INTERVIEW
2025-09-12

行政に眠る“紙の山”を、政策に活かせるデータへ──。国土交通省が進めるProject LINKS(以下、LINKS)は、生成AIなどの技術を用いて、手書きやPDFで提出される膨大な報告書をデータ化し、政策立案や業務DXにつなげる試みだ。今回、アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 執行役員 パブリックセクター技術統括本部長の瀧澤与一氏を迎え、省庁や自治体をはじめ公共機関に対してクラウド基盤やAI活用の技術支援を行っている同氏とともに、データとAI活用の現状と課題について語り合った。
文:松下 典子 編集:北島 幹雄(ASCII STARTUP) 撮影:森 裕一朗
瀧澤 与一 |アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 執行役員 パブリックセクター 技術統括本部長
内山 裕弥 |国土交通省 総合政策局 モビリティサービス推進課 総括課長補佐、Project LINKS テクニカル・ディレクター
LINKSの取り組みは、行政機関が自らの手でデータを整え、活用できる環境を築こうとするものだ。一方、アマゾン ウェブ サービス(以下、AWS)はLINKSの直接的な実装や開発を担っているわけではないが、生成AIサービスである「Amazon Bedrock」の提供や、LINKS Veda開発チームの「AWSジャパン生成AI実用化推進プログラム」への参画を通して、行政が保有する非構造データから特定の情報を抽出し、構造データに変換するソリューションの実証事業を支援してきた。行政データの整理・蓄積・活用という文脈で、提供する考え方や仕組みは、LINKSが目指す方向性と共通する部分が多い。公共分野におけるクラウド基盤やAI活用を支援し、同様の課題に取り組む多くの組織を技術面で後押ししてきたAWSとともに、あるべき「データ活用の基盤づくり」を考える。

内山 LINKSは、2024年度から国土交通省内で本格的に始まった取り組みです。目的はシンプルで、「行政の中に眠っている紙やPDFをデータとして活用できるようにする」こと。スコープは大きく3つあります。
1つ目は、行政文書の構造化です。例えば、フェリーの許可申請やトラック事業報告など、手書きであったり、様式がバラバラな書類を生成AIによって構造化データに変換・整理したうえでデータベース化します。この中心にあるのが、国土交通省が保有する行政情報をデータ化し、さまざまなアプリケーションでの可視化や分析を可能にするデータ管理システム「LINKS Veda」です。従来のOCRでは処理が難しかった非定型の文書も、政策判断や統計に使える形に整備することを目指しています。
2つ目は、データ活用環境の整備。ダッシュボードやBIツールで、職員自身が可視化や分析をできるようにすることです。
3つ目は、オープンデータ化と利活用促進。匿名化・統計化したデータを公開し、ハッカソンなどで民間の創意工夫を呼び込んでいます。こうして政策の質を高め、社会全体で行政データを活用できる仕組みを作ろうとしています。

瀧澤 とても意義のある取り組みだと感じます。これまでのビッグデータ活用は、高度な専門知識を持つ一部の人だけが扱えるものでした。しかし生成AIの登場によって、誰もが自然言語でデータを呼び出し、分析し、データを活用できるようになりつつあります。行政に眠る膨大な情報を、構造化して利活用できる形に整えることは、そうしたAIの力を引き出す前提になります。
私たちも「まずはデータをどうためるか」が最も重要だと考えており、その役割を果たすのが多様なデータを一元的に格納して分析できるようにする基盤である“データレイク”です。データレイクというのは、例えるなら「ダム」のようなもの。ダムが飲料水、発電、防災など多様な用途に使われるように、データも一カ所にためておけば統計分析やAI学習、業務効率化など多様な活用が可能になります。
AWSでも同じ考え方で、データレイクにデータをためつつ、それらのデータに対して、Amazon Bedrock上に作成したAIエージェントを使ってデータ活用することをご提案しています。最近は、AIエージェントが使用するツールを、MCP(Model Context Protocol)の形態で連携することで、より自律的にエージェントを動作させることができるようになってきています。LINKSのように大量の非構造データを扱う場面でも、こうした仕組みは有効だと感じています。
行政の現場から生まれるデータは膨大で多層的だ。その複雑さを解きほぐす鍵となるのが、クラウド基盤とAIの協働となる。
内山 LINKSでは、データを活用するためのアプリケーション整備も進めています。
例えば、自動車運送事業者の事故情報を可視化するシステム「LINKS_EARMS」などを導入し、現場の職員がデータを確認・分析できる環境を整えています。ダッシュボードでグラフを表示する機能も用意しているのですが、どのデータを選び、どう可視化すれば意味のある結論につながるのか、といった判断が難しい。統計の知識がないと分析の切り口を見つけにくく、単純に数字を並べても「何を結論にすればいいのか」がわからず、分析に踏み込めないまま止まってしまうのです。
瀧澤 そこでAIエージェントが力を発揮します。人間の右腕として、曖昧な問いを具体的な分析手順に落とし込み、関連するデータを整理して返す、といった機能を実現できると思います。
例えばAmazonのショッピングサイトでは、「Rufus」というAI搭載のショッピングアシスタントが利用できるようになっています。「父の誕生日プレゼントを探したい」と入力すると、豊富な商品カタログ、カスタマーレビュー、コミュニティのQ&A、またウェブ上の情報などを元に候補を提示します。行政でも同じように、職員が「事故の傾向を見たい」などと入力すると、AIが関連データを整理して返す、といった機能を実現できると思います。
内山 MCPは、AWSのサービスの中でどのように実装されているのでしょうか?
瀧澤 Amazon Bedrock AgentCore GatewayがMCPサーバに接続する機能を備えています。つまりLINKS側にMCPサーバーを用意すれば、Bedrockのエージェントから直接アクセスできる。例えば、職員がチャット画面で「過去5年間の事故傾向をまとめて」と入力すると、バックエンドでVedaのデータが検索され、サマリーや関連リンクが返ってくる、といったイメージです。
チャットUIをフロントに据えることで、「どのデータを選んで、どう分析すべきか」と迷う職員でも、自然言語で質問するだけでAIが背後のデータを呼び出し、必要な洞察を提示してくれる。これはLINKS Vedaにとっても、新しい活用の形になるのではないでしょうか。
もっとも、こうした仕組みは理論上は実現可能であっても、実際の行政システムではデータの取り扱いや権限管理など、運用上のガバナンス設計が欠かせません。こうした仕組みは、AWSが公共分野で取り組んでいる「テクノロジーとデータの民主化」に不可欠なものとなっています。

内山 LINKSにおけるもう一つの課題は、手書きや訂正線のある書類の処理です。
例えば数字を訂正するとき、訂正線を引いて欄外の余白に新しい数字を書き込むケースなら、まだ比較的わかりやすいのですが、申請書のフォームで製品A、B、Cといった列が並んでいる場合に、訂正値が隣の列の欄内に書かれていることもあります。人間なら一目でわかりますが、AIは隣の項目の値として誤って読み取ってしまうことも。プロンプトなどで処理させるには負荷が大きく、現実的な対応が難しいのです。
瀧澤 こうした場合は、AIに「訂正線があるかどうか」だけを判別させ、人間が確認すべき箇所を抽出する方法が有効かもしれません。これなら軽量なモデルで処理できるので高速かつ安価です。AIにすべてを解釈させようとするのではなく、「ここだけ確認してください」と、人間の補助として使うほうが効率的かもしれませんし、現場も受け入れやすいのではないでしょうか。

内山 生成AIのハルシネーション(誤った情報をもっともらしく出力してしまう現象)対策も進めています。現在は、異なるプロンプトを与えたLLMを3つ動かし、それぞれの出力を照合したうえで、完全に一致しない場合はアラートを出す仕組みを実験段階として試しています。
ただ、これだと処理が重く、遅く、コストも高いのが課題です。しかも、行政文書には“正解データ”が存在せず、元の紙にしか真実がないので、AI同士で突き合わせても絶対の保証にはならない。だからこそ、多層のチェックが必要になるのですが、持続可能な方法を見つけるのは難しいのです。
瀧澤 合議制の発想は興味深いです。ただ、必ずしも3つのLLMが必要ではありません。例えば、2つのLLMを使い、結果が一致しない場合は人間が確認する、といったように、AIと人間を組み合わせれば、コストを抑えつつ信頼性を担保できます。AWSでも他の公共機関との取り組みで同様の課題が議論になっていますが、ポイントは「生成AIのモデルに何をさせて、人間の補助としてどのように機能させるかを設計すること」です。
さらに、モデルごとに得意分野や応答速度が違うため、大規模モデルは精度重視の局面で、小規模モデルは仕分けや一次チェックに使うといった役割分担も有効です。こうしたモデルの使い分けと人間の確認を組み合わせれば、現実的なバランスをとりながら運用できると思います。

内山 ここまでお話したように、訂正線やハルシネーションなど課題は多くありますが、まずは行政に眠る情報をデータ化していくことが出発点だと考えています。
瀧澤 AIを本当に活用するためには、まず、あらゆるデータを一元的に蓄積するデータレイクが欠かせません。先ほどのVedaの話にも通じますが、Amazonの「Rufus」が成り立つのも、裏側に膨大なデータが整理されているからこそです。行政でも同様に、基盤が整っていなければAIは力を発揮できません。
内山 データが膨大になればなるほど、処理負荷は跳ね上がります。トラック事業者の報告を数千件まとめると、それだけでストレージや計算リソースが圧迫されます。とにかく全部ため込めばよいのではなく、どう整理し、必要なときに取り出すかが課題です。
瀧澤 その場合は、用途に応じた複数データベースの使い分けが有効かと考えられます。AWSではリレーショナル、NoSQL、時系列など、目的ごとに最適なデータベースを用意しています。例えば、IoTセンサーからのストリーミングデータなどのデータならば時系列データベース、一般的なアプリケーションのデータストアとしてはリレーショナルデータベース、そして高速な書き込みやスケーラビリティが求められる場面ではNoSQL、といった具合です。1つの巨大データベースに集約するよりも、パーパスビルド(目的特化型)の発想で組み合わせる方が、コストと性能のバランスをとりやすいです。
行政データの整備が進むほど、透明性や公平性への期待も高まる。テクノロジーの発展を社会にどう還元するかが見えてきている。

内山 「AIに任せるのは不安だ」「人の手でやるべきだ」という声も根強くあります。特に市民や利用者に直接返すフィードバックや最終判断は、人が責任を持つべきだと思います。ただ、その手前の集計やパターン分析といった作業まで人間がすべて担うのは非効率です。むしろAIが一次的に整理してくれたほうが、人が本当に向き合うべき仕事に時間を割ける。そう考えると、AIは“置き換え”ではなく“前処理のパートナー”として組み込むのが現実的だと思います。

瀧澤 行政の分野でも、すでに国内外でAIの導入が始まっています。例えば米国の入国管理では、膨大な申請書やアンケートをAIが要約し、リスクのあるケースを自動で抽出しています。人間だけなら数週間かかる処理が、短時間で済むようになり、業務効率化と政策判断の両面で成果が出ています。
パスポート認証システムなどに寄せられる利用者アンケートやフィードバックを生成AIで分析し、半年ごとに「ユーザーエクスペリエンスレポート」として公開しています。「こういう声が多かったので、ウェブページをこう改善しました」といった具体的な改善事例を示すことで、利用者への説明責任を果たすと同時に、予算執行の妥当性を示す材料にもなっています。
内山 利用者の声を直接AIで整理してサービス改善につなげる、というのは非常に具体的でイメージしやすい事例ですね。LINKSでも、単なるデータ整備だけでなく、現場に返せる形に落とし込むことが重要だと感じます。

内山 最後に、いま瀧澤さんが取り組まれているテーマや今後の課題についてお聞かせください。
瀧澤 先ほど触れた「テクノロジーとデータの民主化」は、私たちが特に重点を置いているテーマです。誰もが簡便に最新技術を使いこなせるという意味でのテクノロジーの民主化。そしてクラウドに蓄積された公益性の高いデータを分析・共有し、社会全体に還元するという意味でのデータの民主化です。
この二つの民主化が進んでアクセスが簡易になれば、地方公共団体や小規模な組織でも、大企業や中央省庁と同じように生成AIを活用できるようになります。実際にAWSでは、デジタル庁や国土交通省を含む中央省庁、自治体、教育・医療機関など幅広い公共分野の技術チームを支援しており、生成AIの活用を通じて「モダン化」「データ活用」の基盤づくりに取り組んでいます。
生成AIは、人とテクノロジーの関係を一気に縮めました。公共機関が持つ膨大なデータと結びつけることで、その価値は最大化されます。行政サービスをもっとわかりやすく、効率的に、透明性の高いものにしていくこと。LINKSが挑戦しているのは、まさにこの未来像と地続きの取り組みだと感じています。
そして、データ活用が広がるほど重要性を増すのがセキュリティです。サイロ化したデータを統合すると、所有権や利用規約の問題が必ず出てきます。また民主化が進むほど、同時に安全確保の重要性も高まるでしょう。
例えば、将来の量子コンピュータの時代には、現在の暗号が破られるリスクも現実味を帯びてきます。そこで私たちは、ポスト量子暗号(PQC:Post-Quantum Cryptography)と呼ばれる新しい暗号化技術の導入を進めています。行政データを安心して預けられる環境を整えることは、今後のAI活用に不可欠です。AWSでは三層の暗号化レイヤを持ち、PQCにも対応しています。
内山 行政データのDXは、膨大な紙の文書を単にデータ化するだけでは終わりません。そこからどう分析し、どう政策に結びつけるかが本当の勝負です。現場が安心してAIを使えるようにすること、そしてデータの整理から洞察までを自然につなげる仕組みを整えることが、これからの課題だと考えています。
瀧澤 少子高齢化で人手が限られる日本では、AIエージェントが職員の右腕となり、データを横断的に調べて洞察を返す──そんな未来を実現していきたいですね。AIと人が補い合う行政の形こそ、持続可能なDXの姿だと思います。
Profile

瀧澤 与一
アマゾン ウェブ サービス ジャパン合同会社 執行役員 パブリックセクター技術統括本部長
国内大手システムインテグレータで20年間、大規模なシステム設計・プロジェクトマネージメント、キャリアグレードネットワーク、セキュリティ、クラウドなどの技術開発を経験したのち、2014年にソリューションアーキテクトとしてAWSにジョイン。2015年にエンタープライズソリューション本部長、2019年にスペシャリストチームの本部長を経て、2021年よりパブリックセクター技術統括本部長。2023年より同執行役員。中央省庁、自治体、教育機関、ヘルスケアを含む公共のお客様のクラウドによる変革をサポート。総務省 AIネットワーク社会推進会議 AIガバナンス検討会 構成員、一般社団法人Generative AI Japan有識者理事などを務める。著書に「Amazon Web Services企業導入ガイドブック」などがある。

内山 裕弥
国土交通省 総合政策局 公共交通政策部門 モビリティサービス推進課 統括課長補佐
Project LINKS テクニカル・ディレクター/PLATEAU ADVOCATES 2025/東京大学 工学系研究科 非常勤講師/東京大学 空間情報科学研究センター 協力研究員
1989年東京都生まれ。首都大学東京、東京大学公共政策大学院で法哲学を学び、2013年に国土交通省へ入省。国家公務員として、防災、航空、都市など国土交通省の幅広い分野の政策に携わる。法律職事務官として法案の企画立案や法務に長く従事する一方、大臣秘書官補時代は政務も経験。2020年からはProject PLATEAUのディレクターとして立ち上げから実装までを一貫してリード。2023年にProject LINKSを立ち上げ。2024年4月から現職。
