第三章 証券化事業者から見た不動産の証券化のニーズ

 不動産の証券化に参画するものとしては、前章で取り上げた投資家のほか、証券に化体された商品の提供者がいる。後者は、概念的に見れば、当該証券を作るベースとなる原資産の出し手(不動産の保有者や住宅ローン債権の保有者)と当該商品の作成者とからなっている。我が国ではこの二者は区分されずに議論されることが多いが、議論を明確にするためには、この両者の機能を区分して論じることがわかりやすいし、かつ、望ましいであろう。

(原資産の提供者)

 不動産を所有する者にとって、不動産の証券化のプロセスは、それによる当該不動産の切り離しにより財務内容の確定を図ることができること(これは、特に不動産価格が下落している状況では大きなメリットとなる。また、時価会計の導入の議論は、この要請を強めることにもなろう。)、当該資金により負債の圧縮を図ることにより財務体質の健全化が期待されること、企業の格付けが高くない所有者の場合には、当該不動産の収益性だけに着目した低コストの資金調達が図り得ること、いずれにしろ資金調達手段の多様化を図り得ること、等といったメリットがある。このようなメリットは、当然のことながら、資金調達に若干なりとも困難が生じている企業にとっては、特に好ましい手段として評価されるであろう。
 不動産証券化へのニーズが上記のようなものである以上、かりに不動産そのものの市況が好転しても、資産提供者または潜在的提供者からの不動産証券化のニーズは、引き続き強いものと思われる。

 また、現に住宅ローン債権を保有している金融機関については、これを証券化することにより、いわゆる資産のオフバランス()化が進められ、これによる自己資本比率の上昇(BIS比率(*2)の改善)、ROA及びROE(*3)の改善等が図らることになる。資金調達手段の多様化という点については、公的金融機関についてもまた同様のメリットがあろう。

(不動産証券の組成者)

 先に述べたとおり、我が国の不動産証券化の議論の特色は、原資産の提供者とその証券化商品の組成者とが区分されずに議論されることが多いことであり、そうでなくとも、証券の組成の過程において、原資産の提供者の意向や考え方が強く反映されていることであろう。逆にいえば、そういうこともあってか、我が国における不動産証券化の現状は、近年において急速に進展した、各種の金融技術ともいうべきものが十分には活用されていないのではないか、という疑問が生じる。
 今後、投資家による要望の強まり、不動産証券化についての潜在的需要の高まりに伴い、金融資産組成者の役割が増大することが予想される。

(環境整備の必要性)

 今後、不動産の証券化に対する潜在的な需要が顕在化するためには、原資産の提供者、証券の組成者の双方に関連して、様々な環境の整備が行われる必要がある。
 原資産提供者がより多く証券化に貢献し得るようにするためには、まず、何よりも上記に述べた不動産の証券化のメリットが十分に理解されることが肝要である。

 また、不動産の証券化が単に不動産を動かすための新たな手段のために求められているわけではなく、広く、我が国経済において資源の最適配分を可能にする手段であるとすれば、不動産を化体した証券を組成する事業への参入の途が事実上広く開かれることが大切である。その観点からすれば、不動産の賃料や取引価格などの必要な情報が、より広く一般に公開されていること、不動産インデックスがより良く整備されていることが望ましいように思われる。

 さらに、不動産は定型化された金融商品と異なり、個々の不動産ごとに、自然的、経済的、社会的条件が異なることから、個々の不動産取引が適正に行われるよう、不動産鑑定士等の専門家による経済的・法的・物理的な物件精査業務(デュー・デリジェンス;Due Diligence)が取引の過程において徹底されることが必要であろう。

 加えて、不動産の証券化の決め手として、キャッシュフロー(*4)が前提となるので、いわゆるデュー・デリジェンスの一環として、例えば、プロジェクトファイナンス(*5)を前提とした場合に、各種の審査項目のチェックとそのキャッシュフローや内部留保(*6)の計算とについて精緻を究める必要がある。そのためにも、これら審査項目に関しての日常的で、継続的な情報開示が必要となろう。

 このような状況において、収益性を重視した不動産の鑑定が適切に行われるよう、不動産の鑑定評価手法の精緻化や不動産鑑定士の資質の向上が進められる必要があろう。




(*) Off Balance Sheet。保有する資産を譲渡することによって、貸借対照表から落とすことをいう。
(*2) 国際決済銀行(BIS)が定めた自己資本比率に関する規制で、国際業務に携わる民間金融機関については8%以上を維持することとされている。
(*3) 財務指標の一種。ROA(Return On Total Assets)は総資本利益率(事業利益を総資本(自己資本+他人資本)で除したもの)を、ROE(Return On Equity)は自己資本利益率(税引き後利益を自己(株主)資本で除したもの)を指す。
(*4) Cash Flow。通常は、企業の税引き後利益に減価償却費を加算したものから配当金・役員賞与を差し引いた後に残るお金を指すが、この場合は、実質的総収入から営業経費を差し引いた後に残るお金を指す。
(*5) Project Finance。返済財源を特定のプロジェクトから生み出されるキャッシュフローに限定して行う融資のこと。
(*6) 企業が内部に留保する資金(決算期末に積み増した分と利益処分に当たって社外流出分を差引いた分との合計額)。

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