ホーム >> 政策・仕事 >> 国土計画 >> 国会等の移転ホームページ >> ニューズレター「新時代」 第80号(平成29年3月) >> 寄稿文

国会等の移転ホームページ

Webニューズレター新時代Vol.80 〜一緒に考えましょう、国会等の移転〜

首都機能移転実現の理由−統治構造、ソウル・地方の大きな格差

 首都機能移転について、日本では長く議論していますが、韓国では盧武鉉大統領時代に始まってからわずか10年余りで現実のものとなり、「世宗市」と名づけられた新都市が誕生し、中央政府の部処(省庁)の多くが既に移転を完了しました。この対比をどのようにお考えですか。

 首都機能移転が日本では実現せず、韓国では実現した理由として、1つにはリーダーシップ、大統領制の韓国と日本では統治構造のシステムが違うということがあります。韓国の場合は大統領の権限が強く、利活用できる政策手段が多いので、進めやすい環境が整っていると思います。もう一つは、韓国は日本ほど地方分権や分散が進んでいないということがあります。ソウルへの過度な一極集中は、首都機能移転の必要性やその政策の正当性にも大きな影響を与えます。

日本でも東京一極集中と言われますが、韓国はソウルに京畿道、仁川を加えた首都圏には国の人口の半分が集中しており、日本の東京圏より集中度が高い状態です。韓国では地方に住むことはルーザー(落ちこぼれ)であるという意識さえあります。そういう韓国社会の問題を突破することが求められました。

首都機能移転は、韓国の民主化と平等志向的な価値観と深く関わっています。軍事政権が1987年に終わって民主化を進める中で、何より平等が重んじられました。最初は国民ひとりひとりが自分の1票で大統領を選べるようになり、また国会議員が小選挙区制になって国民が政権政党を直接選べるようになりました。次に経済面の平等が求められ、労働者の権利を要求し組合活動が活発になりました。マスコミの民主化も進みました。政治の民主化は権力者と有権者の関係、経済の民主化は使用者と労働者の関係、それからマスコミの民主化はメディアと市民の関係をより平等に見直す過程でもありました。

その次に、空間的、地理的な平等、すなわちソウルと地方の格差対策もまた国民の要求となりました。

財源を地方分権化してもそれだけでは地方の人たちの目には見えず実感できません。これに対し、首都機能の移転は中央政府の部処(省庁)の建物が地方に移り、公務員も移ってくるわけですから、これは目に見えるし経済効果も雇用効果もある。また、単なる物理的な意味だけでなく、ソウル対地方の関係を変えるというイデオロギー的、価値的な意味もある。それを盧武鉉大統領がうまく設定して「新行政首都」を建設しようとし、これに憲法裁判所が違憲判決を下しましたけれども、今度はその判決に対して猛反発が起こり、「行政中心複合都市」として実現しました。今の朴槿恵大統領を含め、政治家は首都機能移転を拒否することはできませんでした。

日本の場合、東京の過密化、一極集中という理由だけでは首都機能移転を実現する力が弱かったのだと思います。従来の問題解決だけではなく、未来社会に向けた新しい価値の実現(韓国の場合は、中央と地方の平等な社会)をより強調する必要があったと思います。

制度ということでは、日本でも近年は総理大臣の権限が飛躍的に高まり、韓国に近い形になりました。一方で日本では中央政府の財源が厳しくなりましたから、価値の配分をこれまでとは異なる形で行うことが求められます。国のあり方に関するパラダイム転換といったものが必要ではないでしょうか。

また、構想を実現するにはプレーヤーのコミュニケーション能力と言いましょうか、資源を動員し、国民に対して働きかけ、説得する能力も必要です。

ページの先頭へ

世宗市への移転は行政の効率化の一つのきっかけ

 韓国では、当初は一括的な行政首都の構想だったものが、憲法裁判所の違憲判決を受けて、大統領府や国会をソウルに残したまま、中央政府の部処(省庁)の多くが世宗市に移転した結果、政治と行政が地理的に分離する形になりました。この形態についてどのようにお考えですか。

 行政機関が世宗市に移ったため、公務員の移動時間が長くなり、世宗市とソウルとの間の高速道路上にいる時間が長いと批判するマスコミ報道は確かにあります。しかし、日本のように公務員が机にしがみつき、国会議員から電話があったらすぐ説明に駆けつけるのが今の時代のあるべき姿でしょうか。

行政と議会との関係は、時代とともに、技術とともに変わるべきものです。韓国では行政文書の情報公開が進んでいますから、国会議員はソウルにいても行政文書を見ることができます。

世宗市への移転が、行政が効率性を求める一つのきっかけになったと言えるでしょう。

世宗市に移転したことにより、公務員の仕事の仕方も変わりました。週のうち木・金曜日はソウルで情報収集や会議をするようにしたり、また、役所がソウルにあったときは、公務員は「お上」ですから民間人を役所に呼びつけていましたが、今は公務員が自ら足を運ぶようになりました。公務員の出張費や移動時間のコストが増えたのは否定できませんが、「民」を見る「官」の側の姿勢の変化によるメリットはそれを上回るものがあると思います。

日本の皆さんは韓国の首都機能移転をどのような基準で評価されるのでしょうか。政策決定に時間がかかるようになったことや、交通コストが増えたことから、「馬鹿なことをしたな」と思われているかもしれません。しかし、韓国社会全体にもたらした効果、国民の行政に対する満足感、各部局の自律性の高まりといった基準で評価すると、見えてくるものが違ってくるのではないでしょうか。

ページの先頭へ

多重ネットワークによる時代の変化への柔軟な対応

 韓国では分散的な首都機能移転を行いましたが、当初意図したものとは異なる効果が表れてきたと言えるのでしょうか。

 最初に盧武鉉大統領が首都機能移転を進めたときと、分散的な形で移転した現状では異なっていますし、今後の進化していく姿に注目していくべきだと思います。

当初どこまで意識されていたかはさておいて、移転によって複数のネットワークが構築され、ハブが多数できたということは、リスク回避の点でも、また結果として時代の変化に柔軟に対応できるという点でもプラスの面が大きいと思います。

日本は行政組織と国民のネットワークが東京からの一つしかありませんね。韓国はソウルからのネットワークに加えて世宗市からのネットワークができました。また、首都機能移転とは別の政策ですが、様々な国の機関を地域特性に応じて各都市に分散し、例えば医療や保健に関する国の機関を原州(ウォンジュ)という地方都市に移転しました。それらの機関からのネットワークがあります。以前は地域の発展のためにイベントなどを誘致する発展戦略がとられていましたが、今はそれぞれの地域資源を活かした政策立案が重要ですから、多重のネットワークによって結果的に今の時代の変化に柔軟に対応できるようになったと思います。

ページの先頭へ

国民全体を意識した政策立案・資源配分へ

 公務員の意識や姿勢も、世宗市への移転を契機として変わってきたのでしょうか。

 公務員はかつて、青瓦台や大臣を向いて仕事をしていました。それが自らのポストにとっても重要でした。今では、一般国民を意識して政策を進めるように変化してきました。

また、以前は市民団体の行政監視を最も恐れていましたが、ホームページができ情報公開が進んだ今は、一般国民の目、国民からの批判を最も気にして仕事をするようになりました。

世宗市への移転と社会的な価値の変化があいまって、公務員は利害関係者よりは国民全体を意識して政策を立案し、資源を配分するようになってきました。ソウル中心の既得権益やしがらみから自由になったので、可能になったと思います。

韓国では最近、行政に対する国民の満足度が高まっています。オープンで透明、目に見える政府が実現するようになりました。国民が言ったことをまずは聞いてくれるし、申請したことがどう処理されているか目に見える。行政のオンライン化が進み、住民票でも税金でも自宅のパソコンで手続きできるし手数料もかからない。そうした明確なメリットもありました。要するに、行政のオンライン化・オープン化が進んだ時代には、行政機関の所在地や首都機能の位置が持っている意味は変わってくると思います。 日本では電子政府があまり進んでいないようですね。

 大統領府(青瓦台)のあるソウルから離れたことによって、大統領と各部処(省庁)との関係も変わったのでしょうか。

 韓国では以前は大統領の権限が非常に強く、カリスマ的、王様的にすべてを決めることができ、そのために非合理的なことが行われることもありました。今は大統領と省庁との関係が変わりつつあります。以前より各省庁の自立性が高まり、官僚が縦割りや自己利益に走るのではなく、情報を公開し、国民に監視され、国民の満足度を高めるように仕事をするようになってきました。世宗市に移って青瓦台から距離が遠くなり、時代の変化とあいまって、大統領との関係を冷静に見直すことが可能になったのだと思います。

 将来的にも、大統領府や国会はソウルにとどまり、世宗市に移転した国の行政機関と離れたままでも差支えないとお考えですか。

 それについては、地理的な場所ではなくて、機能的な観点からみる必要があります。もし各省庁がバラバラでそれを総合調整するコーディネーター組織ができているのか、もしできていなのであれば、そのコーディネーター組織を世宗市に置くのがよいかもしれません。しかし、単に大統領や大臣や国会議員に報告するために近い方がいいという議論には、与する必要はないと思います。

ページの先頭へ

日本における首都機能のあり方−各地域を起点とするネットワーク構築を

 日本のこれからの首都機能のあり方に対して何かコメントを頂けますでしょうか。

 機能的な移転にプラスして、移転により多重なネットワーク、つまり政策アイデアのネットワークや専門家のネットワーク、資源配分のネットワークを構築し、共有していくこと、それが日本の今後にどう役に立つかを議論し、国民との関係を作り直すことを考えるべきと思います。今のような東京から全国へのネットワークだけでなく各地域を起点とするネットワークを構築することを考えるべきでしょう。単に、京都から江戸・東京に移ったものをそのままどこかに移すというだけの議論は意味がないと思います。

ページの先頭へ

高選圭(ゴ・ソンギュ)氏 プロフィール

1968年生

東北大学大学院情報科学博士

ソウル特別市策電子政府研究所企画部長

世宗研究所日本研究センター研究員

韓国 中央選挙管理委員会選挙研修院教授

著書・論文等

・『選挙管理の政治学』(共著、有斐閣, 2013)

・『ネット選挙が変える政治と社会―日米韓に見る新たな「公共圏」の姿』(共著、慶応義塾大学出版会, 2013)

・『被災地から考える日本の選挙』(共著、東北大学出版会, 2013)

・『日韓政治制度の比較』(共著、慶応義塾大学出版会, 2015)

 

問い合わせ先

国土交通省 国土政策局 総合計画課
Tel:03-5253-8365 Fax:03-5253-1570 E-mail:itenka@mlit.go.jp