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COLUMN

地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の背景をより深く知るための、地域交通やモビリティの識者による寄稿をお届けします。
第1回目は都市交通計画を専門とし、複数の交通関連研究開発プロジェクトに従事する名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教の早内 玄氏による寄稿から、地域交通が抱える課題や世界の最前線における最新事情などをひも解きます。

移動の「シームレスさ」とMaaS
(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教 早内 玄氏)

移動の利便性向上や地域の課題解決に資する重要な手段として、いまあらためて注目されているMaaS(マース:Mobility as a Service)。これまでにも様々な取り組みが行われてきたなかで、より便利で豊かな移動を実現するためには、デジタルとフィジカル(物理的)双方におけるシームレスな連携がポイントになる。

 MaaS(Mobility as a Service)とはそもそも何であろうか。この言葉が我が国でも使われるようになって以来、国内外で多様に定義されている。定義の曖昧さは、人によって指し示す範囲が異なる弊害をもたらす。MaaS=スマートフォンアプリと理解される場合や、複数の手段や機能の統合を伴わない、新たな単一の移動サービス導入までもMaaSと称される場合が散見される。他方、曖昧であるがゆえに門戸を拡げ、近年の多様な取り組みを促したという見方もできよう。

 国土交通省ではMaaSを「地域住民や旅行者一人一人のトリップ単位での移動ニーズに対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービス」と定義する※1。ここで重要な概念は「組み合わせて」であろう。元来、各輸送手段には得意とする輸送密度や距離が存在する。得意領域に空白がないよう、新交通システムをはじめとする様々な技術開発が行われてきた。一方、各移動サービスが個別に得意領域を担うのみでは、その価値を最大限発揮できず、「組み合わせる」必要性と課題が生じる。組み合わせ方が分からない、乗り継ぎに手間や待ち時間がかかる、その都度初乗り運賃を取られて高額になる、などは代表的な課題であろう。

 「シームレス(seamless)」という言葉がある。” Seam” とは縫い目や継ぎ目を意味し、シームレスとはそれがない、つまり「途切れのない円滑なさま」を意味する。交通においても、シームレスを実現することで、個々の移動サービスが組み合わさって交通網を形成し、円滑な移動体験を提供してくれる。

 ここでMaaSの出番である。個々の移動サービスに関する、運行情報、決済機能、予約機能などをデジタル基盤上でシームレスに接続し、まるで一つのサービスであるかのように提供できる「デジタルプラットフォーム」をMaaSと称することができる。スマートフォンが普及した昨今、この基盤への利用者の接点としてスマートフォンアプリが有効かつ想像しやすい。

 様々な移動サービスのデジタル基盤上の結節点としてMaaSを捉えると、対照的に物理的な結節点の存在が見えてくる。その代表例は鉄道駅やバス停、空港や船着場である。これら結節点において、それぞれの移動サービスが空間的・時間的に接続していない限り、つまり乗継時に長い距離を歩かされる、あるいは長時間待たされる限り、デジタル上で接続してもシームレスにはならない。

 物理的な接続の好例は多数あるが、一例として米国を中心に、複数の移動サービスや路線を集約した乗継地点をトランジットセンター(Transit Center:TC)と称する場合がある。オレゴン州ポートランドは都市圏内に多数のTCを整備しており、鉄軌道やバス路線が相互に接続する。結節点の設計は様々だが、LRTとバスを対面乗継できる場所もある(図 1)。近年では日本国内でも使われる用語となり、2023年に開業した宇都宮ライトレール「ライトライン」では、沿線に設けられた複数のTCが、路線バスやパーク&ライドなどとの結節点として機能している。

 埼玉県のときがわ町を走る路線バス(イーグルバス)では、ハブ&スポーク型の路線網へ再編した際に「せせらぎバスセンター」を乗継拠点とした。ここでは、各方面からのバスを相互に対面乗継できるほか、概ね同時発車となる時刻が組まれており、乗り継ぎに伴う身体的・時間的負担が最小限となっている(図 2)。このように、接続する移動サービスの運行頻度が限られる場合は、ダイヤ調整による時間的な接続も重要となる。MaaSの概念の後押しにより、これら取り組みは、さらに複数の事業者や輸送手段間でのシームレスな接続に発展することが期待され、一部の地域では具現化されつつある。

ポートランド都市圏のBeaverton Transit Centerのイメージ画像
図1 ポートランド都市圏のBeaverton Transit Center
都心からのLRTに接続するバスへ対面乗継が可能
せせらぎバスセンター(埼玉県比企郡ときがわ町)のイメージ画像
図2 せせらぎバスセンター(埼玉県比企郡ときがわ町)
各方面へのバスに対面乗継できるほか、おおむね同時発車となるダイヤ設定がなされる
バス折返場を改修した「hocco」(東京都武蔵野市)折返場(手前)のイメージ画像
図3 バス折返場を改修した「hocco」(東京都武蔵野市)
折返場(手前)に隣接して新たな店舗兼用住宅(奥)やシェアモビリティ等を整備して「場」を創出

 物理的な結節点の機能は、シームレスな移動サービス同士の接続に留まらない。結節点は、移動サービスと都市の結節点でもある。このような「場」としての機能も、移動サービスと都市をつなぐうえでの、結節点の重要な役割であり、近年では「モビリティハブ」という言葉でも語られる。東京都武蔵野市桜堤の「hocco( ホッコ )」や調布市深大寺東町の「meedo(みいど)」では、バスの折返場に、シェアモビリティなどの移動サービスのほか、店舗兼用住宅等を整備し、新たな「場」としての結節点を創出している(図3)。

 ここまで「組み合わせる」という言葉を入り口に、MaaSの意味や位置付けを確認した。独立した移動サービスのデジタル基盤上の結節点として、MaaSはシームレスな移動の実現を後押ししうる。一方、それはしっかりとした物理的な結節を前提とする。デジタル基盤上の結節と、物理的な結節の両者が組み合わさり、相乗効果を生み出してはじめてMaaSの本来の価値が創出され、MaaS時代の移動体験が得られるといえよう。

プロフィール

早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)

2022年、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府にて学位取得(博士(工学))。日本学術振興会特別研究員を経て2023年より現職。都市交通計画を専門とし、名古屋大学COI-NEXT「地域を次世代につなぐマイモビリティ共創拠点」、内閣府SIP第3期「スマートモビリティプラットフォームの構築」をはじめとする研究開発プロジェクトに従事。2022年より2025年まで土木学会土木計画学研究委員会「MaaSの実践・実証と理論の包括的研究小委員会」幹事長、2024年より一般社団法人JCoMaaS事務局長。

早内 玄さん(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)のイメージ画像

Updated: 2025.09.30

文: 早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)

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