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国土交通白書 2022

2 気候変動に伴う気象災害リスクの高まり

インタビュー 気候変動分野の科学的知見の蓄積について

気象研究所客員研究員・鬼頭昭雄氏
気象研究所客員研究員・鬼頭昭雄氏

 気候変動分野では科学的知見の蓄積が進展している。気象の研究とともに、これまで約30 年、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)注13に執筆者として関与している鬼頭氏に、気候変動分野の科学的知見の状況についてお話を伺った。

■気候変動と人為的影響の評価

 気候変動の科学的知見はIPCCに蓄積があり、その評価報告書では、気候変動の人為的影響についての確からしさ(気候変動は人間活動によるものか)が示されてきた。当初の評価報告書では、気候変動が起きていることは事実である旨の記述のみがなされていたところ、その後、気候変動への人為的影響について、2001年の第3次評価報告書では可能性が高い(66%の確からしさ)、2013年の第5次評価報告書では可能性が極めて高い(95%の確からしさ)、そして直近2021年の第6次評価報告書では疑いの余地がないことが示されている。一般に科学の世界では、95%の確度が得られた時点で確かであると認識するため、第5次評価報告書の時点で、気候変動は人間活動によるものとIPCCで認識されたことになる。

■気候変動の予測と気候モデル

 気候変動の研究には将来予測が必要であり、この30年間、その予測の基本的な枠組みに大きな変化はない一方で、予測の精度は大きく向上している。1990年のIPCCの第1次評価報告書から大気と海洋の双方の温度変化を扱う気候モデルが用いられており、これは2021年ノーベル物理学賞を受賞された真鍋氏の研究内容をベースとするものである。現在は、予測精度が向上し、SSP1-2.6シナリオやSSP5-8.5シナリオなどの精密なシナリオにより、2100年までに気候がどう変わっていくかなどが予測されている。

 なお、2007年、IPCCはノーベル平和賞を受賞しており、この受賞について、個人的には気候変動問題への取組みは安全保障上の重要な課題であり、人類の平和のためには気候変動への取組みは欠かせないというメッセージだったと考えている。今回の物理学賞についてはその意図はわからないものの、個人的な受け止めとしては、2007年以降、気候変動の緩和策の取組みに目覚ましい進展が見受けられない中、改めて気候変動問題に対して関心を持ってもらいたいとの思いも込められているのではないかと感じている。

■我が国における気候変動の影響

 今後、世界的に気温が上昇することが予測されている中、世界の気温変化と比較して、日本の気温変化は相対的に大きいことが予測されている点に留意すべきである。このため、パリ協定での1.5℃上昇の目標が達成された場合でも、日本では1.5℃よりも高い気温上昇が見込まれる。また、平均的な気温上昇と極端な気温上昇との違いについても注意が必要である。平均気温の1℃上昇は、極端なケースではこれ以上の気温上昇が生じ得ることとなる。例えば2018年の日本での熱波のような極端な現象も、地球温暖化の影響がなければ起こり得なかったことである。大雨や強風なども含め、今後、気候変動に伴う異常気象の頻度と強度が高まることが予測されており、対策が必要である。

 また、大雨などの異常気象と地球温暖化との関係性については、イベントアトリビューションという近年大きく進展した研究分野があり、実際に観測された異常気象について、その発生確率や強度に対して気候変動がどの程度影響を与えたかの評価が試みられている。例えば、特定の気象災害について、地球温暖化がなかった場合の雨の降り方を想定すると河川の氾濫が少なかったとの研究結果や、気象災害に伴う経済的被害のうち幾つかが地球温暖化により引き起こされたものとの研究結果もあり、ランダムに起きた現象に対する計算機能力の向上等がこれら研究結果に寄与している。

■気候変動の緩和策と適応策の両輪に向けて

 気候変動による影響は将来発生するように捉えられる向きもあるが、熱波による熱中症など、既に異常気象による被害が生じていることから、現在進行形の課題である。また、今後災害リスクが高まることが予測されており、例えば2050年に気温が大きく上昇したケースを想定すると、昼間は熱中症を気にして屋外で働けないといった状況も考えられ、労働生産性や経済損失の観点からも大きな課題になっていくと思う。

 また、IPCCでは、気候変動によるリスクの大小は、ハザード、曝露、脆弱性の3つの要素によって決まると説明しており、その報告書では、気候変動のリスク管理に向けて、気候変動の緩和策によりハザードの軽減に取り組むとともに、気候変動の適応策により曝露や脆弱性を軽減することで、そのリスクを許容可能な範囲に抑制することが大事であるとのメッセージを発出している。

 このため、気候変動の緩和策及び適応策の両方に取り組んでいく必要がある。今から対策を行わないと間に合わないとの危機感をもって、行政や企業など関係者が連携して取り組んでいく必要があると思う。

  1. 注13 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change)は、世界気象機関(WMO)及び国連環境計画(UNEP)により1988年に設立された政府間組織。IPCCの目的は、各国政府の気候変動に関する政策に科学的な基礎を与えることであり、世界中の科学者の協力の下、出版された文献(科学誌に掲載された論文等)に基づいて定期的に報告書を作成し、気候変動に関する最新の科学的知見の評価を提供。