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Webニューズレター新時代Vol.70 〜一緒に考えましょう、国会等の移転〜

ブラジル連邦共和国(ブラジリア)

「古代エジプト君主の生まれ変わり」と言われるクビチェック大統領」

((C)外務省HP)

「ブラジリアへの首都移転」は、新都市が着工からわずか5年間という驚異的な速さで完成しました。その最大の理由は、1956年に大統領に就任したジュセリーノ・クビチェック氏が「50年の進歩を5年で」というスローガンのもとに、自らの任期中に新都市を完成させるという強い意志をもっていたからです。移転を可能としたのは、当時ブラジル経済が高度成長していたこともありますが、同大統領が強力なカリスマ性とリーダーシップを発揮したことが大きいようです。クビチェック氏が、どんな人でも魅了してしまう魅力を持っていたことが、首都移転に関わる人々を鼓舞し、驚異的ながんばりを生み出したのでしょう。ブラジリアでは、同氏は「古代エジプトの君主ファラオの生まれ変わり」と言われ、今でも「JK(ジョタ・カー)」と呼ばれ市民から慕われているそうです。ただし、短期間で新都市を建設しただけではなく、世界遺産に登録されるほどの斬新なデザインと建設を実現したことも忘れてはなりません。このように首都移転を意欲的に進めただけでなく、首都としての景観にもこだわったからこそ、ブラジリアは今日人口250万人を超え、経済的に豊かであるだけでなく文化活動も盛んな首都になったのでしょう。

※ この記事は、駐日ブラジル連邦共和国大使館エドゥアルド・テイシェイラ・ソウザ経済部長の御協力により取りまとめました。ここに記して感謝の意を表します。(同大使館への訪問の様子は「大使館訪問記」に詳しく掲載しています。ご覧ください。)

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パラオ共和国(マルキョク)

首都移転を加速させたナカムラ大統領

((C)外務省HP)

パラオ共和国のコロール島コロールからバベルダオブ島マルキョクへの首都移転は、2006年10月1日(独立記念日)に行われました。移転前のコロールは同国の全人口約20,000人の約65%が住み、全島が市街地化して過密状態になっていました。こうした状況もあり、戦後の国連の太平洋信託統治領としての米国統治の中で、1981年に発足した自治政府により制定された憲法により首都を移転することが定められ、憲法制定後10年以内に移転先を決めることになりました。その後首都コロールから約30km離れたマルキョクへの移転が決まり、地元から土地の提供、米国からの200万ドルの資金支援が決まると、1993年に大統領に就任した日系人のクニオ・ナカムラ氏は、首都移転を進める大統領令を出して、移転を加速度的に進めました。ナカムラ大統領は1994年に首都移転アドバイザリー委員会を設置し、同委員会で議事堂のデザインを決め、1996年には国家首都建設法を成立させて1998年から議事堂の建設に着工しました。そして、2001年に議事堂が完成し、2006年に実際に移転しました。

※この記事は、ミノル F.X. ウエキ駐日パラオ共和国大使の御協力により取りまとめました。ここに記して感謝の意を表します。(同大使館への訪問の様子は、Webニューズレター71号「大使館訪問記」に詳しく掲載する予定です。)

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