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国土交通白書 2023

第4節 交通分野における安全対策の強化

■3 海上交通における安全対策

 我が国の周辺海域では、毎年約2,000隻の船舶事故が発生している。ひとたび船舶事故が発生すると、尊い人命や財産が失われるばかりでなく、我が国の経済活動や海洋環境にまで多大な影響を及ぼす可能性があるため、更なる安全対策の推進が必要である。

(1) 船舶の安全性の向上及び船舶航行の安全確保

①船舶の安全性の向上

 船舶の安全に関しては、国際海事機関(IMO)を中心に国際的な基準が定められており、我が国はIMOにおける議論に積極的に参画している。我が国で航行する船舶の安全を確保するため、日本籍船に対する船舶検査を実施し、国際基準等への適合性を確認している。また、コロナ禍を踏まえ、ITを利用した遠隔検査を推進する等、引き続き船舶検査手続き等の非接触化に努めている。ヒューマンエラーの防止による海上安全の向上や船員の労働環境改善が期待されるほか、我が国海事産業の国際競争力等に資するものと考えられる自動運航船については、令和7年(2025年)までの実用化を目指し、「自動運航船の安全ガイドライン」の策定等各種の取組を進めている。

 また、IMOにおいても自動運航船に係る国際ルールについて検討が進められており、令和4年5月には、我が国等の提案を基にした具体的な条文の策定に向けた作業が開始されたところ、国内での実証事業の成果等も活用し、引き続きIMOにおける議論をリードしていく。

②船舶航行の安全確保

 船員の訓練及び資格証明並びに当直の基準に関する国際条約(STCW条約)に準拠した「船員法」及び「船舶職員及び小型船舶操縦者法」に基づき、船員に必要な資格・教育訓練等を定めるとともに、小型船舶操縦者の資格及び遵守事項について定め、人的な面から船舶航行の安全を確保するとともに、運航労務監理官による監査を通じて、関係法令の遵守状況等の確認を行い、関係法令に違反していることが判明した事業者等に対しては、行政処分等により再発防止を図っている。また、小型船舶の安全確保のため、小型船舶操縦者が遵守すべき事項として、酒酔い等操縦の禁止、危険操縦の禁止、ライフジャケットの着用等を義務づけており、これらについて、小型船舶乗船者を中心に規制内容の説明やリーフレットの配布を行う等、関係省庁、団体と連携して周知・啓発を図るとともに、違反者への再教育講習を行っている。

 また、「水先法」に基づき、水先人の資格を定め、船舶交通の安全を確保しており、水先業務の安定的な提供や人材の確保・育成に向けた施策を推進している。

 海難審判所では、職務上の故意又は過失によって海難を発生させた海技士、小型船舶操縦士及び水先人等に対して「海難審判法」に基づく調査、審判を実施しており、令和4年には290件の裁決を行い、海技士、小型船舶操縦士及び水先人等計381名に対する業務停止(1から2か月)及び戒告の懲戒を行うなど、海難の発生防止に努めている。

 海上保安庁では、5年間ごとに取組むべき海上安全行政の方向性と具体的施策を「交通ビジョン」として位置づけ、令和5年3月に新たな「第5次交通ビジョン」を策定し、これに基づき各種施策を推進していく。

 令和4年における船舶事故の特徴として、船舶種類別では、プレジャーボート、漁船、貨物船の順で船舶事故隻数が多く、プレジャーボートの船舶事故隻数は約6割を占めている。また、プレジャーボートの船舶事故について海難種類別でみると、運航不能(機関故障)が最も多く発生しており、船舶事故全体の2割を占めている。

 このため、海上保安庁では、プレジャーボートの機関故障を減少させるため、海事局等の関係機関と連携し海難防止講習会や訪船指導等のあらゆる機会を通じて、発航前検査のみでなく、整備事業者等による定期的な点検整備の実施を呼び掛けている。

 また近年、カヌー、SUP(スタンドアップパドルボード)、ミニボート等のマリンレジャーが盛んになっている状況を踏まえ、関係機関、民間団体、販売店等の事業者及び海難防止活動に協力的なマリンレジャー愛好家と連携し、広く安全啓発活動を実施している。

 このほか、海上保安庁が運用している総合安全情報サイト「ウォーターセーフティガイド」において、マリンレジャーの事故防止のための情報を掲載し、周知することで愛好者の安全意識の向上を図っている。

 加えて「海の安全情報」では、避難勧告等の緊急情報、全国各地の灯台等で観測した気象現況等の海難防止に資する情報を海事関係者からマリンレジャー愛好者まで幅広く提供している。

 平成30年9月の台風21号の影響により発生した関西国際空港連絡橋への船舶衝突事故を受け、走錨事故対策のために、大阪湾海上交通センターにおいては、大阪湾北部海域の監視体制強化をすべく、レーダー施設等の整備を進めている。さらに、「海上交通安全法等の一部を改正する法律」が令和3年7月に施行されたところ、4年9月の台風接近時には、船舶に対する湾外等の安全な海域への避難を勧告する制度及びバーチャルAIS航路標識の緊急表示制度をそれぞれ施行後初めて運用し、船舶交通の安全確保に努めた。加えて、走錨対策の一環として、船員が錨泊予定地における自船の走錨リスクを判定し、リスクに応じた走錨対策(錨泊地や錨泊方法の変更等)の実施を促すスマートフォン等向けのアプリである「走錨リスク判定システム」を開発、3年7月に無料公開し、普及促進を図った。

 海図については、電子海図情報表示装置(ECDIS)の普及に伴い、重要性の増した電子海図の更なる充実を図っている。また、外国人船員に対する海難防止対策の一環として英語にも対応した海図等を刊行している。この他、航路、港湾施設、潮汐等に関する情報を水路書誌として刊行するとともに、水路通報、航行警報等により最新の情報提供を行っている。

 航路標識については、海水の浸入を遮断する対策及び電源喪失時における予備電源設備の整備など、船舶交通の環境及びニーズに応じた効果的かつ効率的な整備を行っており、令和4年度に407箇所の改良・改修を実施した。

 我が国にとって輸入原油の9割以上が通航する極めて重要な海上輸送路であるマラッカ・シンガポール海峡については、船舶の航行安全確保が重要であり、沿岸国及び利用国による「協力メカニズム」 注14の下、我が国として航行援助施設基金注15への資金拠出等の協力を行っている。これに加え、我が国と沿岸3国(インドネシア、マレーシア及びシンガポール)において、日ASEAN統合基金事業(JAIF)として承認された同海峡の水路測量調査に協力するため、我が国としても、海事関係団体からの専門家派遣による技術協力等を行っている。今後も官民連携して同海峡の航行安全・環境保全対策に積極的に協力していく。

(2)乗船者の安全対策の推進

 乗船者の事故における死者・行方不明者のうち約6割は海中転落によるものである。転落後に生還するためには、まず海に浮いていること、その上で速やかに救助要請を行うことが必要である。小型船舶(漁船・プレジャーボート等)からの海中転落による乗船者の死亡率は、ライフジャケット非着用者が着用者の約4倍と高く、ライフジャケットの着用が海中転落事故からの生還に大きく寄与していることがわかる。また、通報時に携帯電話のGPS機能を「ON」にしていることで、緊急通報位置情報通知システムにより遭難位置を早期に把握することができ、救助に要する時間の短縮につながる。

 このため、海上保安庁では、海での痛ましい事故を起こさないために①ライフジャケットの常時着用、②防水パック入り携帯電話等の連絡手段の確保、③118番・NET118注16の活用という「自己救命策3つの基本」のほか「家族や友人・関係者への目的地等の連絡」について講習会やメディア等を活用して周知・啓発を行っている。

(3)救助・救急体制の強化

 海上保安庁では、迅速かつ的確な救助・救急活動を行うため、緊急通報用電話番号「118番」の運用を行っているほか、「海上における遭難及び安全に関する世界的な制度(GMDSS)」により、24時間体制で海難情報の受付を行うなど、事故発生情報の早期把握に努めている。また、海上において発生した海難や人身事故に適切に対応するため、特殊救難隊、機動救難士、潜水士等の救助技術・能力の向上を図るとともに、救急救命士及び救急員が実施する救急救命処置等の質を医学的・管理的観点から保障するメディカルコントロール体制の構築、巡視船艇・航空機の高機能化、関係機関及び民間救助組織との連携を推進するなど、救助・救急体制の充実・強化を図っている。

 また、令和4年4月に発生した北海道知床沖の遊覧船事故を受け、捜索救助に係る関係機関との調整機能の強化や自衛隊への災害派遣要請の迅速化を図るとともに、釧路航空基地に新たに機動救難士を配置するなど、迅速かつ的確な救助・救急体制の強化に取り組んでいる。

  1. 注14 国連海洋法条約第43条に基づき沿岸国と海峡利用国の協力を世界で初めて具体化したもので、協力フォーラム、プロジェクト調整委員会及び航行援助施設基金委員会の3要素で構成されている。
  2. 注15 マラッカ・シンガポール海峡に設置されている灯台等の航行援助施設の代替又は修繕等に要する経費を賄うために創設された基金。
  3. 注16 聴覚や発話に障がいを持つ方を対象に、スマートフォンなどを使用した入力操作により、海上保安庁への緊急時の通報が可能となるサービス。