齋藤 氏
最初のテーマ、東京への一極集中をどう考えるかであります。これについて、寺島さんの方からお願いいたします。
寺島 氏
東京の過密の弊害ということについて、一つ発言しておきたいんですけれども、先程から人口もだんだん問題がなくなってきているじゃないかというような視点から、首都機能移転は必要ないよという論拠が出てきているんですけれど、私申し上げておきたいのは、我々しっかりして、生身の人間としてのイマジネーションを膨らまさなきゃいけないということを申し上げたいんですね。マクロの数字と現場の生き方というのは、全然違うんですね。シンクタンクの中の議論みたいな話とは違うんです。たとえば平均通勤時間というのを、実際に考えてみたらわかりますけれども、往復2時間以上の時間をかけて、都心に通勤しているサラリーマンが大部分です。汗まみれになって、往復2時間かけて通勤している人に、もっと大きな構想を抱いて、社会参加をしろと言ったって、ヘトヘトという状況です。たどり着いた住環境は、猫の額みたいな所で、先程僕が申し上げた半分の面積を、一生背負って走らなきゃいけないようなローンを背負って生きるというような状況になっています。そういう中で、僕が言いたいのは、監獄の中の幸せというキーワードがあるんですね。要するに監獄の中でも、10年も20年もいれば、ここもまんざら悪くないと言って、牢名主みたいな気持ちになるものなんです。ところが、世界に目を開いてみて、人間らしく生きるということは一体どういうことなんだということを、いろんな国で住んで見ると、やはり東京は異常だ。東京は、調べればすぐわかることですけれども、昭和40年代以降、いわゆる東京への集中ということで、急拡大した都市です。なるほど江戸時代の集積したものを引きずってはいますけれども、国道16号線の周辺に、たとえば多摩ニュータウンとか、千葉ニュータウンとか、港北ニュータウンみたいなものを配置して、急拡大していったのは、昭和40年代以降です。そこから、非常にいびつな住環境の劣化した都市になっちゃっています。これを、やはり我々はしっかり、生身のここに生活している人間の視点から考えて、東京をどういう環境にしていくのか、あるいは日本の国土軸を広くとって、どうやって日本人全体がより良い生活環境の中で生きていくのかという視点を持たないと、駄目だということだけを申し上げます。
齋藤 氏
月尾さんは如何でしょうか。
月尾 氏
一極集中について、四点簡単に申し上げます。一つは、この10数年のフローを調べて提示すべきだと思います。たとえば先程54%の本社機能が東京に集まっているということでしたが、これは、81年は62%集まっていたのです。それが、わずか20年間で54%まで下がっている。その理由は二番目の論点ですが、情報通信が世界均一料金体系になったということです。つまり、インターネットが普及して、電話のように遠い所は高いという制度ではありません。現実にこの2年間だけで、東京から沖縄に18のコールセンターが移りました。従業員数の合計で3千数百人です。沖縄どころか、ブリスベンとかシドニーへ移るという計画もあって、日本IBMは、コールセンターをブリスベンに移してしまいました。東京の銀行が二つ、コールセンターをオーストラリアに移すという計画もある。情報社会というのは、従来のニューメディア時代とか、マルチメディア時代と違って、完全に世界均一料金の情報社会が実現し、東京への集中を変えているということを知る必要がある。もう一つ変えている理由は、我々日本人の意識が変わったということです。これまで仕事中心で働くことがいいと思っていた日本人は、バブル経済の崩壊とともに変わりました。生活とか、家庭とか、余暇とかというものを重視したいという人の方が、多数派です。日本経済新聞の統計では、「仕事」と言った人が4に対して、「家族」だとか「地域」だとか「余暇」だとかと言った人が10という比率になっている。この国民の意識を考えると、東京という、仕事にとって有利だという所へ集まる気配は、ほとんどないということです。三番目は、ケント・ギルバートさんが言われたことと関係するのですが、東京に本社ができる理由は、権力があるからです。たとえば日本の山奥の道路を決めるのも、国土交通省が決めるから、建設会社は東京にいて、情報を集めて、場合によっては裏工作のために、本社を東京に置いている。しかし、完全な分権制度になって、権力が地方に移されて、高知県の山奥の道路は、高知県が決めるということになれば、本社を地方に移した方がいいという会社も出てくる。つまり、権力が集まっているという仕組みを変えなければいけないというのが三番目。もう一つは、これまでの議論が、どうしても箱物になること。たとえば寺島さんが、住環境を良くしなければいけないと言われますが、住環境をきれいにしても、その地域にコミュニティーがなければ、幸せにならない。狭くても、地域にコミュニティーと言われるものが存在していれば不幸ではない。石井さんが、「故郷になるような自然をつくる」と言われました。しかし、自然が無くなったわけではなくて、自然というものを愛する心がなくなっている。それを戻すことが大事で、先程の絵にあったような首都を作って、自然を愛する心が戻るということは、絶対ない。むしろ心をどうして戻せるかということを考えなければいけない。それは基本的に制度であり、場合によっては、教育であり、箱物の中身の方をどうして変えるかということをまず議論する。それに合わせた箱物を作る人は世の中にいる。どうも議論が箱物に行き過ぎていると思います。
齋藤 氏
今、石井さんの話が出ましたので、石井さんはどういうふうにお考えですか。
石井 氏
私は、この東京の一極集中というのは、本当に弊害だらけではないかと思っておりますが、やはり何しろ住みにくい。そして、交通が、毎日皆さん体験していることでありまして、私も、これまで幾つかの海外都市に住んだ経験から言って、本当によく皆我慢して、ここに住んでいるなというのが、本当に体験としての実感です。何しろ街がきれいじゃない。私は、IT、ITなんてあんなに騒ぐけれども、一体クモの巣が張ったような電線が、私の家の前なんかだって、ますますクモの巣状が増えておりまして、何しろどうしてこんな物を放っておいて、やれIT革命なんだということを平気で言えるのかというのが、不思議なくらいなんですけれども。非常に緑も少なくて、街も何しろ骨格がきちっとしていない。根本的な所から直さなくてはいけないんじゃないかというふうに思うわけですが、それは結局人が大勢集まっていることで、なおざりにされてしまっているのではないかというふうにすら思えます。本当に日々の生活の中で、非常に危険だと思っているのが、やはり災害に対して、ことにいつ起こるかもしれない地震ということに対して、一体どれだけの手が打ってあるのだろうか。これは、東京だけの問題ではなくて、日本の大きな都市やあらゆる都市が抱えている問題というのと、共通でもございますけれども、やはり一極集中をしていった所のいろんなひずみというのが、都市の作り方にも大変色濃く出てきていて、これを何とかこの辺で断ち切って、21世紀の新しい展望を開くのには、丁度いい時ではないかというふうに思うわけです。東京というのは、非常に魅力のある面というのがありますが、これは、人が大勢集まって生じる魅力であって、首都としての魅力というのは、やっぱり極めて乏しいのではないかと思うことには、国際会議の開催される頻度というのが、東京は世界の都市から比べて極めて低い。1位はパリなんですね。2位はウィーン、3位ロンドン、並んでいるんですが、アジアの都市の中で言いましたらば、一番高いのがシンガポールですね。次が香港、そして北京。北京よりも東京は魅力がない。国際会議が開かれない都市という、そういう位置付けになっております。大勢の人達が海外に出ていくことに比べて、海外から日本にくる観光客、本当に圧倒的に少ないわけでして、1700〜1800万人の人が出て行く、日本人が外に出て行くのに比べますと、200万ちょっとくらいの人しか、海外から来ないというようなことが言われているわけですけれど。やっぱり首都のあり様というのが、非常に問題ではないかというふうに思っております。
齋藤 氏
須田さんは、先程東京一極集中の問題と21世紀の国家像と言うんでしょうか、それと問題を混同しているというふうなお話をされましたけれども、この東京への一極集中を防ぐために、首都機能移転というのを論ずるべきではないというお考えなんでしょうか。
須田 氏
一極集中を防ぐために?
齋藤 氏
ええ、東京への一極集中を防ぐために、そのひずみを是正するために、首都機能移転が必要であるということがよく言われていますけれども、それと首都機能移転とは関係ないと。21世紀の国家像を描くために、首都機能移転が必要なんだと。
須田 氏
21世紀の国家像を描くために、首都機能移転はもちろん必要ですが、同時にそれは、東京一極集中を是正するためにも、必要なんですね。しかし、動機と本質論とは少し違うと思います。東京の一極集中を是正するためだけに、首都機能移転をやるのではないと思うからです。けれども重大な動機であることは間違いない。しかも、重要な要素だと思います。
齋藤 氏
なぜ東京への一極集中を防がなければいけないのか。
須田 氏
豊かな国民生活ということを考えました場合、現在の東京のいろんな諸事情というものは、もはや人間性をスポイルしている。非常にひどい状態にあるということを申し上げざるを得ない。しかも、どんどん悪化する状態ではようやくなくなったという程度で、依然として非常にひどい状態にあるということを申し上げざるを得ないと思います。交通機関を担当しておりますから、申し上げますと、東京都心3区へ毎日通勤している通勤者の方々の平均通勤時間というものを調べたものがありますが、71分です。1時間11分です、お一人。ところが、地方都市の代表である岡山市を例にとりますと、これは31分なんです。倍以上の時間が東京都心3区へ通う人にはかかっているということ。今度は、東京付近の鉄道の朝のラッシュの1時間の最混雑時間の混雑率、定員の今180%というのが、東京の平均値です。各主要路線の。180というのは、どういう状態かと申しますと、ほとんど身動きができないけれど、手の上げ下ろし程度ができるという状態が180です。それが平均値なんです。ところが、名古屋、大阪は大都市圏でありますけれども、150以下です。しかも、東京ではまだひどいのは、平均混雑率200%以上という路線が15路線あります。JR、私鉄の主要路線は、ほとんどそれです。200%以上というのは、どういう状態かと言いますと、身動きができないのみならず、手足の上げ下ろしもできないという状態ですね。本当にビッシリ密着した状態というのが200。そういう状態の路線が、東京には15あります。名古屋に1路線、大阪にも1路線しかありません。他の地方都市には、そのようなものは全くありません。これを見ただけで、いかに東京、首都圏の人々が無理な生活を強いられているかが、おわかりになると思います。現に通勤の場合に、今の定員100%という路線を仮に1としますと、大体150%になりますと、1.1くらい。200%になりますと、1.4くらいの疲労度になるといわれております。これは、ある学者が学会に報告された、具体的なデータによる数字です。どういうことが起こるかと言うと、朝これは実際調べられたそうでありますけれども、通勤をして、会社に着く。その時の疲労度を測定する。夕方帰る時の疲労度を測定する。夕方勤務を終えて、帰る時の方が、疲労が回復していたと言う例があるんですね。何しに来ているのかわかりませんですね、これでは。そういう状態の人が、東京には相当数いるということなんですね。しかも、他の都市圏には、そういう人はもはやいないということなんです。こういうことを考えた場合、しかもそこに何千万という人が集中してくる。横浜、神奈川県や埼玉県には、昼間は東京都に勤務して、女性だけしかいない町というのが、随分沢山あると言うんですね。こんなことがあっていいんでしょうか。それが、まず住みよい日本ということを考えたら、おかしいと思います。一極集中の是正以前の問題だと、私は思うんですね。それじゃあ直すにはどうしたらいいのか。東京に全てのものが集中するメカニズムを、どうしても解消しなきゃいけない。そして、東京で全て支えるのでなしに、国中のいろんな都市がネットワークを組んで、ネットワークでいろんな機能を支えるということを考えれば、この問題は解消するんですね。それが、私は、首都機能移転の一つの大きな効果だと思います。ただこれは、さっき申し上げましたように、一つの大きな効果であり、一つの動機ですけれども、それだけではないということを申し上げたわけでありますが、やはりこの東京一極集中というのは、人間性を回復する意味において、人間が人間らしい生活をする意味において、一刻も猶予のならない問題だと思います。しかも、これは何ら緩和されていないで、悪くならない程度に済んでいるというのが、今の現状ですから、私は大変危機感を持っております。しかも、これは毎年首都圏には、約5千億円のお金が、道路や鉄道を今以上悪くしないために使われていると申します。そのお金を、もし他に使うことができれば、どうでしょうか。そんなことは夢かもしれません。しかし、やはりそういう現実というものに目をつぶってはならない。首都機能移転の一つの動機がここにあることは、間違いないと思いますし、首都機能移転の大きなメリットもここにあると、私は確信をいたします。
齋藤 氏
ありがとうございました。会場から拍手があったようですけれど、ケント・ギルバートさんはどうでしょう?
ギルバート 氏
須田さんのお話は説得力があります。それは認めます。でも僕は、問題の順番が違うと思うので。政治が一番の問題なんですね。政治のあり方というのが。我々の住環境が駄目だというのは、政治がきちんとこの国を運営してこなかったからだと、私は思いますよ。だから、行政改革、あるいは政治改革が、何よりも先の話だと思うので、移ったからと言って、果たしてそれが良くなるのかな。確かに権力は分散するかもしれませんよ。何も本社を東京に置かなくてもいいことになるかもしれませんけれども。それで政治がきれいになりますかね。それで政治が行っている事業の優先順位は是正されるでしょうか。それを自信をもって言えるのであれば、賛成するかもしれませんが、自信を持って言えません。この移転計画自体、旧体制の延長線だとしか、私は思えないんです。私は、これで何人の地主が丸儲けをするのか疑わしくてならない。こういうのがあるんですよね。
齋藤 氏
今拍手された方は、東京にお住まいの方かもわかりません。
ギルバート 氏
それと、一極集中についていいですか。一極集中のいい所も、あることはあるんですよね。確かにいろんな人達が集まっている所は活気があって、そこから新しいものが生まれます。ただ、バラエティーに欠けているんです、東京は。ニューヨークと比較しますと、ニューヨークは、アメリカの首都ではないけれども、世界の首都だと言ってもいいかもしれません。そこに国連があるから。いろんな国の人達が集まって、いろんな文化がそれに入り混じっているわけです。これが東京には欠けているわけだから、いまいちつらいだけなんで、つまらないんですよね。だから、もうちょっと東京自体のあり方を考えれば、すごく面白い都市になっていくと思いますよ。以上です。
齋藤 氏
じゃあ、白石さんお願いします。
白石 氏
確かに、東京一極集中は悪いという議論が、ずっとここ十数年続いていると思います。住宅の面積や通勤時間といった定量的な指標で欧米と我が国を比べれば、日本というのは生活大国でないと言われてきました。しかし私は、東京のエキサイティングな魅力や文化性、いろいろな価値観の人と出会える、こういった定性的な魅力は、あまり語られることがないのではないか。これについては、指標化することが難しいので、これを前面に出して、議論することはなかった。集積のメリットというのは、私は必ずあるのではないかと思います。先程月尾先生がおっしゃっていたように、資本金10億円以上の企業の半数が東京に立地をしているとか、手形交換額の全国の80%シェアーを持っている、各国の大使館がある、政党本部がある。こういった集積のメリットが、デメリットを超えているからこそ、今まで東京に集中してきたのではないかなと感じます。私は、是非この首都機能移転を、東京一極集中の是正の唯一の解決策として考えないでいただきたい。仕組みを変えることによって、東京一極集中を是正する方法は、必ずやあると思うんですね。先程、寺島さんがおっしゃったように、都内に39万坪の公務員住宅がある。これを民間活用して、高層化すれば、住宅面積が広くなりますし、月尾先生がおっしゃっていたように、中央政府の許認可事業というのが3千あるんですが、これが電子化されているのはわずか3%、ですから企業が行政機関に出向かなければいけないという行動を引き起こしているわけです。こういった数々の仕組みを変えていくことで、東京の一極集中を是正し、私達の生活空間の質を向上させていくことは可能だというふうに認識しております。
齋藤 氏
寺島さん、ちなみに寺島さんの通勤時間は何時間ですか?
寺島 氏
10分ですね。
齋藤 氏
先程のは、自分の体験論ではない話ですね。わかりました。この東京の一極集中を考える場合に、やはり非常に必要なのは、今白石さんの方からも話がありましたけれども、集積のメリットを生かして、日本というものを考えていくのか。あるいはそうではなくて、分権型にすることによって、日本というのをこれから考えていくのか。ある意味、その国家像をどう考えるか。極めて密接している話だと思うんですが、どうもその辺の議論というのは、なかなかかみ合わないというのが現状かなと思います。東京の通勤、通学の問題、これを解消しようと思えば、おそらく首都機能を移転しなくても、解消できるのかなという感じはしております。その問題と、おそらく地方分権型社会を作るのか。日本は、どちらかと言いますと、明治維新以来、ずっと集権体制をとってきたんだろうと思います。それが行き詰まってしまったのか。その辺をもう一度きちんと考えていくことが、私は必要なのかなと思います。