコンピュータ)
 ビッグデータの解析には、スーパーコンピュータが威力を発揮する。我が国のスーパーコンピュータ「京(けい)」は、大規模かつ複雑なデータ解析を行う性能で世界1位注14を獲得するなど、世界最高水準の計算性能を有している。

(3)日本のイノベーションの特色(弱み)
 我が国は、第4次産業革命のキーテクノロジーとなる個々の分野においては高い技術力等を有しているが、それらの技術を活用して、新たなビジネスモデルをいち早く構築し世界展開していくといった点において、米国等の主要先進国と比較して遅れを取っている面もある。その要因を人材、企業の特性といった点から考察する。

(人材)
 ICTの進展を背景に、データを元にした産業のサービス化や米国等の主要先進国でのプラットフォーマー注15の台頭などの動きがあり、データ解析に必要な処理技術、データ可視化、データ解析法等に習熟する人材(データサイエンティスト)のニーズが、今後、世界的に高まると予想されているが、このような人材は不足している。統計学や機械学習に関する高等訓練の経験を有し、データ分析に係る才能を有する大学卒業生の数は、日本は3,400人(図表1-2-7左図、2008年単年)。また、データ分析の才能を有する人材は2004年から2008年までの5年間、各国が増加傾向である一方、日本は減少傾向にある(図表1-2-7右図)。
 
図表1-2-7 データ分析スキルを有する人材の育成と推移
図表1-2-7 データ分析スキルを有する人材の育成と推移

 我が国からイノベーションが創出される可能性を最大限高めるためには、女性や外国人といった多様な人材の活躍を促進するとともに、分野、組織、セクター、国境等の壁を越えて人材が流動し、グローバルな環境の下での知の融合や研究成果の社会実装を進めていく必要がある。
 我が国のセクター間の研究者移動数を見てみると、移動数の割合は低く、特に、大学から企業への移動、大学から公的研究機関等への移動が少ない(図表1-2-8)。また、国境を越える人材の移動を見てみると、諸外国と比較してその割合は低く、国内にとどまる者の割合が多い(図表1-2-9)。
 
図表1-2-8 我が国の研究人材の流動化の状況(2013年度)
図表1-2-8 我が国の研究人材の流動化の状況(2013年度)

 
図表1-2-9 各国の科学論文著者の国際的な移動者状況の内訳(2013年)
図表1-2-9 各国の科学論文著者の国際的な移動者状況の内訳(2013年)

(企業)
■自前主義に陥っている研究開発投資
 我が国における企業の研究開発は盛んに行われているが、自前主義からの脱却が遅れており、必ずしも研究開発投資が事業化・企業収益に繋げられておらず、事業構想から、研究開発、市場獲得・開拓までを通じたイノベーション・システムの構築が必要である(図表1-2-10)。
 
図表1-2-10 自前主義に陥っている研究開発投資
図表1-2-10 自前主義に陥っている研究開発投資

■短期主義
 国際競争激化により、全世界的に、企業は研究開発費の多くを短期的研究に振り向ける傾向がある。我が国においても、民間企業の研究開発投資の傾向として、商品化まで3〜5年を超えるような中長期の研究開発投資に対する意識は低いおそれがある。国が中長期的な研究を支援する必要が高まっている(図表1-2-11)。
 
図表1-2-11 短期主義
図表1-2-11 短期主義

(中小・ベンチャー企業の創出)
 自らリスクをとって新しい価値の創出に挑む企業の意欲を更に喚起し、多様な挑戦が連鎖的に起こる環境を整備することが重要である。ベンチャー・キャピタルの投資対象は、日本よりも海外向けが顕著に増加傾向にあり(図表1-2-12)、また、我が国におけるベンチャー企業の起業数は伸びず(図表1-2-13)、中小・ベンチャー企業によるイノベーションの創出が起きにくい状況にある。
 
図表1-2-12 日本のVC等による年間投資の推移
図表1-2-12 日本のVC等による年間投資の推移
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図表1-2-13 大学等発のベンチャーの設立数の推移
図表1-2-13 大学等発のベンチャーの設立数の推移
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(イノベーションに対する意識)
 今後、イノベーションを推進し社会実装を実現していくためには、イノベーションに係る活動を社会に深化させ、多様な関係者が密に連携していくことが求められる。そこで、イノベーションに対する大学、公的研究機関、民間企業等の意識を概観する。
 まず、国のイノベーション政策についての意識を見てみる。産学官の研究者や有識者への調査によると、「国は、科学技術やイノベーション及びそのための政策の内容や、それらがもたらす効果と限界等についての説明を充分に行っているか」、「国は科学技術イノベーション政策の企画立案、推進に際して、国民の幅広い参画を得るための取組を、充分に行っているか」という設問に対して「不十分との強い認識」が優位となる調査結果になっている(図表1-2-14)。
 
図表1-2-14 社会と科学技術イノベーション政策に係る意識
図表1-2-14 社会と科学技術イノベーション政策に係る意識

 次に、研究者と国民との対話の状況を見てみる。研究者による科学コミュニケーション活動注16の実態や意識の調査によると、科学コミュニケーション活動における障壁として、「時間的余裕がない」、「活動に必要な事務的な作業が多い」、「業績として評価されない」等を挙げる研究者が多くなっている(図表1-2-15)。
 
図表1-2-15 科学コミュニケーション活動を行う上での障壁
図表1-2-15 科学コミュニケーション活動を行う上での障壁
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 最後に、企業側の意識を見てみる。今まで見てきた通り、世界的にIoT、ビッグデータ、AIの活用が注目されている。我が国企業におけるIoT、ビッグデータ、AIの活用状況は、どの業種においても「活用している」及び「活用を検討している」という回答は合わせて、おおむね20〜30%と低調である(図表1-2-16)。
 
図表1-2-16 IoT/ビッグデータの活用状況
図表1-2-16 IoT/ビッグデータの活用状況

 さらに、我が国の企業における情報システムへの投資の重要性に対する認識も、「極めて重要」と回答した企業は、米国では全体の75.3%に及ぶ一方で、我が国では15.7%となっており、米国に比べて低い状況である(図表1-2-17)。
 
図表1-2-17 情報システム投資の重要性
図表1-2-17 情報システム投資の重要性
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注11 Global Competitive Index
注12 日本経済再生本部「ロボット新戦略」(2015年2月)第1部第1章第1節第1項 ロボット大国としての日本
注13 情報通信審議会「新たな情報通信戦略の在り方 中間答申」(2015年7月28日)
注14 理化学研究所(理研)及び富士通(株)によると「スーパーコンピュータ「京」による測定結果で、産業利用など実際のアプリケーションで用いられる共役勾配法の処理速度の国際的なランキングHPCGにおいて、世界第1位を獲得。」(2016年11月16日)。また、九州大学と東京工業大学、理研、スペインのバルセロナ・スーパーコンピューティング・センター、富士通(株)による国際共同研究グループによると「ビッグデータ処理(大規模グラフ解析)に関するスーパーコンピュータの国際的な性能ランキングであるGraph500において、スーパーコンピュータ「京」による解析結果で、2016年6月に続き4期連続(通算5期)で第1位を獲得。」(2016年11月18日)。
注15 文部科学省「平成28年版科学技術白書」によると、これまで把握・対応しきれなかった顧客ニーズの実現を目指して、他の事業領域に進出し、新たな事業領域の組合わせによる事業展開を行う動きや、それに伴い、既存の産業間の垣根の低下が進展し、顧客ニーズを起点とした新たな市場・産業群へと再編性される可能性があり、このような産業構造の変革を起こす者とされている。
注16 研究者(専門家)と研究者以外の人々が、科学技術やその社会的課題についての情報や意見を双方向的にやり取りし、より大きな社会の問題として共有していくことを目指す活動を指す。したがって、学術分野としては理農工医歯薬学に限らず人文・社会科学も含み、活動形態としては、アウトリーチから政策への参与等までを広く含む。


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