IMO第72回海上安全委員会(MSC72)の結果について



平成12年5月30日


 標記会合は、平成12年5月17〜26日、ロンドンの国際海事機関(IMO)本部において開催され、我が国からは、海上技術安全局矢萩安全基準課長を団長とする計27名の代表団が出席した。今次会合における主要事項の審議結果は以下のとおりである。

1.強制要件に関わる改正の検討及び採択(議題3)
  ポイント
SOLAS条約附属書III章第28.2規則の改正案(ヘリコプター着船区域の設置をRORO旅客船に限定する内容)、及び、1974年SOLAS条約及び同条約1988年議定書の証書の様式の改正(“Bulk carrier”の語句を証書に追加する内容)は、今次会合において特段の議論なく採択された。

 1−1 SOLAS条約附属書III章第28.2規則(ヘリコプター着船区域)の改正
   ・経緯
 1995年の第3回SOLAS条約締約政府会議において、1999年7月以降建造される長さ130m以上の旅客船にヘリコプター着船区域(以下HLA)を設けるためのSOLAS条約の改正が採択され、既に1997年7月1日に発効している。
 これに対し、1997年のMSC68以来、ノルウェー/ICCL及びイタリアは、それぞれHLAに関する総合的安全評価(FSA)を行い、費用対効果の観点から非RORO旅客船に対してHLAを要求することは正当化できないとして、HLAの設置要件をRORO旅客船に限定するためのSOLAS条約の改正を改めて行うべきとの主張を行ってきた。
 これらFSAの妥当性を検証したFSA・WGの結論を受け、MSC70は、非RORO旅客船にはHLAは不要と結論し、各国に改正案をMSC71に提出するよう要請するとともに、1999年7月1日に現規則が適用になることからMSC71で関連規則改正案を含め必要な措置を検討することを決定した。MSC71における審議の結果、HLAの設置をRORO旅客船に限定する内容の改正案が承認された。
   ・審議結果
 本HLAの設置をRORO旅客船に限定する内容の改正案は、今次会合において原案どおり採択された。今後、本改正は、2002年1月1日に発効する予定である。
 1−2 1974年SOLAS条約及び同条約1988年議定書の証書の様式の改正
   ・審議結果
 貨物船安全構造証書、貨物船安全設備証書及び貨物船安全証書の様式中、標題“Type of Ships”の下の“Oil tanker”の前に“Bulk carrier”を挿入することによって、SOLAS条約附属書XII章が適用されるばら積み貨物船を証書上明確にするための本改正案が採択された。今後、本改正は、2002年1月1日に発効する予定である。
2.航行安全(議題10)(SOLAS条約附属書第V章の全面改正)
  ポイント
SOLAS条約附属書第V章(航行安全関係規則)の全面改正案が今次会合において承認された。
自動船舶識別システム(AIS)の設置要件については、審議の結果、現存タンカーに対する適用期日を「2003年7月1日以降のSE証書の検査時まで」とすることで合意され、その他の船舶については原案どおり合意された。
航海データ記録装置(VDR)の設置要件については、意見が分かれたことから議長より「新造・現存旅客船及び新造の貨物船」とする案が提示されたが、我が国はこの案に対し態度を留保した上で、次回MSC73(本年11月予定)に提案文書を提出することを発言した。
   ・経緯及び審議結果
 航行設備の設置基準、航海の安全に関する措置等が規定されているSOLAS条約附属書第V章の全面的な見直しがNAVで審議されてきた。今次改正で、現行強制設備の設置基準の見直し及び新規航行設備の追加等が行われる。
 本改正は、NAV45で最終化された改正案に基づき、今次会合での承認及び次回MSC73での採択を経て、2002年7月1日の発効が予定されている。主な審議結果は以下のとおり。

 2−1 自動船舶識別システム(AIS:Automatic Identification System)
 「2002年7月1日以前に建造された国際航海に従事する船舶で、旅客船及びタンカーは、2003年7月1日までにAISを設置する」旨の改正案が、今次会合に提出されていた。
 我が国より現存タンカーに対する適用期日を2003年7月1日以降最初の乾ドックまでとする提案を行っており、一方、米国から改正案どおりとする提案があり、支持が2分化したために、議長から「2003年7月1日以降の安全設備証書の検査時まで」とする妥協案が提示され、合意された。なお、安全設備証書の検査は毎年の検査、定期的検査等あり、どの検査とするかは、今後の議論となる。
 2−2 航海データ記録装置(VDR:Voyage Data Recorder)
 VDRは、1994年に起きたROROフェリー「エストニア」号の事故を契機に、海難事故の原因を究明するために船舶の針路、速力及び船橋での会話等を記録する設備である。VDRは当該装置を設置した船舶の安全性を直接向上させるものではなく、当該装置を設置した船舶が事故に遭遇した後、事故原因調査において利用することを目的とする二次的な装置であるため、現時点でVDRを広範囲の船舶に設置を義務付けることは過大であると考え、我が国は対象船舶を限定するようこれまで主張してきた。
 今次会合で我が国は「新造の国際旅客船に限定すべき」、INTERTANKOとICSは「新造・現存旅客船に加えて新造の貨物船にも適用」、米・英は「NAV45で作成された改正案どおり、現存の貨物船にも適用」と主張し、活発な議論が行われた。最終的に議長より、新造の貨物船については大方の支持を得ていることから、「新造・現存旅客船及び新造の貨物船」に適用する旨の妥協案が出され、これが今次会合で承認されたが、我が国は態度を留保し、次回MSC73(本年11月会合)に提案文書を提出する旨発言した。
3.防火(議題12)(SOLAS条約附属書第II−2章の全面改正)
  ポイント
SOLAS条約附属書第II−2章(防火・火災探知・消火関係規則)の全面改正案は、一部編集的な修正がされた上で、今次会合において承認された。
   ・経緯
 現在のSOLAS条約附属書第II−2章(防火・火災探知・消火関係規則)の規定が、極めて繁雑かつ仕様的であることから、防火小委員会(FP)において、現行II−2章の整理、機能要件化の推進、操作要件の強化及び新技術の同等性評価の規則体系化を図るため、1994年6月のFP39以来、CG(コレスポンデンス・グループ)を設置し総合見直しの検討が行われてきた。
   ・審議結果
 本防火・消防規則の全面改正は、本年2月のFP44で最終案が作成されており、今次MSC72において編集的な修正がされた上で承認がなされた。今後、本年11月のMSC73で採択された後、2002年7月1日に発効する予定である。
4.船舶設計及び設備(議題13)
  ポイント
我が国が提案したタンカーに関して「船舶の縦強度を旗国検査時に評価し、一定の基準以上の縦強度を持つこと」は、本委員会において特段の議論無く、本年4月に開催された第43回設計設備小委員会(DE43)から送付された原案どおり承認された。
現存船及び新造船へのアスベストの新規設置を原則禁止するためのSOLAS条約第II−1章A−1部の改正案は、特段の議論なく原案どおり承認された。

 4−1 「決議A.744(18)」の改正(「ナホトカ号」事故の再発防止対策として提案した船舶の縦強度評価に関する我が国提案)
   ・経緯
 平成9年1月に発生した「ナホトカ号」事故が、船体強度の大幅な低下が原因であったことから、我が国はIMOに対し、
  板厚測定報告書に「板厚衰耗限度」を記載すること
  (平成9年11月採択、平成11年7月1日発効)
  船体構造の健全性に関するPSCの強化
  (平成11年11月に総会決議を採択、即実施)
を提案し、これらが世界的に実施されることとなった。
 さらに我が国はタンカーに関して、
  船舶の縦強度を旗国検査時に評価し、一定の基準以上の縦強度を持つこと
をIMOに提案し、本年4月に開催された第43回設計設備小委員会(DE43)で審議されることになった。
 なお、縦強度とは、船舶の船首尾方向(縦方向)に対し、積載される貨物や波の力による曲げの力が掛かった場合の強度をいう。
 「ナホトカ号」と同様な事故の再発防止は、早急な実施が必要である。このため、我が国は4月に開催されたDE43に対し、長さ130m以上で、船齢10年を超えるタンカーの旗国検査時に船舶の縦強度の評価を要求することを提案し、これが全会一致で合意された。
 本件は、当初の審議計画によれば、来年3月開催予定のDE44の審議を経て、来年5月のMSC74で承認、再来年春のMSC75で採択が最も早いスケジュールと見込まれていたが、DE43において全会一致で我が国提案が受け入れられたことから、我が国より対策の早急な実施のために早期のMSCにおける承認、採択の必要性を主張したところ、各国がこれを支持し、例外的な特別措置として、今次MSC72に「緊急案件」として承認のため審議されることが合意されたものである。

   ・審議結果
 DE43から送付された「船舶の縦強度を旗国検査時に評価し、一定の基準以上の縦強度を持つこと」は特段の議論なく原案どおり承認された。今後、11月に開催予定のMSC73での採択を経て、2002年7月から発効する予定である。

   ・「ナホトカ号」事故再発防止策の全体像
 旗国検査及びPSCの強化による「ナホトカ号」事故再発防止対策の全体像は、次のとおり。

 旗国は、 板厚衰耗をチェックし、「板厚衰耗限度」内であることを確保を確保
縦強度評価により、船舶が一定の縦曲げ強度を維持することを確保
チェック結果、衰耗限度、縦強度評価結果を検査報告書に記載
 
 船舶は、 検査報告書を船内に保持
 
 寄港国は、 PSCで船体構造の健全性に重点をおき、検査報告書等を確認
欠陥の是正についてPSCの関係当局が厳しく対応

   ・船体縦強度の評価に関する規制内容
 我が国提案は平成9年から実施してきたタンカーの板厚衰耗が進行した場合の船体の破壊強度に関する大規模なコンピュータ解析等を踏まえたもの。
 具体的な規制案は、国際船級協会連合(IACS)のルール等も踏まえたやや複雑な計算式を用いるものとなっているが、概略次の通り。

  長さ130m以上のタンカーが対象
  船齢10年を越える定期検査時に、縦強度に関する船体の状況を評価し、
  必要に応じ、切替・補強を行った上で、
  フランジ断面積の減少が建造時の10%を越えないこと、又は、
  縦強度が建造時に要求される強度の90%以上を維持すること、

 このような提案が必要となった理由は、一定の長さ以上の船舶については縦強度部材の板厚が「板厚衰耗限度」内にある場合でも、積み付け状態によっては、船の一生に1回遭遇するような厳しい海象条件において、船体の破壊強度に達するおそれがあるからである。
 なお、ナホトカ号の場合、板厚衰耗は20〜35%、強度は建造時の約半分(構造部材の腐食衰耗及びこれに伴う骨材と板材の溶接部の不良による)になっていた。

 4−2 船上におけるアスベストの使用の禁止
   ・経緯
 MSC68(1997年5月)において、フランス提案に基づきアスベストの使用禁止のためのSOLAS条約の改正を検討することが合意され、防火(FP)小委員会及び設計設備(DE)小委員会で技術的検討が行われることとなった。
 FP及びDEでの審議の結果、現存船及び新造船へのアスベストの新規設置を原則禁止(ただし、アスベストを使用することが安全上不可避なもの、すなわちエッセンシャル・ユース(例えば高温又は高圧の液体循環ポンプの水密ジョイント及びライニング等)については適用除外)するためのSOLAS条約第II−1章A−1部の改正案が合意された。
   ・審議結果
 現存船及び新造船へのアスベストの新規設置を原則禁止するためのSOLAS条約第II−1章A−1部の改正案は、特段の議論なく原案どおり承認された。今後、本年11月に開催予定のMSC73で採択された後、2002年7月1日に発効する予定である。
 なお、我が国は、アスベストは発ガン性物質であること及び人体の呼吸器等に障害をもたらすことから、現存船及び新造船へのアスベストの新規設置を例外なく禁止すべきとの立場であることを改めて表明した上で、これまでの審議の結果作成されたアスベストの新規使用を原則禁止する条約改正が速やかに発効することを優先し、改正案を支持する対応を行った。

5.その他の議題(議題22)(「決議A.744(18)」及び「決議A.746(18)(検査と証書の調和システムに基づくガイドライン)」の改正)
  ポイント
フランスから提案のあった船齢15年以上のばら積み貨物船及び油タンカーの船底外板検査に関し、これをを乾ドックのみにおいて実施することを要求する内容の決議A.744(18)の改正案については、今次会合において特段反対なく承認された。

   ・経緯
 現在、ばら積み貨物船及び油タンカーの5年に2回の船底外板検査については、1回おきの船底検査は浮上状態(アフロート)で行うことを認めることができるとされているが、平成11年12月フランス沖で発生した「エリカ号」事故を受けて、フランス政府より今次会合に、船齢15年以上のばら積み貨物船及び油タンカーについては、その船底検査を乾ドックのみにおいて実施することを要求する内容の決議A.744(18)及びA.746(18)の改正案が提出された。
   ・審議結果
 決議A.744(18)及びA.746(18)に関するフランス政府からの改正提案は、今次会合において原則合意された。しかしながら、右提案中、決議A.746(18)の改正については、次回旗国小委員会(FSI)において更に検討されることとなり、決議A.744(18)の改正部分のみが今次会合において承認された。決議A.744(18)の改正は、本年11月に開催予定のMSC73で採択された後、2002年7月1日に発効する予定である。

参考 SOLAS条約附属書第V章の改正案抜粋


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