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「バランスの取れた発展と首都機能移転」


グレゴリー・クラーク氏の写真グレゴリー・クラーク氏 多摩大学 学長

1936年イギリス生まれ、オーストラリアで育つ。1956年オクスフォード大学修士課程修了。オーストラリア外務省入省。1969年「ジ・オーストラリアン」紙 東京支局長。1974年キャンベラにて総理大臣・内閣省政策調査委員会顧問、1976年上智大学客員教授。1995年より多摩大学学長。政府委員会等も多数歴任。現在東京都首都機能移転問題専門委員。

主な著書に「誤解される日本人」「クラーク先生の英語勉強革命」など。



首都機能移転で均衡ある発展が可能になったケース

私はオーストラリアの出身で当時外務省にいたので、キャンベラの首都機能移転についてはよく知っています。首都機能を既存の都市に置くのではなく、新しい都市をつくってそこに移すメリットは、地方の都市どうしが公正に競争できるようになるところにあると私は考えています。オーストラリアではシドニーとメルボルンは首都になろうと競い合っていましたが、首都に選ばれたのは両都市の間に位置するキャンベラでした。その結果、シドニーとメルボルンは現在も建設的な競争を続けています。それだけでなく、ブリスベーンやアデレード、パースなどその他の地方都市もシドニーやメルボルンと競争するようになっています。もし、どちらかに決まっていたら、このような状況にはならなかったと思います。

米国でも同じような状況が見られます。ニューヨークはロサンジェルスやシカゴ、サンフランシスコと健全な競争を展開していますし、アトランタやデンバー、ヒューストンなどの主要都市も発展しています。もし首都がワシントンではなくニューヨークになっていたら、やはりこのような状況にはなっていなかったのではないでしょうか。

イギリスやフランスではそのようなことがあまり見られません。地方の都市は首都に圧倒されてしまっています。国のバランスのある発展がとれないのです。その一番大きな理由は文化的な一極集中です。地方の人は出世したければ、首都であるロンドンやパリに行かなければなりません。その結果文化活動、教育活動、情報活動がますますそこに集中するようになります。

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一極集中の解決へのヒント

日本でも東京一極集中という同じような問題があります。ただし、首都機能移転は可能性の一つですが、唯一の方法でもありません。ですから一極集中に歯止めをかけるその他の方法を検討することも、もっと考えていく必要があると思います。その方法として、テレビ局等の情報機関を地方へ分散することが有力な方法だと考えています。私は評論活動も多くしていますが、テレビ等の番組に参加したければ東京に住まないとほとんど不可能です。九州や北海道に住んでいると東京に移動するのに膨大な時間を費やさなければならないのです。これが各地域に予算と権限を移して、東京と地方を対等に競争させるのです。そうすれば、お互いにいい番組をつくろうとするでしょうし、さらに重要なことは一極集中に逆らう非常に強力な力が働くことです。この方法は費用があまりかからない点も魅力です。

私立大学が東京に集中していることも、文化面での一極集中の理由となっています。ですからもっと私立大学の姉妹校を地方都市につくるようにする必要があると思います。こうしたことを進めていくためには、地方分散化の努力をしない大学への補助金をカットするということも方法の一つだと思います。

新聞についても同じことが言えます。なぜ東京を拠点とする全国紙がこれほど強力なのでしょうか。オーストラリアや米国では有力な全国紙はありません。ニューヨークタイムズやロサンゼルスタイムズといった地方紙が元気です。アメリカやオーストラリアのような大きな国では自分が住んでいる地域に興味を抱くのはある意味で当然とも言えますが、地方紙が広告力を持っていることも理由の一つだと思います。ニューヨークタイムズの日曜版は広告でものすごく厚くなっているのですが、日本では広告力も中央に集中しています。規制や慣習でそうしたことができないらしいのですが、これを解決することによって地方紙が元気になれば、地方の活性化におおいに役立つと思います。

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首都機能移転するなら40年前のキャンベラを手本に

これらが私の考える一極集中に対処する費用のかからない方法ですが、あわせて首都機能を移転するのであれば、首都機能移転を考える際も最も安価で効率的な方法にすべきだと思います。40年前のキャンベラのような、小さいけれども美しい都市をめざすべきです。当時のキャンベラは人口がわずか2万5千人の都市でした。政治家は毎週数日、国会に出席するときだけキャンベラにきて、それから地元に帰っていきました。国の政策立案に直接携わる官僚のみがキャンベラに住み、行政的役割の多い官僚はシドニーやメルボルンにとどまっていました。ジャーナリストもほとんどいませんでしたし、ロビイストは存在していませんでした。しかし現在のキャンベラは40万人に肥大化しています。ジャーナリストやロビイストが押し寄せたためですが、その結果、何が起きたかというと政治が現実の世界から離れてしまったのです。そのことがオーストラリアの政治的な低迷を招いている一因だと思います。40年前のオーストラリアが良識ある政策を掲げ、責任ある政府に恵まれていたのも、偶然ではないと思います。日本も移転を考えるなら40年前のキャンベラを手本にすべきです。

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財政的負担は可能な限り少なく

もう一つは財政的な負担を大きくしないことです。これからの日本を考える場合、少子化の問題は深刻だと思います。特に財政の面で大きな影響があると思います。10年前はまだ出生率も回復するのではないかと思われていたのですが、戻って来ていません。そういう状況にある社会に大きな負担をかけるのは好ましくありません。日本の場合は貯蓄率が高いので、国がお金を使うべきだというのが私の持論なのですが、それは新幹線や高速道路のようにリターンのあるものに使うべきなのです。新都市建設は投資のリターンという意味では期待ができません。同じ金額を、地方の活性化のために、直接的に使った方がいいのではないでしょうか。

これらのことを考えると、もしどうしても新しい首都が必要だとすれば、規模は小さくして、場所は東京と関西の真ん中にあり、空からのアクセスも確保できる三河湾に人工島をつくるというのはどうでしょうか。この案なら私も大賛成です。

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