投資用不動産の収益価格の算定の試行について
(収益価格調査)
●不動産の鑑定評価については、不動産の証券化の進展をはじめとして、不動産の収益性を的確に反映した多様な評価需要が増大しており、SPCや不動産投資信託などにおいて、投資家保護の観点から、不動産の鑑定評価が法制度上義務付けられるようになっている。これらの評価においては、収益還元法による収益価格の算定を的確に行うことが求められるが、その算定手法や算定上の課題等については、関係者間に十分な理解が浸透しているとは言い難い状況にある。
●このため、収益還元法あるいは収益価格について、どのような資料・情報をどのような方法で収集した上で、どのような手法により価格を算定するのか、また、的確な算定を行う上で、どのような課題があるのかなどの点について、具体的に整理し、公表することによって、不動産鑑定士だけではなく、一般の投資家や市場参加者の間での共通理解の醸成を図ることが重要であると考えられる。
●平成11年1月の土地政策審議会意見取りまとめにおいても、収益性を重視した鑑定評価への要請の強い大都市の高度商業地において、モデル的に現実の複合不動産の収益価格の算定・公表を検討すべき、との指摘がなされたところである。
●本調査は、こうした観点から、収益還元手法の1つであるDCF法(Discounted Cash Flow Analysis)(下記2.を参照)を適用して現実の複合不動産の収益価格を試算し、公表するものである。
●調査の実施に当たっては、特に次のような問題認識を持って取り組んだ。
@収益還元手法を的確に適用するためには、還元利回りや割引率の的確な設定が重要であるが、そのために必要な収益性に関する情報が十分に入手し難い状況の中で、どのような算定上の工夫が考え得るか。
A求められた収益価格や割引率の意味するものは何か。特に、複合不動産の収益価格は、建物の管理やテナントの状況などの個別性が強く反映されることを十分認識して取り扱う必要があるのではないか。
B収益還元手法が一層的確に適用されるために必要な情報とは何か。
●不動産の鑑定評価手法には、原価法、取引事例比較法、収益還元法があり、原則として、これら3手法を併用して不動産の経済価値を価格として表示することになっている。
●このうち、収益還元法とは、不動産が将来生み出すであろうと期待される純収益の現在価値の合計額をもって不動産の経済価値とする評価手法である。
●収益還元法には、主に単年度の純収益を総合還元利回りで還元して求める直接還元法と、多年度の純収益を期待収益率で割り引く手法がある。
●多年度の収益還元手法のうち、将来の一定期間にわたる収支変動予測によるキャッシュフローに基づく純収益と分析期間以降の不動産価値を適切な割引率によって現在価値に割り引く収益還元手法がDCF法である。
●収益還元法を重視する傾向は、特に商業地の賃貸用不動産を、土地建物一体の複合不動産として取引する時の価格査定に見られるが、投資家が不動産の取引をする際には、賃貸用不動産の保有期間中のキャッシュフローの推移を把握して投資行動を行うことから、上記の収益還元法のうち特にDCF法が活用される機会が多くなっている。
●DCF法の適用に当たっては、現実のキャッシュフローを詳細に把握するため、評価の対象となる不動産の賃貸借契約書、建物図面等の個別データが入手可能でなければならない。また、対象不動産の現実の総収益及び総費用を正確に計上するため、経済的・法的・物理的な物件精査業務(いわゆるデューデリジェンス)が求められる場合が多い。本調査では、ビル所有者の協力により、対象不動産に関する個別データを入手するとともに、物理的な調査も実施した。
3. 調査対象不動産
(表2:対象不動産の概要)
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(1)収益還元手法の割引率等の設定手順
@割引率等の決定には様々な手法があるが、米国においては、市場で実際に使われている利率が重視されていることから、対象不動産と類似性の高い取引利回りを収集する手法や、可能な限り現実の投資行動を反映するため、投資家へのアンケート調査により求める手法が活用されている。我が国では取引利回りの情報収集が困難であるため、本調査では、投資家へのアンケート調査を実施し、不動産の個別性が利回りにどのように反映するかなどについて、できる限り詳細に把握した。(このような本格的なアンケート調査は初めて)。(別紙1)
A上記アンケート結果等をもとに暫定的な割引率等を求め、現実の投資家の投資行動や割引率と還元利回りとの関係を踏まえ、数値間の論理的整合性を図りながら最終的な数値を決定した。(このような過程を論理的に整理したのは初めて)。(別紙2)
(2)収益価格及び割引率の結果(別紙3)
@複合不動産の収益価格はビルごとの個別性を反映した価格であり、ビルの規模に比例して総額も大きくなる。このため、ビル相互間の収益性を見るには、賃貸可能床面積当たりの価格などで比較する必要がある。本調査結果を賃貸可能床面積当たりの価格で見ると、600,000円/u未満の物件が全体の約7割を占める中、東京都区部の銀座、青山・原宿等の高度商業地に立地し、建物の品等が優れている場合には、1,000,000円/uを超える物件も多い。このように、好立地で土地建物一体として有効利用されている不動産の賃貸可能床面積当たりの収益価格は高くなっている。
ADCF法の適用において最も重要な数値は割引率である。割引率とは期待収益率や投資利回りと同義である。割引率が高いということは、収益価格が低くなることを意味する。すなわち、建物管理の状況に問題がある不動産やテナントの退去が予定されている不動産の場合、将来の収益にリスクがあるため、投資家はより高い投資利回りを求める結果、収益の現在価値は低くなる。本調査による割引率は、その過半が7〜8%の範囲であったが、東京都区部では6%台が多く、これは東京都区部の商業地域としての収益性に関する相対的なリスクの低さが反映されていると考えられる(割引率の値そのものは、調査時点での金利水準などが反映されたものであり変動するものである。)。
(3)取引価格等の情報収集の必要性
本調査では、基本的に投資家へのアンケート調査による情報のみで割引率等の査定を行ったが、より的確な利回り等の査定のためには、取引事例による取引利回りの情報が不可欠である。また、同アンケート調査において、今後整備が必要な収益性に関する情報としては賃料情報が挙げられている。我が国の不動産市場における取引価格、賃料等の情報整備が重要であることが確認された。
(米国の不動産市場では、投資用不動産の売買事例等に基づいた取引利回りのデータや期待収益率等の不動産投資インデックス、賃料データなどが整備され、収益還元手法の的確な適用が可能となっている。)