水運が物流の中心的な役割を担っていた頃、河川は地域経済の軸であり、政治や文化等の幅広い情報ルートであった。また、度重なる氾濫や渇水といった災害が農耕を中心とした当時の地域社会に大きな影響を及ぼしていたため、身近な川は住民の畏敬の対象であった。このような日常からの川への高い関心を背景として、かつての河川は地域の祭事等の重要な文化活動の場ともなっており、日常生活における人や地域間の情報交換の場や、世代を超えた地域の文化の伝承・交流の場としても重要な役割を担っていた。
しかし、戦後、物流の中心が水運から陸運に変わったことや、高度成長期以降、農業中心の産業構造が転換したことにより、かつてのような川を介した人々の豊かな営みや交流は多くの河川で途絶えて来ている。また、治水事業が着実に進展し、氾濫等の頻度が減少してきたことから、河川に対する恐怖心は薄れて来ている。このように、住民と川との接点が希薄になるにつれて、河川へのゴミの不法投棄や水質の悪化等が深刻な状態となり、これがより一層住民の関心を身近な川から遠ざける要因となっている。
その一方で、近年、河川空間がスポーツ等のレクレーションの場として利用されるにつれて、河川の自然環境や河川を含む身近な地域の歴史や文化にも関心が持たれてきている。最近では、河川の自然や親水空間が持っている精神的な安らぎを与える機能(ヒーリング効果)が注目されている他、地域の活性化や地域間の交流・コミュニティ再生の重要な資源としても注目されてきており、日常の河川に関する情報のニーズは高まってきている。
これに対し、河川管理者が日常の河川に関して提供している情報の内容は、河川の維持管理や施設整備を目的として得られた調査結果が中心であり、必ずしも住民のニーズに応えるものになっていない。また、情報提供はパンフレット等の配布や、イベント等を通じて河川の紹介、小学生等の社会見学に対する説明といった形で行われており、住民が情報を入手する機会も限られている。このため、河川についての様々な情報は十分に認知されておらず、また、情報を必要とする人に行き渡らない場合もある。最近では、インターネットを使った情報提供が始められているが、河川に対する様々な関心に応えるだけの十分な情報が必ずしも収集・整理されていないことから、住民が欲しいときに必要な情報を入手できるような状況になっていない。
今後、地域の独自性を活かした個性ある川づくりを目指し、地域と河川の関係の再構築に向けて情報化を進めるためには、地域住民の河川についての幅広い関心を喚起し、高めるとともに、地域住民の主体的な参加を促進することが重要である。そのためには、以下の二つの視点に基づく情報化が必要である。
○第一の視点: |
地域の住民の河川に対する関心を強めていくための情報の提供 |
日常の河川に関する情報のなかでも自然環境や歴史・文化等の分野の情報は、国民からのニーズが高い。したがって、地域の住民の河川に対する関心を強めていくためには、河川に関するこれらの分野の情報を積極的に提供することが重要である。また、このような情報の提供が、関心を持つ住民を増やし、さらに、住民の関心を深めることにつながるよう、デジタル技術等を活用してインパクトがあり感性に訴える情報を充実させることや、CATV等のメディアを活用して情報に触れる機会を拡大することに努めるべきである。
○第二の視点: |
住民が主体的に河川に関わって行くための情報の提供 |
地域と河川の関係の再構築を図るためには、単なる興味の対象や知的欲求に応える情報の提供にとどまらず、身近な河川の環境や流域の文化といった河川との関わりを生活のなかで捉えられるような情報を提供することが重要である。また、このような情報の提供が、河川を介した地域の交流や連携にもつながるよう、河川管理者は住民の日常的な河川愛護や自然環境の保全等の活動に対する支援に努めるべきである。
第一の視点は、身近な河川及び流域に関する関心の高い分野の情報を、より効果的に提供することを目指すものである。したがって、
1) |
環境、歴史・文化に関する情報の充実 |
2) |
画像情報や体験型の情報提供による河川に対する住民の関心の喚起 |
を図ることが必要である。
第二の視点は、地域住民のより積極的な河川との関わりを目指すものであり、1)2)に加えて、
の検討が必要である。これによって、地域の人々が河川管理者とともに主体的に活動を展開し、河川に関わる人々や地域の情報ネットワークの形成につながるものと考えられる。
以下に、二つの視点に基づく地域と河川の関係の再構築を図るための情報化の具体的な対応策の内容をとりまとめる。
1)環境、歴史・文化に関する情報の充実
水質や生態系等の環境に関する情報については、河川管理者が情報の収集及び提供体制の整備して情報の充実を進めるとともに、自然科学分野の研究機関や学校あるいは自然保護団体等が保有している情報も幅広く収集し、測定方法や精度等に留意しながら活用を図ること必要である。そのためには、こうした機関と協力して調査を行ったり、その活動を支援することが大切である。このように、学校教育等の中において簡易な測定方式や器材を用いた継続的な調査が実施されるようにするに支援することは、情報の充実が図られるとともに、地域と河川管理者とが連携した参加型の情報提供にもつながることが期待される。
また、こうして収集されたされた情報についてはデータベース化を促進し、関係機関相互での活用を進めることが重要である。また、インターネット等での積極的な公開や、こうした観測を行っている現場での電子掲示板等を利用した周辺住民や河川利用者への提供により、日常的に河川環境についての情報に触れることのできる機会を設けることも積極的に検討すべきである。
河川や流域の歴史や文化に関する情報は、歴史に関する専門家や地域の学校等の教育機関により、地域の視点に立った歴史や文化の中で研究されている場合もあるため、こうした研究者や機関と共同して、情報を流域毎に整理することが重要である。特に、氾濫等の災害の記録や教訓が豊富に含まれており、災害体験やその教訓が地域の財産として受け継がれるように、情報を収集・整理し、資料を作成・蓄積していくことが重要である。
これらの成果は、書籍やVTR等の形で取りまとめるほか、内容や所在等の情報をインターネット等での紹介や、地域の図書館等を利用した提供をを含め、幅広く利用できる環境を整備していくべきである。
2) |
画像情報や体験型の情報提供による河川に対する住民の関心の喚起 |
河川に対する住民の関心を喚起するには、これまでのパンフレットやポスターの配布、講演会の開催、関係書籍の発行等に加え、新しいメディアを活用し、日常生活の中で河川についての情報を目にする機会を増やすことが必要である。具体的には、CATV等地域に密着したメディアでの情報提供や、水文・水質データベースのインターネット上での公開等が効果的と考えられる。
特に、近隣の河川の画像情報を提供することは、河川の状況がより直接的に伝わるだけでなく、受け手の感性に訴えかけ、関心を喚起するために効果的と考えられる。また、河川の映像は、自然環境についての情報のニーズや、河川の持つヒーリング(精神的な癒やし)への関心にも応える情報であることから、河川管理用のCCTV及び光ファイバを活用し、CATVやインターネットと接続して視覚情報を継続的に提供することも積極的に検討すべきである。
また、メディアを介した情報の提供以外に、自然学習等を通じて実際に河川を体験したり、自然とふれあうことによって直接的に河川情報を入手することは、河川に対する理解を深めるために効果的である。そこで、子供をはじめとした幅広い地域住民が川遊びや自然観察等を行う施設を整備したり、様々な展示や映像などを通して擬似的な体験等もできる河川博物館等の施設を整備するとともに、こうした施設の所在等の利用に関する情報や、河川の危険箇所等の適正な利用に必要な情報が容易に入手できる環境を整えることも重要である。
また、住民に対して、河川を利活用するためのルールや危険個所等に関する基本的な知識の習得を支援するとともに、現場(オンサイト)にも警報施設や河川航行標識、情報板等を設置して安全に利用するための情報の提供を行うことも必要と考えられる。
3)地域の住民が主体的に河川に関わるための支援
住民の主体的な河川への関わりを支援するためには、河川に対する理解を深めるとともに、主体的に河川に関わるようになった住民や団体が、より積極的に活動を展開できるような環境を整備する必要がある。
具体的には、一部の河川で既に行われているように、河川に強い関心を持つ住民や民間団体と協力して清掃や自然環境に関する情報収集等の活動を行ったり、このような活動の情報を積極的に紹介することにより、河川管理者とのパートナーシップによる住民等の参加を展開することを検討すべきである。特に、ゴミ収集や草木の剪定等の河川管理のきめ細やかなノウハウを住民に提供し、また、住民の情報提供や参加を得ていくことは、例えば、市民が自主的に河川の維持管理に参加していくような仕組み(アドプトシステム)の第一歩になると考えられる。
また、住民や専門家、民間団体等河川に関係する人々や機関が協力して情報を収集・加工し、情報を共有化することができる情報ネットワークの拠点作りついても支援方策についても検討すべきである。このような情報ネットワークの形成は、人々や地域間の交流を促進し、河川を軸としたコミュニティの形成と流域の中での相互連携につながるものと期待される。また、こうした拠点で情報が蓄積されていくことにより、かつての世代を超えた文化の伝承のように地域と河川の関係が受け継がれて行くものと考えられる。