Archives

LINKSのイベント開催記録やコラム

進化するテクノロジーの波とLINKSがつむぐ未来社会を考える 
WIRED日本版 編集長・松島倫明氏インタビュー

INTERVIEW

2025-03-14

Project LINKS(以下、LINKS)は、国土交通省の分野横断的なDX推進プロジェクトとして2024年に立ち上がり、今後の本格展開が見込まれる。今回は、テクノロジーが変える未来を先取りする雑誌『WIRED』日本版の編集長、松島倫明氏を迎えて、フィジカルAIや量子コンピュータなど、WIREDが注目する将来のテクノロジー動向を展望しながら、データがもたらす望ましい将来像やLINKへの期待について伺った。

文:阪口 公子 編集:土肥 真梨子(日建設計総合研究所)


松島 倫明 |『WIRED』日本版 編集長

内山 裕弥 |国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課 総括課長補佐、Project LINKS テクニカル・ディレクター


1.次世代テクノロジーとLINKSの展望

内山  LINKSは2024年4月から始動し、約1年が経過しています。松島さんからみていかがですか。

松島  短期間で着実にデータを蓄積してきた印象を受けました。プロジェクトの構想が今後さらに発展していく可能性を感じています。

内山  LINKSでは、LINKS Veda(以下、Veda)という大規模言語モデル(LLM)を活用したデータ再構築技術を開発し、それを基盤としたEBPM(証拠に基づく政策立案)のための様々なアプリケーションも構築中です。現在は、どのようなデータ提供がEBPMに効果的につながるのか、省内の担当者との対話を通じて理解を深めている段階です。省内のデータ活用を促進するための効果的なアプローチを見出す必要があります。

松島  例えば、災害や事故が発生した際に、これまで蓄積されたデータから被害状況の予測や迅速な対応策の立案が可能になる点を示せば、省内の担当者が具体的なイメージを持ちやすくなると思います。また、外部からどのように見られているかという点も重要です。
シリコンバレーのピーター・ティールが創立したパランティア・テクノロジーズのような企業は、LINKSのデータに高い関心を示す可能性があります。同社は、顧客の複雑な大規模データを分析し、意思決定を支援するプラットフォームを提供していますが、彼らが最も求めているのは質の高い構造化データです。LINKSが整備するデータは、こうしたグローバル企業が探し求めている、まさに「宝の山」と言えるでしょう。こうした外部の視点や評価を取り入れることで、データの価値や活用可能性がより鮮明になります。

内山  おっしゃる通り、私も膨大なデータから有意義な示唆を導き出せるデータサイエンス的アプローチによる本格的なデータ分析に期待しています。そのためにも、データの拡充を鋭意進めており、2025年2月時点で約100万レコードのデータ準備が完了しています。

松島  9月のキックオフイベント内でも言及されていたように、データは量的な蓄積が極めて重要です。一定量に達しなければ質的転換が起こりません。臨界点を超えることがデータ活用の鍵となると思います。

2.生成AIからフィジカルAIへ

内山  行政におけるデータ活用の大きな課題は、扱う申請書や報告書の多くが紙媒体であり、その量が膨大である点です。これらをデータ化するためのスキャン作業は現状手作業で行われており、処理能力に限界があります。真に大量のデータを有効活用するためには、出力側の構造化処理だけでなく、入力側のスキャンやOCR技術の革新が不可欠です。フィジカル領域における技術革新にはどのような期待感を持たれていますか。

松島  生成AIの普及によりデータ解釈は飛躍的に進展しましたが、フィジカルAIはまさにこれからの領域です。今後5〜10年で束ねられた紙書類を自動的にスキャンするAIロボットや技術が発展すれば、これまで眠っていた紙媒体のデータが生き返ることになるでしょう。また、大規模言語モデル(LLM)にも明確な限界が存在します。例えば小説を読んだだけでは世界の全体像を完全に理解することはできません。医療分野では専門的診断はAIが担えるようになっても、待合室で泣いている子どもをなだめながら診療室まで連れていくような対人的技能はAIには実装できていません。
フィジカルAIの重要な課題は、紙をめくる際に引っ張りすぎると破れるといった、人間にとっては自明の物理的制約をどう実装するかという点にあります。今後は、フィジカルAIのイノベーションが重要になるでしょう。AI研究の第一人者であるスタンフォード大学のフェイ・フェイ・リー教授は「AIは人間能力の拡張である」という理念のもと、フィジカルAI領域のスタートアップを立ち上げています。

内山  フィジカルAIが普及した社会では、人間の仕事や専門性は変化せざるを得ないでしょうね。

松島  人間とAIが協働するうえでの懸念事項があるとすれば、人間が手作業でファイルスキャンを担当し、データ作成をAIが完全に引き受けるという、望ましくない役割分担に陥る可能性もあります。しかし一方で、AIが囲碁チャンピオンを破った際に示した棋譜が、人類が4000年といわれる囲碁の歴史上、一度も思いつかなかった手であったように、LINKSデータの革新的な組み合わせによって、人類が想像したこともない画期的な発見や応用が生まれる可能性に大きな期待を寄せています。

3. LINKS Vedaの現状と未来

内山  我々が開発したVedaは、複数の大規模言語モデルを組み合わせることで精度向上を実現しています。さらに、抽出したデータ自体を新たな学習データとして再利用できる可能性があります。現在のVedaは主に紙文書からの構造的データ抽出に注力している段階です。抽出データの活用方法や意味の解釈、インサイトの導出はまだ人間が担っていますが、将来的にはこうしたアプリケーション層にもLLMがコミットできそうです。

松島  そうですね。Vedaは、ある種のローカルモデルとして捉えることができると思います。ここにラージビジュアルモデルなど様々なAIモデルが組み合わされることで、継続的に知識を蓄積・拡張していく仕組みが構築できるのではないでしょうか。

内山  なるほど、確かにその通りですね。ただ、LLMの最大の課題は、学習プロセスと維持管理に膨大なコストがかかる点です。入出力スキーマのチューニングは比較的容易ですが、学習モデル自体の構築は極めて高度な技術とリソースを要します。広範なデータで学習させ最適化する本格的なLLMの実装は依然として大きな壁となっています。

松島  LLMは、現在はまだ発展途上の段階と考えられますが、今後2年程度で相当程度の課題が解決される可能性があるのではないかと考えています。データ抽出とAIによる構造化という基本的なアプローチは、様々な応用可能性を秘めており、非常に興味深いですね。また、生成AIの品質向上も顕著であり、以前に比べてハルシネーションの発生頻度が大幅に減少しています。

内山  実際に、Vedaの試験運用においてもハルシネーションの発生は想定より少なく、紙文書からの読み取り精度も良好です。こうした技術進化を踏まえると、今後はAIの進化と並行して、それを適切に活用できる人間側の能力向上も重要な鍵となりそうですね。

4. 量子コンピュータがもたらす飛躍的進化

松島  今、私が注目している技術は、量子コンピュータです。一見難解な技術に思えますが、自然界の成り立ちそのものが量子原理に基づいています。量子の特性である重ね合わせや量子もつれにより、一つの要素が同時に複数の状態で存在できるため、情報処理速度が飛躍的に向上します。従来型のデジタルコンピュータによるシミュレーションには明確な限界があり、自然の複雑な仕組みを完全に解明するには量子コンピュータの計算能力が不可欠とされています。

内山  計算リソースに関する技術なのですね。

松島  その通りです。量子コンピュータの圧倒的優位性は、GPUで20年を要する計算処理をわずか3分で完了できる点に表れています。特に多変数の複雑な計算処理に強みを持ち、スマートシティや都市最適化の分野でも量子計算能力が重要な役割を果たすと予測されています。NVIDIAのジェンスン・フアンCEOは、当初「量子技術はまだ発展途上であり、自社はGPU技術に注力する」と発言して議論を呼びましたが、後にその見解を変えています。

内山  AIと量子コンピュータの関係性についてはいかがでしょうか。

松島  現在のAIの課題として、膨大な電力消費とコンピューティングリソースを必要とする点が挙げられます。AIの持続的進化のためには計算能力の向上が必須であり、2030年代に本格実装が見込まれる量子コンピュータが飛躍的な能力向上をもたらすでしょう。さらに、量子コンピュータがもたらす未来として、都市という物理的実体を情報として完全に表現し、自然環境も含めた包括的なシミュレーションが可能になる可能性があります。これにより都市単位の情報化は単なるデータベース構築を超え、真に生きたデータとしての価値を持つようになるでしょう。

内山  非常に興味深いですね。例えば、地域交通政策の分野では、人々の移動手段選択に影響を与える要因が天候や交通状況など多岐にわたり、変数が複雑で従来の決定木モデルでは表現に限界があります。現実に即したシミュレーションを実現するには、より高度な計算能力と十分なデータリソースが求められるため、まさに量子コンピュータの得意とする領域ですね。

松島  おっしゃる通りです。日本企業も量子技術開発に取り組んでおり、商用化が進めば市場競争が活性化し、技術の普及も加速すると思います。さらに、異分野データの融合による新たな価値創造も期待できます。例えば、国土交通省の持つ交通に関わるデータと厚生労働省の持つ感染症に関わるデータを組み合わせることで、感染リスクの高い地域を特定し、効率的なワクチン配布計画を立案するといったような活用が考えられます。変数が増加しても高い計算処理能力があれば、社会的インパクトの大きいソリューションを実現できる可能性があります。

5. オープンデータ社会の実現に向けて

内山  LINKSデータはまだ1年分の蓄積にとどまりますが、10年分のデータが集積されれば、時系列的な推移や傾向の分析が可能になり、人々の行動パターンも相関的に予測できるようになると考えています。このようなデータの充実によって、マクロレベルとミクロレベル双方の分析視点が開けてくると考えています。

また、近年は個人情報の取り扱いに関する認識も変化してきており、5年前と比較するとデータ活用を推進しようという機運が高まっていると感じます。LINKSプロジェクトでも、自治体や民間事業者との連携を通じたデータ活用を積極的に進めています。

松島  素晴らしいですね。オープンデータを推進するためには、データを積極的に活用する社会的風土を醸成していくことが何よりも重要だと思います。改めて考えると、LINKSが扱うようなデータは本来、国民全体の共有財産とも言えると思います。大正デモクラシー期に人権の概念が確立されたように、行政機関がデータを有効活用し得られるインサイトを国民が享受する権利、いわば「データ権」とも呼べる概念を確立すべき時代に来ているのではないでしょうか。私たちはそれくらいの期待を持ってもよいと思います。
過去30年間、人々がテキストや写真をインターネット上にアップロードし、相互交流してきた活動は、別の視点から見れば、AIの学習データを提供する役割を担ってきたとも考えられます。現代社会はそのような役割を担う世代と言えるでしょう。これからの世代には、蓄積されたデータを創造的に活用し、政策提言ができる政治家の出現も期待したいところです。

内山  公共財としてのオープンデータ、という考えがさらに進んで、政策や行政がデータに基づくことを求めることが当たり前化していく、ということですね。では最後に、松島さんからLINKSへの今後の期待をお伺いしたいです。

松島  LINKSは無限の可能性を秘めたプロジェクトだと感じています。オープンデータには、様々な分野や主体間のコラボレーションを生み出す大きな潜在力があります。単にデータを利用するだけでなく、従来想定されなかった組み合わせによるイノベーションや新結合を生み出す触媒としての役割を果たすと考えています。PLATEAUプロジェクトの経験からも実感しましたが、都市という物理空間を開放し、そのデータを広く共有することは、これからの時代において確実に意義を持つと思います。私たち『WIRED』も、こうした動きを積極的に追いかけていきます。


Profile

松島 倫明

『WIRED』日本版 編集長/内閣府ムーンショットアンバサダー/NEDO技術委員

NHK出版学芸図書編集部編集長を経て2018年より現職。21_21 DESIGN SIGHT企画展「2121年 Futures In-Sight」展示ディレクター。訳書に『ノヴァセン』(ジェームズ・ラヴロック)がある。東京出身、鎌倉在住。

内山 裕弥

国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課 総括課長補佐
Project LINKS テクニカル・ディレクター/PLATEAU ADVOCATES 2024/東京大学 工学系研究科 非常勤講師/東京大学 空間情報科学研究センター 協力研究員

1989年東京都生まれ。首都大学東京、東京大学公共政策大学院で法哲学を学び、2013年に国土交通省へ入省。国家公務員として、防災、航空、都市など国土交通省の幅広い分野の政策に携わる。法律職事務官として法案の企画立案や法務に長く従事する一方、大臣秘書官補時代は政務も経験。2020年からはProject PLATEAUのディレクターとして立ち上げから実装までを一貫してリード。2024年4月から現職。


PageTop