長良川河口堰建設差止請求控訴事件判決(H10.12.17)



 二 被控訴人の主張
  1 主位的請求(本件堰建設の差止請求)について    (一) 被控訴人は、本件堰、本件堰管理のための管理所とこれに附帯する施     設、水位及び水質観測設備、通信連絡設備等のすべての工事を平成7年3     月27日をもって完了し、同月30日、建設大臣から完成合格書の交付を受     け、同月31日、本件堰新築工事が完了した旨の公告を官報に公示したも     のである。    (二) したがって、被控訴人は、平成7年3月31日までに本件堰の建設に関     する工事及び手続の一切を完了し、本件堰建設について何らかの行為をな     す余地は全くなくなったものであるから、控訴人らが求める差止請求は、     その目的を失い、対象を欠き、あらかじめその請求をなす必要性をも有し     ないものとなったので、主位的請求は却下を免れない。   2 差止請求の根拠及び要件    (一) 環境権及び控訴人らのいう安全権      環境権は差止請求権の根拠となり得ない。また、本件堰は平成7年7月     6日運用開始後既に3年近くを経過しているが、ゲート操作は円滑に行わ     れており(平成9年上半期に限ってみても出水時には8回の全開操作を円     滑に行った。乙329の2・218頁)、右運用開始後何人からも控訴人     らのいう安全権について権利侵害があったとの訴えを聞いていないし、そ     のおそれがあるという客観的事実もない。      控訴人らのいう環境権、安全権なるものの前記一2の主張が何を言おう     としているのか必ずしも明らかではないが、当該控訴人らが、他者に対す     る権利侵害またはその可能性に対しても、差止請求ないし収去請求ができ     ると考えているとすれば、それは現行の民事訴訟制度を全く無視したもの     としかいいようがない。    (二) 差止請求の要件      差止請求が許容されるためには、権利侵害またはそのおそれのみでは足     りず、少なくとも、控訴人らの被害の程度が受忍限度を超えるものである     ことが必要である。      そして、本件差止請求について、本件事業の差止めを求める控訴人らの     本件請求が認容されるためには、控訴人らにおいて、1)控訴人らが被害     を受ける高度のがい然性があること、2)本件事業と上記被害との間に相     当因果関係があること、3)上記被害の程度が受忍限度を超えるものであ     ることを主張立証する必要があり、かつそれをもって十分であるというべ     きである。しかも、本件堰は既に完成し、本格運用に入っているのである     から、本件堰の収去を求め、あるいは本件堰のゲートの閉鎖の差止めを求     める控訴人らの各予備的請求においては、上記控訴人らは1)につき一層     高度ながい然性があることを主張立証する必要がある。    (三) 差止請求の要件についての控訴人らの主張立証     (1) 控訴人らは上記(二)の要件に該当する事実の主張、立証を全く行っ      ていない。上記1)の要件について、控訴人らは、一般的、抽象的、感      情的主張にとどまり、具体的にいかなる権利侵害を、いかなる理由によ      り、いかなる程度受けることになるのかについて全く主張立証するとこ      ろがない。本件堰は既に運用段階に移っているのであるから、控訴人ら      はそれにより各自がどのように回復し難い明白かつ重大な損害が生じる      かを具体的に明らかにしなくてはならないのであるが、全く明らかにさ      れていない。これを論点ごとにみると、次項以下のとおりである。     (2) まず、板取ダムの建設による被害を理由とする別紙第三、第四控訴      人目録記載の控訴人らの請求は、主張自体失当である。すなわち、控訴      人らは、板取村が長良川上流ダムの設置場所の候補地として挙げられて      いるとしているが、長良川上流部のダムについては、その具体的計画は      未定であって、そのようにいまだ具体的計画の決定されていないダム建      設による被害を理由として救済を求めるのは主張自体失当である。また、      長良川上流ダムの建設事業は、本件事業とは別事業として実施されるも      のであるから、本件事業の差止めによって上記上流ダム建設事業が差し      止められるものではなく、上流ダム建設の披害を主張して本件事業の差      止めを求めることができないことは当然である。     (3) 別紙第四控訴人目録記載の控訴人らの河床浚渫による河床変動を理      由とする権利侵害の主張については、主張に具体性がないのみならず、      全く科学的根拠を欠くものであり、また、何らの立証もなされていない。      かえって被控訴人において控訴人らが危惧するようなことが全くないこ      とを立証している。       別紙第三、第四控訴人目録の控訴人らは、本件事業及び建設省が行う      本件浚渫の影響を全く受けない者であり、また、その居住環境も全く変      るところがない者である。このことは、控訴人らの主要メンバーの一人      である控訴人□□□□が、原審における本人尋問において、被控訴代理      人から本件事業及び浚渫により同控訴人本人がどのような影響を受ける      かと尋ねられたとき、これに全く答えられなかったことが明白に物語っ      ている(□□本人原審第35回口頭弁論調書速記録22頁ないし26頁)。     (4) 控訴人らの、長良川の流域住民としての良好な自然環境を破壊され      たとの主張については、木来、環境権が差止請求権の根拠たり得ないと      した確立した判例に照らし失当である。また、控訴人らの環境破壊の主      張は、控訴人らの生命、身体の安全に関する利益が侵害されるというも      のでもないから、主張自体失当というほかない。     (5) 別紙第一控訴人目録記載の控訴人らは、堤内地の湿潤化及び長良川      堤防決壊の危険の増大により被害が生じる旨主張する。       しかし、長良川からの堤内地への浸透水は大江川によって遮断される      ものであるから、大江川より西の揖斐川寄りに居住する別紙第一控訴人      目録の控訴人らは本件堰上流の水位変動による影響を一切受けないので      あって、上記主張は全く失当である。       また、別紙第一控訴人目録の控訴人らは、堤内地地下水圧の上昇によ      るガマ(自噴水)の増、激化、堤体の力学的強度の低下により洪水時に      長良川堤防が決壊する危険があり、上記控訴人らの生命身体財産が侵害      されるおそれがある旨主張している。控訴人らの主張は、原状に比べて      漏水対策工をしない場合、あるいはブランケット工のみを施工した場合      に、地下水圧が2倍以上になることを論拠とするものであるが、被控訴      人は、上記控訴人らが居住する高須輪中では、漏水対策工として堤外地      にブランケット、堤内地に堤脚水路、第一線承水路、排水路、暗渠排水      管および湧水処理工からなる平面排水対策工を実施しているところ、上      記漏水対策工は本件事業に包含されるものであるから、原状と漏水対策      工なしの場合や、ブランケット工のみの場合の地下水圧を比較しても無      意味である。第一控訴人目録の控訴人らは、上記漏水対策工が実施され      ても、なお、地下水圧が原状より上昇し、ガマが増・激化し、堤体の力      学的強度が低下することを具体的に主張立証しなければならないのであ      るが、そのような主張立証はなされていない。       控訴人らは、上記対策工が機能しない場合の危険性について主張する      が、上記対策工は機能を十分発揮し得るよう設計されているところ、機      能の保全は十分なし得るものであり、仮に万一将来において局部的に機      能不全が生じることがあったとしても、その改修は十分可能であり、控      訴人らの生命、身体、財産が侵害されるおそれはない。     (6) 別紙第一、第二控訴人目録記載の控訴人らは、本件堰が設置される      と、高潮、津波時の揖斐川の負担が過大になり、揖斐川堤防が溢水高波      等で決壊すると主張している。       しかし、第一控訴人目録の控訴人らは、本件堰地点から約十数キロメ      ートル上流に居住する者であるから、高潮津波時の揖斐川堤防決壊の被      害とは全く無関係であることは明らかである。       また、高潮津波時における本件堰の影響についての控訴人らの主張は      失当であるが、そもそも、揖斐川の幅員は約500メートルもあるから、      本件堰による影響は揖斐川右岸堤防の位置では非常に小さくなることが      予想され(乙27・6頁)、さらにその影響が第二控訴人目録の控訴人      らが居住している本件堰の約2km下流の揖斐川対岸にまで及ぶとはおよ      そ考えられないことである。それでもなお控訴人らが被害が及ぶという      のであれば、根拠を示して具体的に主張立証しなければならないところ、      それが全く欠落している。    (四) 以上述べたところから明らかなように、控訴人らの被害主張は、主張     自体被害が発生するとは到底認められないものや具体性を欠くものばかり     であって、本件事業によって控訴人らが被害を受けるがい然性については     何ら主張立証するところがないのである。      したがって、本件堰の目的とか、長良川河道の流下能力の問題とか、塩     水遡上と塩害の問題とか、代替案の問題とか、利水の問題とか、財政負担     の問題などは、控訴人らが被害を受ける高度のがい然性があることを立証     した後、上記被害の程度が受忍限度を超えるものであるか否かが判断され     る際に、初めて斟酌される事柄にすぎないから、現段階においては審理の     対象として取り上げる必要もない事柄である。   3 事業の公共性=公共の利益の存在     控訴人らが「公共の利益」や「最適案」で述べるところは、控訴人らの独    自の見解である。本件事業の差止めの要件としては、上記2に述べたところ    で必要かつ十分であって、仮に本件事業によってもたらされる不利益があっ    たとしても、それが控訴人らの受ける被害と無関係であれば、これに触れる    必要はない。本件においては、控訴人らに対し受忍限度を超える被害を及ぼ    すか否かが端的に判断されれば足りることであり、本件事業が最適のもので    あるとか、必要性があるか否かなどという問題は、控訴人らにおいて本件事    業により控訴人らが被害を受ける高度のがい然性があることの主張立証が尽    くされたのち、上記被害が受忍限度を超えるか否かを判断する際のしんしゃ    く事由の一つにされるにすぎないのである。また、代替案との比較検討の問    題についても、上記同様被害の蓋然性の主張立証のない本件では、必ず立ち    入らなければならないものでもない(名高裁平成元年(ネ)第729号(紀宝    バイパス道路建設工事等差止請求控訴事件)平成7年6月26日言渡判決参照)。    さらに、本件事業は既に完成しているのであるから、代替案とか最適案とか    いってみても詮無いことである。     したがって、本件では、控訴人らが被害を受ける高度のがい然性があるこ    との立証がないから、本件堰の目的とか、長良川河道の流下能力の問題とか、    塩水遡上と塩害の問題とか、代替案の問題とか、利水の問題とか、費用負担、    財政負担の問題などは、これに立ち入る必要もない事柄である。   4 被害防止対策     控訴人らは、本件堰は浚渫による塩害防止等を目的とする被害防止・回復    事業であるとする。しかし、本件事業の目的は上記にとどまらず、本件堰の設    置によって、河道浚渫を可能ならしめ、もって計画高水流量7500m3/秒    を安全に流下せしめるとともに、河川の正常な機能を維持し、公利の増進と    公害の除去をはかるとともに、濃尾及び北伊勢地域の都市用水として    22.5m3/秒の供給を可能ならしめることを目的とするものである。それ故   「限界」とか「補償性」とか「立証責任の内容」とかを論じても無意味である。   5 受忍限度諭について     差止請求が認められるためには、権利侵害による被害を受けたか又は権利    侵害による被害を受けるおそれがあって、その被害の程度が受忍限度を超え    るものであることが必要であり、公共の利益の有無も受忍限度を斟酌する一    要素にすぎない。 第五 証拠    証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりで   あるから、これを引用する。