寺島所長とは、いろいろな形で議論させていただいておりますが、大変な論客で、いつも非常に明快な論旨だけれども、先程から話を伺っていると、ひょっとしたらどうかとか、そうかもしれないとか、自信がなさそうに話しておられ、どうもこの問題について、本気ではないという気がしておりました。その議論は後でさせていただくとして、私は早くこの議論を止めて、日本が新しい方向に進んだらいいと思っております。どういうことかと言うと、これまで首都機能移転問題の議論は何度もありました。しかし、この10年の議論は、まったく従来と違う。それは一言で言うと、大義がない。国家としての大事業に、大義がまったくないということです。それが何に現れているのかと言うと、毎年のように目的が変わっているということです。たとえば東京一極集中が、80年代はかなり進んでおりました。バブル経済が拡大していく時には、一極集中の是正だということが盛んに言われていたのですが、バブル経済が90年代に入って崩壊していくと、東京一極集中もほとんど解消してしまい、ごく最近は都心部の中央区とか千代田区に人口が戻りましたが、全体としては、首都圏から人口が減るという状況になり、それから様々な都市機能、たとえば外資系企業の集中率とか、資本金10億円以上の企業の集中率とか、研究教育機関の集中率とかが地方に分散しております。そうなって、次に出てきたのが、景気浮揚対策です。バブル経済が崩壊したので大変だということで、景気浮揚のために首都機能移転をやるということになりました。これは、品がない。国家百年の計を目先の景気対策で考えるというのは駄目だということですが、もう一つ根本的に、日本の経済は、これから縮小経済に入っていきます。いくら金をつぎ込んでも、浮上しません。ケインズ主義の公共事業に資金を突っ込めば何とかなるということは、現実に起こり得ない。一昨年のノーベル経済学賞は、そういう理論を発表した人に与えられていまして、ケインズ主義というのは破綻している。さすがこれは駄目だということになっていて、最近は出てこなくなりました。次に、被害に遭われた方には不幸なことでありましたけれども、阪神淡路大震災が起こった。そこで、村山内閣の時には、国家安全保障、国土の安全保障のために首都機能を移すべきだということになった。ところが東京大学が作りました活断層の地図を見たら、日本中どこにも隈なく活断層が入っていて、どこに移しても、結局は同じだということになった。首都機能を二重に持つという意味では、確かに安全保障的な役割を果たすかもしれませんが、移すだけでは無理だということがはっきりしてきました。次に橋本内閣になりまして、六大改革構想が出されました。その時に出てきたのが、役所の人はよく考えるものだと思いますけれども、引越し理論です。家に散らかっている荷物を整理しようとしてもできない。しかし、引越す時には荷物を捨てるので身軽になる。どこかに移せば、行政改革も進むだろうという政治を無視した情けない話で、本来政治がやるべきことです。小泉内閣になってみたら、実現できるかどうかは別にして、そういう方向で政治は動き始めた。政治がやるべきことができないために、場所を移してやろうという極めて姑息なことをやった。これは駄目だということになって、最後に生き残ったのが、人心一新です。景気は、どう頑張ってもうまくいかない。人心も暗いということで、首都を移せば、人心一新になるだろうということです。これは、1500年以上昔を振り返ってみれば、そういうことは何度も行われていまして、飛鳥京とか、藤原京とか、長岡京とかに移ったのは、ほとんど人心一新のためであった。申し上げたいのは、結局10年間程度の間に、次々と目標が変わって、本当にやるべき理由というのは、ほとんどないということです。私がそういうことを言ったら、ある学者が、「これらを全部まとめてやるのだ」ということを言われましたけれども、それも矛盾した問題を含んでおり、理由はないということです。
ただ一つ大事なことは国家百年の計だということで、これは国会等移転調査会の報告書以来書かれています。国家百年の計ということであれば、私は理由は十分あると思いますけれども、国家百年の計といわれている百年というのは、過去百年です。過去の首都へ国会等移転審議会の方々が調査に行かれますが、すべてかつての帝国主義、植民地主義時代の首都です。また連邦性の国家を見て、国の体制がまったく違うのに参考にしている。日本は分権国家にするということは議論していますが、連邦国家にするという議論は、俎上にはのぼっていない。オーストラリアも、ドイツも、アメリカも連邦国家です。やるべきことは、分権国家を目指すということであって、そのために首都はどうなるべきかということを議論しなくてはいけないのですが、集権国家の幻想を引きずったまま、首都機能の議論が行われているということになる。1ヶ所にまとめて移すというようなことを前提とした首都移転でしかないということは、そういうことだと思います。
経済学の方には、多少違う意見の方もおられるかもしれませんが、これから後10年も経てば、日本の経済は縮小していきます。人口も縮小していきます。既に1995年からは、労働人口も毎年数十万人の割合で減少しております。そういう国家になっているにもかかわらず、いろいろな議論は、経済は成長していく。人口は増やしたいという議論がされている。そういう時代ではないにもかかわらず、首都機能移転は経済が増大するという前提で考えられている。経済企画庁が2年ほど前に発表された長期的な公共事業の予測では、最悪の場合、2050年には新規投資は一切できないという数字が発表されております。つまり、近代国家になって150年程度で構築した国の基盤は維持できないという予測さえある時期に、今更膨大な投資をするという意味はほとんどないと思います。寺島さんもおっしゃいましたが、情報時代、IT社会が始まる。その中で、首都の姿というのは一体どういうものかという議論もほとんどない。行われているのは、地理時代の幻想のままで、面積が何万haだとか、建物の面積がどのくらいだとか、密度がどのくらいという、何百年と続いた地理時代のままの首都の議論がされている。もうそろそろそういうことは止めるべきで、そのためには、是非国家百年を考え、首都はどうあるべきかということを考えなければいけない。
その議論で、多くの方々の意見が移す方がいいということになれば、それはそれでいいと思いますが、二つ大事な点があると思います。一つは、環境問題が切迫した状況になってきました。今年の1月に発表されたIPCCの予測では、これから100年で、気温は最悪の場合5.8℃上がる。海面は88cm平均で上がるということです。昨年末に、中国の沿海部では、海面が11cm上がった都市があります。そういう状態に対して、日本は国家として一体何をやるべきかということを考えて、その問題を解決するための首都というものを考えるべきだということです。それから、森内閣以来盛んに言われているIT革命が始まる時代に、首都というのは一体どういう役割を果たすべきかということを考えなければいけないと思います。環境時代の首都というのはどういうものかと言うと、幸か不幸か、日本という国家は、人口も増えない、経済も増えない、量的な成長は期待できない社会になった。その代わり質を上げるということを必死で考えなければいけない。たとえば縮小しても、国民が幸福だと感じるのは、一体どういう社会かというようなことを議論することになる。その時に、首都はどうあるべきかということを議論したらいい。それから、開発という時代は完全に終わりました。5月28日に発表された小泉内閣の公共事業の基本方針では、開発は縮小させて、これまで破壊してきた自然を回復するための公共事業を検討しようということになりました。かつて直線にしてコンクリートで固めた川を、もう一度コンクリートを剥がして、蛇行させた川にするということをやる。これは、現実に北海道の標津川で、具体的な検討に入りました。それから、アメリカやヨーロッパでは、かつて埋め立てて工業用地や農地にした湿地帯を、昔のままの湿原に戻すということも、膨大な費用をかけて始まりました。そういう時代に、どこを対象とするかを別にして、9000haとか、10000haと言われるような面積を開発するということは、世界の大きな流れに、日本だけが逆方向を向くということだと考えるべきと思います。それから、銅とか銀というものは、数十年で資源枯渇が心配されております。石油、天然ガスも、100年以下で枯渇が予測されている。我々の文明を支えてきた基本的な資源が、完全に違うフェイズに入った。つまり、有限だということがわかった時代に、首都というものはどうあるべきかということも考えなければいけないと思います。
もう一つが、情報時代が始まるということです。地理空間が終わり、情報空間が出てきたということです。卑近な例で申し訳ありませんが、私がおります東京大学の新領域創成科学研究科は、新しいキャンパスができないために、数十の建物に、学生も教官も分散しております。そうなりますと、就職活動も、授業の案内も、教授会の案内も、全部情報空間の中で行われています。コンピューターが、ネットワークでつながれた中でほとんどの仕事が終わるようになりました。そういう時代が始まっている時に、どこかにまとめて移そうというような議論は、ほとんど意味がないということになってきた。電子政府も今小泉内閣の主要課題になりました。それから、地方の選挙で電子投票もやろうということにもなってきました。そういう動きが次々出ている中に、首都だけが依然として明治の初期のままの発想で移すというようなことは、是非止めていただきたいということです。それから、これまで首都というものがある程度意味を持っていたのは、情報を集め、それを隠すということだったのです。「依らしむべし、知らしむべからず」という明治以来の方針によって、日本の政府は地位を築いてきました。しかし、地方公共団体は、積極的に情報公開をしております。一般的に、情報公開が進んでいる都道府県ほど、活気にあふれています。1位の宮城県であるとか、2位の三重県であるとかは、情報公開が行われて、それが県の活動を大変活発にしております。どこというのは差し控えますが、5選目とか、4選目とかという知事のいる府県の情報公開が遅れて46番とか47番にあります。そういう所は、誰が見ても、活発な活動は行われていない。そういうことを考えると、情報公開をして、共有していくことが重要になる。そういう時に、依然としてどこかにまとめて移して、そこに情報が集まっていくというような首都を考えるかということです。
最後は、寺島さんも同じような趣旨でおっしゃたのですが、土木的な箱物主義による首都を考えるのであれば、もう止めようということです。建物の設計が今日のパンフレットの中にもありますけれども、コンピューターグラフィックスで巧妙に作った建物の絵ばかりが出てくる首都は首都ではないということです。その中を流れている情報とか、国民の情念とかが作り出すものが首都だということです。首都というのは、世界から人、物、金、情報を引きつける、英語でアトラクティブネスといいますが、それを持つ所こそ首都にするということです。それは、あくまでも集積のある場所である。原野の中に、ブラジリアのような都市を作っても、それは決してアトラクティブな場所にはなり得ないということです。既に50年近く経ったブラジリアが、何らその役割を果たしていないというのは、十分ご理解されていると思います。今朝の新聞によりますと、今年中に、東京と候補地との比較考量をして、来年の5月までにどこかに決めるということのようですが、国家未来百年というのは一体何かということを、真剣にお考えいただければ、比較考量の結果もはっきりしているし、無駄な議論はやらないほうがいいということも、はっきりしてくると思います。要点だけをお話させていただきましたので、根拠は何かというような疑問はあるかと思いますが、これは後の討論で明らかにさせていただきたいと思います。どうもありがとうございました。