
国土交通白書 2024
第1節 国土交通分野の現状と方向性
インタビュー モビリティにおける自動運転の可能性

モビリティにおける自動運転の実用化には、高度な技術開発に加え、自動運転に対する人々の理解と信頼・安心感の醸成が鍵となる。2015年にオープンソースの自動運転用オペレーションシステム(OS)を無償で公開し、世界各地のパートナー企業と協力して自動運転の社会実装に取り組む同社の岡崎氏に、自動運転の現在地、社会課題に対する有用性、自動運転の未来等について、お話を伺った。
●自動運転に期待される社会的役割
少子高齢化・人口減少が進展し、ドライバー不足が深刻化し地域の足がなくなるといった課題の解決に、自動運転は大きく貢献する。例えば、廃線の危機にあったバスや鉄道の路線が、自動運転に置き換われることで、地域の足を維持でき、住民の生活や地域のビジネスを維持できる。増便や混雑緩和につながる可能性もある。自動運転タクシー等が普及すれば、高齢者が外出しやすくなるし、また介護タクシーや福祉タクシーの担い手不足をカバーできれば、障害があって運転や外出が難しかった人も、外出しやすくなる。
自動運転の利点としては、プロのドライバーの負荷を下げられることも挙げられる。宅急便やフードデリバリーの需要が増加する中、デリバリーする担い手が減少している現状に対し、プロでなくてもできる部分は自動運転やロボットに担ってもらえる。
●自動運転の現在地
自動運転が一番進んでいるのは、バスの分野である。それは、二種免許を保有するドライバーが不足するという課題の明確性、また、今の自動運転技術のレベルに照らし、様々なルートパターンの走行は難しいものの、バス走行のような予め決定されたルートの条件下における開発やチューニングによる技術的対応のしやすさからである。政府も、「RoAD to the L4」や2025年に50か所、2027年に100か所以上の自動運転移動サービスを実現する目標を掲げ、様々な支援を行っており、実用化に向けた大きな鍵になっているという面も大きい。
次に、自動運転が進んでいるのは、タクシーとトラックの分野である。トラックの分野は、長距離ドライバーの減少という大きな課題を抱えている。政府も「デジタルライフライン全国総合整備計画」において、自動運転対応レーンを高速道路に作る議論等トラック分野に対し政策的な後押しをしており、自動運転技術の開発も加速していく。
●自動運転を可能とするインフラ
自動運転車を導入しやすい環境は、人も自動車を運転しやすいと感じる環境である。逆に、歩行者と自動車が混在し、いつどこから歩行者が出てくるかわからない環境では、人間も緊張するが、自動運転も導入しにくい。歩車分離の環境、あるいは路幅の広い道路で、自転車や路駐車があっても余裕をもって運転できる環境であれば、自動運転を導入しやすい。交通課題が明確な地域、例えばドライバー不足で公共交通が成り立たない地域、バラバラに居住地がある地域でも、導入しやすい。
自動運転にとって、将来、自動運転車と人が運転する車が混在しない道路環境が理想である。自動運転車が事故を起こす場所は、ロータリーや交差点のような複雑性が増すところであるため、様々なものが交錯しにくい道路環境が増えてほしい。もう一つは、自動運転車に付属する様々なセンサーは、物理的に見ることができない範囲である「死角」のところは、車両側のセンサーでは捉えきれない。そのため、いきなり物陰から人が出てくるような場所では、インフラ側にセンサーをつけ、車両に伝えるなど、車両側だけでできないことをインフラ側でカバーしてもらえるのが理想である。
将来的に、自動運転が完全自動運転に近いレベルに進んだとしても、遠隔監視は何らかの形で残ると言われており、室内で倒れている人がいないか、事故が起きていないかなど監視する時に安定した通信環境はやはり必要となる。今も5G等、高速通信環境は整備されつつあるが、地域や場所によって不安定なところがある。コストとの見合いも重要だが、遅延しない安定した高速通信環境の整備も自動運転導入を進める一つの鍵になる。
●技術のクオリティを上げ、自動運転への理解を促進
イノベーションの創出ということが言われるが、自動運転の分野であれば、新技術を社会実装するために必要なのは、技術のクオリティを上げること、そして、社会に根付かせるための時間である。長野県塩尻市で開催した住民向けのシンポジウムでは、自動運転の仕組みを小・中・高校の授業で取り上げてもらうことで、親だけでなく、その児童・生徒も一緒に、自動運転の技術を学べる機会となった。こうした取組みは、自治体が主導することが多いが、自治会の方向けの説明会を公民館で開催したり、広く市民向けにシンポジウムを開催したりと、地域や自治体により様々なアプローチを丁寧に行っている。
●自動運転における「官」の役割
自動運転は、公共交通でこそ有効に活用できると考えている。公共交通は、その地域のまちづくりや様々な計画と連携し、資金面も含め、持続可能なものにすることが重要であり、「官」が果たすべき役割は大きい。公共交通への自動運転の導入に当たり、計画や資金調達等において、官の支援が重要になってくる。国は、地域公共交通の確保の観点から、自治体に対する補助金支出、自動運転に係るルールの策定等、産学官の連携を進め、様々な公的支援を行っている。これまで人がやっていたことを機械が代替することにより、ルールの増加、コスト思考の変化といった新たな状況が生じてくることに対し、国として前向きに解決策を考える文化が重要と考える。
●最終形は完全自動運転
自動運転自体の最終形は、完全自動運転であるが、当面は、完全自動運転の実現よりも、一定程度、何らか人が介在したところが残る。また、人の介在を残してでも自動運転の活用の幅を広げていく方が、自動運転の普及は早まる。
まずは、ドライバー不足の課題に対して、自動運転がいかに、どの程度、解決できるのかが鍵となる。ODD(自動運転システムが作動する走行環境)が徐々に広がることで、最初は、例えばバスのように決まった路線だけ自動で走れるものだったのが、路線が延びたり、別の路線も走れるようになったり、ある地域ではほぼ自動運転で走れるようになるといった形で、徐々に完全自動運転に近づいていく。
そして将来、完全自動運転(レベル5)が実現すると、今よりも移動が気楽になるのではないか。これまでは、ここからここまでは電車に乗るしかない、バスしかない、自家用車しかないといった限られた選択肢しかなかったのが、多様化していく。そして、移動のしやすさが変わる。
●完全自動運転によって変わるライフスタイル
完全自動運転の実現により可処分時間が増えることで、ライフスタイルの変化が生じる。例えば、通勤や仕事での車移動が多い人は、移動中は運転するしかないが、自動運転の実現によって、移動中もほかのことに時間を有効に使えるようになる。また、日中、運転していた時間に仕事ができれば、夜の残業が減らせるかもしれない。車の中での過ごし方が多様化し、ライフスタイルが大きく変化する。
また、自動運転が進むことで心理的なことも含め移動のコストが減ってくれば、これまで不便だったところにも住みやすくなってくる。そうすると、これまであまり価値がないと見られていた地域に、新たな価値が生まれ、その結果として、都市計画を変えるかも知れないような「場所の価値」の変化も起こるかもしれない。