国土交通省ロゴ

国土交通白書 2023

第2節 デジタル実装の現在地と今後への期待

インタビュー デジタル化推進の国際動向と日本の立ち位置

(世界経済フォーラム 日本代表 江田麻季子氏)
(世界経済フォーラム 日本代表 江田麻季子氏)

 世界水準のデジタル社会形成に向けては、世界の趨勢を踏まえつつ、官民連携により社会システムの転換を進めていくことが重要である。インテル(株)での経営者経験を持ち、世界経済フォーラムでダボス会議での議論をリードする江田氏に、デジタル・トランスフォーメーションに向けた課題や国際社会との連携のあり方、日本の特徴を踏まえた今後の展開についてお話を伺った。

●デジタル技術がもたらす社会問題を事前に議論すべき

 日々加速度的にデジタル技術の発展が進んでいる中、世界経済フォーラムの年次総会でも、新しいテクノロジーを社会へ取り込んでいくことは参加者の共通の認識となっており、議論の焦点は、テクノロジーの取込みに際して生じる問題に対し、官民で国際的にどう協力して取り組んでいくかとなっている。

 例えば、メタバースは技術的に実現性が高まってきている一方で、メタバースの世界のガバナンス主体は誰であるべきか、個人の権利・プライバシー等を守りながら産業を発展させるにはどうしたらいいかといった問いに対しては未だ答えがない。また、SNSは、人々をつなげて便利になったという面がある一方で、民主主義や子供の教育のあり方などに関して様々な課題が提起されている。テクノロジーだけが独り歩きするのではなく、それが社会に浸透した際の問題等について事前にマルチステークホルダーで議論すべきである。

●未来志向での国際連携が重要

 世界の国々は、デジタル化によりつながりを深めており、他国との連携・協働なしに自国のリソースだけで生きていける国はない。このため、ダボス会議といったマルチステークホルダーによる未来志向での国際連携が重要である。

 デジタル化は、社会変化や技術発展に柔軟に対応していくこと(アジャイルガバナンス)を前提に進めていく必要がある。つまり、既に直面している課題への対応のみならず、数年後を見据えて、デジタル技術がもたらす社会変化を想像力豊かに考えていかなければならない。逆に、慎重な議論を重ねて詳細な制度設計を行っても、社会環境の変化が速すぎて実行に移す頃にはあまり意味をなさないおそれもある。このため、日本の行政も未来志向の想像力とスピード感をもって行動へ移していくことが重要である。

 また、デジタル技術そのものやその用途等が広く知れ渡る前の段階から、グローバルレベルの議論に参加することで潮流を学び、あるべき姿について発信していくことが日本のリーダーにとって重要だと思う。個社の垣根を超えてマルチステークホルダーで行われる取組みに初期の段階から関わることでの学びも大きく、課題を共有することによりグローバルレベルで一緒に取り組む仲間も見出せる。日本人は慎重な方も多く、素晴らしい取組みをしている企業であっても、「自社は世界から見ると遅れている」と感じて発言を控えるケースも見受けられるが、より積極的に国際協調の場に参加してほしい。

●日本は組織の硬直化を打破し、デジタル化の力を使いこなすべき

 デジタル・トランスフォーメーションは、既存の仕組みを壊すことが前提条件である。例えば、デジタル化の特徴である事象の透明化(データの入手・分析が容易になること等によりこれまで表面化していなかったものが可視化される)の影響を受けることにより、存在が脅かされる部署や産業も出るなど、様々な変化が生じることが予想される。一方で、デジタル化によって新たな事業のチャンスが生まれる側面もあるが、企業の経営層によっては、そうした変革に対して躊躇している傾向も見受けられる。企業の中間層の人たちがその必要性を理解していても経営トップ層のリーダーシップなしには変革は起こらないため、経営層の理解を深めることが重要である。

 ダボス会議での議論や様々な動向等を見ていると、海外の保守的と思われる産業のトップであっても、デジタル・トランスフォーメーションをどう進めるかという段階は既に過ぎ、テクノロジーを取り込んでどのように競争に勝っていくかとの意識を持っている。一方、グリーンフィールドである新興国の経営層は、元々確立した産業も少ない中で、デジタル技術を活用した新しい事業に果敢に取り組み、経済発展の加速化を目指していくとの認識がある。日本はその中間あたりに位置しており、能力が高い人材も多く、素晴らしい要素技術がある一方で、組織の硬直化を打破しなければデジタル化の力をうまく使いこなせない。官民で連携し、社会システムの転換をどう進めていくかという観点から、社会や組織のあり方といった根本的な課題についても考えていくべきである。

●国土交通分野のデジタル化は全体的なシステムとして捉えるべき

 身近にある危機に対するソリューションは生まれやすい。日本では高齢化による人材不足も背景として、ロボット技術が生産の現場で発達しているのだと思う。加えて、日本は地震や異常気象といった多くの災害に対処してきた歴史があり、災害・危機対応といった分野における日本の技術は先行していると思う。例えば、被災状況をリアルタイムに伝達・共有し、避難経路等の必要な情報を各自がタイムリーに把握することが可能になれば、こうした技術や仕組みが世界中で活用されるのではないかと期待している。

 国土交通分野の取組みは、インフラ、スマートシティ、防災など比較的大きな社会基盤に関するものだと理解している。そうした社会基盤をデジタルの力で変革していく際には、自然との共存、脱炭素、ダイバーシティの観点を加えるとともに、タコつぼ化することなく社会経済システム全体を俯瞰して捉えて取り組むべきである。そうすることで、より多くの人がデジタル化の恩恵を受けられるようになり、また、持続的な地域の発展につなげていくことができるのではないか。

●世界に先駆けて社会に役立つデジタル技術の実装を

 日本人は理解力・適応力が高く、必ずしもユーザビリティが高いと言えないシステムやサービスであっても、個々人が工夫して使いこなしたり漸次的な改良を繰り返すことで、それらが温存されてきた側面があると感じる。そのために、新しいサービスや技術の誕生が阻害されていた側面もあるといえるのではないか。

 一方でそうした特性は、一旦やるとなったらとことん突き詰めて組織力を発揮してものごとを成し遂げることにもつながる部分があり、海外と比べて大きな強みである。さらに、テクノロジーのプラスマイナスの二面性を認識したうえでテクノロジーの利用・活用方法に関する価値観のコンセンサスが取れている部分が多く、日本におけるデジタル技術の取込みにあたって、規制等について国民の合意形成が図られやすい特徴があると考えている。データ利用に関しても、他国・他地域に見られる両極端な考えに分断されることなく、ある程度のコンセンサスが取れていることでデジタル技術の実装スピード感が保てる利点があると思う。

 日本の特性・課題を認識して必要な行動を起こせば、日本は世界に先駆けて、社会に役立つ形で人間を主体としたデジタル技術の実装を進めることが可能だと思っている。