第3節 日本人の感性(美意識)の変化

■2 平成の日本人の感性(美意識)

(1)平成の日本人の感性(美意識)の特徴
 内閣府の「国民生活に関する世論調査」では、これからの生き方として、「まだまだ物質的な面で生活を豊かにすることに重きをおきたい」(以下「物の豊かさ」という。)、「物質的にある程度豊かになったので、これからは心の豊かさやゆとりのある生活をすることに重きをおきたい」(以下「心の豊かさ」という。)の、いずれの考え方に近いかを尋ねている。この調査の結果を見ると、1970年代後半に、「物の豊かさ」と「心の豊かさ」は均衡し、以後、平成において、一貫して「心の豊かさ」を重視した生き方を望む人が多いことが見受けられる(図表I-1-3-6)。
 
図表I-1-3-6 「豊かさ」に関する意識の推移
図表I-1-3-6 「豊かさ」に関する意識の推移
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 次に、内閣府の「社会意識に関する世論調査」では、「日本の国や国民について、誇りに思うことはどんなことか」を尋ねている。
 直近の同調査において選択された上位6項目について、平成の推移を見ると、本節1.(1)日本人が昔から持つ感性(美意識)で取り上げた、「義理がたさ」「伝統・文化」「自然」に関係する項目はおおむね上昇傾向にあることがわかる(図表I-1-3-7)。
 
図表I-1-3-7 「日本の誇り」の推移
図表I-1-3-7 「日本の誇り」の推移
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 また、統計数理研究所の「日本人の国民性調査」では、自分の周りの人は、他人の役に立とうとしていると思うか、それとも自分のことだけに気を配っていると思うかということを尋ねている。
 その結果、「他人の役に立とうとしている」(以下「利他的な人」という。)と回答した割合は、1983年に24%であったのに対して、2013年には45%になっており、上昇傾向にある(図表I-1-3-8)。一方で、「自分のことだけに気を配っている」(以下「利己的な人」という。)と思う人の割合は1983年に62%であったのに対して、2013年には42%まで減少し、2013年の調査では、調査開始以来、初めて「利他的な人」が「利己的な人」を上回る結果となった。平成の度重なる自然災害や不況を経て、他者を思いやり、周りの人々との関係を大切にするなどの「義理がたさ」や「和」を重視する人が増えてきていると考えられる。
 
図表I-1-3-8 他人との関わり方の変化
図表I-1-3-8 他人との関わり方の変化
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 前述の国土交通省の国民意識調査では、今後の社会のあり方において、日本人が昔から持つ「義理がたさ」「伝統・文化」「和」「自然」のような感性(美意識)を重視すべきという回答が、8割程度を占めており、現代の日本人が、昔から持つ感性(美意識)を大切にしようとしていることがうかがえる(図表I-1-3-9)。
 
図表I-1-3-9 今後重視されるべき感性(美意識)
図表I-1-3-9 今後重視されるべき感性(美意識)
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 これらの結果から、平成の人々は、日本人が昔から持つ感性(美意識)等を日本人の誇りとして意識するようになってきており、今後、更に生活の中にそれらの感性(美意識)が取り込まれていくことを望んでいるのではないかと推察される。

(2)日本人の感性(美意識)の現れ
 (1)で記したように、平成の人々には、昔からある感性(美意識)等を大切にしようとする変化が生まれており、それらは、様々な形で私たちの生活の中に現れてきている。ここでは、その現れとして、いくつかの事例を紹介する。

(ボランティア活動の広がり)
 1995年の阪神・淡路大震災の際、復旧・復興の活動に参加したボランティアの数は約137.7万人とこれまでにない記録となり、同年は「ボランティア元年」とも呼ばれた。さらに、2011年の東日本大震災では、災害ボランティアセンターを経由せず活動する人を含めると、約550万人もの人々がボランティア活動に参加したと推計され(図表I-1-3-10)、多くの民間企業が「ボランティア休暇制度」を導入するきっかけにもなったとされる。ボランティア休暇制度の導入の有無についての企業向けアンケート調査では、2010年度では回答企業の20%であったが、2011年度には急増し、回答企業の約50%を超え、以降、現在に至るまでほぼ同じ水準となっている注19。社会全体において、ボランティア活動を支える体制が整ってきているとも言える。
 
図表I-1-3-10 主な災害とボランティア活動の参加人数
図表I-1-3-10 主な災害とボランティア活動の参加人数

 個人ボランティアの人数については、平成の約30年の間に、おおよそ10倍に増加しており(図表I-1-3-11)、その活動の内容は、災害ボランティアに限らず多岐にわたっている。総務省の「平成28年社会生活基本調査」によると、数あるボランティア活動のうち、「まちづくりのための活動」、「子供を対象とした活動」、「安全な生活のための活動」の割合が高く、周りとのつながりや、他者への思いやりが大切であるという意識等からボランティアに参加する人が多いことがうかがえる(図表I-1-3-12)。
 
図表I-1-3-11 個人ボランティア人数の推移
図表I-1-3-11 個人ボランティア人数の推移
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図表I-1-3-12 「ボランティア活動」の種類別行動者率
図表I-1-3-12 「ボランティア活動」の種類別行動者率
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(消費スタイル)
 野村総合研究所「生活者1万人アンケート」調査によると、2000年から2018年の間の「消費スタイル」について、購入する際に安さよりも利便性を重視するという「利便性消費」の割合が大きくなっている。一方で、割合の増加が特に大きいものは、自分にとって付加価値が感じられることについて、価格にこだわらないという「プレミアム消費」であることがわかる(図表I-1-3-13)。人によって「付加価値」と感じることは異なるため、「プレミアム消費」には、個々の感性(美意識)が反映されると考えられる。
 
図表I-1-3-13 消費スタイルの変化
図表I-1-3-13 消費スタイルの変化
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 このような中、環境への負荷軽減や、開発途上国支援などにつながることを目指して、商品やサービスを選択的に消費する「倫理的消費」が日本を含め、世界的に広がりはじめている。これは、単なる消費のみならず、社会に貢献できることを「付加価値」として考える人が増加している結果であると推察される。例えば、「倫理的消費」の一つであるフェアトレード注20について見ると、「国際フェアトレード機構」が定めた基準を満たす製品は、全世界において、3万種類以上に及び、2017年の推定市場規模は1兆円を超える。日本における同市場の規模は、約120億円でまだ小さいものの、年々拡大している(図表I-1-3-14)。
 
図表I-1-3-14 日本における国際フェアトレード認証製品の推定市場規模の推移
図表I-1-3-14 日本における国際フェアトレード認証製品の推定市場規模の推移
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(盆栽の広がり)
 「盆栽」は中国の唐の時代に日本に伝来した「盆景」が日本独自の文化として発展し、江戸時代には庶民にも広がっていった。しかし、管理・育成に手間や時間がかかること等から、次第に時間の余裕がある高齢者層中心の文化となっていき、国内の愛好家は減少している。
 一方、海外では、「盆栽」は日本の伝統文化を感じられるとともに、芸術性も高いなどの理由から、「ガーデニング文化」が根付いているヨーロッパの人々の間でブームとなり、「BONSAI」という言葉まで生まれた。最近では、その動きは中国を始めとするアジアにも広がっている。
 現在、国内では、変化した生活環境にも適応し、身近に愛でることができる「ミニ盆栽」等がインテリアとして広まり、「盆栽」の良さが改めて認識される兆しがある。また、海外の「BONSAI」ブームが、日本人に日本の伝統文化を見直させるきっかけの一つになったとも考えられる。

(仏教美術への関心)
 NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査によると、「『日本の古い寺や民家を見ると親しみを感じる』と思う」との回答は約9割を占め、日本人の伝統的な寺等への関心は総じて高い(図表I-1-3-15)。
 
図表I-1-3-15 伝統的な寺等への関心(「日本の古い寺や民家を見ると親しみを感じる」と思うか)
図表I-1-3-15 伝統的な寺等への関心(「日本の古い寺や民家を見ると親しみを感じる」と思うか)
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 また、日本人は古来より、仏像を信仰の対象としてだけでなく芸術作品として愛でてきたが、2009年の「国宝 阿修羅展」(東京国立博物館)を契機として、幅広い層に仏像への関心が広がり、その後も仏教関連の展示イベントは安定した人気を集めている。仏像の楽しみ方は、学びながら鑑賞するものから、誘い合って趣味として鑑賞するものまで、多様に広がっている。

(食文化の見直し)
 2013年12月、「和食;日本人の伝統的な食文化」は、ユネスコ無形文化遺産に登録された。栄養面だけでなく、自然の美しさや季節のうつろい等を表現する「和食」は、既に世界において広く認知されており、観光庁の「訪日外国人消費動向調査」においても、訪日外国人の和食への関心が高いことがうかがえる(図表I-1-3-16)。
 
図表I-1-3-16 外国人が訪日前に最も期待していたこと
図表I-1-3-16 外国人が訪日前に最も期待していたこと
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 日本と同様に、食文化がユネスコ無形文化遺産に登録されているフランスでは、子供のうちから食育を行うことにより、フランスの食文化を守っていこうとする取組みが根付いている。日本においても、伝統的な和食について、調理技術の継承だけでなく、歴史的な背景等も踏まえ、文化として体系化することを目指す動きが、研究・教育機関や民間企業が連携すること等により進められている。
 一方、伝統的なものから、手軽なものに形を変えて、現在の日本人の生活に根付いている和食も存在する。例えば、手軽な和食として販売数を伸ばしたのが、コンビニエンスストアのおにぎりである。日本人の米離れが進む中で、1978年以降、おにぎりは、コンビニの主力商品となり、いまや販売個数は年間推計60億個に達し注21、日本人に欠かせないファーストフードとなっている。
 また、おにぎりと同様、その手軽さから平成の大ヒット商品となったのが「お茶飲料」である。1985年に缶入りの緑茶が発売されて以降、「外で買って飲む」お茶の人気商品が次々と生まれ、緑茶飲料の市場規模は1999年の1,619億円から、2017年には4,400億円に拡大している注22

(花のある風景)
 古来より、日本人は梅や桜の花等の鑑賞を愛好してきた。近年は、栃木県足利市の「あしかがフラワーパーク」の藤、茨城県ひたちなか市の「国営ひたち海浜公園」のネモフィラ等、様々な花の咲き乱れる風景が「絶景」として話題となっている(図表I-1-3-17)。「あしかがフラワーパーク」については、その藤の花の美しさから、2014年には米国CNNに「世界の夢の旅行先10か所」として紹介されたこともきっかけとなり、国内でも大きな注目を集めるようになった。
 
図表I-1-3-17 花のある風景
図表I-1-3-17 花のある風景

 花のある風景が、関心を集めるようになった背景には、情報通信技術(ICT)等の進歩によって写真を撮ることが多くの人にとって身近なことになったことが挙げられる。最近では、SNSの普及により、特に写真に特化したSNS「Instagram」での見栄えを意味する「インスタ映え」が若者を中心に重視されるようになった。そのような中、花等の美しい風景・景色が「インスタ映え」する被写体として選ばれており、このことは、「自然を愛でる」ことを好んできた、日本人が昔から持つ感性(美意識)の現れとも考えられる。

(自然への回帰(住環境の変化))
 高度経済成長期、マンモス団地であった独立行政法人都市再生機構(UR都市機構)の草加松原団地(埼玉県草加市)は、建物の老朽化が進んだことで、2003年から建替事業が行われ、豊かな自然環境を残しながら、住みやすいまち「コンフォール松原」に生まれ変わっている。
 以前は、4つの街区に4階建、2階建を中心とする住棟が一律に並んでいたが、現在は、6階建から14階建の住棟をバランスよく配置するなど、団地に表情をつくり、景観に変化を与えている。また、既存の動線を継承した緑道や、団地内で成長した樹木を活かした中庭空間等、緑豊かな環境を継承し、「自然」を確保している。同時に団地の中心の通りとなる「緑のプロムナード」に面した場所に集会所等の賑わいを創出するなど「住民のつながり」を重視した配置としている。また、建替前の団地内にあった昔ながらの郵便ポストが保存されるなど、団地の歴史も感じられるデザインとなっている。
 
図表I-1-3-18 草加松原団地の再生
図表I-1-3-18 草加松原団地の再生

(企業におけるデザイン)
 近年、デザインは、企業の大切にしている価値やそれを実現しようとする意思を表現するためのものとなっており、世界の有力企業の戦略の中心に据えられている。
 マツダ(株)は、「ブランド価値」に焦点をあてた経営の推進を図るため、「デザイン」を経営の柱の一つと位置付け、デザインの理念(ビジョン)を描き、それを商品全体に反映させる戦略を策定しており、ブランドとしての統一感を表現することを目指している。
 「マツダデザイン」は、日本の美意識を直接的に表現するのではなく、コンセプトに取り入れ、「控えめでありながら豊かな美しさ」を表現することを追求している。例えば、できるだけ省くこと(引くこと)によって、対比的に主体を引き出させる「引き算の美学」により、車体をシンプルかつ繊細なものにするとともに、車体にうつしだされる景色や光の「移ろい」(変化)による美しさを表現しようとするなど、日本人が昔から持つ美意識を取り入れている。こうしたデザインを重視した独自性の高い商品開発は、ブランド価値向上に貢献している。
 「無印良品」は、生活の基本となる本当に必要なものを、本当に必要なかたちでつくることを商品開発の基本としている。「豪華に引け目を感じることなく誇りをもって簡素であること」「無駄を省いていくことによって、豪華なものよりもっと素敵に見える」といった考えを提唱している。
 「無印良品」を企画・製造・販売する(株)良品計画では、外部クリエイターで構成されるアドバイザリーボードを設置し、月に一度、「アドバイザリーミーティング」を開き、経営陣とともに無印良品を取り巻く様々な課題について話し合っている。
 マツダ(株)や(株)良品計画のこうした考えは、消費者に受け入れられている。これには、日本人が昔から持つ「侘び・寂び」のような、時を経たものの表情や、飾りすぎないものに美を認める感性(美意識)に通ずるところも、その理由の一つとしてあるのではないかと推察される。
 
図表I-1-3-19 マツダデザイン
図表I-1-3-19 マツダデザイン

 
図表I-1-3-20 無印良品が示すメッセージ「くり返し原点、くり返し未来。」
図表I-1-3-20 無印良品が示すメッセージ「くり返し原点、くり返し未来。」

(世界的に認められる日本人建築家)
 建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞注23は、1979年(昭和54年)に始まり、以降、8人(7組)の日本人が受賞している。そのうち、7人(6組)については、平成に入ってからの受賞であり、近年の受賞者数の多さは際立っている。
 それぞれの建築家は、異なる個性を有しているが、その一方で、日本の伝統的建築に内包される日本の感性(美意識)の影響を受けていると言われている。例えば、建物の内外を明確に区別せず境界をあいまいにすることや、建物は恒久的なものではなく、移ろうものという考え方に基づいていること、「侘び・寂び」を表していること等である。2010年の受賞者注24の代表作である金沢21世紀美術館は、「まちに開かれた公園のような美術館」を建築コンセプトとし、建物と周囲のまちとの連続性等が重視されている(図表I-1-3-21)。こうした建築物等は、広く国内外から注目されており、日本人の感性(美意識)が高い評価を受けているとも考えられる。
 
図表I-1-3-21 「まちに開かれた公園のような美術館」を建築コンセプトとした金沢21世紀美術館
図表I-1-3-21 「まちに開かれた公園のような美術館」を建築コンセプトとした金沢21世紀美術館


注19 (一社)日本経済団体連合会(経団連)、1%(ワンパーセント)クラブが、経団連会員企業及び1%クラブ法人会員企業等(2017年度1,394社)に対して、実施している「社会貢献活動実績調査」より。
注20 開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続的に購入することで、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活改善と自立を目指す貿易の仕組み
注21 マーケティングアナリスト渡辺広明氏による推計(2018年5月 商業界ONLINE)
注22 伊藤園による調査
注23 建築業界でも最も権威のある賞の一つで、優れた建築術により人類と構築環境に大きな貢献を成し遂げた、存命の建築家1名または1組に対して毎年授与される。
注24 妹島和世氏と西沢立衛氏による共同設計事務所「SANAA」が同賞を受賞している。


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