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国土交通白書 2022

第1節 わたしたちの暮らしの脱炭素化に向けた取組みの課題と方向性

インタビュー 人の豊かさと地球負荷低減の二兎を追う空間構造に向けて

中部大学卓越教授・林良嗣氏
中部大学卓越教授・林良嗣氏

■各都市・地域独特の創出された価値、それを相互に共有する装置が交通インフラ

 都市にも農山村にも、固有の価値がある。都市、農山村に施設や自然を整備し、各々の価値を交通ネットワークによりシェアする(互いに共有し合う)ことにより地域格差を抑え、共に豊かにすることが国土インフラ計画の役割である。現在、都市間鉄道や高規格道路といった交通ネットワークの整備により時間距離が短縮され、都市の価値をシェアすることが可能となったなか、人々の生活の質(QOL)が向上していく側面に焦点を当てていくことが重要である。

 国内では、例えば京都にはお寺やお宮など東京に移転できない価値があるように、それぞれの地域に独自の価値があることで、そこへアクセスする価値が生じる。そのためには、都市、農山村が固有の文化を復活させ(レストレーション)、独自の価値を持つ必要があり、都市、農山村により提供される価値サービスと交通ネットワーク整備によりQOLの向上が図られる。

 ドイツの国土政策には、大都市から町・村まで階層構造として捉える中心地理論(1933年にクリスタラーが提唱)に基づく「空間開発法」があり、各中心地を機能分担配置し、Autobahn(道路),Eisenbahn(鉄道),Wasserstrasse(水路)の通路で効果的に結ぶこととしている。例えば、ベルリン、ミュンヘンのような地域上位中心には、大学病院からオペラハウスまであらゆる機能が揃う。一方、下位中心の町では、自分のところにない機能は、隣接する同位の都市か中位・上位中心に移動してサービスを受ける。上位中心は一般に自然資源に乏しいが、下位中心の豊かな自然価値をシェアしてもらうことができる。ドイツ中部のルール地方は、東西100km×南北70km程度のエリアに約20の自治体があるが、例えば人口50万人のドルトムント市には8万人収容の大サッカースタジアムがあり、エッセンにはコンサートホールがある。優れた高速交通インフラにより、30分程度で都市間を移動でき、アフターファイブにサッカー観戦や音楽鑑賞を楽しめる。交通インフラは、コンパクト&ネットワークとして謳われるが、その価値は、自都市にない価値を相互に共有し、人々のQOLを支えるネットワークとなって初めて評価される1)

■都市や国土の空間構造へ責任をもち、人の豊かさと地球負荷の低減の二兎を追うべき

 日本人は鉄道に乗車する習慣があり、国全体のCO2排出抑制に大いに貢献している。また、最近のコロナ禍等を契機として、街路整備や歩道拡幅等の整備も進んでいる。このような自動車に依存しないまちづくりや交通ネットワーク整備はCO2排出抑制に貢献するものであるが、その整備目的は、これまでは経済成長(GDP)を主眼としたものであった一方で、人々のQOLの向上や環境負荷の低減でもある。CO2の排出削減は、洪水など自然災害リスクの低減を通じて、人々の安心・安全な暮らしをもたらすことから、最終的には人々の豊かさと地球負荷の低減の二兎を追うことにつながるものである。これは経済成長で計ることができない。20世紀は経済成長効率(Efficiency)が重視される社会であったが、現代は充足性の重要性がより高まっていると考えており、個人の充足と環境負荷の低減の両立、すなわちSufficiencyを重要視した空間構造の整備を行っていくべきである。

 最近の動向として、パリ市では「15分都市圏」を目指すと宣言し、自動車移動に頼らなくても日常の買い物等の用事を含め、近所で歩いて暮らす街を目指しているようだが、東京・大阪などには鉄道沿線開発(TOD)と駅前商店街の100年の伝統があり、駅から15分圏内に生活機能が既に整備されており、先進事例として提示する価値がある。ただし、アジアなどの発展途上国では、道路渋滞と地球規模の課題解決に向けて、日本のTODモデルに対する期待があると肌で感じてきたものの、従来のTODは陳腐化しており、ポストコロナのニューノーマルにも対応でき、これを、QOLに基づいたICT支援システム(QOL-MaaS2))で支援する新しいモデルを日本から提示していくべきだと考えている。

参考文献1),2) 林良嗣他編著「交通・都市のQOL主流化―経済成長から個人の幸福へ」、明石書店、2021年
2)QOL-MaaSについては、第3章第1節1コラム「デンマーク、フィンランド、タイの事例(移動)」「温室効果ガスの削減と生活の質(QOL)の向上を目指す「QOL-MaaS」の取組み」参照