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第I部 平成23年度の観光の状況

第3章 東日本大震災の影響と復興

第4節 結び




 前節までに見てきたように、東日本大震災の発生により、我が国の観光は大きな打撃を受け、今なお復興の途上にある。これからも、まずは被災前の水準まで回復することを目指し、さらにそれを超えて観光立国を実現していくための取組が、被災地で、そして日本全国で進められていくことになる。その際、それらの取組が、目先の集客のみを意識した一過性のものに終始することなく、中長期的に国内外の人々を惹きつけ続けるいわば“本物"の魅力を生み出していくようにしなければならない。
 未曾有の危機を乗り越えることは簡単なことではない。しかし、前節で紹介した国内外における過去の経験から学ぶところが大いにあるのではないだろうか。
 前節で挙げた諸例に限らず、被災後に風評被害に苦しんだ例は多い。風評の発生を完全に封じることは難しいものの、風評による被害を最小限にとどめるための取組が必要である。スマトラ島沖地震の例で見たとおり、風評被害を防ぐためには、正確な情報を迅速に収集し、的確に発信することが大切である。そのため、タイでは、非常時に一元的に情報を収集・発信する体制を整備したのである。このように、平時から有事に対応できる体制を構築しておくことは、重要な視点である。
 また、観光客が安心して旅行するためには、災害時等に観光客の安全が確保されることは基本的な条件とも言える。ハリケーン・カトリーナの例で見たように、被災を契機にそのことに気づき、体制を整備する例も参考になる。
 これらを踏まえれば、災害が多発する地理的条件にある我が国だからこそ、これらの事例に学びつつ、日頃から危機管理意識を持って備えておくことが大切であると言える。
 災害は、確かに不幸な出来事である。しかし、“復興"という共通の目標に向かって、地域が一丸になって取り組む過程で、地域の魅力を見つめ直し、そこから新たな観光資源を生み出し、人々を惹きつける機会にもなりうる。有馬温泉や能登半島地震の例は、そのことをよく示している。
 さらに、被災の記憶そのものが、新たな観光資源として魅力を持ちうることも過去の経験から学ぶことができる。「神戸ルミナリエ」の例に見られるように、そこを訪れる意義に人々が共感することにより、大きな集客効果が発揮されるのではないか。戦争の悲惨な記憶を刻む原爆ドームも、いまや我が国を代表する観光地となっているのである。人々は、被災の記憶に触れることで、自然の脅威とともに、自然に立ち向かった人々の力を感じることになるだろう。
 観光振興とは、そもそも、人がわざわざそこを訪れるだけの魅力を創出することである。各地域の文化、伝統や自然に根ざした揺るぎない魅力は大切にしつつも、既存の観光資源や過去の成功体験に安住することなく、常に新たな魅力を創出し、発信していくことが大切である。東日本大震災という危機を乗り越えて我が国の魅力を再発見し、それを新たな観光資源として形づくっていくことができれば、東北地方のみならず我が国の観光に新たな地平が開かれることになるのではないだろうか。
 ややもすると沈滞ムードに陥りがちな現在の社会経済情勢の中でも「坂の上の雲」を目指すことができる分野の一つとして、我が国の観光は、東日本大震災を乗り越えて、この新たな地平を開いていく必要がある。
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美ヶ原高原 ©Yasufumi Nishi/日本政府観光局

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