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国土交通白書 2022

第2節 気候変動時代のわたしたちの暮らし

インタビュー 消費者の利便性を高める形での脱炭素化を希求すべき
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授 柳川範之氏
東京大学大学院経済学研究科・経済学部 教授 柳川範之氏

 気候変動時代の暮らしを見据えて、技術革新や社会実装などイノベーションが重要である。経済財政諮問会議の有識者議員であり、経済学とともにスマートシティや不動産イノベーション1について研究されている柳川範之氏に、デジタル化の動向等を踏まえつつ、これからの暮らしの変化や行政に求められる視点についてお話を伺った。

■昨今の情勢を踏まえ、求められる視点について

 足元の原油価格の動向やウクライナ情勢などにより、エネルギー戦略が世界的に見直されていくことが予想される中、これまでカーボンニュートラルは未来の話しと受け止められる向きもあったものの、今後は、環境問題のみならず資源確保の側面からも、新しい暮らし方への変化が加速していくだろう。日本としても、どのような形で暮らしや産業を形作っていくべきか、改めて考える時期にあると思う。短期的には、人々の生活や企業活動面での省エネルギー行動といった需要面での行動変容の動きがあり、中長期的には供給面での行動変容に向けた動きとともに、技術革新によりエネルギー負荷を抑制していく取組みが重要になると考えている。

 暮らしの面では、消費者の住まい方や日々の生活の中で、エネルギー負荷を抑制する行動を促す施策が重要である。住まいの面では省エネルギー住宅への支援策がその一例であるが、昨今、データの利活用により、エネルギー効率の向上の程度が定量的に把握されるようになった中、エネルギー効率やエネルギー消費を上手にコントロールすることが重要である。データの利活用により、生活の中での環境負荷が見える化されることで、人々の行動変容が促進されていくと考えている。また、金融や投資家の動きとしても、企業による環境への取組み状況等を数値化する動きがあり、その正確性といった課題もあるものの、世界中でカーボンニュートラルやグリーンに関する活動の指標化・データ化の動きがある中で、実態を数値で管理するとともに活用していくことが望ましい。

■スマートシティに加え、カーボンニュートラルに近づくまちづくりを

 スマートシティは、データや技術の利活用により、暮らしやすいまちづくりを目指すものであるが、これに加え、カーボンニュートラルに近づくまちづくりが重要である。コロナ禍を契機として、このような機運が日本でも高まっていると思うが、欧州を中心として、コロナ禍以前から存在する動きでもある。欧州の方々と接した際に、スマートシティについて、データの利活用に加え、環境に優しいまちづくりや環境問題対応型のまちづくりとの観点で議論を持ち掛けられた経験もある。

 しかしながら、本来は、日本において自然と共生する住まい方やまちづくりが文化として根付いてきた中で、環境に優しいまちづくりや環境問題対応型のまちづくりについて、そのコンセプトを日本発のものとして、先進的な国として世界へ発信できた筈ではなかっただろうか。今後、スマートシティとしてそういう側面を含め、気候変動に対処し、環境への配慮を伝統的に持ち合わせた国として取り組んでいくことも大切だと考えている。

■省エネルギー・グリーン関連技術への注力が必要

 資源には限りがある中、環境負荷の少ないエネルギー開発と、これに必要な技術革新が必要である。これからの日本は、省エネルギー・グリーン関連技術の開発に向けて、より一層注力しなければならない。前述の通り、住まいの面では、省エネルギー住宅への支援も必要であるが、現在の技術を前提としたもののみならず、より省エネルギー化が図られるよう、技術革新を促すような施策も重要であり、これら技術開発への投資を促していくことも重要だろう。

 また、関連技術の例として、蓄電池については、今後技術開発の進展があれば、現在の太陽光発電等についても、相当程度、使い勝手が向上していくと考えられる。国土交通分野の範囲から少し広がる形で、省庁間での連携などがより一層重要になってくるだろう。

■消費者の利便性を高める形での脱炭素化を希求すべき

 環境負荷の低減を図る上で重要な視点として、環境のために我慢を強いるのではなく、生活面での不便さを伴うことなく、むしろ生活をより豊かに、そして利便性を高める形での脱炭素化を図ることが大切である。これは技術の活用により達成できるものだと考えており、脱炭素に向けて持続的に取り組んでいく上で重要な視点である。

 そもそも、気候変動問題には様々な意見やスタンスがあり、それは価値観の違いのようなものと認識しており、政策としてアプローチできることには限りがあるのではないかと思う。持続可能性という課題に対し、どれほど厳しい状況に置かれているか共有し合い、意識を互いに高めていくことが重要であるが、気候変動問題や持続可能性に対する危機意識は、国や個人によって大きく異なっている。例えば欧州では、今取り組まなければ今後の生活がより一層憂慮されることから、環境のために我慢することが、将来の豊かさに結び付くと捉えられているように思う。

 このとき、一律に我慢や行動制約を強いるのではなく、生活を豊かにしながら環境に優しいというWin-Winの関係をつくらなければ、行動変容の観点で持続可能性につながりにくい。消費者の利便性を高める形で脱炭素化を図るべく、省エネルギーで環境に優しい製品を企業が開発していくことがポイントである。例えば、移動の面では、電気自動車や太陽光発電などの技術革新により、脱炭素化を効果的に図ることが可能である。電気自動車が乗り心地が悪くてスピードも出ないということであれば、消費者は仕方なく電気自動車に乗り換えることになる。一方で、電気自動車がその特性を活かして、今のガソリン車にはない利便性を提供し、乗り心地やスピードも良いようであれば、消費者は喜んで電気自動車に乗り換えるだろう。むしろ、環境問題や脱炭素化という目標があったからこそ、より便利で乗り心地のよい乗り物の選択が可能となったとも説明できる。消費者の利便性を高める形での脱炭素化により、Win-Winの関係で必要な取組みが進展していく。そのような開発が企業により実施されるような誘導措置が重要になるのではないか。

 また、移動の面では、人々の移動のタイミングに着目し、オンラインを効果的に取り入れていくことも重要である。近年、コロナ禍によりリモートワークが普及した。感染症対策としてオンラインを余儀なくされる場合のみならず、感染症対策が不要の場合でも、人々が不便を感じないところでオンラインが活用されることで、不要な移動の回避による環境負荷の低減が可能となる。どのような場面でリアルに人や物を動かすのか、どのような場面でリモートを使うのかを考えながら、まちづくりに取り組む視点も大切である。

 さらに、歩いて暮らせるまちやウォーカブルシティの観点は、環境に優しいまちができることにつながると同時に、利便性やイノベーションの側面からも重要である。例えば、人々が離れて住んでいて車を使って集まるより、また、車で移動する人に無理に自転車で移動させるより、近くに住むようになれば自然と歩いて集ったり自転車で集ったりすることとなる。そして、このような暮らし方が便利だ、このようなまちが良い、ということになれば、環境負荷低減のために都市をコンパクト化したとしても、結果的にはわたしたちの暮らしはより良くなることにつながると思う。

■カーボンニュートラルにつながる技術革新や新しいイノベーションに向けて

 企業の目線では、環境負荷低減に向け、二酸化炭素排出削減に資する製品開発や技術革新に費用をかけて取り組む局面もあると思うが、この他、より細かいレベルでも実施できることがある。人々の住まい方や移動での利便性を損なわず、あるいは高めた上で環境に優しい活動やサービスを提供すべく、コロナを契機に働き方や暮らし方も大きく変化した中で、例えば不動産や観光・交通など国土交通分野の企業活動に当たって工夫の余地もあるように思う。

 カーボンニュートラルが大きく叫ばれている中、カーボンニュートラルにつながる技術革新や新しいイノベーションが企業や業界に大きなメリットをもたらす可能性も高いと思う。この観点で、足元での政策的な支援策の有無といった範囲を超えて、グリーンイノベーションを起こせる余地があるのか否か、企業や業界の大きな戦略として真剣に考えていく時期にきていると思う。

1 【関連リンク】

「不動産イノベーション研究センター」

https://www.crei.e.u-tokyo.ac.jp/