国土交通省ロゴ

国土交通白書 2023

第2節 新しい暮らしと社会の姿

インタビュー 仮想空間への期待とこれからのデジタルインフラ整備

(立命館大学情報理工学部 教授 木村朝子氏)
(立命館大学情報理工学部 教授 木村朝子氏)

 デジタル化により一人ひとりのニーズにあったサービスが受けられ、住む場所や時間の使い方を選択できる社会に向けて、仮想空間の活用拡大への期待が寄せられている。複合現実感などの技術とともに、ユーザーインタフェースなど習熟していない利用者への使いやすさの観点なども研究されている木村氏に、デジタル時代を支える仮想空間の活用に関し、ユーザーや国土交通行政に求められる視点について、お話を伺った。

●仮想空間の活用可能性はユーザー次第

 コロナ禍で日本においてもデジタル化が進み、例えば「会議は対面で」という従来の常識が薄れ、オンライン会議が違和感なく浸透したと思う。これらオンライン化や、ロボット等の活用による作業の遠隔化は、人々の移動時間の節約を通じ、時間制約のある子育て世代含め、働き手・働き方の多様化につながる。また、場所を選ばず仕事ができ、過疎化など地方の課題解決に資する可能性もある。仕事以外でも移動を伴わず活動が可能となることで、高齢者や障がい者含め、人に優しいデジタル化の面でも利点がある。

 コロナ禍を通じて、世代による考え方の差異も浮き彫りになり、年配の方を中心に対面でなければ伝わらないと考えている一方、若年層を中心にオンラインや仮想空間でも十分伝わると考えているなど、見解の相違も見受けられる。オンラインや仮想空間の活用可能性は、ユーザー次第の部分がある。例えば、私の教え子の中には、仮想空間で多くのことを成し遂げ、よりリアルで質の高い意思疎通をユーザー同士で密に行っている人がいるが、これはメタバース上でアバターの表情を豊かに表現することができるなど、仮想空間でのツールをユーザーが使いこなしている部分が大きいと思う。

●対面での価値を意識した使い分けが大切

 既にインターネットショッピングなどオンラインでの買い物も普及しているが、今後、メタバース等での買い物など情報量の増大が伴えば、利便性は更に向上する。既に仮想空間の取込みが様々な業界で進められており、例えば住宅関係では、360度で室内を内見するサービス、ARでインテリアをシミュレーションする新しいサービスなども出てきている。

 一方、技術がどれほど進展してもすべてメタバースなど仮想空間に頼る必要はなく、旅行や人とのコミュニケーションなど対面での価値が残る場面もある中、使い分けが重要である。例えば、教育の現場では、オンライン授業で移動時間を節約し、対面でしかできない実機を使った実験等にその時間を充てるなど、私自身も工夫を図っている。オンラインと対面の双方の価値を熟成することが大切である。また、オンラインのみならず、PLATEAUなど仮想空間について、シミュレーションやプランニングに活用することで、現実の活動に活かすことも重要である。例えば、旅行前に仮想空間で観光地を予習し、優先順位をつけ、現実空間でリアルに旅行する際には効率よく観光地を回ることもできる。予習の段階で旅行意欲が増加し、旅行日程が増えることもあるかもしれない。さらに事前にバリアフリールートを仮想空間で確認するなど、人に優しいデジタル化としても期待できる。

●新しいサービスを支えるデジタルインフラの整備が肝要

 新しいサービスが誕生するための土壌として、一般に開かれたオープン型のプラットフォームがデジタルインフラとして必要不可欠である。現在、国が推進しているデジタルツインやPLATEAUのように、新しいサービスを制作・更新する基盤があることで、企業や個人による付加価値の創出が可能となる。インフラの重要性については強調しすぎることはなく、例えば、地図が作成されていなかったら、郵便や宅配システムの実現が遅れていたかもしれず、地図があったからこそ様々なサービスが発達したと考えている。デジタルツインやPLATEAUなどのプラットフォーム構築に尽力することで、数年後・数十年後にこれまでにない新しいサービスが次々と生まれるだろう。

 また、旅行の際、各自治体等のアプリがバラバラに提供されているため個別ダウンロードする必要があったり、アプリ間でデータを共有できないなど、不便を感じた経験がある方もいると思うが、アプリ一つで多様なサービスが可能など、利便性の面でも基盤的なデジタルインフラでは共通化が必要であり、この点で国が先頭に立って推進することに意義があると思う。

●国土交通行政は、複合現実・拡張現実技術との相性がよい

 私自身は、人がどのように仮想世界や複合現実世界と関わり合うのかとのテーマで研究している。例えば、現実世界にいる私の目前にマグカップがあるとして、これに特殊なペンや筆(インターフェース)を使って「デジタルのインク」で絵を描く場合、仮想上で立体物に絵を描き、ゴーグルを通してのみ絵が見えていることとなる。デジタルインクを用いることで何度も描きなおすことができ、最後は3Dプリンターを用いてリアルのマグカップに着色することもできる。これにより、今までは現実世界で行っていた作業(着色)が、仮想世界で簡単に、そして省資源で実施することができる。このような、特殊な筆などインターフェースに関する技術が進展することで、複合現実世界がより使いやすくなると思う。また、「バーチャル旅行」として仮想空間内でまちを歩きながら、現実空間で実際にウォーキングをして、旅先の状況など五感を表現する研究も行われており、今後、仮想空間を活用したリアルの活動の充実が期待される。

 さらに、複合現実感により、現実世界には情報として表示されていなかった情報がプラスアルファで表示され、使用者に便利で有益な情報が付加されるといったような技術もある。例えば、洪水被害が想定される現場で、現実世界のまちに洪水情報を重ね合わせることで、よりリアリティをもって避難訓練を行うこともできる。

 完全にバーチャルだと現実世界が置き去りになるので、仮想世界と現実世界の融合を図りつつ技術をどう活用するかが大切であり、リアルのモノを扱う国土交通行政とVR/ARの活用は相性がよく、今後可能性が広がる技術ではないかと思う。

●先端技術を取捨選択しつつ、積極的に活用してほしい

 現状では、例えば、メタバースが実現された際に生活でどう活用するかなど「わたしごと感」が醸成されていないと思う。コロナ前を振り返ると、年間を通じたオンライン授業など考えられなかったが、コロナ禍での経験を経て、現状ではその利点・課題、活用の仕方も見えてきている。仮想空間に関する先端技術は、未体験の人も多くその良さが伝わりづらく、普及には時間を要するかもしれないが、活用方法によっては画期的に便利になり得るものである。今後、社会で活用する先端技術を取捨選択しつつも積極的に活用し、これからの幸福で楽しい未来の創出に役立ててもらいたい。