わが国の水利用は水田による稲作農業を中心として展開してきました。稲作の伝来以降、古代のため池の築造に始まり、荘園制度の拡大、戦国大名による 米生産高の維持増強等のため、小・中河川の利用が進みました。江戸時代になると、利根川など大河川の治水工事と新田開発が進められ、沖積平野の水田化が急 速に進みました。一方で、江戸のような大都市では神田上水、玉川上水等上水道の萌芽につながりました。
殖産興業政策に引き続き、重化学工業が勃興すると、工業用水の需要が急激に増大しました。また、人口増加と伝染病予防に対応するために、横浜をはじめとして都市部に近代水道の整備が進みました。その一方で、都市化・工業化の進展による電力需要の増大から水力発電事業が大きく発展しました。
わが国の経済の高度成長と人口の増加に伴い、生活用水、工業用水、農業用水の需要が急増したため、多目的ダムの建設などによる水資源の総合的な開発が行われ、安定的な水利用を確保してきました。
また、法制度については、ダムの建設等の水資源開発、各種用途毎の水利用、地盤沈下防止等に関するものが1960年代までに、水源地域整備、水質・環境保全等に関するものが1970年代以降現在に至るまでに、整備されました。
~1945年