ブラジルでは、1946年の憲法に首都の移転が規定された後、様々な検討を経て、1960年に新首都ブラジリアが完成し、リオデジャネイロからブラジリアへ首都機能移転が行われました。
[ブラジルの概要]
政治行政システム:連邦共和制
人口: 1億7,185万人(1999年推定)
面積: 851.2万km2
[首都機能移転の経緯]
1946年 憲法で首都の移転が規定される
1956年 首都機能移転の実施に関する法律の制定
1960年 新首都ブラジリアの完成式を実施
1970年頃 三権の機関の移転がほぼ完了
[首都機能移転の目的]
ブラジルにおける新首都ブラジリアの建設と首都機能移転は、「内陸部の地域振興を通じた国土全体の均衡ある発展」を図ることが目的です。当時のクビチェック大統領は、「50年の進歩を5年で」というスローガンのもと、強力なリーダーシップをもって、新首都の建設を推進しました。これを契機に、特に内陸部の開発は大きく前進しました。2000年にブラジリア(連邦区)の人口は、200万人を超えました。(図1参照)
[ブラジリアの評価]
ブラジリアについては、建設当初こそ「人工的で人間味のない都市」、「世紀の失敗作」といった批判が見られましたが、ブラジリアが都市として成熟するにしたがい、特に生活環境などの面で好意的な評価が定着しつつあるという意見も見られます。
図1 ブラジリア(連邦区)の人口と中西部(ブラジリアを含む内陸部の5州)の人口シェアの推移
北連邦行政地区
省庁別館
国立文書館
北文化地区
中央省庁
法務省
大統領府(写真2)
連邦行政地区
連邦上院(写真1)
南文化地区
カテドラル(写真4)
国家会計裁判所
連邦下院(写真1)
パンテオン
オスカー・ニーマイヤ財団
最高連邦裁判所
国家公共省
省庁前広場
[ブラジリアの街づくり]
ブラジリアの建設にあたっては、1956年にコンクールが開催され、中心部の「プラーノ・ピロット」を飛行機に形どったルシオ・コスタ氏の構想が採用されました。
プラーノ・ピロット内は、機能的にゾーニングされており、飛行機の機首部分に、ブラジルの建築家オスカー・ニーマイヤ氏が設計した連邦議会議事堂、最高裁判所、大統領府、カテドラルなどが立地し、また飛行機の胴体部分には連邦政府の行政機関やレクリエーション施設、飛行機の翼の部分には住宅施設、その交差する部分に業務・商業施設やバスターミナルなどの交通施設が配置されています(図2参照)。なお、1987年には、プラーノ・ピロットがユネスコの世界遺産に登録されています。
[プラーノ・ピロットの概要]
長さ: 翼の片側約6km、胴体部分10km
面積: 717.8km2(東京都区部の1.16倍)
人口: 289,898人(2000年8月時点)