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「新首都時代」の創出

1.新首都の創造

(1) 日本の進路を象徴する都市の創造

わが国は、明治以来一世紀有余の間、幾世代にもわたり「欧米先進諸国に比肩する大国たらん」と国民的規模での努力を積み重ねてきた。それは、国家的目標ともいうべき行動理念であり、前半期においては、欧米列強に伍そうとする過程で、わが国民のみならず近隣諸国の人々をも巻き込む大きな不幸をもたらしたが、後半期においては、その反省の上に立った平和的な経済発展主義に変身し、わずかな間に世界史上も類のない繁栄と安定となって結実した。しかし、激動の20世紀が終わろうしている今、この国民的規模での行動理念も根本から見直されるべき転換期にきており、わが国は次の時代に向けての新たな理念の構築を迫られている。良くも悪くも20世紀の日本を象徴する首都東京から首都機能を移転して、そこを新たな時代への飛翔のシンボルとしようとしているわが国の新首都は、その姿や計画理念そのものが、わが国の未来を明確に象徴し、国民と国際社会にアピールするものでなければならない。

一国の首都の姿が、その国の理念や価値観、歴史的・文化的背景や国民性、進むべき将来への展望などを雄弁に表現するものであることは各国の例や歴史的事例をみても明らかである。現に、首都を東京に置いた明治政府は、日本が近代国家であることを内外に印象づけるため、銀座煉瓦街の建設、東京市区改正計画の実施、日比谷官庁集中計画の企画など、列強の首都に伍することのできる帝都の威容を整備するための東京の都市改造事業に次々と着手していった。そのようにして、明治政府は、対外的には不平等条約の改正に臨み、対内的にも国民を鼓舞し、脱亜入欧が国家の目指すべき進路であることを明示しようと企図した。

このような歴史的な経験を踏まえつつ、新首都という都市の姿を介して象徴的に語らせるべきわが国の21世紀の進路は、まずもって20世紀に対する「確かな評価と反省」の上に立ったものでなければならない。「平和への貢献」「個の尊重」「文化の創造」「環境との共生」「豊かな地域社会」といったテーマのほか、「進歩」「自由」「公正」「透明」といったキーワードが考えられるが、今後、さらにこれらのテーマやキーワードについての議論が進み、やがて国民だれもが共有できる理念として国民的な合意形成がなった新しい行動理念が確立されていくことであろう。

新首都の都市づくりに当たっては、こうして確立された新しいわが国の理念、価値観、行動原理等をわかりやすい形で国際社会や国民に対し明示していくことが必要である。そのためには、日本の新首都は、単なる一つの政治・行政都市にとどまらず、日本国民全体に対して希望に満ちた未来への夢を提供し、それを育む機能を有さなければならない。

魅力ある首都は、その国の国家と国民の歴史と文化と夢を都市の中に内包し、それを訪れる人々に語りかけている。アメリカの首都ワシントンを見下ろすキャピトル・ヒルの議事堂の塔屋には「自由の女神」(Statue of Freedom 、N.Y.のはStatue of Liber-ty)がそびえたち、「自由の国アメリカ」を象徴している。また、中心部のモールをはさんでスミソニアン博物館群と呼ばれる一連の展示・研究施設があって、アメリカ文明が作り出した歴史的品々等を展示し、訪れる人々に「アメリカとは何なのか」を語りかけている。

オーストラリアの首都キャンベラは、街の中心部に人造湖を設け、周囲に国立図書館、国立美術館、戦争記念館等をゆったりと配置し、緑豊かな環境の中に行政機関の庁舎や各国大使館を置き、周囲に美しい街並みの住宅地を配して公園都市と呼ばれるにふさわしい環境を形成し、オーストラリア人が理想とするような生活像を表現しようとしている。

花の都として名高いフランスの首都パリは、以前からあったルーブル宮、凱旋門等に加え、ナポレオンIII世による都市の大改造により、オペラ座やブローニュの森と一緒に多くの広場とそれらを結ぶ美しい大通りが整えられ、首都の各所に配置された美術館、劇場、記念建造物、ファッション街がおりなす美は、あたかも街全体が一つの芸術作品にもたとえられる都市である。その歴史的、文化的価値により、第二次世界大戦においてもわが国の古都、京都とともに破壊を免れ、今だに世界中の人々がそのすばらしさを認め、憧れるフランスの歴史や文化のシンボルとなっている。

首都とは、そのように国民が自らの国を感じ、学び、大切に思うような場として創られるべきである。そして、諸外国の人々が首都を訪れることでその国を理解し、親しみを持とうとするようなものでなければならない。

わが国の新首都は、日本の歴史や伝統を体現するとともに、国民の未来への夢を大きくふくらませ、それが語りあえる、そして新しく生まれ変わる日本の姿を代表するような風格ある未来文化都市でなければならない。

(2) 新しい政治・行政都市の創造

新首都は、新しい時代の要請に対応した政策立案の立脚点を表象する新しい形態の政治・行政都市として創造されなければならない。このため、新首都への移転に当たっては、国の中枢機能のそれぞれの役割やあり様も、当然のことながら新しい視点から見直され、改革されていく。

国会は新天地に移り、帝国議会以来積み上げてきた審議方法や各種慣行を見直すきっかけを得て、新しいそのあり方を求めようとするだろうし、国民のそれに対する期待も大きい。

また、行政各部門は、より効率的で公正な事務処理、創造性豊かな政策立案を可能とするような機構、組織、人員、官庁施設、事務処理機器のあり方について積極的な検討を行うこととなる。新首都は、こうして生まれ変わる政治・行政システムが十分にその機能を発揮できるような都市環境を備えた政治・行政都市となる必要がある。

さらに、新首都は、過去の首都がそうであったように、少なくとも今後数世紀にわたり、わが国の政治・行政の中心地であり続ける。新首都の都市づくりに当たっては、東京が特に直近50年のうちに緑やうるおいを失い、そこで働き、生きる人のゆとりを奪っていったという事実を教訓にしなければならない。その意味で、新首都がその内部に備えるべき第一の機能は、ゆとりある生活を今後幾世代にもわたり可能とする豊かな居住環境と諸々の生活関連施設である。新首都は、新しい環境共生型の都市のモデル的存在として建設される必要がある。

また、新首都には、経済や学問・文化のヘッドクォーターから地理的に離れて、東京で確立され、定着している価値観とは一線を画することができるという優位性がある。

新たな独自性のある学術、研究のための諸々の施設も内包すべき大切な機能である。そして、かつて京都大学がノーベル賞学者を輩出したように、新首都を舞台にした個性的な「新首都文化」が花開くことを期待したい。

(3) 本格的国際政治都市の創造

新たに建設されるわが国の新首都に対しては、単に一国の内政をつかさどる政治・行政都市としての機能に止まらず、世界の平和と安定を目指す様々な外交活動の舞台として、また、世界の人々を幸福と繁栄に導くための国際的な政策の提唱、援助や調整といった地球的視野に立った国際政治活動の中心地としての機能が期待されてくる。

外交活動には、わが国とある国との二国間の外交のみでなく、わが国も参加する多数国間の外交や、わが国を直接の当事者としない諸外国間の外交活動も含まれる。わが国が本格的な国際政治都市を創造しようとする意義は、わが国が当事者でない場合も含めて多数国間の外交活動を行うのにふさわしい場を、わが国がその国土の中で提供しようとすることにある。このため、新首都には多数の要人が来日した場合でも警備が容易で、交通規制等市民活動への影響を最小限にとどめ得るよう計画された外交拠点施設等を設ける必要があるほか、大使館等の維持経費にも悩む国でも安心して外交活動が展開できるよう大使館及び関連施設が整備される必要がある。

また、世界の平和と繁栄を実現していくためには、国連等国際機関の活動や各国の政府レベルでの政治交流に加えて、近年活発化している民間団体による援助活動や文化・学術分野における国際交流など国民レベルでの相互理解を深める活動をより一層強化していくことが重要となっており、新しいわが国の新首都に対しても多様な国際交流が活発に行われ、世界と日本をつなぐ役割が十分に果たせるような機能を持つ都市として創造されることが求められている。このため、便利なアクセスをもつ国際空港、世界的レベルの機能を備えた国際会議場、ホテル等の国際交流施設、国際色豊かな大学、わが国の歴史や文化を世界に伝える展示施設、外国の文化を紹介する施設、留学生や海外へのボランティアを支援する施設等の整備のほか、各国語による標識や案内標示などそこに住み、そこを訪れる外国人が安心して活動できるように配慮された国際都市にふさわしい街造りをする必要がある。

また、新首都には活発な国際政治活動や国際交流から生じる膨大な情報を世界に向け的確に伝え、世界と日本をつなぐ情報発信の拠点としての役割が期待されており、わが国における国際情報拠点都市として建設していく必要がある。

本格的国際政治都市としての新首都の創造は、それ自体が世界の平和と繁栄を希求するわが国の国際社会に対する新たな能動的貢献の一環をなすものと位置づけられる。

2.生まれ変わる東京と新首都との連携

東京圏には、既に高次都市機能が著しい密度で集積している。それらの高次都市機能の中には首都機能と密接な関連を有するものも多いことから、首都機能移転は東京圏の機能集積に何らかの変化を生ぜしめ、それらのリストラクチャリングが促進され、中には、優位性を失う高次都市機能もあるものと予想されるが、同時に都市整備が進み都市環境が向上することで、より国際的、より先端的、より創造的な諸機能については一層の飛躍が期待され、東京圏は、今の東京圏とは質的に異なるこれらの巨大な集積を有するより特色のある都市圏として生まれ変わり、発展し続けるものと期待される。

東京は、国際金融機能の集積において、ニューヨーク、ロンドンと並ぶ世界の三極の一つとなっている。また、3,000万人を超える消費人口を有し、ごく少数のマニアを対象としたマーケットでも十分に成立するなど、高度な多様性を持った消費市場が形成されている。そのようなことから、首都機能が移転した後においても、東京は経済面でも文化面でも一方の巨大な極として発展を遂げていくであろう。

首都機能移転を契機に生まれ変わる東京と、政治・行政の新たな中心地となる新首都の間には、各々の有する各種の高次都市機能の特性による機能的な分担・協力関係が生じることとなろう。このため、両都市間には、物理的な距離を克服して密接な連携を確保する必要が生まれ、高度な情報通信ネットワークやモビリティ豊かな交通手段を整備する必要がある。

いずれにしても、東京圏にとって、首都機能移転が都市の空間利用や都市環境に変化をもたらすきっかけとなることは疑いのないところである。その変化を東京圏の都市整備にいかし、東京圏で住み働く人々にとってのより良い環境の形成につなげていくことが、国及び東京圏の自治体に課された重要な課題である。

3.首都機能移転の問題点とその克服

平成4年総理府が実施した世論調査によれば、首都機能移転には、国民の58%が賛成している。しかし、一方で15%の人が反対ないし消極的な意見となっている。

一般に指摘されている首都機能移転の問題点は、要約すると次の5点になる。ここでは、これら懸念される問題点について当調査会としての見解を述べると同時に、その克服の方途について探ることとする。

(1) 国民の求心力、方向性の喪失のおそれ

東京は、明治以来のわが国の近代化と国民生活の向上のシンボルとしての役割を果たしてきた。

明治のはじめは、欧米にいち早く確立された近代思想、機械文明をわが国に採り入れる窓口であった。東京で採り入れられた新しい生活様式がモデルとなり、全国各地に広がっていった。地方の志を胸に秘めた若者は、東京へ出て高度な知識や技術を学び、身につけて、勤勉に働き、多くのチャンスにチャレンジしながら自己の生活を築いていった。高度経済成長への夢を同時代に生きる国民がともに分かち合うシンボルとなったオリンピックも東京で開かれた。このように東京は、国民レベルでの生活の向上への夢を実現する象徴的「場」としての機能を果たしてきた。

こうしたことから、首都機能移転は、繁栄と進歩のシンボルとしての東京を見失わせ、東京を中心として形成されてきた国民の求心力を急速に減殺させ、国民全体としての方向性を見失わせるおそれがあるのではないかと懸念されている。

確かに、世論調査によれば、国民が首都と聞いて思い浮かべるものは、企業の本社ビルが林立する丸の内や新宿の姿よりも、国会、内閣、中央省庁の永田町、霞が関における存在であり、その移転が及ぼす影響には大きいものがあると思われる。

しかし、豊かな民主社会が実現し、価値観が多様化しつつある現在、一つの目標なり道筋を示し、国民全体を同一方向に引っ張っていく必要性は、相対的にうすらいできつつある。また、既にみてきたように、日本人には、世論形成が同一方向に傾き易いきらいがあり、それが過去においても災禍をもたらした苦い経験をもつように、新しい時代にはそうしたことを強調しすぎるのはむしろ有害な面さえある。

21世紀に生きる国民の進路は、夢を実現するシンボルとしての東京や新首都という空間で見出すだけではなく、個性豊かに魅力を増した多様な地域での変化に富んだ個々人の営みを通じて、国民の一人一人が自ら見つけ出すものであり、そうして確立された「個」が闊達(かったつ)な議論を通してその多様な集合体としての国民全体の方向性として集約され、それがまた個々の国民に還元されるといったことが繰り返され、全体としての方向性が定まっていくものと考えられる。

新首都の創造に当たっては、こうした過程が十分に機能するような国民と政治・行政システムの構築に意を用いねばならない。

(2)日本経済の活力、効率性の低下のおそれ

首都機能移転は、永年にわたり構築されてきた日本経済の発展の原動力ともいうべき政官民の協調体制に変革を余儀なくさせ、一挙に日本経済の活力、効率性を低下させるのではないかと懸念されている。

個々の経済行動においても、東京に立地する企業にとっては、政治・行政との頻繁なフェイス・ツー・フェイスのコミュニケーションを図る機会が奪われ、東京以外の地域の企業や自治体にとっても東京を中心とするネットワークとして構築されているわが国の高速交通体系を利用して簡単に東京にアクセスし、情報源となる国会・政党、行政機関、大企業の本社、業界の中央団体等の情報を一括して採り入れる利便性が損なわれるデメリットが生じる。

しかし、この東京の効率性の高さを重視する議論は、日頃からの接触を重視する日本的な経済社会関係や経済活動の細部にまでわたる政府による諸規制及びそれが中央集権的に東京で行われることが多いことを前提とした議論であり、首都機能の移転と並行して、規制の緩和、権限の地方委譲が推進されれば、相対的に重要度を失う議論である。

当調査会は、第1章2でも述べたとおり、首都機能移転を規制緩和などの国政の改革と並ぶ重要な政策課題として推進することこそが、民間企業の自発的な創意工夫を最大限に発揮し、真に効率性の高い新たな経済社会の実現を図る途と考えており、一部に生じる便益の低下には、高度な情報通信ネットワークの構築及び情報の公平な開示、新首都を一つの核とする複合的な交通ネットワークの整備を図ることによって補っていくべきものと考える。

(3) 東京の活力低下のおそれ

首都機能の移転により東京の活力が低下するおそれがあると懸念されている。

東京の活力の低下は東京に住み働く人々にとって深刻な問題であり、その防止策は、首都機能移転を進めるに当たっての最も大きな課題の一つであり、経済的・心理的影響も含め慎重に検討し、必要な対策を十分に講じる必要がある。

法律が想定している国会等の移転は、国会並びに行政及び司法に関する機能の中枢的なものの移転であり、それに該当する機関の従事者約5万人、政党本部、大使館等首都機能と密接不可分な機能やこれらに伴って移転する機能の従事者、それらの家族を含めても、約30万人と試算されており、3,000万人を超える東京圏の人口に比べればわずか1%にすぎず、直接的には活力の低下につながるような規模の移転ではない。首都機能が存在しなくなることの心理的影響の方が大きいと思われる。

東京は、将来とも経済、文化の中心として、また、豊かな消費人口に支えられた経済、文化の情報発信源としてその重要性は変わらないものと考えられる。永きにわたる日本の中心としての歴史の重みに裏打ちされた東京の諸機能は、今後ともその地位を維持し続けるに違いない。むしろ、首都機能移転は、いままで働く場としての整備に追われてきた東京を、生活の場としてもゆとりと活力ある都市に整備していく転機をもたらすものであり、東京で生まれ、育ち、生活している人たちが東京を自らの故郷として誇りをもって語りあうことのできる街へと再生していく時間的、空間的余裕をもたらす絶好の機会ととらえるべきである。

(4) 新首都への新たな集中のおそれ

日本経済の特質を考えると、いかに地方分権・規制緩和等の改革を推進しても、首都機能への近接性を目指した企業行動のパターンは変わらないので、いずれ民間企業は新首都への移転を余儀なくされ、新首都建設は第二の東京圏を再現するだけだと懸念する声がある。

もとより東京圏3,000万人に匹敵する新たな巨大都市圏が生じるおそれがあるという極論は論外としても、確かに連邦制の国家形態をとり地方分権が徹底しているアメリカの首都ワシントンでさえも、ワシントンD.C.自体の人口はピーク時の80万人から59万人へと減少しているものの、周辺都市を加えたワシントン大都市圏では、人口や高次都市機能の集積が著しく、今や全米第4位の692万人余の人口を擁する大都市圏に成長していることを考えると、十分論拠のある議論かもしれない。特に冷戦が終結した近年は、主としてペンタゴン(米国国防総省)のもつ軍事技術情報の民生転換を狙いとした研究機関や大企業の本社の立地がめざましく、この懸念も説得力をもっている。

しかし、自由な経済活動を前提とする限り、こうした企業行動を完全に抑制することには無理があり、むしろ、新首都の計画や行政制度を考える際に、あらかじめこうした企業行動を前提として、広域的なプランの策定をはじめ、広域的な対応が可能となるように考えておくなど、かつての東京圏が経験したような無秩序なスプロール的膨張を抑え、新たな一極集中を招かないよう対処することが肝要である。

(5) 投資の優先度に対する疑問

本格的高齢化社会を迎え、投資余力が乏しくなる一方、福祉や国際貢献のための経費の増大が見込まれるなか、新首都建設よりも先にすべきことがあるのではないかという疑問や批判がある。

経済社会の成熟期を迎え、一層の福祉の充実が求められる一方で、次のステップへの飛躍が至上の課題となっているわが国において、首都機能移転に対する投資は、日本全体をリフレッシュさせようとするための投資であり、その是非を論ずる際には、首都機能移転が、わが国の変革を進め、将来の国民への貴重な遺産を残すための事業であるという意義に加え、その投資効果が膨大なものであること、広く内外に、かつ、後の世代にまで便益をもたらすものであることなどが考慮される必要がある。

また、こうした日本自体の若返りを目指すプロジェクトに対する投資こそ、その体力が旺盛なうちに行われる必要があり、われわれの投資余力のあるうちに実行されるべきものである。

もとより各種の福祉施策や国際貢献策の充実強化を図ることは、今後とも、ますます必要となる課題であるが、首都機能移転に対する投資を、それらとの比較で論ずることは、いわば分け合うパイの成長が見込めないゼロサム社会を前提とした議論であり、首都機能移転によってわが国経済社会が持続的な発展への道筋を得ることになれば、パイの大きさやその中味の向上が期待されるので、首都機能移転は福祉の向上や国際貢献を支える基盤の一つになり得るといえる。

4.新首都づくりに当たってあらかじめ講ずべき措置

(1) 公正・透明な手続きの確保

首都機能移転に対する国民世論には、新首都の建設やそれに伴う関連公共施設の整備などが大規模な公共事業となることや移転先の周辺地域に相当規模の経済的波及効果をもたらすことが予想されることから、首都機能移転に係る一連の事業が、それによる利益を期待する一部の地域や一部の集団の意向に左右され、大局的観点や国益を無視して我田引水的に進められたり、利権の温床になるのではないかと心配する声が聞かれるが、わが国の歴史を画する国家的事業に当たって、そのようなそしりを受けることは決してあってはならないことである。

このため、移転先地の選定に当たっては、その手順を明確に定め、決定プロセスが公正に行われるようにするとともに、移転に伴う各事業の実施に当たっては、それらの事業が十分に開かれた公正かつ透明な手続きに基づき進められていくことが可能な仕組みが確保されなければならない。

(2) 土地投機の防止

首都機能の移転先となる地域やその候補地及びそれへのアクセス・ルートが事前に十分な対策を講じることなく公表されると、それらの地域において事業実施に伴う土地需要を見込んだ投機が横行し、その結果地価が高騰し、一部の人々への不当な利益や人心の荒廃をもたらすなどの社会的問題が発生したり、用地取得が困難となることで、事業そのものの実施に支障をきたすおそれが生じる。

土地投機の防止とスムーズな土地取得のための制度の整備等は、新首都の円滑な建設にとって前提となるべき重要な課題である。土地基本法の趣旨を踏まえて、新たな法制度の創設を含め、移転先地等の決定の手続きにあわせて適切な措置が講ぜられるよう検討しなければならない。

(3) 環境との調和・共生の確保

新首都という新たな都市圏の開発は、国土に残された貴重な自然環境を破壊し、ひいては地球環境の悪化を進行させることにならないかと懸念する声も数多く聞かれる。

都市と自然環境との共生は、現代社会が共通に抱える大きな課題の一つである。最近では、開発・整備とあわせて人工的に自然的環境を創出する手法も採られるようになってきているが、新首都の建設は、土地利用計画、緑の保全や創造、交通手段、水資源開発等の様々な面で環境との調和・共生を図る方法について十分検討され、次世代の都市開発のモデルとなるようなプロジェクトとならなければならない。

5.「新首都時代」の展望

首都機能移転の歴史をたどれば、それは内外を問わず時代を大きく変えている新しい生活が始まり、新しい文化が生まれ、新しい進歩が起こる首都機能移転は、一体われわれにどんな恵みをもたらし、どんな時代へと導くのだろうか期待をこめて、来たるべき「新首都時代」を展望してみよう。

(1) 自由度の高い生活

価値観の多様化や社会の変化が大きな潮流となって進んでいくこれからの新しい時代には、国民生活のあらゆる面で様々な変化が現実のものとなってこよう。こうした変化自体は首都機能移転の有無にかかわらず進行していくものであるが、移転が実行されることによって、東京が国会や中央政府の所在地ではなくなり、東京とは別の全く新しい場所において日本の新首都がこれまでにない特色ある魅力を持った都市として誕生する。それが東京だけを特別の場所と大多数の人々が考えるような国民意識を変えていき、新首都ばかりでなく全国各地域の魅力なり個性が見直されてくる。

これは、国民の一人一人に自分が働きたい、住みたいと思う地域が増えることを意味し、特に若い年齢層を中心に、学校、就業等の進路選択を考える上で幅が広がることになる。新首都へのアクセスのための高速交通網の整備を通じてもたらされる移動空間の拡大等交通の利便性の向上や、政経分離型の機能配置の実現により進行していく社会構造の変革などがこの変化を後押しし、それら選択肢の幅を一層拡げていく。こうして国民の価値観や理想とする生き方がさらに多様な広がりを見せてくることによって、それをサポートする様々なニュービジネスや社会活動の機会が生み出され、全国各地、国民各層において個性豊かなライフスタイルが花開き、新しい文明が創造されていく。

新首都時代は、国民それぞれの生き方や生活の面において、魅力ある選択肢が多様に提供される自由度の高い時代となるだろう。

(2)透明な政治・行政

現在の東京の都心部には、わが国の中枢機能が近接して立地している。この狭い地域において様々な政治活動や行政指導等がフェイス・ツー・フェイスで緊密に行われ、政治・行政と経済活動等とが強く連携している仕組みが形成されている。

フェイス・ツー・フェイスは、コミュニケーションの手段としては、相互に人間的な信頼関係を生み、誤解を少なくし、協力や調整を円滑に進めていく上で効率的で優れているが、反面、行政運営等がそれに頼り過ぎると、本来一般に公開されて差し支えない情報が一部の人々のみが知り得ることになったり、たまたま面会する機会を得た人のみが重要な情報を他の人より早く得ることになるなど、公平性や透明性に欠ける運営となりかねない。

首都機能を東京から移転することは、そうしたコミュニケーションを多用することに限界を生じさせ、それに伴って、行政指導の方法や、連絡調整の方法にも自ずと変化がもたらされる。行政情報についても、経済機能等の中心地とは物理的な距離が置かれるがゆえに、マスコミや情報通信ネットワーク等を通して、公平かつ公正に広く公開されていく方向に進むものと考えられる。情報通信技術の発達がこれをさらに支援することになるだろう。

このように、新首都時代には、国の政治・行政の運営があらゆる地域の人々や企業等に対して、より開かれた透明性の高いものになっていくことが期待される。

(3) 豊かな国際交流

今後、わが国と海外諸国とのつながりは、各地で様々な分野において一層深化していくことが予想されるが、わが国民一人一人が国際人として海外の人々からも信頼と親近感を得るためには、より広い視野と博愛心に富んだ国際感覚を自ら涵養していくことが大切である。

そのためには、国際情勢や世界各地の実情等について、政府、マスコミ、各種研究機関等が常時広汎な情報収集を行い、多角的かつ客観的な分析のもとに、わかりやすく、国民に広く知らせることができ、そして全国の国民が常日頃からそのような情報に接し、親しむことができる状況を創り出すことが必要である。

このこと自体は、わが国の政治・行政の中心地がどこにあるかにかかわらず進められるべきことではあるが、新首都の建設により東京圏外に本格的な国際政治都市が誕生すれば、東京とは異なる性格を持った世界との窓口が生まれ、世界の動きや各国の状況に関する情報がより広汎かつ多元的に収集され、国際的な研究機関などの集積ともあいまって、多角的かつ専門的な分析を経て全国に向けて発信され、国民はありのままの外国の姿をより澄んだ目で見ることができるようになるだろう。CATV等の発達による放送の多チャンネル化等は、その流れをより支援することになるだろう。

また、わが国の新首都づくりが世界中で明るいニュースとして継続的に話題を提供し続け、新首都が特色ある美しい都市として創出されれば、新しい世界的な国際観光都市が誕生し、より多くの外国の人々が、仕事だけでなく楽しみのためにわが国を訪れる機会が増えてくるだろう。そして、多くの外国人が新首都を訪れることで日本という国を理解し、親しみを感じることになれば、他の人々に対してもわが国を好意的に紹介し、この結果より多くの外国人が訪れ、わが国民と豊かな交流を深めていくことになるであろう。

このようにして、新首都時代には、新首都をはじめとして生まれ変わる東京や全国各地で国際交流の場が整備されることとあいまって、豊かな国際交流が展開する時代となることが期待される。

(4) 個性的な地域社会

東京は、人口規模においても高次都市機能の集積においてもわが国第一の巨大都市であるが、首都機能が移転されれば、一国の首都としての特別なステ−タスはなくなる。このことは、東京対地方という地方から見た認識の構図に変化をもたらし、各圏域が対等の立場にあるという自信を生み出す。東京にならう形で画一化されていた地方都市の街並みや都市の施設が、その地方独自の特徴を表現することに意が尽くされることになるなど、各地域においてそれぞれの個性を発揮しようとする意欲が高まって、地域間競争も活発化してくる。

自主性と創意工夫に富んだ地域づくりを通じて、地域の風土や伝統が改めて見直され、特色ある産業や独自の技術が生み出される。こうして、魅力が高まり就業機会が増加した地域には、若者が定着・回帰し、いきいきとしたコミュニティがよみがえってくる。全国各地において独創的で個性的な地域社会の形成が進んでいくことになろう。

6.「東京時代」から「新首都時代」へ 〜変化の実感と夢の創造〜

日本の歴史では、それを語るときの大くくりな時代区分として、奈良時代、平安時代、鎌倉時代、室町時代、江戸時代というように、みやこの名称や首都機能の所在地による呼び名が一般に広く用いられている。

みやこの名称等を用いる時代区分は、時の支配体制を区別する上でわかり易いという便宜によるところが大きいが、同時に、社会制度から生活・文化に至る様々な側面について、時代の特徴を語るのに適しているからでもある。このことは、首都機能の位置を変えるということが、単に政治的側面に止まらず、それに伴って生じる様々な変化が時代の空気や人々の気分を一新させ、社会、経済、文化等あらゆる側面で新たな潮流を創り出していく効果があることを示している。

首都機能移転が実現すれば、日本が近代国家たらんとして出発し、敗戦と復興など紆余曲折を経ながらも世界有数の経済大国となった一つの偉大な時代は、「東京時代」と呼ぶことができるだろう。そして、一新された新しい時代は、まさに「新首都時代」である。

こうして時代の区切りが明確になり、そこに生きる人々は変化を実感し、心機一転してさらにより良くより望ましい方向へ希望をもって人生を送っていこうとする。このことこそが、首都機能移転のもつ最も重要な意義であるといえよう。

新首都の建設は、豊かな繁栄を享受しているわれわれという現代を生きる一つの世代が、自らの力があるうちに、日本の将来を考え、進むべき道を明らかにし、子孫に継承できる豊かな遺産を創造しようとする歴史的な一大事業である。それにめぐり合い、参画する機会を得ることは、明日の日本を生きるわれわれ国民にとって、未来へ向けた「夢の創造」そのものである。

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