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危機管理能力を高めるためにすべきこと

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小川 和久氏の写真小川 和久氏 軍事アナリスト・危機管理総合研究所 所長

1945年熊本県生まれ。自衛隊生徒(陸上航空)を経て同志社大学神学部中退。日本海新聞記者、講談社「週刊現代」記者を経て、1984年に日本初の軍事アナリストとして独立。現在、国際政治・軍事アナリストとして危機管理総合研究所所長を務める。

消防審議会委員、人事院公務員研修所講師、自民党総合政策研究所政策委員などを歴任するほか、国際政治・軍事問題のコメンテーターとして数多くのテレビ番組に出演している。

著書に『危機と戦う』(新潮社、2001年)、『「頭脳なき国家」の悲劇』(講談社、1993年)、『LA危機管理マニュアル』(集英社、1985年)、『ヘリはなぜ飛ばなかったか −阪神大震災の教訓』(文藝春秋、1998年)、『在日米軍』(講談社、1985年)など多数。



安全なくして繁栄なし

首都機能の移転ということでいいますと、まず何のためにするのかということがあるのではないかと思います。私の専門的な立場からいいますと、やはり安全がなくては繁栄もないということが前提になります。これは行政の立場でも同じだと思いますが、国家社会が安全でないところでは、経済活動、あるいは文化的な活動もできないということです。だから、まず安全を確立するためにさまざまな手立てを講じるということが、首都機能移転の基本的なコンセプトであろうと思います。「安全なくして繁栄なし」ということではないかと思います。

首都機能については、特に立法と行政を中心に考えますと、危機管理を優先して立地条件を選定しなければならないだろうと思います。しかし、そういう観点から今の候補地が挙げられてきたのかというと、必ずしも十分ではないという感じがします。

守るべき首都機能ということを考えると、一つには立法府、つまり国会があります。それから、危機管理関係省庁、特に防衛庁、警察庁、消防庁がある。そして、電力などのインフラに直接関わる経済産業省、国土交通省なども挙げられます。国土交通省の中には、海上保安庁も入ります。しかし、現在ではこうした守るべき首都機能に位置づけられるべき省庁、あるいは立法府をきちんとイメージできているのかということがあります。

同時に、首都機能を考えるとき、想定すべき緊急事態とは何なのかということも考える必要があります。非常に大ざっぱに分けると、自然災害、戦争、大規模テロ、大事故が挙げられるであろう。そういうものを意識しながら安全を確立していくために、首都機能をどのように考えるべきかというあたりをもう少し整理しなければならないだろうと思います。

守るべき要素とは何かというと、1つはライフライン関係であり、それから情報通信、メディアです。アメリカ的にいいますと、重要インフラ(critical infrastructure)ということになります。アメリカは、同時多発テロの前まではNIPC(国家インフラ保護センター)というものによって、安全をはかってきました。同時多発テロの後、DHS(国土安全保障省)がNIPCを吸収し、さらに拡充をしています。しかし、日本ではそういう発想すらないわけです。そういう状況で首都機能を語れるのかという感じがします。

このままでは、いざというときに役所は全然機能しないということにもなりかねません。首都機能、特に安全の面でバックアップしなければならないポイントについては、立地の面、あるいはバックアップ機能の面からも考えなければならないように思います。

そういうことを念頭に置きますと、首都機能の移転は、小規模でもいいから速やかに行うことが求められているのではないでしょうか。走りながら考えるようなところが必要なのではないかという感じがします。まず、新しい首都に重要なものを移し、その能力をどんどん進化させていくということをやらなければならないだろうと思います。

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危機管理から見た道路整備

日本における安全の位置づけということでは、国家建設における道路整備の問題もあります。国家建設の目的とは、安全、繁栄、それから肉体的・精神的自由を国民に保障することです。それを目指した国づくりをしていく中で、道路整備も位置づけられなければなりません。過去においては、国家建設における道路整備の位置づけは皆無でした。私は安全の面からだけ語るのですが、国民に安全を保障するということでは、国防や防災の面、あるいは救急救命の面から道路がきちんと整備されているのかを考えなければならないと思います。

例えば、国防の面からいえば、ハイウェイストリップというものがあります。これは、幹線道路や高速道路などを滑走路に使うという考え方で、戦争のときに戦闘機や輸送機を発着させられるようにするというものです。先進国では常識ですし、北朝鮮には13ヶ所、韓国でも8ヶ所くらいあります。高速道路でいうと直線で4キロくらいになりますが、厚さが1.5メートルぐらいの強化コンクリートでつくられていて、中央分離帯も照明灯もありません。飛行場と同じ構造になっているわけで、いざというときに滑走路として機能させようという話です。これは災害のときにも、輸送機やヘリコプターを大量に発着させるために必要だろうと思います。しかし、日本の道路は、まずこのようには使えません。

また、軍用車両の通行に耐えられる設計の道路もありません。確かに、重量に耐えるものはあります。東名高速では、タンクトランスポーター(戦車運搬用トレーラー)などが実際に走っています。しかし、幅でいうと、戦車や新しい装甲車など軍用車両の中でも大きなものは、大部分の料金所を通ることができません。90式戦車の幅は3.4メートル、陸上自衛隊の新しい装甲車の幅は3.2メートルです。車では、クラウンの幅が1.8メートル、大型バスでも2.5メートルです。普通、料金所は幅2.5メートルまでしか対応していません。ですから、緊急時は、料金所を引き倒して首都高速に入らなければならない。東名の東京料金所の一番左は、戦車を運ぶために通れるようになっていますが、大部分の料金所は使えないのです。

これは、災害のときにも必要となるかもしれないものです。例えば、前面に排土板をつけた戦車をタンクドーザーといいますが、ブルドーザーのかわりをするものです。雲仙普賢岳の噴火のようなとき、キャタピラのついた戦車や装甲車でないと火砕流の跡などは走ることができません。そういうところにも行かなければならないわけです。

また、巨大災害や大規模テロと幹線道路網との問題でいいますと、そういうものが起きた直後に救助や救援、避難のための「循環」を構築することも必要になってきます。例えば阪神・淡路大震災の現場でいうと、幹線道路の主なものとして海寄りに国道43号線があって、山寄りに国道2号線がある。そのときの状況に応じて、国道43号線を西行き一方通行、国道2号線を東行き一方通行ということできちんと指示を出すことが必要になるわけです。それから、交通の流入点に自衛隊のヘリで白バイを下ろしていって、やじ馬の流入を止める。そういうことをしない限り、「循環」は確立しません。そういうことを意識しながら道路の計画をしていかなければならないのではないでしょうか。

日本の場合、防災都市計画も不在です。東京にも、大阪にも、それが全くありません。石原東京都知事は、防災都市計画をやらないと東京に世界のお金が集まってくることはあり得ない、とずっと前から言っているわけです。危機管理能力の高さをアピールすることによって、はじめて世界の資本が集まってくることもあるわけです。

こうしたことをきちんとやりながらであれば、首都機能の移転ということがあってもいいだろうという感じがします。

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バックアップ機能を備えた都市の必要性

首都機能の移転について機能をバックアップするということで考えますと、まず総理大臣の職務継承順位を意識してバックアップの優先順位を決めなければならないということがあります。日本では、内閣総理大臣の職務継承順位がきちんと定まっているかというとそうともいえない状況です。小渕さんが倒れた後、あわてて5人まで職務継承順位を決めるということにしましたが、それまでは何もありませんでした。アメリカの大統領は、17番目まで職務継承順位が決まっています。国防長官も10番目まで決まっていますし、それぞれの大臣についても決まっているわけです。そうしたものがあって、守るべき機能、あるいはバックアップすべき機能の優先順位が決まってはじめて、首都機能の移転やバックアップという話につながっていくのではないかと思います。

これは一つの考え方ですが、中央省庁の数だけバックアップ機能を備えた都市を整備してはどうか。私はその都市のことをサテライト(衛星)と呼んでいますが、新しい都市をつくらなくても、既存の都市を活性化していくという発想で進めてはどうかということです。そして、このバックアップの順位は、危機の内容によっても変わっていくようにすればよいのではないでしょうか。下の図にあるような形で、囲碁でいうと、石をもう一度置いてみてはどうかという感じがするわけです。

各省庁とバックアップ先の都市
省庁 都市
内閣官房 東京
宮内庁 東京 京都
警察庁 東京
防衛庁 東京
金融庁 横浜
総務省 東京 大阪
法務省 仙台 広島
財務省 東京 大阪
文部科学省 京都 仙台 つくば けいはんな
厚生労働省 東京 福岡
農林水産省 札幌 熊本
経済産業省 東京 大阪
国土交通省 青森 名古屋 高松
環境省 長野 旭川 松江

同じ省庁で一方が機能できなくなっても、もう一方が機能を発揮できるという意味で、国としての営みを一定の水準で維持できるということが重要だろうと思います。もちろん、中央官庁の何をバックアップの機能として、何を分散するべきかについては、それぞれ議論しなければならないと思います。全てを2つに分ける必要はないのかもしれません。ただ、直ちに代わりができる体制は整えておくべきです。会社には、どうして社長と副社長がいるのかというと、社長が死んでも副社長がすぐに代わって業務を行えるようにするためです。大切なのは、建物だけではなく、人によって機能を分散するという考え方です。アメリカでは、例えば東海岸で大きなイベントがある場合、閣僚の1人は必ず西海岸に出しています。あるいは、テロのアラートなどが出ている場合、大統領や副大統領は職務継承順位によって、居場所を変えています。そして、何かあったときでも、政府の枢要な人たちがすぐに仕事を行えるだけの最低限の設備が整えられているわけです。アメリカでは、そういう事態においてもすぐにお金が発行できるように、分散先に銀行まで持っています。日本でも、こうした人間を分散することによって機能を維持していくという考え方が必要ではないかということです。

ですから、首都機能の移転も、わざわざ遷都的な発想で語る必要はありません。遷都となると、新しい都市をつくって首都機能を移転したとしても、一極集中のあおりを食らって火が消えたようになっている地方都市が活性化することはないでしょう。機能の面から少しずつ分散していき、各地方都市を活性化していくという発想をとってはどうかということです。その中でふさわしい首都というものが絞り込まれてくれば、首都を移転してもいいのではないかと思います。その中心に今の3候補地が位置づけられて、新たな都市づくりが行われるということであれば、決して悪いことではないのではないでしょうか。

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東京を危機管理のモデル都市に

もちろん、これは東京に首都機能が集まっているからまずいという話ではありません。東京には、危機管理、あるいは防災のモデル都市としてきちんと能力を上げていくことが求められると思います。

以前、私が道路の研究会に参加したときに都市計画の専門家として、幕張メッセをつくった梅澤忠雄さんに入ってもらったことがありました。彼は東京にある環7のセイフティコリドー構想というものをずっと持っているのですが、これは環状7号線を緑化するなど防災面での安全地帯にしてしまおうというものです。これで1つの防災都市計画の中核を形づくるということも考えられます。こうした防災都市計画などをリンクさせながら、さまざまな機能を上げていくということがなければならないと思います。東京には、危機管理能力の高さを、世界的な金融の中心地としてアピールしていくことも求められているのではないでしょうか。こういう表現はしゃくなのですが、「東京のニューヨーク化」というようなことです。そして、バックアップ機能としての位置づけにある都市も、それぞれが東京というモデル都市を参考に危機管理能力を向上させていくということになればよいのでないかと思います。

こうした議論は、国土交通省が中心になって進めていくことになると思いますが、防衛庁や警察庁、消防庁など、全てが関係してくる問題です。国土交通省だけでできない問題について、どのようにきちんと進めるのかということが重要なのではないでしょうか。

こうした省庁横断的な問題に対応するために、アメリカではFEMA(連邦緊急事態管理庁)というものがあります。しかし、日本ではそういう組織がありません。私は、国民保護法制、有事法制に絡んで、日本にも緊急事態管理庁が必要だということをずっと前から言っています。これがなければ、有事法制も「仏つくって魂入れず」で、機能しないのではないか。やはり、縦割りに陥りがちな消防、警察、あるいは自治体を緊急事態管理庁でまとめて、1本の柱にすることが必要だろうと思います。そして、防衛庁、自衛隊をもう1本の柱として、二つの柱で国家の安全を図っていくことが求められるという感じがします。

こうした日本版FEMAのような組織がきちんと整備され、安全や危機管理に関する縦割りが克服されることで、はじめて首都機能移転の議論もより具体化し、説得力を持ってくるのだろうと思います。あるいは、その組織を一つの足場にしながら、首都機能移転の計画は進められるのではないかと思います。もちろん、首都機能移転について音頭を取って、先頭を走るのは国土交通省ということになるのでしょうが、そうしたことがもう少し議論され、深められてもよいのではないかと感じます。これはのんびりできる話ではありません。早く進めなければならない問題なのではないでしょうか。

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リスクを分散するために行うべき首都機能移転

日本では、安全に対する思想が明確ではないのかもしれません。政府の人も企業の経営者も、安全は選択肢だと思っています。しかし、それは違います。安全とはコストなのです。「セキュリティをやっても利益に結びつかない」と経営者がよく言うのですが、会社がつぶれてしまったら、利益も何もありません。セキュリティとは、会社をつぶさないためのコストなのです。

首都機能移転のコストにしても、安全を守るためのコストと考えれば、むしろ安いということになるかもしれません。どんな危機的状況が襲っても、国家としての一定の機能が維持できるようになる。その中では、救援・救助なども遅滞なく行われて一定レベルの経済活動も維持されるということを考える必要があるのではないかと思います。

しかし、今の日本は、安全ということに関しては全て抜けてしまっている状態にあります。ですから、逆にいうと安全を前面に押し出して首都機能移転の必要性を訴えれば、国民に対する相当なアピールになるのではないかと思います。

私は消防審議会の委員などもやっていますが、なぜ消防に関わりを持っているかといいますと、軍事問題がまとめるのに非常に難しいテーマであることも関係しています。軍事問題となると、賛成も反対もありますし、議論が百出します。また、例え国内でまとまったとしても、外国が注文をつけてくるテーマであるわけです。外国からも言いがかりをつけられないように、国内的にもコンセンサスが得られるようにまとめていくというのは、国民挙げて相当な能力がなければできません。いわば、これは応用問題なわけです。

ただ、同じように税金を使って国民の命を守るものであっても、例えば防災能力を上げることには誰も反対しません。また、交通事故の死者を減らすことや医療ミスをなくすことにも誰も反対しません。これは、基礎問題です。私は、基礎問題からやらなければ、応用問題はできないのではないかと思います。逆にいうと、基礎問題をきちんとクリアできるのであれば、応用問題も必ず健全かつ適正なレベルに持っていくことができるだろうと考えています。そういう思いを込めて、私は消防や医療などに関わっているのです。

ですから、安全のためのリスク分散についても、遷都や首都機能移転などというように大上段に振りかぶる話ではなく、もともとリスクの分散として行われていてもおかしくないとすれば、基礎問題ということになります。それを、首都機能の移転という大テーマのもとにまとめていくのも一つのアプローチとして考えられるのではないかと思います。

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