
国土交通白書 2022
第3節 産業の活性化
(1)海事産業の競争力強化に向けた取組み
四面を海に囲まれる我が国において、海上輸送は、我が国の貿易量の99.6%、国内の貨物輸送量の39.8%を担っており、我が国の国民生活や経済活動を支える社会インフラである。そして、我が国の海上輸送は、海運と、その物的基盤である造船業及び人的基盤である船員の3分野が一体となって支えており、相互に密接に関連した我が国海事産業を構成している。

資料)国土交通省
こうした海事産業において、造船、海運、船員の各分野が様々な課題に直面している。
地方の経済・雇用を支える造船業は、世界単一市場であり、中国・韓国と厳しい受注競争を行っているほか、新型コロナウイルス感染症の感染拡大による新造船商談の停滞等、かつてない危機的経営状況に陥っていた。我が国造船業が今後も地域の経済と雇用に貢献し、船舶を安定的に供給できる体制を確保するために、生産性向上や事業再編を通じた事業基盤の強化が必要である。また、海運業に対して新造船発注を喚起する環境を整備することが必要であるほか、環境性能等に優れた高性能・高品質な船舶の導入等による外航海運業の競争力強化が不可欠である。
内航海運業においては、若手船員の定着が課題であり、人材を持続的に確保できる環境整備や経営力の向上を図るため、船員の働き方改革を進めるとともに、取引環境の改善と生産性向上を促すことが必要である。

資料)国土交通省
これらの課題に対して、予算・税制・財政投融資による措置に加え、必要な制度の創設や改正を行うことで、我が国の海事産業全体の基盤強化を一体的に講じるため、「海事産業の基盤強化のための海上運送法等の一部を改正する法律」を国会に提出し、令和3年5月に成立した。
具体的には、造船業・舶用工業の事業基盤強化のため、造船・舶用事業者が生産性向上や事業再編等に取り組む「事業基盤強化計画」注5認定制度を令和3年8月に施行し、これまでに14件(28社)の認定をした。これにより、認定事業者に対し、認定した事業に係る税制特例及び政府系金融機関からの長期・低利融資等の必要な支援措置を講じる。同時に、海運業の競争力強化を図るため、事業基盤強化計画の認定を受けた造船事業者が建造し、安全・低環境負荷で船員の省力化に資する高品質な船舶を海運事業者が導入する「特定船舶導入計画」注5に対しても国土交通大臣による認定制度を創設し、これまでに4件の認定をした。また、認定事業について税制特例及び政府系金融機関からの長期・低利融資等の必要な支援措置を講じる。
加えて、令和3年11月にはデジタル技術やデータの利活用を促進するため、船舶検査の合理化制度が施行され、令和4年4月からは、船員の働き方改革を進めるため、労務管理責任者の選任制度等を創設し、併せて、内航海運の取引環境の改善と生産性向上のため、契約の書面交付を義務化するとともに、荷主勧告・公表制度や船舶管理業の登録制度を創設した。
これらの取組みを通じて、造船業においては事業基盤強化による安定的な船舶供給のためのサプライチェーンの確保と地方創生への貢献、海運業においては、競争力強化による安定的な海上輸送の確保、船員においては、安定的な船員の確保・育成を実現し、海事産業全体の基盤の強化を図る。
(2)造船・舶用工業
①造船・舶用工業の現状
我が国は、前述したように、海運業、造船業、舶用工業が互いに強く結びついて集積した海事産業クラスターを有しており、そのうちの我が国造船業・舶用工業は、我が国海運業及び経済安全保障を支えている。加えて、地域経済・雇用に貢献しており、さらに、艦艇・巡視船を全て国内で建造・修繕しており、我が国の安全保障を支える非常に重要な産業である。
しかし、船舶は世界単一市場の製品であり、我が国造船業は、非常に厳しい国際競争に加え、新型コロナウイルス感染症の世界的な流行は、国際的な人流・物流、新造船商談の停滞を引き起こしており、我が国造船業の手持工事量は危機的な状況まで落込んでいた。足元では、一定の回復を示している一方、鋼材価格の高騰などにより採算性に課題が生じているほか、依然として世界的な供給能力過剰状態にあり、今後も厳しい国際競争が続くことが予想される。このような中、我が国造船業・舶用工業が基幹産業として持続的に発展するためには、省エネ性能等の性能や品質などの強みを生かしながら、社会的要請や海運のニーズにいち早く対応する必要がある。

※令和2年度のデータを基に更新
②造船・舶用工業の国際競争力強化のための取組み
国土交通省は、前述の海事産業強化法に基づく事業基盤強化計画等の支援措置と併せて、船舶産業全体の生産性向上、国際競争力強化のため、造船事業者間の連携・協業や造船・舶用業界の垣根を越えたサプライチェーン全体での造船プロセスの最適化を推進する。また、デジタル化等により、船舶の開発・設計、建造から運航・メンテナンスまでの船舶のライフサイクル全体を効率化する「DX造船所」へとビジネスモデルの転換を促すため、造船所における実証を支援していく。
我が国の造船業が発展していくためには、現場で船づくりを支える技能者と、技術開発や設計を支える技術者の確保・育成も重要である。技能者の育成については、国、地方自治体、日本財団、日本海事協会等が設立・運営支援を行った造船技能研修センターを活用して造船会社が共同で研修を行っている。技術者の育成については、大学等の教員と造船所が連携した円滑なインターンシップ実施のためのガイダンスの作成や、海洋開発分野における教育カリキュラムや教材等の開発に取り組んできた。令和4年度からは「船舶工学」を新たに盛り込んだ新高等学校指導要領が実施されたところ、引き続き産学官連携の取組みを後押ししていく。加えて、現場を支える技能者の安定的な確保に向け、令和元年度から「特定技能制度」による特定技能1号の在留資格での外国人材の受入れが開始されている。令和4年度からは熟練技能者として特定技能2号の在留資格に切り替える方も出てくるものと見込まれるところ、引き続き外国人材の適正な受入れを進め、日本人材との共生を実現する。
さらに、造船分野における世界的な供給能力過剰問題が長期化する中、一部の国において市場を歪曲するような公的支援が行われている。特に、韓国政府が政府系金融機関を通じて実施している自国造船業に対する大規模な公的助成については、供給能力過剰状態の解消を遅らせ、WTO補助金協定に違反して、我が国造船業に大きな悪影響を及ぼしているとして、WTO紛争解決手続に基づき、本問題の解決が図られるよう取り組んでいる。また、OECD造船部会では、各国の造船政策のレビューに加えて、造船需給予測及び船価モニタリングの実施や各国公的支援措置の通報制度の強化に関する議論を行っている。引き続き、造船市場を歪曲する公的支援の是正・阻止に向けた取組み等を推進し、公正な競争条件の確保に努める。

資料)日本船舶輸出組合資料より国土交通省作成
(3)海上輸送産業
①外航海運
外航海運は、経済安全保障の確保に重要な役割を果たしていることから、緊急時においても、我が国と船舶の船籍国との管轄権の競合を排除できる日本船舶・日本人船員を確保することは極めて重要である。
このような課題に対処するため、「海上運送法」に基づき日本船舶・船員確保計画の認定を受けた本邦対外船舶運航事業者が確保する日本船舶を対象に、平成21年度からトン数標準税制注6の適用を開始した。また、25年度には日本船舶を補完するものとして、当該対外船舶運航事業者の子会社が保有する船舶のうち、当該対外船舶運航事業者が運航し、航海命令発令時に日本籍化が可能である外国船舶(準日本船舶)に対象を拡充して、日本船舶・日本人船員の確保を進めている。
さらに、30年度より、本邦船主の子会社が保有する同様の要件を満たした外国船舶まで、準日本船舶の対象に拡大した当該計画の適用を開始し、安定的な海上輸送の早期確保を図っている。
こうした取組みを通じて、できる限り早期の安定的な海上輸送の確保を図っていく。
②国内旅客船事業
令和2年度の国内旅客船事業の輸送需要は45.3百万人(前年度比43.5%減)と、新型コロナウイルス感染症拡大の影響等を受け大幅に減少しており、燃油価格高騰も相まって、経営環境は大変厳しい状況にある。国内旅客船事業は地域住民の移動や生活物資の輸送手段として重要な役割を担っており、また、海上の景観等を活かした観光利用の拡大も期待される。さらに、フェリー事業についてはモーダルシフトの受け皿として、また、災害時の輸送にも重要な役割を担っている。
このため、独立行政法人鉄道・運輸機構の船舶共有建造制度や税制特例措置により省エネ性能の高い船舶の建造等を支援している。さらに、海運へのモーダルシフトを一層推進するため、平成29年6月にとりまとめた「内航未来創造プラン」に基づき、モーダルシフト船の運航情報等一括情報検索システムの運用に向けた検討を実施するとともに、新たな表彰制度として、モーダルシフトに最も貢献度の高かったと認められる事業者を表彰する「海運モーダルシフト大賞」を令和元年度に創設、4年4月には令和3年度の表彰を実施している。
また、船旅に係る新サービス創出を促進するため、平成28年4月から3年間「船旅活性化モデル地区」制度を設け観光利用に特化した航路の旅客船事業の制度運用を試験的に弾力化した。この結果を踏まえ、31年4月からは「インバウンド船旅振興制度」を創設し、インバウンド等の観光需要を取り込む環境整備を図っていく。さらに、「訪日外国人旅行者受入環境整備緊急対策事業」等により、無料公衆無線LAN環境の整備、案内標識等の多言語化等を支援するなど、訪日外国人旅行者の利便性向上を図るために必要な取組みを推進している。

③内航海運
令和2年度の内航海運の輸送量は1,538億トンキロであり、国内物流の約4割を担っている。内航海運は、我が国の経済・国民生活を支える基幹的輸送インフラであるとともに、フェリーと並んでモーダルシフトの重要な担い手となっている。また、内航船舶については、船齢が法定耐用年数(14年)以上の船舶が全体の約7割を占めているものの、平成のバブル期に大量建造した船舶の撤退等により、船齢構成は徐々に平準化が見込まれる。一方で、船員は従前に比して30歳未満の割合が増加傾向であるものの、若手船員の定着率の向上が課題となっている。
令和3年8月には内航海運暫定措置事業が終了し、約50年続いた船舶の供給に関する規制が解除されたことで、今後、代替建造の促進や事業者間の競争促進等、業界の活性化が期待されるところである。このように、事業環境が大きく変化する中でも、内航海運が社会に必要とされる輸送サービスを持続的に提供し続けるため、令和4年4月より施行された改正内航海運業法において内航海運業に係る契約の書面交付を義務化するとともに、内航海運業者による法令違反が荷主の要求に起因する場合の「荷主に対する勧告・公表制度」や、「船舶管理業の登録制度」等を創設した。
また、内航海運業者と荷主との連携強化のためのガイドラインや、荷主業界と内航海運業界との意見交換の場である「安定・効率輸送協議会」の開催を通じて、取引環境の改善や内航海運の生産性向上等を図ることとしている。
④港湾運送事業
港湾運送事業は、海上輸送と陸上輸送の結節点として、我が国の経済や国民の生活を支える重要な役割を果たしている。令和2年3月末現在、「港湾運送事業法」の対象となる全国93港の指定港における一般港湾運送事業等の事業者数は858者(前年度より1者減)となっている。また、令和2年度の船舶積卸量は、全国で約12億9,640万トン(前年度比9.1%減)となっている。
(4)船員
船員の確保、育成は我が国経済の発展や国民生活の維持・向上に必要不可欠であり、様々な取り組みを行っている。内航船員については、近年、船員教育機関を卒業していない者を対象とした短期養成課程の支援や新人船員を計画的に雇用して育成する事業者への支援など、若手船員の確保に向けた取組みを行っており、業界関係者の努力も相まって、新規就職者数が増加し、若手船員の割合も増加傾向にある。

一方、入出港を頻繁に繰り返すなど厳しい労働環境にさらされている船舶にあっては、若手船員の定着が課題であることから、令和3年5月に成立した「海事産業の基盤強化のための海上運送法等の一部を改正する法律」に基づき、労務管理責任者の選任制度の創設等により船員の労務管理の適正化を推進するなど船員の働き方改革の実現に取り組んでいる。
また、外航日本人船員は、経済安全保障等の観点から一定数の確保・育成が必要であるため、日本船舶・船員確保計画の着実な実施等による日本人船員の確保に取り組んでいる。
さらに、国土交通省が所管する船員養成機関として独立行政法人海技教育機構(JMETS)が設置されている。JMETSは、我が国最大の船員養成機関として、新人船員の養成、海運会社のニーズに対応した実務教育及び商船系大学・高等専門学校の学生等に対する航海訓練を実施している。
JMETSは、今後とも、最近の技術革新等に適応した優秀な船員の養成に取り組み、保有するリソースを最大限に活用して、若手船員の確保・育成を着実に推進していく。
(5)海洋産業
海底からの石油・天然ガスの生産に代表される海洋開発分野は中長期的な成長が見込まれ、我が国の海事産業(海運業、造船業、舶用工業)にとって重要な市場である。しかしながら、国内に海洋資源開発のフィールドが少なく、我が国の海洋開発産業は未成熟である。このため、国土交通省生産性革命プロジェクトのひとつとして位置づけた「j-Ocean」により、海洋開発市場への進出を目指す取組みを推進している。具体的には、平成30年度より海洋開発用設備に係るコストやリスクの低減に資する付加価値の高い製品・サービスの開発支援を行っているほか、我が国が優れた技術を有する浮体式洋上風力発電施設の普及促進や洋上風力関係作業員輸送船の国産化に向けた環境整備に取り組んでいる。
(6)海事思想普及、海事振興の推進
海洋立国である我が国において、国民の海洋に対する理解や関心の増進や、暮らしや経済を支える海事産業の認知度向上は、安定的な海上輸送及びそれを支える人材の確保のために重要な取り組みである。このため、国土交通省は、海事関連団体等と連携して、海事振興事業及び海洋教育事業を全国で展開しており、令和3年度には、主に以下の事業を実施した。
【海事振興事業】
令和3年度の「海の日」中央行事は、新型コロナウイルスの感染状況を踏まえ、船舶の一般公開等のイベントに代えて、オンラインイベント「海の日プロジェクト2021」を開催し、本田望結・紗来姉妹が様々な海事関連施設を巡りながら「海の日」の意義や海事産業の重要性、ボートレジャーの楽しさを学ぶ「海の日動画」をはじめ、多様なWEBコンテンツを公開した。また、「C to Seaプロジェクト」では、海事産業の現場取材などのオリジナルYouTube動画を公開するとともに、関係団体や事業者、インフルエンサーと連携し、「海の絶景」を切り口とした海事観光プロモーションを実施した。
【海洋教育事業】
海洋教育事業では、平成29年3月改訂の小中学校の学習指導要領に基づき、令和2年4月から小学校(中学校は同3年4月から)において海事産業の重要性等が盛り込まれた授業が開始されたことから、新しい学習指導要領に対応して作成した「海洋教育プログラム(学習指導案)」の全国小学校教員への周知を行うとともに、教員により授業の補完、児童生徒の自宅学習に対応するため同プログラムに応じたウェブ授業動画の作成・公開等を実施した。
- 注5 事業基盤強化計画・特定船舶導入計画に関するウェブサイト
https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk5_000068.html - 注6 毎年の利益に応じた法人税額の算出に代わり、船舶のトン数に応じた一定のみなし利益に基づいて法人税額を算出する税制。世界の主要海運国においては、同様の税制が導入されている。