vol.12... 水災害対策最前線

流域治水のいま

case3

黄色いタスキで命をつなぐ

岡山県倉敷市真備町から

流域治水のコンセプトは全員参加。行政、企業、研究機関、そして住民が、それぞれに取組を進め、かつ協働して流域全体で被害を防ぐ、減らすことを目指すものです。住民の視点では、ハザードマップを確認したり、川の状況を確認して早めの避難をするなど、個人でできることがありますが、平成30年7月豪雨で甚大な被害が生じた真備町では、避難者の把握に時間を要した経験を生かし、命をつなぐ、つながりを深めることをテーマに「黄色いタスキ大作戦」が展開されています。

川辺みらいミーティング実行委員松本竜己さん、川辺復興プロジェクトあるく代表槙原聡美さんにお話を伺いました。

----- 平成30年7月豪雨では真備町で広範囲にわたる浸水被害が生じ、その様子に衝撃を受けました。その際、逃げ遅れてしまった方々も多かったと伺っています。今、流域の全員参加での水災害対策が進められていますが、真備町で展開されている住民としての取組について教えてください。

逃げ遅れないで命をつなぐ

倉敷市真備町は、河川堤防の強化などの施策は進められていますが、河川氾濫や堤防決壊による水害の可能性が高い地域に変わりありません。今後、災害が発生した際に「住民一人一人が何をすべきか」という考えのもと生まれたのが、この “黄色いタスキ大作戦”です。これは、地域住民に「無事です」と印字された黄色のタスキを配布し、いざという時に玄関先に結びつけてもらうことで、近隣住民に無事に避難していることを知らせる取組です。これまで、地区の約1500世帯のうち、約1300世帯に黄色いタスキを配布しました。

この取組は、平成30年7月豪雨(西日本豪雨)で真備町が被災した際、「どの世帯が被災で逃げ遅れているのか、避難できたか」を把握するのにとても時間を要してしまった苦い経験を教訓に生まれました。この活動で期待できる効果は3つあると考えています。

黄色いタスキ大作戦の安否確認訓練の様子

①逃げること(命をつなぐこと)への意識向上
真備町の中でも、特に川辺地区は水害時に水が抜けにくい地域的な特徴があるにも関わらず、水害時に利用できる公的な避難所がありません。そのため、逃げ遅れた場合、自宅での垂直避難しか命を守る方法はありません。しかし、これは実際に経験したことですが、場所によっては高さ5mを超える水位になるため、とにかく早く逃げる行動に入るよう、意識のスイッチを⼊れることが重要です(→vol.10参照)。

そのため、川辺みらいミーティングでは、「住民の逃げ遅れゼロ」をスローガンに活動しています。どうしても逃げ遅れてしまった人たちのための一時避難所の確保もそうですが、できるだけ早く避難することが重要であると住⺠の中に浸透させることが、この地域の多くの住⺠の命をつなぐことにつながるという想いで活動しています。

②地域内のコミュニケーション活性化
平成30年7月豪雨(西日本豪雨)は、3年半が経った今も町内組織に深い爪痕を残しています。コロナ禍の現在においても、少しずつ町内会活動を再開しようとする動きはありますが、お互いが連絡を取り合うことも困難な状況が続いています。そのため、すべての世帯に黄色いタスキを配布することはまだまだ難しい状況ですが、イベントとして周知しながら関係組織の協力を得ることで、お互いの連絡先共有体制の再構築を狙っています。これは、命をつなぐことに向けて、とても大切な意味をもつと考えています。

③地区防災計画策定への意識向上
地区防災計画の策定は、「多くの人たちが命をつなぐことを、いかに意識できるか」に成否がかかっていると思います。川辺みらいミーティング実行委員会は、逃げることがいかに命をつなぐことに結び付くかの理解を促すこと、その促し方と実際の避難行動を補助できる仕組みの構築が重要だと考えています。そのためには、誰か一人が考えるのではなく、多くの住⺠が「自分ごと」として考え、工夫し、みんなで命をつなぐ地域になれるようにしたいと考えています。


----- 問題とその解決に向けた具体的な行動が明確で、命をつなぐことへの意識、災害の「自分ごと化」が重要であることがよく分かります。では、命をつなぐ地域になるために、課題があるとお感じになっていることは何でしょうか?

今まで以上のつながりを

平成30年7月豪雨(西日本豪雨)では、真備町で51名の方が逃げ遅れて亡くなりました。しかし、この豪雨災害から逃げることができた人たちも、今後発生する水害で同じように助かる保証はありません。この被災経験をきっかけに多くの住民が、「住⺠同士は今まで以上につながらないといけない」「つながることでお互いに助け合うことができる」と強く意識するようになりました。ただ残念ながら、現在も少しずつ町内会活動を再開しようとする動きはあるものの、つながりを持つことがなかなか実現できていません。

これまで、”黄色いタスキ大作戦”による安否確認訓練を含めた「川辺みらいミーティング」を、被災後7回実施してきましたが、これは私たち単独の団体で実行していることではなく、まちづくり推進協議会や多くの団体の協力によって成立しています。企画段階から関係者に相談して、理解と協力を得ながら住⺠の力で実現できているところは、自己評価できるポイントだと考えています。

川辺みらいミーティング実行委員会(2021年5月当時)
・企画メンバー
川辺住民有志メンバー
川辺復興プロジェクトあるく(事務局)
川辺地区まちづくり推進協議会
香川大学防災・危機管理コース 磯打准教授(監修)、学生

・企画参加・協力メンバー
倉敷市真備地区関係事業所等連絡会
国土交通省高梁川・小田川緊急治水対策河川事務所
特定非営利活動法人ピースウィンズ・ジャパン
特定非営利活動法人みんなの集落研究所
倉敷市

・その他ご協力いただいていいるメンバー
環境衛生協議会、老人クラブ、愛育委員会、民生委員、児童委員、地区社会福祉協議会、栄養改善協議会、川辺小学校PTA、川辺幼稚園PTA、川辺分館管理組合、倉敷消防団真備第1分団第3部(川辺消防団)、婦人会

*実行委員会は、企画やイベント毎に団体や有志メンバーの都合に合わせて参加調整している集まりです


----- さまざまな制約を乗り越えて、地域が力を合わせて取組を進めていくのですね。その理想を実現していくには努力の積み重ねが必要だと思います。その原動力となっている想いについて、最後に聞かせてください。

世代を超えて楽しく暮らせる地域に

災害に一人で立ち向かって命をつなぐことは、とても難しいことです。自分たちの子供の未来に向けて、家族が、地域のみんなが、しっかりつながってこそ命をつないでいくことができると考えています。なかには、災害時に自分で逃げることが難しい人もいます。今は健常でも、将来、歳を重ねたときに同じように健常だとも限りません。また、親としての自分がしっかり命をつなぐことも、子供たちにとって大切なことだと考えています。みんながつながって、楽しく暮らせる地域になっていけると良いなと思います。

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