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第I部 観光の状況

第2章 国際観光振興の回顧、総括と今後の展開

第3節 過去10年の国際観光振興政策の総括と課題

2 課題



  (1) 訪日ブランドの構築

 外国人旅行者に日本を目的地として選好してもらうためには、戦略的にプロモーションを展開することが必要である。
 プロモーションは、即効性のある短期的なものと、訪日ブランドを構築し、訴求するための中長期的なものに大別される。両者とも必要であるが、これまでの訪日プロモーションは、前者について工夫が不足する傾向があったばかりでなく、特に後者の「訪日ブランド」を構築するという戦略に乏しく、それぞれの関係者がばらばらに情報を発信することが多かったため、日本全体としてのイメージの訴求ができていなかった。
 観光関係者がそれぞれに目先の外国人旅行者数を増加させることに汲々とし、日本全体で共通の理念がないまま刹那的なプロモーションを展開しているだけでは、全体としての大きな成果は期待できない。
 そもそも、時代や国・地域を問わず安定的に評価される圧倒的で競合国にはない独自の魅力こそが、世界中の人々を惹きつけ、「その国に行ってみたい」と思わせる力を発揮するものである。
 グローバル化が進み、大量の情報が錯綜する今日、消費者に個別の観光地の善し悪しについて時間をかけて吟味する時間は少ない。良い観光地であるというイメージが確立されているか否かで消費者の選択のかなりの部分が決まってしまう。
 翻って日本を見ると、工業国や経済大国としてのイメージは国際的に浸透しているが、観光に関しては、まだまだ「フジヤマ、スシ、ゲイシャ」のイメージから抜け出せていない。また、ごく一部の有名な観光地以外は知られていないことが多い。これらのイメージは、個人旅行の増加に伴い、体験や交流、さらには自己実現がニーズとされはじめた国際観光市場においては、魅力のないものとなりかねない。これらのニーズに応えうる新たな旅行先としての日本のイメージを伝えていかなければならない。
 そのためには、関係者が一丸となって、中長期的な視点に立ち、できるだけ統一されたイメージを世界に向けて訴求していかなければならない。VJの10周年を迎え、今後の10年は、魅力的な旅行先としての「日本」のイメージ、すなわち訪日ブランドを確立し、世界中の人々に浸透させるための取組を進めていく必要がある。
 各観光地域についても、国内外から選好されるためには、それぞれの地域のブランドの確立が不可欠である。
 しかし、残念ながら、観光地域の中には、そのようなブランド確立がなされないまま、目先のプロモーションだけに力を注いでいる例が少なからず見られる。
 我が国は、北は北海道から南は沖縄まで世界中の人々の多様なニーズを受け入れることができる多彩な地域資源に恵まれており、観光の潜在力は極めて高いと考えられる。しかし、その能力を最大限発揮しているとは言い難いのではないか。
 今後、国境を越えた観光地域間の競争がますます厳しくなると見込まれる中、地域の魅力を向上させ、競合地域に負けない独自の魅力を放ち続ける観光地域だけが生き残っていくと考えられる。
 各観光地域も、そのような切迫感を持って取り組んでいかなければならない。

  (2) 外的要因の影響を受けにくい訪日外客構造の構築と戦略的なプロモーションの展開

 インバウンドの拡大に先進的に取り組んでいる国は、重点的な市場を持ちつつ、それらの市場に過度に依存することなく、多くの市場からバランス良く誘客している(図I-2-3-3)。
 一方、訪日外国人旅行者数は、東アジア4か国(韓国、中国、台湾、香港)で約65%を占めており、偏重している(図I-2-3-4)。

図I-2-3-3 各国の外客構造



図I-2-3-4 国・地域別訪日外国人旅行者の割合(平成24年)


 東日本大震災後、放射能に係る風評被害の影響が長引き、我が国にとって最大の市場である韓国における訪日需要の回復には時間を要した(図I-2-3-5)。また、政府による尖閣諸島三島の取得・保有が行われた平成24年9月以降、団体客を中心に中国からの訪日旅行者数が大きく落ち込んだ(図I-2-3-6)。我が国は、これらの経験から、特定の市場に依存した訪日外客構造の脆弱性を身を以て学んだ。今後は、この経験を生かし、送客元の多様化により、外的要因に大きく影響されることのない安定的な訪日外客構造を構築することが課題となる。

図I-2-3-5 訪日外国人旅行者数の平成22年同月比の推移



図I-2-3-6 訪日中国人旅行者数の月別推移


 また、多様化する市場のニーズへの対応にも、まだまだ改善の余地がある。
 これまでは、世界的に団体旅行が中心だったため、現地旅行会社のニーズを把握することで市場のニーズを把握することができた。しかし、近年、世界的に個人旅行が主流になりつつあり、多様な個人のニーズを的確に把握することが不可欠となりつつある。我が国の主要な市場である韓国、台湾、香港はもちろん、今後は、中国やタイも個人旅行が主流になることが見込まれる中、きめ細かなマーケティングがより一層欠かせなくなる。
 プロモーションについても、そうした傾向を受け、これまで以上にきめ細かさが必要となってくる。市場類型や国・地域ごとに訴求対象を明確化した上で、より効果的な媒体を的確に活用しながら、個人旅行者に向けてはSNSを活用するなど、常に新しい手法を取り入れ、工夫していく必要がある。

  (3) MICE分野の国際競争力の強化

 国際会議等のMICE(Meeting, Incentive, Convention, Exhibition/Event)の誘致は、ビジネス客を誘致するための有効な手段である。MICE開催を通じた主催者、参加者等の消費支出は、開催地域を中心に大きな経済波及効果を生み出す。また、MICEの開催は、ビジネスや研究分野の海外参加者と我が国参加者の人的ネットワークの形成や知識・情報の共有を通じた新たなビジネス機会やイノベーションの創出を促す。このような人や情報の交流・流通、ネットワーク構築は、都市の競争力・ブランド力向上にもつながるものであり、いわば我が国の経済成長のソフトインフラとしての機能を有する。
 国際会議の動向を見ると、世界全体で開催件数は年々増加しているが、アジアや南米では、急速な経済成長を背景に、特に開催件数の伸びが大きい(図I-2-3-7)。

図I-2-3-7 国際会議の開催件数の推移


 アジア太平洋地域の多くの国が、MICEを成長分野と捉え近年急速に力を入れており、競争が激化する中、1990年代にアジアの中で圧倒的なMICE先進国であった日本は、もはやその優位が失われている。アジア太平洋地域における国際会議の開催件数を見ると、1990年代は日本が圧倒的な存在感を示していたが、2000年前後から中国、韓国、シンガポール等が開催件数を大きく伸ばしている(図I-2-3-8)。また、同地域内の主要5ヶ国(日本、中国、韓国、シンガポール、豪州)の開催件数に占める日本のシェアも、一貫して低下している(図I-2-3-9)。

図I-2-3-8 アジア太平洋地域の主要国の国際会議開催件数



図I-2-3-9 アジア太平洋地域の主要国の国際会議開催件数に対する日本のシェアの推移


 これらの現状を踏まえると、我が国の経済成長を促すためにも、MICE分野の国際競争力を強化することは喫緊の課題と言える。競合国の取組に大きく水を空けられている現状を打破し、日本をMICE先進国の地位に押し上げるために早急な対応が必要である。

  (4) 訪日外国人旅行者の受入環境の整備

 訪日外国人旅行者が、快適に移動し、滞在し、観光することができる環境を整備することもまた重要である。言うまでもなく、外国人旅行者にとっては、日本人が国内を旅行する場合と違って、言語や生活習慣の違いをはじめ、戸惑いを感じる場面が多々存在する。JNTO(日本政府観光局)が実施した「訪日外国人個人旅行者が日本旅行中に感じた不便・不満調査」(平成21年)の結果を見ると、外国人旅行者が旅行中に感じた不便・不満は、最多の「標識等(案内版、道路標識、地図)」以下、多くの項目にわたっている(図I-2-3-10)。

図I-2-3-10 訪日外国人旅行者が旅行中に感じた不便・不満


 VJ開始後、観光関係者の間に、インバウンドを拡大するためには、プロモーションだけではなく、受入環境の整備も重要であるとの意識が広がり、近年、外国人観光案内所のネットワークの充実や国際拠点空港や駅構内等における無線LAN環境の整備などが進みつつあるものの、未だ道半ばである。訪日外国人旅行者にとってのバリアを丁寧に解消し、受入環境を整備することは、個人旅行化が進展する中、今後ますます重要になってくると思われる。
 また、自然災害の多発する我が国において、外国人が安心して旅行するためには、災害時等に安全が確保されることが基本的な条件とも言える。特に、東日本大震災の経験から、大規模な災害が発生した際に、訪日外国人旅行者に正確な情報を迅速に提供することが重要であると改めて認識された。しかし、現状では、そのような情報提供体制の構築は不十分であるため、自然災害等の緊急時において訪日外国人旅行者が情報難民となるリスクを軽減するための情報提供体制を整えることが必要である。
 また、災害発生直後に、被災地にいる訪日外国人旅行者に対して迅速に避難誘導等の初動対応を行う体制も重要であるため、地方公共団体や観光施設において、そのための体制整備を進めることが急務である。

  (5) オールジャパン体制の更なる強化

 観光は、交通、まちづくり、文化、環境、産業、安全など幅広い分野にわたっており、これら各分野に関わる関係者の様々な取組によって支えられるものである。したがって、これら多くの官民にわたる関係者が連携し、観光立国の実現という目的を共有して、その目的に向けた総合的な取組を展開していく必要がある。
 そのため、関係省庁やJNTO等の政府関係機関は、お互いに緊密に連携・協働することはもちろん、地方公共団体、公益社団法人日本観光振興協会等の観光・交通関係団体、観光・交通関係事業者、経済界、マスコミ等とも一体となって施策を展開していかなければならない。
 VJ開始後、観光関係者がプロモーション等に連携して取り組む体制が構築されつつあるが、各省庁や各産業界はまだ縦割りから脱却していない。我が国が観光振興国から観光先進国へと進化するためには、今後さらに各主体が観光の観点から連携を進め、「オールジャパン」体制を作り上げていくことが欠かせない。
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