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国土交通白書 2025

第2節 望ましい将来への展望

インタビュー 持続可能な物流に向けてフィジカルインターネットが描く未来

~学習院大学教授 河合 亜矢子氏~
学習院大学教授 河合 亜矢子氏

 オペレーションズマネジメント、経営情報システムがご専門で、経済産業省や国土交通省の審議会等で委員を務め、物流・ロジスティクス業界の改善に向けて活躍を続けておられる河合氏に、業界が抱える課題や、持続可能な物流に向け、特にフィジカルインターネット注1の実現等の今後の展望などについて、お話を伺った。

1. 物流・ロジスティクス業界が抱える課題

①人材の確保には「質」の問題も

 物流・ロジスティクス業界も、就業者数の減少と高齢化の進行が継続し、これは不可逆な変化と見られている。現場の担い手不足は周知の事実として、最近は、質の問題に言及する声も聞かれる。物流倉庫の現場では、人的リソースを非正規雇用の派遣社員、ときには時間単位での契約のアルバイトに頼らざるを得ない状況であり、入れ替わりの激しい人材の教育に負担がかかる上に、作業員の業務の質が安定しないという問題が多発している。

②物流も含めロジスティクスの全体最適を図れる人材を

 物流は顧客に価値を提供するために戦略的にモノの動きを管理する、ロジスティクスという概念の重要な機能。そして、ロジスティクスは供給源から顧客までのすべてを含めたプロセス全体の長期的なパフォーマンスを向上させることを目的としたサプライチェーンマネジメントという概念の重要な機能だ。こうした視点から広い視野でビジネス全体を見渡してサプライチェーンマネジメントやオペレーションズマネジメントができる人材を育成する環境が整備されるべきである。経営学と理工系双方の知識を持ち、幅広い視野で全体を見て最適化を図る人材が求められるが、我が国には、こうした人材が育っていない。大学教育では例えば経営工学のような学際的な分野への認知度がより高まって欲しい。企業も組織が縦割りで、横断的な視野を求められるサプライチェーンマネジメント人材が育ち、活躍できる土壌が乏しい。他部門でキャリアを積んできた人が、物流部門への異動をきっかけに、「物流とは当然にあるもの」という意識を壊され、その重要性と奥深さに魅了されるケースも多々ある。ロジスティクスと経営はまさに隣り合わせで、ロジスティクスや物流が動かないと経営も動かないことをビジネスの基礎教養として知る人材を、より若い層で育成すべきである。

③働き方改革が浸透するために

 働き方改革に対して、例えば時間外労働の上限規制により、従来通りの貨物量を運べなくなることに対する事業者からの反発がある。規制内で対応できないものまで頑張ってしまうというのは、お客様に対する責任感、長年積み重ねてきた気質であり敬うべきプロ意識であるともとれるが、一方で、運べないものをいつまでも運んでいるから、根本的な問題の解決に至らないのではないかとも思う。働き方改革が浸透するために、「運べないものは運ばない」という英断によって、問題をまずは見える化することも必要ではないかと考える。

2. サービスの維持・向上に向けた取組

①商品の多様性と商品マスタの標準化

 フィジカルインターネットは、荷主と物流企業が、異なる業種をまたいだ標準化を進め、究極の共同配送による輸配送の最適化を図る、画期的な物流システムである。その実現は、共通基盤システムの心臓部となる商品マスタの標準化にかかっている。小売業界の市場が細分化された現状では、多くの「標準」が乱立しているために、そのサプライチェーンに携わる事業者は、標準の数だけシステムを導入し、さらにシステムごとの例外処理に追われている。今後は国全体での標準の統一化に向け、商品マスタの標準化が急がれる。

 反面、地域ならではの多様性ある商品の物流網が確立されている現状は、生活者の暮らしを豊かに彩る日本の良さでもあり、レジリエンシーという観点からも利点が多い。物流への負荷を軽減した仕組みをいかに構築できるかが、成熟社会に向かう正念場と考える。

②技術の費用対効果を最大化する

 物流分野、特に倉庫のような物理的に閉じた世界は、コンピュータが最も得意とする環境だ。倉庫内の自動化等、高度化が進む技術の導入に当たっては、費用対効果を最大化する商習慣づくりを並行して進めること、即ち「輸配送の計画化と効率化」が必要である。特に、BtoBの輸配送について、ある程度のロットで計画化ができるにもかかわらず、BtoCの輸配送と同じく、無計画に小ロットで輸配送している現状は変わるべきである。開店前の時間帯での時間指定や、在庫削減のための小ロット注文など、各々の顧客要望に対応するために、例えば大型自動運転トラックによる巡回配送のような技術は適用できず、結局、人的リソースを割かざるを得ない状況になってしまっている。

③情報システムの導入にプロセス簡略化は必須

 フィジカルインターネットも、サプライチェーンのマネジメントに欠かせない情報システムの導入においても、プロセスの簡略化が最優先の課題である。本来、情報システムとは、シンプルなプロセスにおいてその成果を最大限に発揮するものである。現状の業務をそのままシステム化するという情報化のあり方を見直し、抜本的なビジネスプロセス変革と情報化をセットにして進めていくという姿勢を大切にしたい。

3. 持続可能な物流、フィジカルインターネット実現に向けた将来展望

①サービス内容を見直し、需要者(荷主・消費者)は供給制約への順応を

 サービスの供給側の担い手不足が深刻化する中、持続可能な物流に向けて、サービスの自動化をできるだけ徹底し、省人化・省力化を進めることは避けては通れない。

 また、需要側(荷主・消費者)に対し意識改革を求めることも必要だが、供給側から、そのサービス内容や提供方法を見直していくべきである。サービスや利便性が低下しても、以前のレジ袋の廃止やセルフレジの導入でも見られたように、需要側はうまく順応していく。需要側は、サービスや利便性を、「あるから使っている」に過ぎず、サービスやその提供方法が変われば、需要側は「あるもの」の中で最適化を図っていくだろう。

 また、荷主に対しては、提供するサービスの質に見合うコストを求めるべきである。物流コストに対する意識が上がれば、荷主も物流費の削減に真剣に向き合うようになる。物流危機を受け、小売企業同士が共同物流に向けた研究会を立ち上げるような流れを見ると、(合理的な)コストが可視化されれば、荷主側の意識改革が更に促進されると予想する。

 荷主同士の協力に対しては、中継輸送によって復路も貨物の運搬に活用できるような、「静脈を上手く使うビジネス」が生まれることを期待している。フィジカルインターネットでは、複数の事業者による運搬が前提となるため、責任所在の明確化は熟考すべき課題であるが、問題点を特定するためには、まずは小さな取組からでも実行に移さなければならない。

②持続可能な物流の実現とフィジカルインターネット

 我が国のフィジカルインターネットの実現は、2040年をゴールと見据えている。EUなどと違い、我が国のフィジカルインターネットは、国が先頭に立って推進する体制である。フィジカルインターネットの実現には、業務やマスタの標準化、商習慣の見直しなど民間企業だけでは乗り越え難い課題が山積しているため大変心強いし、国の役割も、その寄せられる期待も大きいものがある。

 フィジカルインターネットの実現の先に、どのような未来社会を描けるかの議論も必要である。例えば、日本の宝とも言える中小企業の多様な商品が、物流技術を使って世界の市場に広がっていく「世界につながった楽市楽座」の実現や、地域住民がサービスの担い手となり、また受け手となって、様々なニーズ・志向が物流技術でつながることでかつての活気ある「ふるさと」ができるような未来社会を描けるのではないかと思う。

 フィジカルインターネットの実現には、その効率性・合理性が最大限に発揮されることが求められる。2022年策定の「フィジカルインターネット・ロードマップ」に基づき、世界で最も効率的で強靱な物流を目指し、5年ごとの計画を着実に実行することが重要である。

  1. 注1 占有回線ではなく共通の回線によって、通信を効率的に実現しているインターネット通信の考え方を物流(フィジカル)に適用した新しい物流の仕組み。業界横断のプラットフォーム、業種・業界を超えた物流データの統一・共有、需要予測からサプライチェーンを最適化するデマンドウェブ、輸送機器等の自動化など、事前の仕掛けが必要となる。