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「なるがまま」の東京でいい

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泉 麻人氏の写真泉 麻人氏 コラムニスト

1956年、東京都新宿区落合出身。慶應義塾大学商学部卒業後、1979年東京ニュース通信社に入社。「週刊TVガイド」などの編集者を経て、1984年フリーコラムニストに。雑誌、新聞等を中心にコラムを執筆する一方、テレビなどでもコメンテーターとして活躍。さらに2005年には気象予報士の資格も取得し、活動の幅を広げている。主な著書に、『泉麻人の東京・七福神の町あるき』『東京23区物語』『地下鉄の友』『大東京バス案内』『東京検定』『東京版アーカイブス』などがある。


<要約>

  • 基本的に東京はなるがままでいいと思っているが、全体的に町の個性がなくなってきているように感じる。一方で、独自のまちおこしに取り組む地域も少なからずあり、各地で新しいスタイルのお祭りのような取り組みを始めていることは非常にいいことだと思う。
  • 刻々と変わりゆく都市に住んでいるからこそ、かつてあった光景に対するノスタルジーが生まれてくる。一方で町を古い光景に戻していくということも、まちづくりの一つのあり方といえるのではないか。
  • 東京は生活空間としてみると非常に便利になったと思うが、必要以上の便利さがもたらす弊害もあるのではないか。
  • 国会等の移転については、今のままでもよいのではないか。便利な交通網や仕事をする人たちがくつろげる都市ができ上がるには相当長い年月が必要であり、新都市で働く人たちがその環境に慣れて快適に仕事ができるのかが心配。
  • 国土が狭い日本では、首都機能を移転するとしたら、自然豊かな場所に新たに都市を造ることになろうが、その自然や環境を破壊してまで行政都市を造ることには疑問。
  • 地震などが発生した時のことを考えて、小規模でもバックアップとしての機関をどこか別のところに置いておくという考えには賛成。首都機能をそっくり移すのではなく、ある程度分散させておくのがいいのではないか。
  • 今の東京は商業的な都市としてでき上がっているので、首都機能が移ったからといってそのブランド力が落ちることにはならない。
  • 興味のない人に対してどのような広報を行ってもあまり効果はない。大々的な広報を行うよりも、今ある広報媒体をよりよいものにしていくことが必要。

東京から消えていく個性ある町並み

私は「なるがまま」という主義なので、東京についても、「こう変えたほうがいい」と考えることはあまりなくて、新しい町ができたらそこを訪れてみるという基本的なスタンスをとっています。そうは言っても、東京の町は全体的に個性がなくなってきたような印象はありますね。

私は昭和31年生まれで、生まれも育ちも東京ですが、子供の頃、昭和30年代や40年代には、東の隅田川あたりに町工場が建ち並んでいたり、西の練馬や杉並あたりに畑が広がっていたりして、東京も東西南北それぞれに特徴がありました。練馬区には練馬大根がありますし、江戸川区あたりでは、しめ縄の生産、瑞江では金魚の養殖をやっていたりして、それぞれの土地に名産品もあったわけです。しかし、今はそうしたものがだんだん廃れてきているように感じます。どこに行っても高層マンションがそびえ建ち、大きい街道沿いには必ずといっていいほど中古車販売店とディスカウントショップがあり、町中にファーストフードのお店が建ち並んでいます。そうしたところをとっても、それぞれの町の個性がなくなってきているように思います。

ただ、独自のまちおこしに取り組んでいる町も少なからずあります。古いものでは高円寺の阿波踊りや阿佐ヶ谷の七夕まつりなどが有名ですし、例えば江東区森下の高橋(たかばし)商店街では、漫画家の田河水泡さんがお生まれになった土地ということで、「のらくろの町(高橋のらくろ〜ド)」と銘打って、それぞれのお店がのらくろの看板を立てて、その町独自の色をつけています。そうした取り組みがひと頃よりも盛んになり、新しいスタイルのお祭りのようなことを各地で始めていることは非常にいいことだと思いますね。

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刻々と変わりゆくからこそ失われてゆくものに郷愁を覚える

人は誰しも幼いころの風景に対して郷愁を覚えるのではないでしょうか。町を歩いていて昔ながらの商店街や武蔵野の雑木林のようなところに出くわすと、ホッとくつろげる心地になりますよね。これは誰もが同じではないでしょうか。そうした古い町並みが消えてゆくのは、それが時の流れだと理解しつつも惜しい気がします。最近はちょっとした昭和レトロブームということで、東京オリンピックの頃の様子や電車の沿線風景など、当時の写真を集めた写真集などがたくさん出ています。私もその頃の地図や写真集などを眺めるのが好きです。それらを眺めながら、写真にちょっと写り込んでいる映画の看板などをルーペで拡大して当時のタイトルを探ったりすることは非常に楽しい作業ですね。

ヨーロッパのイタリアなどには、二、三百年来変わらない町並みが残っていますが、もし自分がそのような町でずっと暮らしていれば、古い建物に対する郷愁感はあまり湧いてこないのではないでしょうか。今の日本で昔の写真を見て楽しめるのは、すでにそれが失われているということも理由の一つではないでしょうか。過去のものだけど、一種のフィクションといいますか、未来を想像することと同じような類のおもしろさがあるわけです。刻々と変わりゆく都市に住んでいるからこそ、かつてあった光景に対するノスタルジーが生まれてくるのではないかと思います。

最近は、地方でも古い町並みを観光の目玉にしているところがとても増えてきました。ただ、「レトロといえばハヤシライス」といったような発想で、漁村のようなところでもハヤシライスを売り物にしていたりして、つくりがあまりにも中途半端だったり、やり過ぎだったりするところもありますが、町を古い光景に戻していくということも、まちづくりの一つのあり方といえるのではないでしょうか。

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必要以上の便利さがもたらす弊害

東京は、生活空間としてみると非常に便利になったと思います。ただ、必要以上の便利さがもたらす弊害もあるのではないでしょうか。例えば、最近の駅にはお年寄りのことを考えてエスカレーターを設置するところが増えています。ところが、無理にエスカレーターを設置したせいで余計に人の渋滞が起きてしまい、ひと頃よりも歩きにくくなったと感じることがあります。また、川の周りに必要以上に高いフェンスを張りめぐらせて人を立ち入らせないようにしているところがありますが、ある程度の危なっかしさが残っていたほうが本当の町らしいと思います。私が昭和30年代の原っぱに郷愁を覚えるのは、危なっかしさがあったからかもしれません。

ただ、観光客の立場で考えることと住民の思いは異なります。私は、東京の下町の木造の長屋筋を見るとどこか懐かしさを感じますが、そうしたところの多くは、地震が起こると危ないし、火事も起こりやすいし、狭い路地が多いので消防車も入れません。また、夏の季節に、護岸工事が行われた川岸に雑草が生い茂っているのを見ると、私は「いい風景だな」と思いますが、住民にとってみれば「小虫が湧いて不快だから刈ってほしい」ということになります。住民の方もわがままなもので、もっと自然が欲しいと言いながら、実際にそこに住んでいる人たちのことを考えると、自然に手をつけざるを得ないわけです。同じ東京でも、そこに住む人の目と、外から見物に来た人の目は異なります。そこに実際に住む人の意見は考慮されるべきだと思いますが、そこまでやる必要はないだろうと思うことはありますね。

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町のサイズや景観、生活者に配慮したまちづくりを

建物が老朽化して危険だから建て直すというのは致し方ないことですし、多くのケースはそうだと思うのですが、なかには町のサイズに全くなじまないような超高層ビルが建つことがあります。いわゆるバブル経済の頃、「高層にしたほうが儲かるだろう」ということで、そこに住む生活者とは全く別の視点で建てられたような感がありますが、その考え方は違うのではないでしょうか。建て替えるにしても、町のサイズからすると4〜5階建てぐらいのニュータウン、あるいはこれぐらいの規模のモールがいいのではないかという考えで造られるべきだと思います。今はひと頃に比べて、そうしたまちづくりもうまくできつつあるようですけれども。

表参道ヒルズも、元の同潤会アパートを知っている人間にとっては、「あれをもう少しもたせることができなかったのか」という思いがありますが、もし10年ぐらい前に建て替えていたとしたら、もっととんでもない高層ビルが建っていたような気もします。一応、元の建物の高さを考えて、あのケヤキの並木道との景観も考慮して造られましたよね。そうした意味では、町のサイズや景観に配慮し、その町で暮らす人の意見を参考にしたデザインが取り入れられるようになってきたと思います。これからはそのようなまちづくりの進め方が求められるのではないでしょうか。

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二つの観点から考える国会等の移転問題

国会等の移転問題に関しても、私はどうしても保守的なところがあって、今のままでもいいのではないかと思ってしまいます。少し観点が違うかもしれませんが、私の仕事仲間でも、軽井沢あたりの郊外に仕事場を移したものの、結局は不便さに耐え切れずに東京に戻ってくる人が少なくありません。山奥に新しい都市を造って首都機能を移転したとしても、結局は不便で使われなくなり、廃墟になってしまうという想像も少し浮かびますね。

仮に地方に首都機能を移転したとして、今の東京と同じような便利な町がすぐにできるかというと、それは無理でしょう。今の東京の交通網は非常に発達して便利です。世界中でも、これだけ簡単に公共交通機関で各地にたどり着ける都市は他にないと思います。地下鉄などは、どのルートを乗り継いでも、目的地に着けるようになっていますよね。私の学生時代には、どこかの鉄道会社がストに突入するとどうしようもなかったのですが、今はほんの2〜3キロメートルも歩けば、どうにかたどり着けます。私は乗り物が好きなので、交通網が発達していることは歓迎しますが、むしろ、これほど発達していなくてもいいのではないかと思うくらいです。

また、移転先の新しい都市には、今の銀座や赤坂のような、そこで仕事をする人たちがくつろぐための場所も必要だと思いますが、それが簡単にできるかというと、やはり難しいですよね。そうしたものができあがるには相当長い年月が必要です。ですから、行政に関わる人たちが新しい都市へ移ったとき、本当にその環境に慣れて、快適に仕事ができるのかということが一番心配です。どうしても東京と比べるとそう思ってしまいますね。

もう一つ心配なことは自然環境です。日本は狭い国ですから、新しい都市を造るとすれば、おそらく山里のような場所に造ることになるでしょう。アメリカのような広い国だと、既存の都市の近くにも砂漠のような場所があって、そこに新たな都市を造ることもできますが、日本ではそういうわけにはいきません。自然豊かな場所に新たに都市を造ることになると思いますが、その自然や環境が破壊されるとすればもったいない気がします。愛知万博のときには、元の自然をある程度残しながら開催することになりましたが、首都機能を移転するとなると多くの施設を建てなければいけませんから、必ずしもそういうわけにもいかないでしょう。アメリカのように広い国土があればいいでしょうが、日本で自然を壊してまで新たな行政の都市を造ることもないだろうと思います。

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首都機能のバックアップのために一括移転ではなく機能の分散を

ただ、地震やテロなどが発生した時のことを考えて、小規模でもバックアップとしての機関をどこか別のところに置いておくという考えには賛成です。私は気象予報士でもありますが、この先地球の温暖化によって海面が上昇し、都市が水没するということも考えられますので、山の上の方にそうした機能を持っておくことも必要かもしれません。

ただ、首都機能をそのまま全て移してしまうやり方だと、そこで大地震が発生すればダメになってしまうので同じことです。防災や危機管理の観点から考えれば、首都機能をそっくり移すのではなく、分極というか、ある程度分散させておくのがいいのではないでしょうか。今は通信というか、コンピュータなどを使って、どこにいても仕事ができる環境になりつつありますが、例えばある省庁の一部分がどこかへ移転し、その関連機関は東京に残るという状態では、非常に不都合が生まれてくるような気がします。そうしたことも考慮してうまく機能分散させることが必要だと思います。

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首都機能の移転が東京に与える影響

首都機能が別の都市へ移ることで東京のブランド力が落ちることを心配する人がいるかもしれませんが、私はそうは思いません。商業的な都市と政治の中心としての都市という区分でいうと、今の東京は商業的な都市としてでき上がっています。極論を言えば、国会があるより、高級ブランドのお店がある方がいい。規模が違うので単純には比べられないと思いますが、アメリカはワシントンD.C.に行政機関を置き、別にニューヨークという大都市があります。仮に首都機能が移ったとしても、東京はやはり日本のシンボルであり、それが崩れることはないでしょう。

一方で、首都機能が移ることで東京が経済と文化の中心地としてより発展していくかというと、そのようなこともないと思います。物理的な条件として、移転した官庁の跡地に東京ミッドタウンや六本木ヒルズのような商業施設を造ることができるかもしれませんが、それは単に敷地の規模の問題で、首都機能ではなく、大企業が移ったとしても同じことではないでしょうか。

仮に首都機能が移転したとしても、東京に対する影響は少ないと思います。むしろ、首都機能を呼び込んだ地方が第二の東京といいますか、もう一つの日本のシンボルとなっていくという期待感のほうが強いでしょうね。

私は東京で生まれ育ったこともあって、東京に対する愛着があります。よそに住んだことがないので、よそのことはよく分からないところもありますが、地方への取材で何日か東京を離れると、東京にある料理屋や本屋のことが頭に浮かび、便利さを実感します。それは東京のまちが、江戸の時代から日本の中心であり続けた歴史があるからです。

ただ、今の若い人たちには、そうした愛着は薄いのかもしれません。今の若い人たちは、私が若かった70〜80年代頃のように、「六本木や青山に行かないとおしゃれじゃない」といった街に対する一種のブランド志向は薄らいでいて、「ある程度のものが揃えばいい」という印象を受けます。表参道ヒルズや東京ミッドタウンへ行っても、若い人よりオバサン、オジサンの姿が目について、その辺りの関心はむしろ中高年の方に移っているような。そして、今はどこにいても、ある程度のものが揃ってしまう時代だし、インターネットでおよそのものを手に入れることができる。実際、近くのコンビニぐらいにしか行かないという若い人のほうが多いのではないでしょうか。

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広報は派手なイベントより内容の工夫が必要

この国会等の移転も含めて、実際には広報をしているにもかかわらず、何か起きると「情報が行き渡っていない」「そんな法律案が決まったのは知らなかった」と言う人は多いと思います。郵政民営化も、最近まで多くの人が忘れていて「そういえば今年の十月から開始だったのか」という感じです。

くだけた感じのフリーペーパーを地下鉄の駅に置くなど、大々的に広報したほうがいいという意見もあるかもしれませんが、結局、興味のない人はどんなことをしても興味を持ちません。ファッションにしか興味がない人は、自分の関心がない広報紙が置いてあっても手に取らないでしょう。テレビのニュース番組も、テレビである以上は視聴率を求められますので、みんなが食いつく話題でないと取り上げません。テレビのスポット広告を打ったとしても、視聴者にとってはうっとうしく感じられるかもしれませんし、派手なイベントをやればいいというものでもない。広報については、今のやり方を大々的に改善するのではなく、見やすさ、読みやすさなど、内容に工夫を凝らしていく必要があるのではないでしょうか。

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