COMmmmONSの設計を主導する国土交通省の内山裕弥氏、広島で公共交通の再構築に携わってきた研究者である呉高専教授の神田佑亮氏、モビリティジャーナリストとして国内外の交通サービスを取材してきた楠田悦子氏が集い、日本の地域交通が抱える根源的な課題と、そこにDXで切り込む新たなアプローチについて議論しました。
地域交通DX推進プロジェクト「COMmmmONS(コモンズ)」の背景をより深く知るための、地域交通やモビリティの識者による寄稿をお届けします。
都市交通計画を専門とし、複数の交通関連研究開発プロジェクトに従事する名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教の早内 玄氏による寄稿第2回目は、現在のMaaSの基盤を形成してきた地域交通における実践の蓄積と歴史を振り返ります。
より便利で豊かな移動を実現するために、移動の障壁解消に向けた様々な取り組みが国内外で行われてきた。地域の公的機関を主体とする運営のあり方や運行上の工夫、運賃決済の方法、法制度の対応など多岐にわたる。こうした工夫や実践の蓄積が現在のMaaSへとつながっていると捉えられる。
はじめに、海外での例を見ていこう。地域の行政や公的主体が、移動サービスを主体的に一つのサービスとして設計する都市が多く存在する。バス会社などの事業者は、その運行を受託する形で、移動サービスを支えている。
一例として、南米の都市クリチバ(ブラジル)では、市の都市計画研究所(IPPUC)の設計にもとづき、公社(URBS)による管理のもと、バスを中心とする公共交通網が展開されている。実際の運行は各事業者が担うが、車両の意匠や運賃体系は統一的な仕様のもとで管理されている。例えば、車両の塗色は路線の役割によって定義される。運行する事業者に依らず、赤色のバスは幹線系統を走り、緑色のバスは環状系統を担う(図1)。各所に設けられたターミナルでは、相互の乗り継ぎに追加の運賃を徴収しない。
欧州においては、地域の行政機関と事業者の連合体による団体を組成し、統合的な運賃体系や運行ダイヤ調整を行う例が多々あり、ドイツにおける「運輸連合」がよく知られている。
日本国内においても、地域の公的主体がサービス設計し、実運行を事業者に委託する例はある。コミュニティバスはその代表例といえるが、全体としては、民間事業者が各社の事業としてサービスを設計、展開する場合が多いといえる。それでも、事業者や輸送手段を跨いで、シームレスな移動を実現する取り組みは、従前より様々な観点から行われてきた。
例えば、運行上の工夫として鉄道の相互直通運転が挙げられる。あくまでも各社の乗務員が運行し、運賃も単純合算となる場合が多いものの、利用者は乗換を必要としないという大きな利便性を享受できる。
運賃決済の観点では、事業者に依らず利用できるプリペイドカードが、1990年代から2000年代にかけて流通しはじめた。パスネット(関東地方の民間・公営鉄道)、スルッとKANSAIシステムの各サービス(主に関西地方)、バス共通カード(首都圏の路線バス等)などは代表例といえる。その後の技術革新により、チャージによる複数回利用が可能で、かつ複数の都市圏において利用可能な、現在の交通系ICカード(いわゆる10カード)へ発展してきた。一方、これらはあくまでも同じ媒体での決済を可能とするサービスであり、運賃体系そのものの統合とは異なる点に留意を要する。統合的な料金の実現は各種の企画乗車券によって達成されてきた面もある。複数の事業者を跨がるフリーパスや、移動先での活動と組み合わせた旅行商品など、様々な商品が組成されてきた。
移動サービスの組み合わせ方を知るうえで有用なのが経路探索サービスである。この提供には、各社のサービスに関する複雑で膨大な情報を取り扱う必要があるが、日本ではこれが民間事業として成立している。ウェブサイトやスマートフォンアプリで利用可能な各社の経路探索サービスは、もはや公共交通で移動する際の必須アイテムといっても過言ではないだろう。
法制度面での対応も行われてきた。以前は、路線バスの事業者同士が、効率的で利便性の高い運行ダイヤ設計に向けた時刻調整等を行うことはカルテルの一種とみなされ、独占禁止法に抵触する行為であった。これが、令和2年に施行された特例法により、これら行為を含む「共同経営」については、独占禁止法の適用除外となった。本稿執筆時点で、全国で9件の共同経営計画が認可を受けている※1。
このように、輸送手段や運行事業者の違いという、利用者にとっての障壁を取り除く方向に向けた取り組みには、国内外に様々な実践の蓄積と歴史がある。日本においては、各種運賃決済の革新のように事業者やその団体が取り組む場合や、経路探索サービスのように民間事業として成立させてきた場合など、民間事業を基盤に展開されてきた面が比較的多いといえるが、先述のように、法制度面での対応を含め、多様な観点で取り組まれてきたといえる。
このように振り返ると、MaaSは一見新しいようでいて、移動における障壁の解消に向けた取り組みによる蓄積のもとにあるとも捉えられる。その普遍的な意味を再認識することで、技術的な革新や、データ利活用による計画プロセスへの肯定的な作用を含めて、デジタル基盤上の結節点たるMaaSの後押しを最大限享受できるであろう。
プロフィール
早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)
2022年、横浜国立大学大学院都市イノベーション学府にて学位取得(博士(工学))。日本学術振興会特別研究員を経て2023年より現職。都市交通計画を専門とし、名古屋大学COI-NEXT「地域を次世代につなぐマイモビリティ共創拠点」、内閣府SIP第3期「スマートモビリティプラットフォームの構築」をはじめとする研究開発プロジェクトに従事。2022年より2025年まで土木学会土木計画学研究委員会「MaaSの実践・実証と理論の包括的研究小委員会」幹事長、2024年より一般社団法人JCoMaaS事務局長。

Updated: 2025.11.14
文: 早内 玄(名古屋大学 未来社会創造機構 モビリティ社会研究所 特任助教)
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