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国土交通白書 2021

第2節 豊かな未来の姿

インタビュー 「豊かな」社会の形成に向けて、「多様性」を促進する社会システムづくりを

内田由紀子氏(京都大学こころの未来研究センター副センター長)

内田 由紀子氏
内田 由紀子氏

 高度経済成長期以来、数々の社会的潮流や危機を経験し、人々の「幸福」の捉え方は当時と今では大きく変化したと言われています。

 今回は私たち日本人の「幸福観」をテーマに、京都大学こころの未来研究センター副センター長 内田由紀子氏にお話を伺いました。

――昭和から平成、令和にかけて、人々の幸福観はどのように変化してきたのでしょうか。

物質的な豊かさから精神的な豊かさへ

 物質的な豊かさが幸福をつくり出すという信念で高度経済成長期を乗り越えてきた時代と、その後で、経済的な追求は結構難しいのではないかということを認識し始めた時代で、ある種の幸福感に対する考え方の変化があったのではないかと思っています。

 この変化の社会的背景として、①経済的な問題、②価値のグローバル化と、流動性や働き方の変化という二つの意味でのグローバリゼーションが挙げられます。

 また、特に阪神・淡路大震災と東日本大震災も被災地にとっては大きなことでした。被災地以外の人たちにおいても幸福観の変化が経験されています。しかしながら被災地以外では、価値変化を感じた人とそうでない人の分断もありました。目の前の自分の問題に専心せざるを得ないような人がいた一方、危機に対する意識に敏感になり、人との助け合いや縁が私たちを支えているのだということについての気づきを新たにしたり、自分の幸福を支えてくれている要因への感謝の気持ちが高まった人たちもいました。

――日本は幸福度が低いと言われる背景には何があるのでしょうか。

幸福すぎることを求めない、人並み志向が強い日本

 日本は、インフラ・治安・格差・教育といった客観指標を見ると、幸せな国に属する方だと思います。一方で、日本において、幸福の意味は100%ポジティブなものではありません。人生には良いことばかりがあるわけではないし、ネガティブな面も受け入れる必要がある。また、幸せすぎることは自分の成長が止まってしまったり、他者からのネガティブな感情などを招いてしまうのではないかという恐れのような感覚が感じられることもあります。それゆえ、ほどほどの幸福を求めようとする傾向があります。また、日本では人並みの志向が強く、他者と比べて「人並み」の人生を歩めているかどうかということが基準になりがちです。結果として自分の幸福度評価は高いものにはならず、北米の社会では自分の人生を時には実際以上に肯定的に評価しようとする傾向があるので、比較するとどうしても日本の主観指標での幸福度は低くなります。

――コロナ禍は、人々の価値観にどのような変化をもたらしているでしょうか。

「働き方」や「生活基盤」に対する考え方が変化

 何かが起こっている最中は目の前のことに対応するのに必死です。ですから心理的な部分の変化が起こるのは、そうしたことがある程度落ち着いてから生じるものだと思います。現状では徐々に働き方に対する考え方の変化が経験されていると思います。例えば、リモートワークをすることで改めて気が付くことになったちょっとした会話の大切さや、画面上でのやり取りで意外に注意力が必要になって認知的な負荷がかかること、逆に煩わしさが解消される経験など、人との「つながり」のあり方について再考する機会となっています。また、リモートワークはもともと進みつつあったワークライフバランスを求める流れを加速させるかもしれません。

 生活様式が変わり、移動が制限される状況で、地域や家庭生活の重要性を考えるようにもなっていると思います。地元での進学や、郊外への移住の志向も生じつつあるいうことですが、この流れが定着するのかどうかはまだ分かりません。しかしながら徐々に東京一極集中以外の道が模索されるようになるのではないかと思います。

――今後、国民が「豊かさ」を感じる社会にするためには、どのような要素が必要でしょうか。

「多様性」をどう認めていくかが鍵

 「豊かさ」を感じられる社会にするためには「多様性」をどう認めるかが課題となると思います。日本は、まだ多様性が低くどちらかといえば保守的な社会ですが、今の若い世代は、性役割や社会階層などに対する考え方について多様性を自然に受け入れるようになっています。

 社会としての多様性もそうですが、個人としても自分や他の人の「多様なあり方」を認めることができるかどうか。高度成長期には男女の分業による性役割意識がありましたが、今は共働き世帯も増え、ワークライフバランスも重視されるような制度設計が徐々に出てきています。これは多様化の一環です。しかし、もしもあるスタイルが定着することにより別の価値観が認められないということになってしまえば、多様性ではなく単なる価値のシフトになってしまいます。自分や他者の多様な生き方や価値を認められるような生活様式の構築が、これからの日本の社会にとって大事なのではと思っています。

 価値観・制度設計どちらか一方だけの問題とせず、双方へのアプローチが重要です。働き方でいえば、働く時間や育休を延ばすといった制度設計による変化が起こってきましたが、一方で制度だけを変えても人々の価値観がすぐに変わるわけではありません。逆に、価値観が変わっているのに制度が追いついていないという例もあります。

 多様性を促進するためには、今ある安定性を多少壊す取り組みも必要になります。日本の農村地域の一部では、人口減少により地域活動が維持できないという危機感から、移住者支援や若者を自治会に入れるなどの様々な改革が行われ、価値観も多様化せねばという志向性が徐々に強まっています。人口減少やグローバリゼーション、あるいは防災意識などの課題に関して、危機を共有し、そこから新しい価値を作ろうというフェーズになっているのではないでしょうか。

――今後の「豊かな」社会形成に向けて国土交通省にどのような役割を期待するでしょうか。

「多様なウェルビーイングをもたらす地域」を促進する社会システムづくりを

 日本の地域は、どこでも似たような街並みが展開されていることが問題視されています。また、過疎化が進む地域は、公共の場が荒れ始めていたり、どこか寂しい雰囲気を漂わせていたりもします。

 しかし、にぎわいを取り戻す、というのは、単に人が増えればいいということではないと思います。地域独自の特徴や面白さ、美しさのような強みを活かすことも大切です。しかしそれも個別の地域がそれぞれ自助努力でアピールしていくということでは疲弊してしまいます。いくつかのハブ拠点となるような地域を作り、それらをうまく繋げて情報共有をしていくことで、地域での取り組みがより個別的ではなく、面として伝わりやすくなると思います。

 スマートシティのようなまちづくりが実現し、移動にハードルがなくなり、さらには自動運転などが実用化されて自分の行きたい場所にいつでも行けるような暮らしになれば、時間の使い方が大きく変わることになります。働き方や通勤時間も変われば、それによって自分の時間の使い方も変わります。加えて、生活拠点の移動もより柔軟にできるようになれば、これも新しく多様性をつくり出す仕組みになると思っています。そうした中で人それぞれ、あるいは地域それぞれのウェルビーイングを促進する仕組みづくりが実施しやすくなるかもしれません。そうした意味で、私は国土交通行政には「多様性」を促進する社会システムづくりを期待しています。

【関連リンク】

京都大学こころの未来研究センター

http://kokoro.kyoto-u.ac.jp/