水管理・国土保全

  

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荒川の主な災害

水害の歴史

荒川は名前の由来「荒ぶる川」のとおり、昔から大変な暴れ川でした。
 昭和に入ってからも幾たびかの大洪水はありましたが、昭和42年(1967年) には当時の計画流量を大幅に上回る未曾有の大洪水が発生しました。
 その前年昭和41年(1966年) 年に起こった水害の傷が癒えないなかでのこの水害は、荒川を始めとして復旧工事中の加治川なども直撃し随所で決壊しました。山間部や峡谷で山肌が崩れ落ち、土石流や鉄砲水、河川の氾濫によって多くの死者・行方不明者が出る大災害となりました。


昭和42年8月洪水 荒川中流部関川盆地を望む(出典:新潟日報社資料)

発生日 発生原因 被災市町村 被害状況
1959年(昭和34年)7月10日 前線 家屋被害140棟 田畑の冠水・流出153ha
1966年(昭和41年)7月17日 前線 死傷・行方不明者1名、重軽傷者4名 浸水面積2,584ha
1967年(昭和42年)8月28日 前線 死者・行方不明者90名 浸水面積5,875ha
1978年(昭和53年)6月26日 前線 浸水面積907.8ha
1981年(昭和56年)6月22日 前線 浸水面積366.3ha
1995年(平成7年)7月11日 前線 浸水面積85.4ha
2004年(平成16年)7月17日 前線 浸水面積183.3ha
2011年(平成23年)6月23日 前線 水田冠水



羽越水害

昭和42年8月26日、新潟県北部では上層に北西からの乾燥した空気が入り、下層では南西からの湿った暖気が入り込む「対流不安定」と呼ばれる特異な大気の状態になりました。
 このため、前線の活動が活発となり、28日から29日にかけ、記録的な集中豪雨を荒川流域にもたらしました。荒川では各地で堤防が破れ、多くの住宅や農地、国道や鉄道などの交通網に、甚大な被害を与えました。


村上市(旧荒川町)坂町駅前の水害状況(出典:新潟日報社資料)


関川村下関駅前の水害状況




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