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国土交通白書 2025

第1節 担い手不足等によるサービスの供給制約

インタビュー注10 物流現場の働き方改革と荷主・消費者に求められる行動変容

~立教大学経済学部教授 首藤 若菜氏~
立教大学経済学部教授 首藤 若菜氏

 労使関係、女性労働がご専門で、国土交通省の「持続可能な物流の実現に向けた検討会」等の委員であり、労働実態の視点から物流課題の解決に取り組み、活躍を続けておられる首藤氏に、物流分野が抱える課題、持続可能な物流の実現に向けた取組、荷主や消費者が持つべき視点などについて、お話を伺った。

1. 物流「2024年問題」の現在地

①トラック運転手の長時間労働の背景にあるもの

 トラック運転手の長時間労働が蔓延していた背景には、労働時間を管理しにくい産業上・職業上の特性とともに、労働基準法の労働時間規制とは別の、「改善基準告示」上の拘束時間規制が、結果的に、長時間労働が当たり前の賃金体系を招き、荷主・消費者側の生産効率や物流の利便性・柔軟性と、それを支えるトラック運転手の長時間労働という構図が生まれ、それを、法の建付けが補完してきたということもある。

②長距離輸送を手掛ける事業者、中小事業者の間では、働き方の変化が進んでいない

 改善基準告示の改正により影響を受けるのは、トラック運転手の2、3割、その多くが長距離輸送、特に地方からの長距離輸送運転手である。いわば、「2024年問題」は長距離輸送をどうするかが問題で、圧倒的に、地方の問題である。

 一般的には、「2024年問題」による物流の停滞や混乱は、当初予想に反して、生じていない。この背景には、荷物量の減少、生産性の向上、法律違反の3つがある。労働基準法が改正された2019年と比較すると、貨物量は約1割減少しており、貨物量に対する運転手不足が、当初見込みより緩和したと考えられる。また大手は、過労死に対する社会的な問題意識の高まりを受け、2019年頃から中継輸送や共同配送、リードタイムの延長などの導入により労働時間を短縮してきた。それと同時に、自社のキャパシティを超える荷物の運搬は下請けの中小企業に委託してきたのも事実であり、中小企業における統計上の労働時間は、2024年の改正による顕著な減少は認められない。一方で、納品の遅れが商品価値に影響する水産物や農産物など、リードタイムを伸ばせない品目を扱う事業者では、法律を守れずに従来通りの体制を継続している事業者も多い。特に水産業の現場では、摘発が困難な白トラの横行が課題になっている。生産性の向上には、荷待ち・荷役に係る時間の削減が現実的であるが、パレットの導入や荷主側の人員配置など、コストの増加は避けて通れない。特に商品価格が安い品目ではコスト増加分の価格転嫁のハードルが高く、労働時間短縮への解決策を実行に移せていないのが現状である。

③今後は時間外労働の規制上限についても検討が必要

 トラック運転手の時間外労働の上限は、依然として他職種より長く、960時間は過労死ラインである。他職種と差を設ける合理的な理由がないのであれば、他職種と同じく上限を720時間に揃えるのが妥当ではないかと考える。残業時間の上限短縮に対しては、賃金の減額に対する懸念から労働者の強い反対が生じると予想するが、他職種との平等性を実現するためにも、トラック運転手を「普通に働いて普通に稼げる」職種にするべきである。

2. 賃金・価格転嫁、物流効率化について

①物流業界では過当競争により価格転嫁が停滞

 価格転嫁を推進するためには、市場環境を変えるか、運賃のあり方を変える必要がある。2024年以降、価格転嫁の交渉をする事業者が増え、運賃の引上げに成功した事例も多くあるが、結果として、より運賃が安い事業者に仕事の依頼が集中している。仕事の減少を恐れて価格転嫁に踏み切れないと話す事業者も多い。現状の市場は、荷物に対して事業者が多すぎる過当競争状態である可能性がある。事業者の多さ故に有効求人倍率が高くなっているが、運賃も賃金も上がらない現状にかんがみれば、運転手不足であると一概には言えない。市場の競争環境の慎重な分析が必要である。また、トラックの運賃の下限設定は市場競争を歪めるリスクがあるが、賃金の下限設定は現行法上も可能である。人手の確保・定着のために、運転手の賃金を下支えする仕組みを検討すべきだ。

②物流関連2法による荷主の意識向上に期待

 物流関連2法の公布は、荷主も規制的措置の対象になった点が、物流業界において非常に大きな変化である。現時点では努力義務であるが、自社のブランドイメージを背負う大手では、荷待ち・荷役に係る時間削減への意識が向上し、運転手に代わって集荷前に荷物を集約するなど、対応状況が変わってきている。また、こうした取組を実施しない荷主の荷物が運ばれない流れになれば、業界全体に動きが広がると考える。一方で、荷主対策においては、大企業と中小企業の二極化が進んでいる。中小企業にとっては、問題なく荷物を運べている状況において、コストをかけてまで荷主対策をする動機付けがない。中小企業も含めた荷主対策を進めるためには、増加分のコストを価格転嫁し、物流の効率化に係るコストを社会全体で負担する必要がある。

3. 物流「2024年問題」や担い手不足を乗り越えるために

①短時間正社員制度等を活用し、外国人や女性・高齢者を労働力として活用する

 外国人や女性、高齢者の労働力を活用するためには、労働時間に比例した処遇を受けられる新たな雇用形態が必要である。日本では労働時間が減ると、非正規雇用になり、処遇やキャリア面で正社員と大きな壁ができる。例えば短時間正社員制度などを活用し、短時間で働きつつも、労働時間に応じたボーナスや昇給を見込める制度などを採用すれば、女性や外国人、高齢者を労働力として確保できると予想する。例えば航空産業では、産休・育休復帰後に50%勤務、80%勤務が客室乗務員で既に導入されている。こうした勤務形態を人手不足が深刻な地上業務に適用することが有効であると考える。

②物流業界におけるM&Aはメリットが少ない

 過当競争を是正していくために、M&Aは有効な手段と考えられるが、中小企業にとってはM&Aをすると判断するに至るだけのメリットがないのが現状である。トラック業界では多重下請け構造が定着し、他社との協業体制により、仕事の繁閑差やコスト削減にも効率よく対応できる関係が、既に構築されている。中小の零細事業者がおり、小規模事業者の参入も続く業界では、規模の経済が働きにくく、むしろM&Aで規模拡大することには、固定費の増加や柔軟性の欠如といった点に懸念の声が聞かれる。政府としては、不適正な取引を行う事業者の退出を促し、M&Aが有効だと思える競争環境を整備する必要があると考える。

③社会全体で生産性を高めるために、荷主や消費者もマクロ的な視点を

 物流だけでなく、サービス産業全般にいえるが、我が国は、海外比較をみても、サービス産業の生産性が低い。サービス産業の生産性は、サービス品質の問題もあり、測るのが難しい。我が国の物流も、高い品質のサービスを提供し続けているが、それが生産性の向上によってではなく、より安い運賃やより短いリードタイムで提供され続けてきた。その結果として今、労働者の労働条件が悪くなり、行き詰っている状況である。生産性とサービス品質は極めて強く連関する。労働者の処遇改善を図っていくためには、例えば速い輸送は、より高い付加価値を求められるべきであって、需要者側(荷主・消費者)は高い運賃を受容する必要がある。それが難しいのであれば、リードタイムの延長を受容するといった行動変容が重要となる。

 物流の「2024年問題」の要因でもあるが、これまで物流業界では、「合成の誤謬」(注:ミクロでは合理性があるがマクロでは合理性を欠く事態)が生じてきた。個々の荷主が、その経済合理性から、物流コストを安くあげたいと買いたたくといった過当競争の中、運送会社が運賃を上げられずにいると、そうした荷主が集まった社会全体で見ると、運転手の低賃金や過酷な労働環境、ひいては深刻な運転手不足などが生じて物流が停滞し、荷主にとっても不合理な結果を生む。こうした合成の誤謬を是正するためには、マクロの視点からの施策が必要であり、物流関連2法は、まさにマクロの視点を併せ持っている。各荷主や消費者も、自分にとって短期的には安い方が合理的ではあるものの、これで社会が保てるのかなという視点を常に持ちながら、経済活動に参加していくことが重要である。

 生産性の向上についても、個社で頑張れば良いというだけでは足りない。荷主会社の効率化のために、運送会社が非効率を請け負ってきた経緯や、下請けに生産性が低い業務を委託してきたようなこれまでの体制を見直し、産業全体としてどのように生産性を上げることができるのか、考えなければならない。

  1. 注10 本白書掲載のインタビューは、2025年2月~3月に国土交通省が実施した取材によるものであり、記載内容は取材当時のインタビューに基づくものである。