第1節 社会インフラの歴史とその役割

◯2 社会インフラの役割

 前述のように古代からインフラの整備が行われてきたのは、その整備が長期にわたって経済活動を活性化させ、人々の生活を豊かにするという効果が期待されてきたからである。財政支出の効果としてはフローの効果注4について論じられることも多いが、以下ではストックとしての効果について考察する。

(1)社会インフラのストック効果
 社会インフラのストック効果は、
1)移動時間の短縮、輸送費の低下等によって経済活動の生産性を向上させ、経済成長をもたらす効果・・・・生産力効果
2)アメニティの向上、衛生状態の改善、災害安全性の向上等を含めた生活水準の向上に寄与し経済厚生を高める効果・・・厚生効果
の二つに分けることができる(図表1-1-16)。
 
図表1-1-16 社会インフラの整備による効果
図表1-1-16 社会インフラの整備による効果

 ストック効果については様々な研究が行われており、特に、前者の生産力効果については、数多くの研究が行われている。経済成長を生み出す生産要素は、「労働力」、「資本」とこれら以外のすべての生産要素(TFP注5)に分けることができる。生産力効果についての研究が注目されたのは、米国において1970年代以降のTFPの上昇率が1960年代に比べて低下していた要因を、当時問題となっていた社会インフラの老朽化や社会インフラ整備の停滞により説明できるのではないかという問題意識から研究が進められたことがきっかけであり、我が国においても様々な実証研究が行われている注6
 図表1-1-17は、1975年から2009年までのデータを用いて社会資本の生産力効果を検証した結果である。社会資本の限界生産性(生産要素となっている社会資本を1単位増加させた場合に、生産量が何単位増加するかを見るもの)の推移を見ると、民間資本、社会資本ともに、資本の蓄積に伴って限界生産性は低下してきているが、2000年代に入ってからは安定して推移している。これは2000年代に入り厳しい財政制約のなかで費用対効果分析等を通じて特に効率的なインフラ整備が行われたことが影響していると考えられる。また、社会資本の分野ごとの限界生産性を比較すると、生産活動に直接寄与することが想定される道路、港湾、空港といった交通関連の社会資本の限界生産性が高くなっており、インフラの分野ごとの性質によって生産に寄与する効果は異なっていることを示している。
 
図表1-1-17 社会資本の限界生産性の推移
図表1-1-17 社会資本の限界生産性の推移
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 後者の厚生効果についても、いくつかの先行研究がありその効果が検証されている。図表1-1-18 は、都市雇用圏注7別のデータを用いて社会資本の厚生効果を検証した結果を示している。ここでは、ある条件下では、インフラ整備の便益は、それによる地域の快適性・利便性の上昇による住宅地の需要の増加等によって地代(地価)に帰着されるという資本化仮説の考え方に基づき厚生効果を検証し、その結果をもとに限界効用(社会資本を一単位追加した場合に何単位平均地価が変化するかを示すもの)を計算した。これを見ると、インフラ整備が行われることにより地域の快適性・利便性が上昇し、その効果が地価の上昇となってあらわれることがわかる。また、その効果は、生活・防災関連分野のインフラでも確認でき、下水道や都市公園といった生活基盤関連のインフラや治水、海岸といった防災関連のインフラについても、地域の生活環境や防災力の向上を通じて快適性・利便性の向上につながっていることを示している。
 
図表1-1-18 社会資本の厚生効果
図表1-1-18 社会資本の厚生効果
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 こうした実証分析は、分析に用いるデータや分析の方法によって結果が異なることも多いため、得られた結果については幅を持って解釈する必要があるが、以上の結果は、社会インフラが経済的な側面から見ても厚生的な側面から見てもプラスの効果をもち、社会インフラが整備されることによって経済活動の効率化を促すとともに、地域の快適性や利便性の向上に貢献していることを示している。

(2)ストック効果の具体例
 生産力効果のわかりやすい例として、交通ネットワークの整備により移動時間が短縮される効果が挙げられる。図表1-1-19は、国土交通省を起点として道路を用いて道府県庁へ貨物を輸送した場合の所要時間を1971年と2010年で比較したものである。高速道路等の整備によるネットワークの充実により、輸送時間は大幅に短縮されたことが見てとれる。
 
図表1-1-19 東京から各道府県庁へ貨物を輸送した際に要する時間
図表1-1-19 東京から各道府県庁へ貨物を輸送した際に要する時間
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 また、1970年と2010年で全国の貨物の流動件数を比較すると、地域を越えた移動が活発になってきていることがわかる(図表1-1-20)。これは、我が国の産業構造の変化等様々な要因が考えられるが、交通ネットワークの整備により、原材料や製造品等の輸送コストの削減が可能になったこと等から、企業の生産活動が効率的になっていることも一因であると考えられる。
 
図表1-1-20 関東に発着する貨物の流動量の比較
図表1-1-20 関東に発着する貨物の流動量の比較

 厚生効果としては、災害安全性が向上した例、衛生状態が改善した例が挙げられる。
 災害に対する安全性について見ると、ダム・堤防等の治水を目的とする社会インフラの整備等により、水害は着実に減ってきている(図表1-1-21)。集中豪雨や台風等は年によって規模が異なるため単純に年ごとの比較をすることは難しいが、水害区域面積の10年間平均の推移を見ると1970年代と比べ2000年代は約1/7程度にまで減っている。
 
図表1-1-21 水害区域面積(全国)の推移
図表1-1-21 水害区域面積(全国)の推移
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 また、都道府県別で見ても、2000年代は1970年代と比較して、全国的にその規模が小さくなっていることがわかる(図表1-1-22)。
 
図表1-1-22 水害区域面積の比較
図表1-1-22 水害区域面積の比較

 次に、衛生状態が改善した例を見ていく。
 下水道はストックが増大するとともに適切な維持管理を実施することで、水環境の改善に大きく貢献してきた。実際、河川の環境基準達成率注8と下水道普及率の推移を見ると、両者とも年を経るごとに上昇していることがわかる(図表1-1-23)。
 
図表1-1-23 河川の環境基準達成率(BOD)と下水道普及率等の推移
図表1-1-23 河川の環境基準達成率(BOD)と下水道普及率等の推移
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 また、公共用水域の水質改善に伴い、山梨県、東京都、神奈川県を流れる多摩川ではアユの推定遡上数や、シジミの漁獲高が急増している(図表1-1-24)。
 
図表1-1-24 多摩川(調布取水堰)におけるアユ遡上数の経年変化
図表1-1-24 多摩川(調布取水堰)におけるアユ遡上数の経年変化

 このように社会インフラの整備は、経済活動の活性化や国民生活の向上に大きく寄与している。しかし、社会インフラがこのように機能を発揮するのは、維持管理・更新が適切に行われてこその結果である。今後も引き続き適切に社会インフラの維持管理・更新に努めることで、社会インフラがその機能を適切に発揮できるようにすることが求められる。


注4 社会インフラ整備のための事業の実施自体が、原材料の購入や使用機械等の需要を波及させたり、雇用の誘発等により消費を拡大させていく効果。乗数効果や生産誘発効果等。
注5 Total Factor Productivity.「全要素生産性」と言われる。生産に寄与する要素のうち、労働投入量及び資本ストック以外のすべてを考慮した生産性のこと。具体的には、生産効率の改善やより多くの生産が可能となるような技術革新等の要因により向上するものと考えられる。
注6 Aschauer, D.A. (1989) "Is Public Expenditure Productive?" Journal of Monetary Economics, vol.23, pp.177-200の研究等が嚆矢とされている。また、我が国における実証研究を整理したものとしては、村田治・大野泰資(2001)「社会資本の生産力効果:実証研究のサーベイ」長峯純一・片山泰輔編著『公共投資と道路政策』勁草書房、岩本康志(2002)「社会資本の経済分析:展望」特定領域研究『制度の実証分析』ディスカッションペーパーNo.3等がある。
注7 1)中心都市をDID人口によって設定し、2)郊外都市を中心都市への通勤率が10%以上の市町村とし、3)同一都市圏内に複数の中心都市が存在することを許容する、都市圏設定のこと。都市雇用圏は、「日本の都市圏設定基準」(金本良嗣・徳岡一幸 (2002))によって提案された都市圏で、各都市圏の範囲が東京大学空間情報科学研究センターのウェブサイト(http://www.csis.u-tokyo.ac.jp/UEA/uea_code.htm)に公表されている。
注8 河川の有機汚濁の代表的な水質指標であるBOD(生物化学的酸素要求量)の環境基準の達成している水域の割合。


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