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国土交通白書 2023

第1節 直面する課題とデジタル化の役割

インタビュー注11 「建設テック」による建設業でのイノベーション創出の可能性

(Obayashi SVVL, Inc. COO/CFO 佐藤寛人氏)
(Obayashi SVVL, Inc. COO/CFO 佐藤寛人氏)

 競争力確保に向けて、デジタル化による新たな付加価値・イノベーションの創出が欠かせない。シリコンバレーに現地法人(Obayashi SVVL)を設立し、スタートアップと共同で建設テックなどビジネスモデルの開発を進めている佐藤氏に、建設業を取り巻く環境の変化やイノベーション創出にあたっての課題についてお話を伺った。

●建設業を取り巻く環境の変化とデジタル化の遅れに対する危機感

 2000年頃のインターネットブーム時代の到来により、生産性を大きく向上させた業界もある中、インターネット技術との親和性が低かった建設現場にはそれほど大きな変化が訪れなかった。しかし、近年急速に進展するロボットやAI等のデジタル技術は、リアルの「物」を現場で動かすテクノロジーであり、建設業にも大きな変革がもたらされ得る機会が訪れたものとみている。例えば、インターネットのみでは現場でアクションを起こせなかった一方で、AI・ロボットは物を見て判断し、工程表に基づいて物を運搬することができ、建設プロセスが変わり得るものである。

 この観点で、「建設テック」の可能性への期待感から、日本の建設業が変わり、作業員がより少ない身体的負担で現場作業に従事することができ、生産性が向上するといった世界を思い描いて、SVVLを設立し、シリコンバレーでの活動に2017年から取り組んできた。

 ここで「建設テック」とは、建設プロセスそのものをデジタル化することとして捉えており、対象とする範囲は、設計、見積、施工、プロジェクト管理のツールまでを想定している。

 「建設テック」へ期待を持つ一方で、建設業におけるデジタル化の遅れに対する危機感も、本取組みに注力する原動力となった。例えば、SVVL設立当時、シリコンバレーにおいても建設テックを扱うスタートアップはごくわずかで、建設テックのコミュニティ、エコシステムは見当たらず、建設業が他の産業と比べてデジタル化の潮流から取り残されているような焦燥感を感じた。

●建設現場の課題をオープンにする

 建設業の特徴として、一旦、建設現場が開設されると現場は仮囲いで囲まれ、仮囲いの中で行われている「生の現場プロセス」を部外者が見る機会はほとんどない。この建設現場の閉鎖性により、スタートアップが自分達の技術を売り込む際に、建設市場がターゲットにされにくく、結果、建設テックが育ってこなかったのではないかと仮説を立てた。

 このため、建設現場の課題(痛み(pain))をオープンにし、シリコンバレーのスタートアップと課題を共有することで、最新のデジタル技術を適用した解決策(痛み止め(painkiller))を検討してもらうこととした。これらスタートアップに出資し、資金面でサポートするとともに、建設プロセスにおける生産性向上に資するデジタル技術を適用した製品・サービス開発・市場展開に力を注いでいる。

●シリコンバレーにおけるイノベーション創出の方法論

 シリコンバレーの技術開発、製品・サービス開発のプロセスの特徴として、エンジニアの直観的アプローチ(洞察力(insight))に基づいて、試行錯誤を繰り返しながら開発を進めていく「シリコンバレー流のイノベーションへのアプローチ」の存在が挙げられる。例えば、ベンチャーキャピタルにおける出資判断の基準においても、新製品・新サービスのアイディアの実現可能性を実証していくプロセスが重視され、時にはそのプロセスにおける「失敗の経験」も当該スタートアップの「成長の糧」として好意的にみなされる。一方で、投資家からのスタートアップに対するプレッシャーは強く、1か月、3か月、半年といった短期間で製品・サービス開発のマイルストーンが設けられ、そのマイルストーンをクリアしないと次の資金調達が危ぶまれる仕組みとなっている。

 こうした「シリコンバレー流イノベーションへのアプローチ」は、一般的な企業内の意思決定のアプローチ(過去の経験や定量的データに裏付けられた合意形成のアプローチ)とは大きく異なる。スタートアップ創業者の直感や洞察による仮説(事業実施前に客観的なデータでその正しさを説明できない仮説)に基づき、試行錯誤による実証実験を伴う事業遂行により当該仮説の正しさを証明していくことでイノベーション創出を図る方法論であり、試行錯誤型のアプローチを理解し、そのプロセスに伴走する投資家の存在も、シリコンバレーを世界的に稀有な場所にしていると感じる。

●標準化が課題

 SVVL設立当時、建設テックに関するスタートアップはシリコンバレーでも数少なかった。卓越した技術を持つスタートアップは他の産業分野のデジタル化で事業に取り組んでおり、建設市場向けの製品・サービスを開発するスタートアップは少なかったと考えている。この状況はこの数年で大きく変わったと思う。建設テック専門のベンチャーキャピタルやスタートアップが開発した試作品を意欲的に利用する建設会社が出現し、スタートアップ、投資家、ユーザーによる「建設テックエコシステム」が形成されてきたためである。

 一方で、日米のスタートアップが置かれた市場環境を比較すると、その違いは大きいと感じる。米国では比較的ソフトウェアの業界標準化が進みやすいが、日本では業界標準のソフトウェアがなかなか現れてこない。この要因の一つには、建設エンジニア市場の人材流動性の違いが考えられる。例えば、米国のエンジニアの労働市場の流動性は高く、エンジニアが転職前に使用していたソフトウェアに必要なスキルは転職先企業に移転する傾向があり、業界内でソフトウェアの共有化に伴う業界標準が形成されてきたと思う。一方、日本では人材の流動性が低く、業界内でソフトウェアに必要なスキルが流通せず、個社のソフトウェアが独自に発展してきた。業界内でソフトウェアサービスの標準化が生まれにくい日本の環境は、今後、上述の建設市場向けの製品・サービスを開発するスタートアップ(サービスプロバイダー)からみても魅力の低い市場として映ることが懸念され、大きな課題であると思う。

●建設プロセスのデジタル化により建設業本来の魅力を取り戻す

 今後、建設プロセスのデジタル化が進むことで、現場の生産性が飛躍的に向上するとともに、新たな価値・イノベーションが創出されるのではないかと考えている。建設業は、プロジェクトの過程とその成果においてロマンがあるし、社会的責任を伴うやりがいのある仕事である。しかしながら、現実的には労働者不足やその高齢化問題が喫緊の課題として挙げられ、解決策が求められている。デジタル技術を核にした建設テックの製品・サービスが今後、普及することにより、こうした課題が解決され、生産性を飛躍的に向上させることができれば、建設業の本来の魅力が取り戻せると期待して、今後も活動していきたいと考えている。

  1. 注11 本白書掲載のインタビューは、2023年1月~2月に国土交通省が実施した取材によるものであり、記載内容・所属は取材当時のインタビューに基づくものである。