まずわかりやすく『4・3・2』という数字を使って、世界的なエネルギー事情を説明したい。世界人口69億人の中で、電気のない生活をしている人々が16億人(4分の1)、中国人とインド人を合わせた人口が24億人(3分の1)、そして石油埋蔵量は富士山をカップにしたとしたらその2分の1の容量。これはどういう事実をあらわしているだろうか。
非電化生活をしている16億人の人々には、やはり快適な電化生活の実現が望まれている。生活の向上が著しい中国とインドで多くの人が車に乗るようになったら、残り少ない石油はあっという間に消費され尽くしてしまう。したがって石油に頼らないエネルギーの安定供給が世界的な急務となっているのである。
環境の側面からも同様に、その燃焼時にCO2を排出する石油や天然ガス、石炭といった化石燃料からの脱却が地球規模での課題となっている。
低炭素社会を実現し、国境を越えての平等なエネルギー供給のために、大きな期待と可能性を秘めているのが、太陽光や風力など自然の力を利用する再生可能エネルギーである。
これまでは化石燃料や原子力などのメガインフラが中枢をなし、街や工場などの需要側に流し込む形での送配電システムが取られてきているが、これからは需要側でも最大限に再生可能エネルギーを取り込み、メガインフラと需要側の双方向で管理する電力の新しい系統制御を行っていく。これがスマートシティ構想である。
具体的には各住宅の屋根に太陽電池を設置して発電し、生活に必要な電力を賄ったうえで余剰分は電気自動車に蓄電する。各家電と電力メーターにICT(情報通信技術)を組み込んで、家電を外からでもリモートコントロールできるようにする。こうしてまず『スマートハウス』が誕生し、スマートハウスが連携してお互いに電力を融通し合えば『スマートコミュニティ』ができる。やがてコミュニティで電力が余ってきたら、電力消費量の多い都市部に環境負荷の軽いグリーン電力を送れるようになる。このように双配電システムで電力系統のインテリジェント化を実現し、再生可能エネルギーを最大限に利用する社会が『スマートシティ』なのである。
スマートシティ概念図
2005年の愛知万博で、経済産業省のNEDO(※)館にマイクログリッド(※)を組んで政府館に自然エネルギーを100%供給するプロジェクトがあり、私はチーフデザイナーを務めた。ここでスマートシティの原型を実証することができた。日本は当時からすでに技術を持っており、決して世界の中で遅れをとってはいなかったのである。
しかし本格的にスマートシティ計画が動き始めたのは、オバマ大統領がグリーン・ニューディール政策を発表して、その影響が日本にも波及してきてからだ。ちょうど日本でも民主党に政権が変わり、経済産業省内に『次世代エネルギー・社会システム協議会』が設置された。前政府の時代から新エネルギー政策に関わっている私はこのメンバーに任命され、他のメンバーと共にスマートシティを実証するための戦略的な取り組みを推進している。
戦略的な取り組みとはつまり、エネルギー問題の解決と生活の利便性を図るうえに、プラスαのイノベーションを求めていくことである。イノベーションとは、「新たな知や技術が牽引する社会経済システムの構造改革」を意味しており、技術開発だけではなく経済再生のひとつのシナリオを示すものでなくてはならない。そのために我々が目指しているのは、新たなビジネスモデルを作り出して雇用も創出し、欧米と組んで関連機器の国際標準化を実現して海外展開も可能にすることであり、日本の経済的発展までを見据えているのである。
まず国際標準化のための対応や社会システムの提言などに取り組むため、NEDOに働きかけて、業界の垣根を越えた「スマートコミュニティ・アライアンス」を設立し、民間企業に広く参加を呼びかけた。500社以上の企業が登録し、社会的関心の高さを実感している。さらに横浜市、愛知県豊田市、京都府(けいはんな学研都市)、北九州市の国内4都市をモデル都市に選定し、日本版スマートシティを5年計画で実証していくプロジェクトが2010年から始まっている。プロジェクト実行メンバーは自治体だけではなく、自動車や鉄鋼をはじめとするメーカー、電力、ガスの事業者、通信事業者など多方面にわたる業種の企業も名を連ねている。政府が投じる1000億円の公的資金に加え、こうした民間企業の資金もスマート化の実証のために投入される予定である。
スマートシティ構想を現実的にしたのが、電気自動車の実用化である。通常、電気自動車が積んでいるリチウムイオン電池は、1.6日分の家庭消費電力を溜められる。これまで家庭での太陽光発電などから得た電力は、余剰分があっても蓄電しておくことができなかったのだが、これからスマートハウス化が進めば、電気自動車に蓄電できる。その電気自動車が、さらなる進化を遂げようとしているのである。
愛知県豊田市のスマートシティプロジェクトで中心的な役割を担うトヨタ自動車は、移動先のスーパーマーケットやコンビニエンスストアで電力のやり取りができる車を開発中だ。従来の電気自動車は車の動力として放電するだけであったが、電池の高性能化により、充電放電が自由にできるようになれば、たとえばスーパーマーケットに買い物に行って、一定額以上の買い物をしたらスーパーの屋根で発電した電力を無料で車に充電でき、逆に車からスーパーに電力を売ることもできる。消費電力がピークを迎えているときならば、高く買い上げてもらうことも出来るかもしれない。
これは家庭部門の電力の自由化も視野に入れたプロジェクトである。現在は50kW以上の高圧電力しか自由化されておらず、家庭レベルの低圧電力は地域ごとに電力会社が独占供給している。しかし政権が変わったことで規制緩和を受け入れやすい土壌ができている今、電力受給システムに規制改革が行われれば、こうした新たなビジネスモデルが生まれる可能性も高まる。
スマートシティへの取り組みの中で活用される最新技術として、やはり一番に挙げられるのは上述した電気自動車の技術であるが、他に注目に値するものとして、ナビゲーションの可能性について紹介しておきたい。
全世界のナビゲーションの約4割のシェアを握っているオランダのトムトム社は、ナビゲーションを核とした新たなエネルギーシステムの構築を狙っている。天候によって左右される太陽光発電や風力発電であるが、ナビゲーションのGPSシステムを使って各地の発電状況を随時チェック出来るようにし、グリーンパワーを融通し合うというものである。ナビゲーションの会社が実践するだけに、波及効果の大きさも期待できる。
またスマートメーターの重要性も、スマートシティ構想を語るうえで外せないポイントである。スマートメーターとは通信機能を搭載した電力メーターのことで、従来の電力メーターに取って代わることで電力量の遠隔測定から家電の遠隔操作まで可能になる。家電にはICTを組み込む必要があるが、それぞれ1000円程度で組み込める見込みであり、暮らしとエネルギーの合理化に絶大な力を発揮するであろう。
スマートシティに活用される最新技術概念図
明確にしておきたいのは、グリーンパワーを取り込んだ新しいエネルギーシステムだけで、我々の社会を支えることは難しいということだ。産業地域においては自然エネルギーの利用だけではパワー不足であることは否めず、既存のメガインフラとうまく並存させていくことが大切である。
それでも社会生活における変化には劇的なものが期待できるだろう。たとえばスマートメーターが普及することによって、各家庭のデータを解析して電力の使い方などをコンサルティングするホームドクターのような新しいビジネスモデルができるかもしれない。あらゆる電気機器にICTが搭載されていくと、介護や食料品の供給といった生活環境に関わる総合サービス産業が成長していくことも夢ではない。都市計画のあり方も、自然エネルギーをいかに確保するかという視点に変化していくだろう。たとえば日照権は単なる日当たりの良さの問題ではなく、エネルギーとしてお金に換算できる問題となる。コミュニティレベルでのカーシェアリングなど、発生電力をシェアして使うための社会システムの構築が、都市計画にも欠かせなくなってくるのではないだろうか。
自然エネルギーを最大限に取り込むことで、経済発展と環境対策が同時に成り立ち、街はインテリジェント化されて快適な暮らしが実現する。今後10〜20年をかけて新たなエネルギーシステムを構築し、2050年には我々が描くグランドデザインがしっかりと機能するように、産学官連携しながら取り組んでいるところだ。
(本記事は、平成23年1月12日に実施した柏木先生へのインタビュー内容を取りまとめたものです。)
1946年生まれ。1970年東京工業大学工学部卒業、1979年博士号取得。1980〜1981年米国商務省NBS招聘研究員などを経て、1988年東京農工大学工学部教授に就任。2007年から国立大学法人東京工業大学統合研究院教授。日本エネルギー学会第21代会長、経済産業省のエネルギー関連の各種審議会の主要メンバーとして活躍。著書に「スマート革命―自動車・家電・情報通信・住宅・流通にまで波及する500兆円市場」「低炭素社会におけるエネルギーマネジメント」などがある。
問い合わせ先
国土交通省 国土計画局 首都機能移転企画課
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