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第I部 観光の状況
第2章 国際観光振興の回顧、総括と今後の展開
第4節 国際観光振興政策の今後の展開
2 成長市場の開拓と戦略的なプロモーションの展開
(1) 成長市場の開拓と外的要因の影響を受けにくい訪日外客構造の構築
1) 新たな成長市場の開拓
観光立国を実現するためには、インバウンドの市場として成長が見込まれる国・地域をいち早く見極め、時宜を誤ることなくその需要を積極的に取り込み続けることが大切である。特に、国には、民間企業に先駆けて「日本」の認知度が低い市場での取組を開始することが望まれている。世界各地の成長市場を開拓することは、送客元の多様化につながるため、外的要因の影響を受けにくい訪日外客構造を構築する上でも重要である。
近年の国際観光市場を見ると、北東アジア・東南アジアは、世界の中で最も高い伸びが予測される市場である。同地域は、2010年(平成22年)においては世界の国際観光客到着数に占める割合は19.3%(1.81億人)であるが、2020年(平成32年)には23.4%(3.18億人)になることが予測されている(
図I-2-4-1
)。その間の年平均伸び率は、世界平均が4.5%であるところ、7.5%に及ぶ(
図I-2-4-2
)。
図I-2-4-1 国際観光客到着数の今後の予測
図I-2-4-2 国際観光客到着数の年平均伸び率予測
中でも、近年急速に経済成長し、それに伴って中間層・富裕層が伸びている東南アジアは、その親日度の高さや訪日旅行者数が増加傾向にあることとあいまって、今後、これまでの東アジア市場に続く大きな市場となることが見込まれる。
東南アジアからの訪日旅行者の一人当たり旅行支出額がアジアにおいては中国・香港に次いで高いこと(
図I-2-4-3
)や、東日本大震災後において東南アジアからの訪日旅行者数が大きな伸びを示している事も踏まえ(
図I-2-4-4
)、今後、東南アジアからの誘客を本格的に展開する。
図I-2-4-3 訪日外国人旅行者1人当たり旅行支出額(平成24年)
図I-2-4-4 国・地域別訪日外国人旅行者数の伸び率(平成24年)
また、今後は、インドネシアやマレーシア等からの誘客にも力を入れていくため、ムスリム向けに食事面や礼拝スペースの確保等に配慮する等の受入環境の整備を進めていく。
平成25年は、「日・ASEAN友好協力40周年」に当たる。この節目となる年に「東南アジア・訪日100万人プラン」を展開し、東南アジアからの誘客に本格的に取り組む。韓国、中国等のこれまでの主要市場からの誘客と併せてこれらの取組を展開することにより、東南アジア市場を我が国の主要な市場へ成長させる(
図I-2-4-5
)。
図I-2-4-5 東南アジア・訪日100万人プラン
コラム
東南アジア市場向けプロモーションは受入環境・サービスの充実とともに
●ムスリム訪日客にも日本の食文化を楽しむ機会を!
国民にムスリム(イスラム教徒)の多いマレーシア(人口の約6割)やインドネシア(同約9割)からの訪日旅行者が増加する中、ムスリム訪日客も着実に存在感を増している。本国ではハラール(アラビア語で「許可・容認された」の意)とされる食事を食べているムスリムだが、海外旅行先で日常とは異なる食事をとることを楽しみにしている人は非常に多い。
そば・うどん、丼物から寿司、天ぷら、多種多様な海産物、本格的な会席料理に至るまで、日本には、ムスリムが食べてはならない代表例の豚(派生品を含む)やアルコール類をそもそも使用しない、又は代用品を用いても十分に楽しめる料理が驚くほどたくさんある。
それにもかかわらず、日本では、現在、ムスリム訪日客が「食べる・食べない」を判断する目安の表示や「食べてみよう」と思わせる調理上の配慮・工夫などが不十分で、ムスリム訪日客が日本食を楽しむ機会も選択肢も提供できていない状況である。
ムスリムが「食べる・食べない」を判断する基準は、居住国や世代、個々人によって大きな差があるが、代表的な判断のポイント、すなわち表示して欲しい情報を対応しやすい順に紹介すると、以下のような意見が多い。
1) 豚(派生品を含む)やアルコール類を使用しないメニューの有無
2) ムスリム・サービススタッフの有無
3) 国際的なハラール認証の有無
●具体的な受入環境やサービスの情報は強力なプロモーション・コンテンツ!
地域等の取組として、ムスリム訪日客の受入環境整備やムスリム・フレンドリー(ムスリム消費者に配慮した)サービスの促進に向けたガイドラインを定める動きが出てきているが、検討・議論を進める際には、ムスリム参加の下、ムスリムの視点や意見を反映する機会を確保することが重要である。
地域によっては、イスラム圏からの留学生などのムスリム居住者や日本人ムスリムも増加傾向にある。地域に根ざしたムスリム居住者やモスク関係者との連携を図ることで、ムスリム・フレンドリーな郷土料理や地域グルメづくり、日本人との交流や文化体験プログラムなどを提供できるようになれば、東南アジア市場からの誘致について大きな効果が期待できる。
地域が提供できるムスリム・フレンドリーな施設・料理・土産等をとりまとめた具体的な情報は、成長の兆しを見せる東南アジア市場向けプロモーションに際して、非常に効果的で強力なPRコンテンツになると考えられる。
豚やアルコール類を使用しない配慮をしたコース料理例
日本食を楽しむムスリム訪日客
2) 個人客、ビジネス客の誘致の強化
東日本大震災という未曾有の経験を経て、危機事象に際しても底堅く誘致できる層を確実に取り込み、安定的な外国人旅行者の訪日を維持するという観点が重要視されている。
東日本大震災後、訪日外国人旅行者数は大きく落ち込んだが、その中にあってもビジネス客や個人旅行客は堅調な推移を見せた(
図I-2-4-6
、
図I-2-4-7
)。また、政府による尖閣諸島三島の取得・保有の後、中国人からの訪日旅行者が大幅に減少したが、その大部分は団体客であり、個人旅行客については底堅さを示した(
図I-2-4-8
、
図I-2-4-9
)。
図I-2-4-6 東日本大震災後の訪日外国人旅行者(ビジネス客・観光客)の動向(平成23年)
図I-2-4-7 東日本大震災後の訪日外国人旅行者(個人旅行客・団体客)の動向
図I-2-4-8 政府による尖閣諸島三島の取得・保有後の訪日中国人旅行者(ビジネス客・観光客)の動向(平成24年)
図I-2-4-9 政府による尖閣諸島三島の取得・保有後の訪日中国人旅行者数(個人旅行客・団体客)の動向
これらの現象を踏まえると、外的要因に影響を受けにくい訪日外客構造の構築にあたっては、ビジネス客や個人旅行客の需要を取り込み、その厚みを増しておくことが大切であることが分かる。そのため、下記3.で述べるようなMICEの誘致や個人旅行客の誘致に力を入れていくこととしている。
個人旅行客を誘致するためには、その情報収集の手段が、インターネットやSNSなど従来型のマスメディアとは異なる手法へと変化している点を踏まえる必要がある。競合国は、そのようなソーシャルメディアを活用したキャンペーンの展開に力を入れており、我が国もそうした動向に乗り遅れることなく取り組んでいく必要がある。
インターネット技術の進展により、「動画」の重要性が高まっている点も見逃せない。観光地は、工業製品と異なり海外へ見本として持ち込むことができないため、できるだけ実物に近い形でPRできる映像を活用していくことは有効性が高い。
また、オープンスカイやLCCの就航により、多くの新規路線や増便が見込まれる機会を捉え、個人旅行客を誘致するために、航空会社等と連携し、メディア招請、共同広告等の訪日促進に向けた取組を戦略的に展開していく。
個人旅行客の誘致に向けては、日本が比較優位に立つ観光資源を生かした分野として、高度な技術力を背景とした医療観光、多様なスポーツ資源を活用したスポーツツーリズム、映画等のロケを観光に活用するロケツーリズムなども有効と考えられる。これらは、今後重点的に開拓していく分野として有力である。
さらに、日本刀、盆栽、錦鯉などの日本文化の熱心な愛好者が世界中に存在する。これらの愛好者は国を越えて交流しており、聖地である日本への訪問を促すためのプロモーションは効果的であると言える。
これらの需要を確実に取り込むためには、常に国内外の動向について興味を持って観察し、流行や嗜好の変化を敏感に感じ取って対応するという感度の良さが観光関係者に求められる。
今後も、訪日外国人旅行者数の増加が見込まれる市場を開拓するという視点はもちろんのこと、経済効果の高い層やリピーター化が見込まれる層を意識的に開拓していく視点も併せ持ちつつ、インバウンドの拡大に取り組んでいく必要がある。
医療観光プロモーション推進連絡会ホームページ
ULTRA -TRAIL MT.FUJI
盆栽展示会にブース出展し訪日プロモーション
コラム
「酒」を通してまちの暮らしや文化に触れる~酒蔵ツーリズムの萌芽~
日本酒の新酒が市中に出回るころ、各地で「酒まつり」が開催されている。広島県東広島市や新潟県新潟市では、それぞれ約25万人、10万人が来場するまつりとなるなど、酒への関心の高さが伺われる。また、山梨県、長野県では、地元のワインを楽しむツアーも始まっている。
酒をテーマにした観光は、古くからの酒どころである京都の伏見、兵庫の灘などに代表されるように、酒蔵の見学者への開放、ツアーコースへの酒蔵の組み込みなど、各地で取組が進んでいる。一方、地元の産品との組合わせをより深く味わおう、地域の人とふれ合いながらゆっくり楽しもうという動きも出てきている。例えば、東広島市ではガイドが酒蔵通りを案内し、新潟県では地酒の宿として地元の食材とそれに合った酒が提供され地元の魅力が堪能できる。また、佐賀県鹿島市では、通年で酒蔵と街並みを巡れるように、ガイドの育成を始めている。
こうした地域ぐるみの取組を各地に広げていくため、観光庁の呼び掛けで、「酒蔵ツーリズム推進協議会」が発足した(第1回会合は、平成25年3月26日に開催された)。日本酒、焼酎、地ビール、地ワインといった日本産酒類は、その地域の農業に留まらず、生産、加工、流通と地場の経済に広く関わりがあるとともに、その地域の生活文化にもつながっている。「酒」をきっかけに、そのまちの暮らしや文化に触れてはどうだろうか。
ボランティアガイドによる酒蔵まち歩き案内(広島県東広島市)
酒蔵めぐりバス(兵庫県神戸市)
(2) 市場の特性に応じたきめ細かなプロモーションの展開
世界規模で個人旅行化が進展し、市場が多様化する中、マーケティングにもプロモーションにも、これまで以上にきめ細かな戦略性が求められる。
訪日旅行市場は、その成熟度に応じて、今後も大きく旅行者数の伸びが期待できる「成長市場」、リピーターの取り込みが期待される「再訪市場」、日本ファン等の着実な取り込みが求められる「安定市場」の3つに分化しつつあり、市場類型ごとのニーズに的確に対応していく必要がある。
具体的には、中国、東南アジアといった「成長市場」については、急増する中間層や富裕層による新規の海外旅行需要を着実に取り込むために、旅行先としての日本の認知度を向上させるとともに、訪日旅行の質の維持・向上を図ることが重要になる。
また、韓国、台湾、香港といった「再訪市場」については、リピーター化を促進するため、個人旅行化に対応し、訴求層別に深掘りした詳細な情報提供や訪日ルート・体験の多様化に取り組むことが重要になる。
北米、豪州、欧州といった「安定市場」については、日本ファンを確実に取り込むための強い魅力を発信するため、訪日ブランドの構築や日本への興味を訪日需要に転換させることが重要になる。
さらに、各国・地域別にもニーズは多様であり、それぞれのニーズに応えられるよう、訴求対象や訴求テーマをきめ細かく設定して訪日促進に取り組むことが必要である。
ニーズ把握のための情報収集についても工夫が必要である。個人旅行化の進展を踏まえると、これまでのように現地旅行会社に頼るだけの情報収集はもはや限界である。これまで以上に、JNTO海外事務所が中心となり、各市場の流行などの動向について常に敏感に察知することが求められている。
(3) ツーウェイツーリズムの推進に向けて
観光立国の実現に向け、インバウンドの拡大が重要であることは言うを待たないが、アウトバウンドの促進もまた大切である。
アウトバウンドを促進することは、日本人の国際感覚の向上に資するのみならず、開発途上国の観光開発、国際相互理解の増進による外交の補完、さらに、諸外国との双方向の交流拡大を通じたインバウンドの拡大への貢献など、高い意義を有している。そのため、周年事業等を活用しつつ官民一体となった取組を推進し、国民が海外旅行に出掛ける環境を整えていく必要がある。
開発途上国への国際協力やアウトバウンドの促進を通じて、これらの国々を将来的なインバウンドの市場として開拓していくという観点も重要である。
東南アジア、オセアニアなどにおいては、外貨獲得の手段としての観光への期待が高まっており、特に我が国に対しては、日本人旅行者数の増加とそのことにより発生する経済効果の観点から、観光分野に係る国際協力の要請が増加している。
我が国では、これまでも、独立行政法人国際協力機構によるODA案件として、技術協力プロジェクトや観光分野の専門家派遣、各国の観光政策従事者向けの研修等を行ってきているが、これらの国際協力により観光開発を推進することは、当該国への日本人の海外旅行の促進・容易化にも資するものである。今後もこれらの取組を進めることにより、アウトバウンドが促進され、さらには、将来的に両国間での双方向の人的交流が活発化することが期待される。
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