スペシャルインタビュー 私の考える新しい旅のカタチ

文筆家

塩谷 舞さん

SPECIAL INTERVIEW

MAI SHIOTANI

旅行者をその土地・文化に詳しい人
が案内すれば、
より深く魅力に触れ
てもらえると思います

文筆家の塩谷 舞さんは、海外から訪れる友人をもてなしたり、一緒に旅行をするなかで日本の文化や歴史をより深く理解してもらうことの魅力、そして難しさを実感したそうです。
塩谷さんの体験には旅行者に地域独自の文化を多面的かつ快適に触れてもらう旅の実現につながるヒントがありそうです。どのような気づきがあったのか、お話を伺いました。

取材・文/高井章太郎(アトール) 撮影/高原マサキ

美しい景色だけでなく、その土地の歴史や文化にも触れて欲しい

今年は、海外から遊びに来た友人を案内して旅行をされたそうですね?

塩谷 舞さん(以下敬称略)

はい。入国がしやすくなったので、私が海外に住んでいた頃の友人が「いよいよ日本に行けるよ!」と遊びに来てくれました。なかでもファッションデザイナーのAllaとデザイナーのVitというデンマーク在住の夫婦とは、2週間かけて一緒に日本中を巡ることになりました。
私は2019年、アイルランドのダブリンに短期留学をしたのですが、その当時ダブリンで暮らしていた彼女らと仲よくなり、1カ月ながらも本当に濃密な時間を過ごすことが出来たんです。美術館やカフェ、海辺に行くにしても、私ひとりだったら「美しいな」と異国情緒を感じるだけで終わっていたかもしれない景色を、Allaは豊富な知識で、経済や文化的な背景から歴史の悲しい側面まで、いろいろなことを教えてくれて。知的好奇心が満たされると同時に、様々なことを考えさせられるきっかけにもなりました。

著書『ここじゃない世界に行きたかった』にも、そのときの体験が書かれていますよね?

塩谷

はい。ダブリンで過ごした時間は私のなかで特別な経験になっていて、その旅のことを『ここじゃない世界に行きたかった』というエッセイにしてWeb上に公開したら、それが本にもなり…。それはさて置き、ただ楽しむだけの旅ではなく、その場所の社会課題に触れると、自分が過ごす日本の諸問題も立体的に捉えられるようになる。そうしたことを、強く実感した滞在でした。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

そんな大切な友人であるAllaとVitがいよいよ日本に来るということで、これはお返ししなきゃいけないな、と私も張り切っていました。
ただ、彼らは日本に対する憧れがものすごく強い。Allaのスタジオを訪ねたときには、本棚に禅や侘び寂びなど日本の美意識にふれた本が並んでいたり、布の廃棄が少ない着物に着想を得てデザインをしていたり…。日本人の私以上に、日本古来の美意識や文化に深い理解とリスペクトを抱いていると感じたんですよね。

日本への期待値が高いわけですね?

塩谷

そうなんです。でも、彼らは日本どころかアジアに足を踏み入れるのも今回が初めて。彼らの理想とする「美しい国、日本」のイメージを壊してしまったらどうしよう? と心配していました。
そんななかで、彼らが「ここに行ってみようかと思うんだけど」とリストアップしてきた場所は、どこもオーバーツーリズムが問題になっているような観光地や、有名チェーン店。英語で調べたときに、まずそうした情報に行き着いたんだと思います。
私もはじめてニューヨークを訪れたときは、まさにそうした誰もが行くような場所に行き着いたんですよね。もちろん、そういった観光地も楽しくはあったのですが、どうしても消費するだけで精一杯。でもニューヨークで暮らして、友人が増えていくに従って、どんどん街が面白く感じられるようになっていったんです。人経由でしか辿り着けないような場所は、今まさにあたらしいカルチャーが産まれているところ。そうした場所では、自分も何かしらの形で関わることが出来る。
だから、AllaとVitにもまずはここで暮らす人たちを紹介して、その上でいろいろなご縁が育めれば良いな、と思って。そこで大阪の実家に泊まってもらったり、現地で暮らす人を紹介したりと、ある意味素朴な旅を用意しました。

どういった期待をして日本に来てくださるのか、で旅の形も変わってきますよね。

塩谷

コロナ禍で、思考が変化した人も多いですよね。考える時間が増えたことで今までの営みを見直した結果、大量生産、大量消費に違和感を抱いたり、どうすれば持続可能な営みが出来るだろうかと悩んだり。いわゆる“Less is more”な世界観に必然性を感じた人も少なくないと思うんです。とくに欧米の先進国で大量消費型の暮らしをしていた人たちが、今いる日常から遠い世界に希望を抱いたとき、「日本に行けば何かヒントがあるのでは」と期待することがあるかもしれない。日本は、少し前から欧米圏でも普及している“Wabi-Sabi”という概念や、“Kintsugi”といった文化の発祥の地でもありますし。
けれどもそうして憧れの地までやってきた人たちが、マスツーリズムの側面にしか触れられないのは、非常に残念だなと。
もちろんマスツーリズムが悪いのではなく、興味のあるところにうまくマッチしてほしいということなんですが、今回、旅をアレンジしてみて、日本の文化や歴史に理解を示し抱いてくれた彼らの期待を受け止められるような場所に、旅行者だけでたどりつくことの難しさを痛感しました。

災害などトラブルが起きたときのサポートが必要

今回の旅では外国人旅行者にとっての不便さを実感したそうですが?

塩谷

温泉地に行きたいと言っていたので、湯河原の万葉公園の中にある、食事も美味しい「湯河原惣湯」を予約したんですね。でも、ちょうど台風がきてしまって…。天気予報や、施設の方々の意見を聞いて大丈夫だろうと判断して行ったのですが、滞在中に想定以上の暴風雨が。そんなとき、二人のスマートフォンにも「大雨に警戒してください」といったようなアラートが出てきたのですが、それが日本語だったんですよね。町内放送も日本語ですし、スタッフさんも日本語のみですから、何を言っているかさっぱり分からない。タイミング悪く私がトイレに行ってたので、即座に通訳もできない。

確かに我々が外国を旅しているときも、災害時に状況を説明してくれる人がいないとパニックに陥りそうです。

塩谷

その日は、湯河原から移動して熱海で一泊する予定だったのですが、大雨がしばらく続くということで、宿の予約を延期させていただくことにしました。そして一度、東京に戻ろうとタクシーで駅まで行ったんです。でも下りの新幹線が止まっていて、そのアナウンスも日本語だけ。さらに「東海道新幹線 上り」とX(旧Twitter)で検索するとそちらも怪しかったので、やっぱり熱海に滞在することに決めたのですが、もしそのまま新幹線に乗っていたら、一晩車内で過ごすことになっていたので大変でした。嵐の中、駅で真夜中まで何時間も立ち往生していた方も沢山いましたし…。
日本語が分からない外国人旅行者だけで、ああいった状況に置かれていたら、かなり心細かっただろうな、と。二人は、日本は災害が多いということも事前に学んでいたし、きっとタフに対応していたとは思うのですが。翌日も午前中は新幹線が大混雑だったのですが、お寿司を食べたり観光をしたりしながらX(旧Twitter)で動きをチェックしつつ、夕方の新幹線でスムーズに帰宅することが出来ました。
それ以外にも、トイレで「これ、どれを押せばいいの?」と聞かれることも。「大」「小」だけならまだしも、そこに「おしり」「ビデ」「乾燥」などのボタンがずらりと並んでいるものは、日本語が読めないと難易度が高い。ウォシュレットも日本の文化ですしね。あとは大浴場の入り口に漢字で「男」「女」としか書いていなくて、どちらに入ればいいのか分からない、なんていうことも。もちろん、何もなければ多少の不便さも楽しめるのでしょうが、災害などのトラブルがあったときは心配ですよね。

写真提供/塩谷 舞さん

その土地・文化に詳しい人が案内すれば、より深く魅力に触れられる

そのあたりが多言語対応が進んでいる大型ホテルが好まれる一因ですね。一方で外国人旅行者の受け入れが進んでいるエリアもありますよね。

塩谷

尾道のしまなみ海道でサイクリングをしたのですが、ゲストハウス「みはらし亭」に宿泊してサイクリングを楽しんでいる外国人旅行者もたくさん見かけて、受け入れ側も英語が話せて海外からの旅行者が過ごしやすい文化圏ができているんだなと感じました。
驚いたのは、たまたま利用した「Better Bicycles」というレンタサイクルショップが自転車好きには有名なところで、Vitが「ここ知っている!」と喜んでいたこと。デンマークの友人がそこで自転車を買ったらしく、話を聞いて既にInstagramをフォローしていたんですよ。ちなみにそのお店は、宿の人に勧められて入ったラーメン店「拉麺 またたび」に来ていた常連の香港人のお兄さんが、絶対おすすめだからと予約までしてくれたんです。聞けば、自転車好きの彼は尾道で宿を営んでいるらしくて。そうやって、次から次へとその地域をよく知る人に紹介してもらえるのは楽しいですよね。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

あと面白かったのが、サイクリングロードでVitが自転車をこぎながら「Made in Japan!」と叫んでいたこと。何かと思ったら、道路の舗装がきれいでスムーズだっていうんです。「なるほど、そこに日本を感じるのか」というのも発見でした(笑)。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん

予約までしてくれるなんて積極的! 人との出会いは旅を彩ってくれますね。

塩谷

岡山県の倉敷でも、「滔々」という宿の方のお勧めで昭和23年創業の焼鳥屋さん「金平」に行ったのですが、カウンターに並んで食べていると外国人旅行者が珍しかったのか、常連さんたちが話しかけてくれました。お酒が入った場で、岡山弁から英語への通訳は頭が混乱しましたが(笑)、地元で老舗企業を営んでいるおじさんが街のことを色々と教えてくれて。たらふく食べて店を出たら、美観地区を歩きながら街の歴史を案内してくれ、最後にはホタルにも遭遇出来たんです。AllaとVitは人生で初めてホタルを見たらしく、とても喜んでいました。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

私はダブリンでの滞在中、Instagram上で見つけたAllaの作る服が気に入って、彼女に連絡したことをきっかけに仲良くなりました。私たちは生まれ育った場所は遠く離れているけれど、好きな美術や音楽がとても似ていて、共通の話題が沢山ある。SNSのお陰で、世界のどこであれ近しい感性をもった人と出会うのは簡単になってきました。一方で、今回の焼鳥屋さんみたいに、隣に座った人と会話をするというのは、年々むずかしくなっていますよね。でも、外国人と日本人のグループ、ということで喋り掛けやすかったのかも。日本各地の行く先々で、いろいろな人から親切にしてもらって驚きました。

外国人観光客に慣れていなくても、せっかく日本に来てくれた人に親切にしたい、という気持ちはありますよね。塩谷さんがいることで敷居がなくなるというのはありそうです。

塩谷

尾道では友人と合流したのですが、Allaがテキスタイル作りをしていることを話したら、姫路を拠点に「HARUHITO」というブランドを営む知人を紹介してくれて、すぐ会いに行くことになりました。代表の小西健太郎さんは、水害が起こった土地であらたに綿花作りを始めるなど、課題に対するアプローチがとても実践的。ものづくりに対するスタンスなどでAllaとも意気投合し、彼が在庫として持っていたデニム生地で一緒に縫製をしてかばんを作らせてもらったりと、とても貴重な時間を過ごさせてもらいました。さらには、彼のお母様も登場して「日本のテキスタイルに興味があるなら」と着物のコレクションを見せていただいたり。
大阪にある私の実家に泊まったときも、私の母が着物を出してきて2人に着せてくれたりしたんですよね。日本人相手だと、滅多にそんなことってしないと思うのですが、海外からのゲストがいることで、みんな「日本文化を紹介しよう!」とモードが変わる。
そんなことが旅の間に何度もあって、「日本人ってこんなにオープンマインドだったのか」と、私自身が驚かされるばかりでした。もしこうしたツアーガイドを仕事にすれば、日本各地に眠る面白い文化にもっと触れることが出来るんだろうな、と欲がわいてしまいましたね。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん

海外からの友人を案内することで日本のよさを再認識…素敵ですね。

塩谷

成田空港に到着した二人がスカイライナーで最初に降り立ったのが上野なんですね。そこで、二人を迎える前は「この雑多な街並み、二人が長年ずっと思い描いていた日本とは違うんじゃないかな…」と心配し過ぎていました。でも到着してすぐ、カオスな上野の風景も珍しいものとして楽しんでいたし、Vitは電車や看板、色んなところにキャラクターがいるのを見つける度に大喜びで写真を撮っていて。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

欧米とは異なる景色の背景に、どんな国民性があるのか。美しい場所の魅力や、そこと表裏一体に存在する社会の諸問題などについて、夜遅くまで語らうことも。同時に、一緒にゴミの分別をしたり、料理をしたり、洗濯物を干したりと生活を共にするなかでも、沢山のことを話しました。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

二人が帰るころには、日本のいろいろな面に触れてもらえて、本当によかったなと思えるようになりました。そして私自身がこれまでの国内旅行とはまったく違った景色を見ることが出来たし、各地で暮らす人々の優しさに触れられた。あまりにも感動的な2週間だったので、今はAllaやVitのように日本の思想や美意識に強い関心をもってくれている人たちに、どうしたらこうした体験を届けられるのだろう…と、そんなことを考え始めています。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん

皆さん、そういう体験ができれば思い出深い旅になりそうです。あとは日本に知り合いがいるか…とか、日本人の英語力の問題とかが考えられますが…。

塩谷

その土地の 魅力というのは、短い旅行ではなかなか分からないかもしれませんが、今回は私が介入することで少しそこを短縮できたかもしれません。ただ私とAllaやVitは好みが似ているので、彼らがどんな場所を求めているのかはよくわかる。けれども、同じ日本好きでもゲームが好きだったり、任侠映画が好きだったり、いろいろな方がいらっしゃいますし、そうすると私では案内役は務まりません。だから、例えばそれぞれの分野に詳しいアンバサダーがいて、旅行者は好みの合いそうな人を選ぶことが出来る、というような仕組みがあったら私も立候補したいです。
ただ、仕事として受けるには、私の英語力が足りないなんじゃないかと思ってしまうところがあり…。多くの日本人がそうだと思うのですが、英語がある程度喋れても「喋れません!」と言ってしまう。でも、まずはやってみる精神が必要かもしれません。もちろん制度として安全に配慮したルール作りなどは必要ですが、よくその土地を知っていて、気が合う人に案内してもらうと、旅が何倍も魅力的なものになりますよね。加えて、ガイドに頼らず自分で発見していく時間もたっぷり持てると良いですよね。

そうやって日本をより深く知ってもらい、さらにはもっと日本を好きになってくれたら理想的ですね。

塩谷

Allaがこの日本旅行を振り返って、Instagramに「Farsickness」という言葉を綴っていました。調べてみると、ドイツ語のFernwehを英語に訳した言葉で、ホームシックの逆を意味するそう。Allaに「この言葉、始めて知ったよ」と伝えたら「遠い場所への憧れ、という意味だよ」と教えてくれました。日本の様々な側面を知った彼女ですが、旅をする前よりもずっと強い感情を向けてくれていたことに、とても嬉しくなりました。日本を訪れる多くの人たちが、故郷に戻ってからそうした気持ちを抱いてくれたら、それはとても嬉しいことですよね。

写真提供/塩谷 舞さん
写真提供/塩谷 舞さん
塩谷

同時に、旅行者の視点から学ばされることは沢山あります。共に生活をするなかで知った異国の文化も、良いことであれば真似したり、その視点をもとに日々の暮らしを改善したり出来る。「与える/与えられる」という関係性ではなく、双方向での深い交流をしていくことによって築ける関係性があるし、より豊かな文化が育めるのではないかとも思います。

塩谷 舞 MAI SHIOTANI
1988年大阪・千里生まれ。京都市立芸術大学卒業。大学時代にアートマガジンSHAKE ART!を創刊。会社員を経て、2015年より独立。2018年に渡米し、ニューヨークでの生活を経て2021年に帰国。オピニオンメディアmilieuを自主運営。note定期購読マガジン『視点』にてエッセイを更新中。著書に『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)