第5章 21世紀初頭の国土への展望

(国土構造の大転換を迫られるこれからの四半世紀)

 本総説第1章第3節において、建設省所管公共施設にかかる将来の維持・更新投資の2025年度(平成37年度)までの予測と住宅・非住宅建築物の2010年(平成22年)までの市場予測を提示し、21世紀は『高齢者の世紀』であるとともに住宅・社会資本の『ストック・メンテナンスの世紀』であるとし、「質」が高く、また安全で暮らしやすい国土構造への転換の必要性を示した。同時に21世紀は、『環境の世紀』でもあり、地球環境を含めた環境問題の深刻化に対応した環境負荷の低減の重要性を提示した。
 なお、建設省としては、環境政策の展開が、政府全体として、また建設行政の各分野横断的な最重要課題であると考え、「第2 国土建設施策の動向」の冒頭「I 環境政策の展開」に位置付けた。
 我が国は、2010年から2025年にかけて高齢化が世界最高の水準に達すると予測されているが、この時期には東京をはじめ多くの都市圏で人口の減少が進むものと推計されている。こうした少子高齢化や人口減少がもたらす社会・経済・地域・暮らしへのプラスの影響、マイナスの影響については、昨年の白書で詳しく論じたので省略したが、少なくとも、戦後ほぼ一貫して需要後追いの対応となり大きな問題を遺した都市の過密構造が緩和され、道路ネットワークの整備と連携しつつ、既成市街地の再構築をはじめ活力と魅力に溢れるコンパクトな都市構造への再編や環境への負荷の少ない循環型社会を目指す上で、好機到来と考えることができる。また、現在我が国の国際競争力の低下が指摘されているが、ITがもたらす地理的・時間的格差の解消や、情報の共有・交換等による生産性の向上といったメリットを地域や産業が活用するとともに、ITSやGIS、住民参加など社会資本整備にも有効活用することにより、都市・地方を問わず国土づくり・まちづくりの分野において活力と交流を生み出す可能性が高いことも示した。
 このように、住宅・社会資本の整備の分野においてこれからの四半世紀は『ストック・メンテナンスの世紀』であるのと同時に、高齢化・人口減少の進行、地球環境問題の深刻化する中で、都市構造再編など安全で活力ある国土づくり、循環型社会の形成、さらに安心して暮らせる生活空間の実現が求められる総合的な『国土マネジメント』の時代でもあるといえよう。
 また、2025年という時期は、(旧)都市計画法の制定(1919年)さらには関東大震災(1923年)を受けた都市改造事業としての帝都復興への取組みから数えて100年という時期でもある。当時、内務大臣や東京市長を歴任した後藤新平(1857〜1929年)は、(旧)都市計画法普及のための講習会(1921年10月〜11月「都市計画と自治の精神」)で、「都市計画は、生物学の原則を基礎に、健全な自治精神を持った市民の諒解、協力によらなければならない。真・善・美が都市計画の一大要素であって、ここにおいて都市の美観ということが出てくる。」といった論旨を展開しているが、これは、公共事業の実施過程における住民参加の促進や、まちづくりにおいて地方公共団体やコミュニティの一員としての「公たる意識」を持った住民の主体的な取組みが期待される今日の状況下でも、なお重みを持つ言葉である。
 今回の白書では日本に関わった外国人の視点も踏まえ、激化する国際間競争、地域間競争の中で日本の都市、地域に求められる「魅力」を考えた。〈活力〉や〈安全〉に加えて、〈景観〉などの美しい環境も、行政と地域社会に生きる国民が共に日本の魅力を考える上での大きなソフトパワーになると考え、問題提起を行った。

 我が国経済社会は、戦後大量生産、大量消費、大量廃棄の仕組みを徹底させることでフローの経済成長を達成してきた。これは住宅・社会資本市場でも同様である。住宅・建築物についても、一世代(30年)も経過しないうちに建てては壊し建設廃棄物とするサイクルを続けてきた。これは、戦後の応急的な住宅ストックを床面積の広い住宅や、耐震性に優れ、高度な情報設備を装備した建築物に建替えるという積極的な面もあったが、一方で地域の歴史的に個性あるまちなみ・景観を失わせるように働いてきた面もある。
 まちなみ・景観は人々の生活の歴史的な積み重ねであるから、建てては壊すことを繰り返していては、近視眼的な国民のニーズには対応しても、子孫に社会的資産として残す良質なストックとしての価値のあるまちなみや、地域全体として誇りや愛着を感じる個性あるまちなみを育むことができない。魅力のないまちには、人口減少傾向の中では、定住人口やまちの魅力に惹かれてまちを訪れる国内外の交流人口が増加することは期待できないため、まちの活気が失われてしまう。したがって、活力があり後世の人々にまで長く愛着を感じられるまちをつくるためには、現在地域に残されている貴重なまちなみ・景観を守るという視点が大切であるのと同時に、まちなみをつくるのは関係者(行政、住民、事業者)一人一人のまちづくりへの想いと努力の積み重ねによることをよく認識し、関係者がまちづくりに対するコンセンサスを立体的なイメージとして共有しながら得られたコンセプトで新たなまちなみの景観を生み出すことも重要となる。また、まちなみを構成する個人の「住まい」についても、リフォーム・中古住宅流通・賃貸住宅に係る市場整備により、土地資産の保有よりも、ライフステージ・ライフスタイルに応じた居住サービスを選択・利用した住替えが進むものと思われ、この面からも耐久性の高い「社会的資産」としての住宅ストックの再生、維持管理、循環を通じた居住水準の向上が期待される。しかしながら、住民協定一つとっても、地域(コミュニティ)の住民による共に創り、共に守るという自発的・一体的な意欲が伴わなければ、有効に機能するものとはならない。定住化の進む地域の中で、共通のコンセプトに沿って『造景の世紀』の美しいまちづくりに加わっていく中で、コミュニティの一員としての公共心や自己責任意識さらには環境共生の精神も一層求められよう。
 「国家の価値は、長い目でみれば、結局はそれを構成している個人の価値によって決まる。」(イギリスの思想家ジョン・スチュアート・ミル(1806〜1873年)「自由論」)と言われて久しい。我が国においても、多様性のある国土と社会の中で、「個」の確立した個人に自由な選択と自己責任が求められ、それに対応した諸制度の改革も進む今日、個人が自己実現のための活動の一環として、地域の人的ネットワークやNPOなどの一員として、少子高齢社会を支える「公」の意識をもって社会に貢献することが期待されている。そうした意識を持ったひとづくりのため、社会資本整備やまちづくりの分野でも、「公共事業への住民参加」「景観」「高齢者・障害者の“居住”」、さらには「コミュニケーション型行政」等の観点から、「場」を提供できることを事例を挙げて紹介した。建設行政としては、こうした取組みやお手伝いを積極的に進めていきたいと考えている。これら住民と行政相互の協働、共創作業によって、伝統・文化や個性を育み、環境と調和した「魅力ある人と国土」が実現するのである。
 また、建設分野においても、地球温暖化問題への対応や自然との共生をはじめ、内外の循環型社会の形成に向けたスピード感のある取組みを積極的に進めていく必要がある。このため、建設廃棄物の再資源化を徹底する「建設工事に係る資材の再資源化等に関する法律」等に基づき関係施策を講ずるとともに、耐久性の高い良質な住宅・社会資本の整備・管理、さらには、流域全体・社会全体を視野に入れた健全な水循環系の形成等を通じ、環境負荷の軽減に総合的かつ積極的に取り組んでいきたい。
 したがって、これからの国づくりの目標を、国家と地域(コミュニティ)の魅力づくりに不可欠な「活力と美しい環境」を創造することに向けることが大切であり、これからの四半世紀は社会経済の大転換期の中で、内外の人々が日本を魅力的と感じる新たな国土づくり・まちづくりに向かう時代と位置付けることができる。