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国土交通白書 2021

第2節 豊かな未来の姿

インタビュー 「多様性」に寛容な社会は「幸福度」が高い

村上由美子氏(経済協力開発機構(OECD)東京センター所長)

村上 由美子氏
村上 由美子氏

 人や社会の幸福度を測るにあたっては、近年、単純に「富」だけで測るのではなく、より多角的な議論がなされています。今回は、OECDにおいて、「より良い暮らし指標(Better LifeIndex=BLI)」という、伝統的なGDP以上に、人々が暮らしを計測、比較することを可能にするインタラクティブな指標を研究されている村上由美子氏にお話を伺いました。

――昭和から平成、令和にかけて、人々の幸福観は、どのような社会的背景があって、どのように変化してきたのでしょうか。

経済・人々が求めているものの両方が「モノ」から「サービス」へ

 まず、時代の変化に伴い、客観的にも物質的な豊かさの軸にも変化が見られます。OECDの雇用統計の一つに、製造業の雇用を創出した要因等を20年ほどにわたって詳細に調査しているものがあります。この調査結果から、平成から令和にかけて、人々が幸福を感じる軸がモノからサービスへ大きく変わり、同時に、このように消費者の志向が変化したことに伴って産業構造も変わった、ということが分かっています。

 経済と人々が求めているものの両方が「モノ」から「サービス」に移っている一方で、日本は、これに順応する社会的構造への変化のスピードが遅いことも注目に値します。人々の幸福感は主観的なものではありますが、物質的な幸福感は軸のようなものがある程度共有されているのに対し、精神的な幸福感はずっと多様です。このため、後者が重要になる現代においては、個人個人の多様性がより重要になってきます。しかしながら、今の日本は、その多様性を尊重するような社会的な包容力がとても低いのです。私は、これからの国の制度を構築していくにあたっては、この多様性にどのように配慮していくのかをしっかり考える必要があると考えています。

――諸外国と比較した際、幸福度の観点からは、どのようなところに日本の特徴・課題があるでしょうか。

日本社会をいかに「多様性」に寛容な社会にできるかが重要

 幸福度に関しては、国と国、あるいは違う文化での比較は、かなり気を付けなければなりません。例えば、日本人の健康状態に関しては、客観的には良い結果が出てきます。ところが、主観的な自分の健康に対する自信や不安について調査すると、日本人は、他国と比べて、自分の健康に対する不安度がとても高く出ます。このように、単純に日本人が不幸であるとか、単純に日本人が幸福を感じていないという結論を、他国との比較で下すのはリスクがあります。

 ただし、一つ言えることは、多様性に寛容である社会では、個々人が感じている幸福度が高いという結果は色々な調査で出ています。例を挙げると、北欧は、女性の活躍、思想、文化、宗教等、社会の多様性に対する自由度が高いところですが、個人のレベルでも自分の幸福度が高いと感じることが多いことが分かっています。

 私は、日本社会は多様性を受け入れることができない環境が続いていると思っており、その理由の一つとして、未だに、特に企業や政治のリーダー層で「同質性」を重視するマインドが強く残っているということを挙げたいと思います。例えば、この国の半分は女性ですが、リーダー層に女性はほとんどいません。そんな国は、先進国では日本しかありません。社会の意思決定する層が、同質性が高いために多様性を受け入れないという今の状況がある限り、社会全体が変わっていくことはできないと思います。

 私は、日本と海外の両方で暮らした経験から、日本社会や日本人が持つ「同質性」の観念は、やはり人間の本質とは違うのではないかと思っています。個人として他の人に認めてもらいたい、自分のやりたいことをやりたい、自分の感じていることを表現したいと思う欲求は、国や文化を問わず、人の自尊心の中にしっかり入っていると思うのです。

――日本は幸福度が低いと言われていますが、その背景には何があり、幸福度が高い社会にするためには何が必要でしょうか。

一層の「機会の平等」とリスクを取ることのできる安心感のある社会を

 上記では個人の多様性の話をしましたが、私は、その個人個人に与えられる機会が平等であるという大前提が担保されている社会・環境では、その個人の幸福度は高いのではないかと思っています。多様性というのは、環境・属性・思想等の違いに関わらず、その結果がどうであれ、機会平等であるかどうかこそが重要です。日本で一番問題になっているのは、性別、勤続年数、年齢といった属性で機会が限定される点です。日本は、これらを解消する適切な仕組みを考える必要があるのではないかと思います。

 さらに、機会が平等である社会には、安心感があるかどうかが大きな要素だと思っています。安心感がなければ人はリスクを取りません。例えば、今の日本の社会構造では終身雇用制度が主流ですが、私の指す安心感とはその安心感ではなく、リスクを負って何かに挑戦し、仮に失敗した場合でも敗者復活のチャンスがある、という安心感です。日本は生涯教育の制度が脆弱で、このような安心感を担保するシステムがありません。この点も含め、日本社会の、先ほどの個人の自由度や多様性に結びついてくるわけですが、安心感を担保するためには、やはり、さまざまなリスクを取る人に対するチャンスや、主流ではないものの自分らしい道を歩もうとしている人に対する支援等を社会が考えていくべきではないかと思います。

――コロナ禍は人々の価値観にどのような変化をもたらしているでしょうか。

今まで気づかなかった「幸せ」を見つけるきっかけに

 今回のコロナ禍で、多くの人がリモートワークを経験し、時間の使い方が変わったことで、価値観にも変化をもたらしたと思います。例えば、家族との時間の使い方、家事や育児の分担を考えることになったと思います。そういった時間の使い方、それはある意味、人生の中での自分の立ち位置、家族の中での自分の役割などを認識し、どういう立ち位置や役割であれば自分が幸福になるのかを考えることに繋がります。このように、幸福を感じる様々な要因に関して、今まで気付いていなかったものに、コロナ禍をきっかけに、人々や企業が気付くことになったと思います。

 このことは大きな収穫だと思いますので、コロナが収束し、われわれの生活が平常に戻った後にも、コロナで気が付いた1つの大きな教訓として、今後活かしていけるといいと思っています。

――今後の「豊かな」社会形成に向け、国土交通省に対してどのような役割を期待するでしょうか。

多様性を担保する社会へ大胆な施策の実行を

 重ねてになりますが、日本はサービス業への転換がとても遅いのです。サービス業への転換には様々な面で社会構造の変化を伴うことになりますが、国土交通省が管轄している産業に関し、多様性が担保される社会構造にうまく転換できるような優遇策を考えることができれば、非常に有効だと思います。

 私はこの話をもう20年ぐらいしていますが、全く変化がないので虚しさを感じています。例えば、国土交通省が関わるプロジェクトの入札の要件に、役員の女性比率3割以上を入れるなど、多様性を担保する要件を入れる、国土交通省が所管する業界において、多様性を担保することを最低条件とするというスタンスを明確にして旗振りをするなど、これぐらい大胆なことをしなければ、突破口は見えないと思います。覚悟を持って取り組んでほしいと思います。

 最後に、ある意味、一番重要で効果があることは、政府が変わることではないでしょうか。政府は国民の鏡です。政府自体が、多様性に寛容な組織に変わる必要があると思います。

 幸福度と類似した調査として、エンゲ―ジメント・サーベイというものがありますが、特に日本の若い人のエンゲ―ジメントはとても低いのです。日本がオールドエコノミーのまま来ており、生産性が低いままなので、リスクに対する受容度も低く、仕事の意義について、生活のための収入を得る手段であることを一番に考えてしまっていることも要因ではないかと私は思います。若者の、そして日本人・日本社会の幸福感を高めるためにも、国交省さんには、やはり多様性を確保する大胆な施策を進めていただきたいと思います。