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国土交通白書 2021

第3節 産業の活性化

■3 海事産業の動向と施策

( 1 )海事産業の競争力強化に向けた取組み

 四面を海に囲まれる我が国において、海上輸送は、我が国の貿易量の99.6%、国内の貨物輸送量の43.7%を担っており、我が国の国民生活や経済活動を支える社会インフラである。そして、我が国の海上輸送は、海運と、その物的基盤である造船業及び人的基盤である船員の3分野が一体となって支えており、相互に密接に関連した我が国海事産業を構成している。

図表Ⅱ-6-3-6 我が国商船隊の構成の変化
図表Ⅱ-6-3-6 我が国商船隊の構成の変化

資料)国土交通省

 今般の新型コロナウイルス感染症拡大により、世界全体の経済社会や市民生活に多大なる影響を及ぼす中、海事産業においても海運、造船、船員の各分野が様々な課題に直面している。

 造船業においては、公的支援を受けている中国・韓国に対し、厳しい受注競争を強いられている中、新型コロナウイルス感染症の感染拡大により、海運企業の発注意欲の減退や、人の移動制限による新造船商談の停滞等、元々少なかった受注量が大幅に減少し、通常2年以上必要な手持ち工事量が約1年とかつてない危機的経営状況に陥っている。我が国造船業が今後も地域の経済と雇用に貢献し、船舶を安定的に供給できる体制を確保するために、生産性向上や事業再編を通じた事業基盤の強化が急務であり、併せて、海運業に対して新造船発注を喚起する環境を整備することが必要である。

図表Ⅱ-6-3-7 日本人船員数の推移
図表Ⅱ-6-3-7 日本人船員数の推移

資料)国土交通省

 また、船員は、若手船員の定着が課題であり、船員の働き方改革を進め、人材を持続的に確保できる環境整備が必要であり、併せて、内航海運業の経営力の向上を図るため、取引環境の改善と生産性向上を促すことが必要である。

 これらの課題に対して、予算・税制・財政投融資による措置に加え、必要な制度の創設や改正を行うことで、我が国の海事産業全体の基盤強化を一体的に講じる。

 具体的には、造船業・舶用工業の事業基盤強化及び海運業の競争力強化を図るため、造船・舶用事業者が行う生産性向上や事業再編等に関する計画に対する国土交通大臣による認定制度を創設し、計画の作成等に係る予算措置や認定した事業に係る税制特例及び政府系金融機関からの長期・低利融資等の必要な支援措置を講じる。併せて、安全・低環境負荷で船員の省力化に資する高品質な船舶を海運事業者が導入する計画に対しても国土交通大臣による認定制度を創設し、認定した事業について政府系金融機関からの長期・低利融資等の必要な支援措置を講じる。

 また、船員の働き方改革を進め、内航海運の生産性向上等を図るため、船員の労務管理を適正化し、船員の安定的な確保・育成のための環境整備を進める。併せて、内航海運の取引環境の改善と生産性向上のための各種制度の創設及び新技術の導入促進に向けた船舶検査の合理化制度の創設を進める。

 これらの取組を通じて、海運業においては、競争力強化による安定的な海上輸送の確保、造船業においては事業基盤強化による安定的な船舶供給のためのサプライチェーンの確保と地方創生への貢献、船員においては、安定的な船員の確保・育成を実現し、海事産業全体の基盤の強化を図る。

( 2 )造船産業

①造船・舶用工業の現状

 我が国造船産業は、船主の多様なニーズに応じた良質な船舶を安定的に提供することにより、地域経済・雇用に貢献している非常に重要な産業である。また、我が国は、海運業、造船業、舶用工業が互いに強く結びついて集積した海事産業クラスターを有している。

 しかし、我が国造船業は、新型コロナウイルス感染症拡大の影響により、海運企業の発注意欲の減退、人の移動制限による新造船商談の停滞等により、受注量が大幅に減少し、通常2年以上必要な手持工事量が約1年とかつてない危機的経営状況に陥っている。工事量の枯渇による雇用の喪失を防ぐため造船事業者は受注した工事の先延ばし等、建造量を調整して対応したことから、令和2年の我が国の建造量は1,294万総トンと、前年より約300万総トン減少した。一方、我が国船用工業製品については、令和元年において、生産額は9,414億円と平成30年に比べて約300億円の増加、輸出額は3,621億円と、約100億円の増加となった。

図表Ⅱ-6-3-8 我が国の海事産業クラスター
図表Ⅱ-6-3-8 我が国の海事産業クラスター
図表Ⅱ-6-3-9 世界の新造船建造量の推移
図表Ⅱ-6-3-9 世界の新造船建造量の推移

資料)IHS資料より国土交通省作成

②造船・舶用工業の国際競争力強化のための取組み

 国土交通省は、造船・海運の競争力向上を図る「i-Shipping」、海上物流の効率化を実現する「自動運航船」、海洋開発市場への進出を目指し、資源の確保にも貢献する「j-Ocean」からなる「海事生産性革命」を強力に推進している。この取り組みの中で、船舶の開発・設計、建造から運航に至る全てのフェーズで生産性向上を図るため、IoT等を活用する技術開発に対する支援等を行った。また、自動運航船についてはその実用化に向け、実船を用いた実証事業を行うとともに、本実証事業の結果等を踏まえ、自動運航船の安全設計ガイドラインの策定を進めた。また、令和2年7月より、安定的な国際海上輸送の確保を目的とした造船業の基盤整備を図るため、交通政策審議会海事分科会海事イノベーション部会を4回にわたって開催し、令和2年12月に答申「安定的な国際海上輸送を確保するための今後の造船業のあり方及び造船業の基盤整備に向けた方策について」が取りまとめられ、令和3年1月、交通政策審議会会長より国土交通大臣に手交された。

図表Ⅱ-6-3-10 我が国の船舶工業製品生産・輸出入実績の推移
図表Ⅱ-6-3-10 我が国の船舶工業製品生産・輸出入実績の推移

 我が国の造船業が発展していくためには、産業の基盤である人材の確保・育成も重要である。これまで作成した造船工学の新教材や造船教員の研修プログラムの普及促進等の取組により、工業高校における造船の教育体制強化を図っているほか、平成30年度には高等学校指導要領に工業の科目として「船舶工学」が新設され、令和4年度より導入される予定となっている。加えて、平成31年4月に在留資格「特定技能」が開始され、造船・舶用工業において特定外国人材を順次受け入れているところである。業界にとって有益な制度となるよう、引き続き関係者と連携しながら適切な制度運用に努めていく。

 さらに、造船分野における世界的な供給能力過剰問題が長期化する中、一部の国において市場を歪曲するような公的支援が行われている。特に、韓国政府が政府系金融機関を通じて実施している自国造船業に対する大規模な公的助成については、供給力過剰状態の解消を遅らせ、WTO補助金協定に違反して、我が国造船業に大きな悪影響を及ぼしているとして、WTO協定の紛争解決手続きに基づき本問題の解決を図るべく、二国間協議を進めている。また、OECD造船部会では、各国の造船政策のレビューに加えて、造船需給予測及び船価モニタリングの実施に向けた検討を進めている。引き続き、このような造船市場に関する共通認識の醸成や、政策協調のための取組を推進し、公正な競争条件の確保に努める。

( 3 )海上輸送産業

①外航海運

 外航海運は、経済安全保障の確保に重要な役割を果たしていることから、緊急時においても、我が国と船舶の船籍国との管轄権の競合を排除できる日本船舶・日本人船員を確保することは極めて重要である。

 このような課題に対処するため、「海上運送法」に基づき日本船舶・船員確保計画の認定を受けた本邦対外船舶運航事業者が確保する日本船舶を対象に、平成21年度からトン数標準税制注5の適用を開始した。また、25 年度には日本船舶を補完するものとして、当該対外船舶運航事業者の子会社が保有する船舶のうち、当該対外船舶運航事業者が運航し、航海命令発令時に日本籍化が可能である外国船舶(準日本船舶)に対象を拡充して、日本船舶・日本人船員の確保を進めている。

 さらに、30 年度より、本邦船主の子会社が保有する同様の要件を満たした外国船舶まで、準日本船舶の対象に拡大した当該計画の適用を開始し、安定的な海上輸送の早期確保を図っている。

 こうした取組みを通じて、できる限り早期の安定的な海上輸送の確保を図っていく。

②国内旅客船事業

 令和元年度の国内旅客船事業の輸送需要は80.2百万人(前年度比8.5%減)と、新型コロナウイルス感染症拡大の影響等を受け減少傾向にあり、近年、燃油価格が安定しつつあるものの、経営環境は依然として厳しい状況にある。国内旅客船事業は地域住民の移動や生活物資の輸送手段として重要な役割を担っており、また、海上の景観等を活かした観光利用の拡大も期待される。さらに、フェリー事業についてはモーダルシフトの受け皿として、また、災害時の輸送にも重要な役割を担っている。

 このため、(独)鉄道・運輸機構の船舶共有建造制度や税制特例措置により省エネ性能の高い船舶の建造等を支援している。さらに、海運へのモーダルシフトを一層推進するため、29年6月にとりまとめた「内航未来創造プラン」に基づき、モーダルシフト船の運航情報等一括情報検索システムの運用に向けた検討を実施するとともに、新たな表彰制度として、モーダルシフトに最も貢献度の高かったと認められる事業者を表彰する「海運モーダルシフト大賞」を令和元年度に創設、3年3月には令和2年度の表彰を実施している。

 また、船旅に係る新サービス創出を促進するため、平成28年4月から3年間「船旅活性化モデル地区」制度を設け観光利用に特化した航路の旅客船事業の制度運用を試験的に弾力化した。この結果を踏まえ、31年4月からは「インバウンド船旅振興制度」を創設し、インバウンド等の観光需要を取り込む環境整備を図っていく。さらに、「訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業」等により、無料公衆無線LAN環境の整備、案内標識等の多言語化等を支援するなど、訪日外国人旅行者の利便性向上を図るために必要な取組みを推進している。

図表Ⅱ-6-3-11 国内旅客船事業者数及び旅客輸送人員の推移
図表Ⅱ-6-3-11 国内旅客船事業者数及び旅客輸送人員の推移

③内航海運

 令和元年度の内航海運の輸送量は1,697億トンキロであり、近年は横ばいであるものの、国内経済の伸び悩み、国際競争の進展等の影響や荷主の経営統合等により産業基礎物資を中心とする輸送需要は長期的には低下傾向にある。内航海運は、国内物流の約4割、産業基礎物資輸送の約8割を担う、我が国の経済・国民生活を支える基幹的輸送インフラであるとともに、フェリーと並んでモーダルシフトの重要な担い手となっている。しかしながら、船齢が法定耐用年数(14年)以上の船舶が全体の7割を占め、船員も従前に比して高齢化が進んでおり、船舶と船員の「2つの高齢化」が構造的な課題となっている。

図表Ⅱ-6-3-12 交通政策審議会海事分科会・基本政策部会とりまとめ全体像
図表Ⅱ-6-3-12 交通政策審議会海事分科会・基本政策部会とりまとめ全体像

 また、人口減少や約50年続いた船舶の供給に関する規制が終了する等の事業環境の変化の中でも、内航海運が社会に必要とされる輸送サービスを持続的に提供し続けるため、交通政策審議会海事分科会の下にある基本政策部会において、今後の内航海運のあり方について、また船員部会において、船員の働き方改革について、それぞれ検討を重ね、令和2年9月に一定の方向性をとりまとめた。

 このとりまとめに基づき、内航海運業法の改正等を国会に提出した(海事産業の基盤強化のための海上運送法等の一部を改正する法律案)。具体的には、内航海運業に係る契約の書面交付を義務化するとともに、内航海運業者による法令違反が荷主の要求に起因する場合の「荷主に対する勧告・公表制度」や、「船舶管理業の登録制度」等を創設する。これらを通じて、荷主等との取引環境改善や経営・運航の効率化等による内航海運の生産性向上、及び船員の働き方改革の実現を図る。

④港湾運送事業

 港湾運送事業は、海上輸送と陸上輸送の結節点として、我が国の経済や国民の生活を支える重要な役割を果たしている。令和2年3月末現在、「港湾運送事業法」の対象となる全国93港の指定港における一般港湾運送事業等の事業者数は859者(前年度より2者減)となっている。また、元年度の船舶積卸量は、全国で約14億2,670万トン(前年度比2.8%減)となっている。

( 4 )船員

 日常生活や医療に必要な物資を国民に届ける船員を確保し、育成することは我が国経済の発展や国民生活の維持・向上に必要不可欠である。内航船員については、近年、船員教育機関を卒業していない者を対象とした短期養成課程の支援や新人船員を計画的に雇用して育成する事業者への支援など国において、若手船員の確保に向けた取組みを行っており、業界関係者の努力も相まって、新規就職者数が増加し、若手船員の割合も増加傾向にある。

図表Ⅱ-6-3-13 内航船員新規就業者数の推移
図表Ⅱ-6-3-13 内航船員新規就業者数の推移

 一方、入出港を頻繁に繰り返すなど厳しい労働環境にさらされている船舶にあっては、若手船員の定着が課題となっている。人材を持続的に確保できる環境を整備するには、船員の労務管理の適正化を図ることが重要であり、新たな仕組みを構築する船員法等の改正案を令和3年2月に閣議決定した。

 また、外航日本人船員は、経済安全保障等の観点から一定数の確保・育成が必要であるため、日本船舶・船員確保計画の着実な実施等による日本人船員の確保に取り組んでいる。

 さらに、国土交通省が所管する船員養成機関として(独)海技教育機構(JMETS) が設置されている。JMETSは、我が国最大の船員養成機関として、新人船員の養成、海運会社のニーズに対応した実務教育及び商船系大学・高等専門学校の学生等に対する航海訓練を実施している。

 JMETSは、今後とも、最近の技術革新等に適応した優秀な船員の養成に取り組み、保有するリソースを最大限に活用して、若手船員の確保・育成を着実に推進していく。

【関連リンク】

海と船のポータルサイト「海ココ」

URL:https://c2sea.jp/

( 5 )海洋産業

 海底からの石油・天然ガスの生産に代表される海洋開発分野は中長期的な成長が見込まれ、我が国の海事産業(海運業、造船業、舶用工業)にとって重要な市場である。しかしながら、国内に海洋資源開発のフィールドが存在せず、我が国の海洋開発産業は未成熟である。このため、国土交通省生産性革命プロジェクトのひとつとして位置づけた「j-Ocean」により、海洋開発市場への進出を目指す取組みを推進している。具体的には、平成30年度より海洋開発用設備に係るコストやリスクの低減に資する付加価値の高い製品・サービスの開発支援を行っているほか、我が国が優れた技術を有する浮体式洋上風力発電施設や自律型無人潜水機の普及促進に向けた環境整備に取り組んでいる。

( 6 ) 海事思想普及、海事振興の推進

 国土交通省では関連団体等と協力し、国民への海洋に対する理解や関心の増進や、暮らしや経済を支える海事産業の認知度向上を図るために海事振興や海洋教育事業を全国で推進している。

 令和2年度は新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、体験型イベントに代えてオンラインイベント「海の日プロジェクト2020」を開催し、海事産業の重要性等を紹介する動画や多様なコンテンツを公開するとともに、「C to Seaプロジェクト」では「海事観光ページ」の開設やオリジナルYouTube動画の公開等を実施した。

 海洋教育事業では、令和2年4月から小学校(中学校は同3年4月から)において海事産業の重要性等が盛り込まれた授業が開始されたことから、新しい学習指導要領に対応して作成した「海洋教育プログラム」の全国小学校教員への周知、中学校での試行授業の実施及び授業動画の公開等を実施した。

  1. 注5 毎年の利益に応じた法人税額の算出に代わり、船舶のトン数に応じた一定のみなし利益に基づいて法人税額を算出する税制。世界の主要海運国においては、同様の税制が導入されている。