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河川局

伊勢湾台風 体験談

あっ!! 海水だ

安井 森

九時ごろでしょうか。台風の勢いは一向に弱まる気配がありません。雨戸は内側にきしむし、ドーンドーンと大きな物が突き当たるような大きな音。外はどうなっているだろうか。何が飛んできただろうか、心配になり私と家内は外に出ました。坪の内の木はほとんど倒れていて足の踏み場がないほどでした。

ピユーピユーと雨と風にまじって何かが目の中に飛び込んできてとても前に進めません。それに火事のときに出るきなくさいにおいがします。おかしいと思って暗がりの中をすかして見ると前の正次さんの家がぼんやり見えて来ました。それがわら屋根の上の方が吹き飛んでほとんどえぐりとられているではありませんか。これは大変だ。知らせなくてはと思って東に回ったときです。南東の空が少しあけてきて、それがずんずんと幅が広くなって黒ずんだ空が、見る見る明るくなってきました。これは、今までの経験では夕立のとき、雨が強くなる前に起きる現象とよく似ていますので、雨が強くなるぞと話をして見詰めていました。それが蛇ケ江の上の方にきたときです。南の方でパッパッと雷のときに出る光が多くなりました。そして、あたりに何とも言えない騒がしさを感じました。その時です。私共の足に生暖かい水がドドッと押し寄せてきました。

「水だ。水だ。早く、早く」と泳げない妻の手を引っぱって家の中に夢中で逃げ込みました。思えば東の空が白くあけたのは高潮が台風に押し上げられて津波のようになったからでしょう。家に入った時は床下からブクプクと音を立てて水が増してきていました。「水だ、水だ」と父に大声で告げると、父は落ち着いた態度で「子供をツシ(納屋の二階)に上げよ」 と命令しました。はしごを使って無事八歳と十歳の子供たちをツシに上げました。

段々水が増してきて今にもツシに‥看きそうになったとき、ドドーン、ドドーンと波の音がして家が今にも浮き上がるのではないかと思いました。私はまだ水の中にいました。するとムズムズと何かはい上がってくるものがあります。たたき落としてもなお、はい上がってきます。それは海岸で見る潮虫です。「あっ、海水だ」ととっさに叫びました。これは大変なことが起きたのだと悟りました。

しばらくして心なしか風が静まったなと感じたとき、人の悲鳴とも叫びともつかぬ声が家の前でします。こちらが助けてもらいたいくらいのときでしたので、しばらくじっとしていました。でも、その声はますます強く、弱く、私たち家族には何かに襲われている感じがしました。これは前の安井正次さんの家がフッ飛んで私たちに救いを求めているのではないかととっさに思いました。急いではしごをつたい、下に降り、納屋の入口に手を掛けた途端、戸はフワーと浮き上がり前の水がドドーと家の中に押し寄せてきました。私の体は裏口の方に簡単に流されてしまいました。必死の思いで柱や戸につかまり悲鳴のする方に進むことができました。

ウーオーアーと動物的な悲鳴です。まき林の中に一人(女性)、門の垣根に一人(男性)います。ほとんど力絶えた状態です。一人ずつを二階に引き上げました。女の人はおこし一枚で、男の人は全身傷だらけでした。救い上げたときは口もきけない程でした。真っ先に聞いたのは、「どこから来たの!!」でした。しかし体をたたいたりしてもぐったりしていて答えません。多分助かった安心感からか、しばらく口もきけなかったのでしょう。集めてきた衣服で温めてやると、女の人は飛島の大用水、男の人は網田の東末広から来たとわかりました。六キロ余りも流されてきたのです。

これで伊勢湾の海岸堤防が決壊し筏川へ入り鳥ケ地か六條堤防が切れたことがわかりました。一日たって神戸・亀ケ地方面の堤防も決壊したことを知り大変なことになったと思いました。

(以上、原文のまま掲載)

当時 弥富中教諭 38歳 十四山村大山

現在 無   職 65歳 十四山村大山

もどり

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