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河川審議会について


流域における水循環はいかにあるべきか

中 間 報 告

平成10年7月

河川審議会 総合政策委員会
水 循 環 小 委 員 会




1.はじめに

 地球は、様々な物質循環の中で、生命を育んでいる。水に関してみると、地表、海面から蒸発した水蒸気が、雨となって、地表に降り、一部は地下水となり、一部は表流水となって、川を流れて海に至るという循環を繰り返している。また、水循環系は、様々な物質の移動経路としても重要な役割を果たしている。こうした原生の水循環系に人為を加えることによって、現代の文明が構築されてきた。

 我が国の土地利用の特徴の一つとして、大河川下流部の沖積平野を中心に人口が集中し、高密度な経済社会を構築していることがあげられる。こうした現代社会を構築するに当たっては、水循環の一現象である洪水等の脅威を押さえ込む方向で、基盤整備がなされてきた。堤防を整備し、河川空間の整備と周辺の市街地の整備を分け、それぞれ、諸制度に基づいた国土の開発や保全を行ってきた。これによって、人口増加に対応し、効率的に経済活動を活性化してきた。

 しかしながら、こうした水循環系にかかわる行政に関しては、一部の流域においては、総合治水対策等の横断的な取り組みがなされてきたものの、河川・湖沼、農業水路、下水道、上水道等の管理者間の連携が不十分であった結果、総合的かつ体系的な対策が講じられず、水循環系に様々な弊害が生じてきた。また、国土利用についても、都市、森林、農村における諸行政には水循環系の連続性に配慮した総合的な視点が希薄であった。住民や事業者においても、一面的な生活の快適性、利便性や経済性を追求し、水循環系の連続性に思いをいたすことはなかった。この結果、これまでの社会システムは、水循環系に過度な負担を強いており、都市の砂漠化や水環境問題等、新たな弊害が生じている。

 したがって今後は、水循環系の連続性をトータルにとらえた視点で国土の総合的な整備・保全・管理を指向する枠組みに変えなければならない。そこで、当河川審議会総合政策委員会水循環小委員会は、現代文明が意識せずに与えてきた水循環系への過度な負担に起因する弊害を克服するために、従来の水に関わる考え方を新たな方向へ導くための、必要な施策について幅広い議論をしてきたが、事態の緊急性に鑑み、当面実行すべき施策をとりまとめることとした。

 具体的には、国土マネージメントに水循環の視点を取り入れ、水循環を共有する圏域毎に関係者等からなる組織を設置し、そこで総合的な水循環マスタープランの策定等を行い、河川行政のみならず、社会全体で健全な水循環系の形成に取り組むべきであることを報告する。以下に述べる様々な施策は、多岐にわたる行政機関に関係するが、河川行政が率先して取り組むことにより先導的役割を担うべきである。

 また、水政策の一元化等の中長期的課題については、今後の積極的な取り組みを希望する。


2.水循環の変化とそれがもたらす影響

 我が国は、高度成長期を通して、都市への人口の集中と産業活動の集積、農業形態の近代化等が進み、国民の生活も高度化が進んできた。この過程で降雨の流出及び水利用の形態の変化、水質の悪化等、水循環に関する様々な看過できない弊害が露呈してきた。

 それに加え、近年の地球規模での気候変動により、わが国においても集中豪雨の多発化や少雨化の傾向がみられる。

 このような人為的な活動及び地球規模の気候変動による水循環の変化は、現代社会の持続可能な発展を根底から揺るがす恐れもあり、重大な認識をもって健全な水循環系の再生に取り組まなければならない。

 (1)流域における社会構造の変化

 我が国は、近年急速な経済成長を遂げ、市街地の急速な拡大により、流域によっては、森林、農地が減少するといった都市化社会が進んだ。また、都市化の進展や経済活動の効率化にあわせ、個々の施設の機能本位の整備が優先され、環境等の他の機能に与える影響について十分な注意が払われてこなかった。さらに、現在では、高密度な経済活動及び快適性や利便性を追求する生活様式を前提とした水・エネルギー多消費型の都会的社会となってきた。

 こうした状況の中、流域の急激かつ大規模な変化や水循環系へ過度な負担を強いている状況が生まれた。

 (2)水循環の変化とそれがもたらした影響と弊害

 流域の社会構造の急激かつ大規模な変化は、地域ごとに水循環系に様々な影響を与え、地域によっては看過できない以下のような新たな弊害を引き起こしてきた。

ア.
森林・農地の変化に伴う水循環の変化

 我が国においては、近代以降、荒地を開発し、都市的利用を拡大するとともに、森林や農業的利用に供してきた。

 森林面積については、近代に入ってから全体としては横這い傾向にあるが、本州では増加している。しかしながら、流域によっては、十分に管理されていない人工林の増加による土砂流出の問題や、樹木の成長に伴う蒸発散の活発化による低水の減少を引き起こしている。

 農業的利用面積については全体として微増傾向であるが、流域によっては、農地の基盤整備により従来の保水・遊水機能が低下している。また、農業用水の使用形態も変化し、水循環系に影響を与えている。

イ.
都市域の拡大に伴う洪水形態の変化と洪水被害ポテンシャルの増大

 都市域を抱える流域では、市街化の進展による不浸透域の拡大、保水・遊水機能の減少に伴い、降雨後短時間に洪水が発生し、そのピーク流量が増大するというように洪水の形態が変化してきた。これにより、河川への負担が増加し、治水計画の見直しが必要となったり、水防活動や洪水に対する警戒・避難体制の確保が困難になる等の問題が生じてきた。

 また、都市の氾濫域に人口・資産が集中し、加えて、様々な形で地下空間の利用が進むとともに、水に弱いハイテク機器が普及することによって、水害に対し脆弱な経済社会となり、洪水による被害ポテンシャルが激増している。

ウ.
渇水被害ポテンシャルの増大

 都市への人口の集中や経済活動の高度化に加え、水洗トイレ等水の多量使用を前提とした生活様式の普及、水冷式クーラーによる温度管理が不可欠なオフィスビルの増加等により、渇水による被害ポテンシャルが増大している。

 平成6年度においては、全国的に渇水被害が発生し、水疎開、水休み等の現象が生じたとともに、身障者等では自ら生活用水を確保できないといった渇水弱者問題が騒がれた。地域によっては、外国から水を緊急輸入する企業が出現した。

エ.
通常時の河川流量の減少

 都市化による不浸透域の拡大は、雨の地下への浸透を減少させた。

 また、下水道の整備により、それまでは、河川に流れ出ていた水が地下の管路を流れるようになった。

 農業用水の取水形態の合理化・集約化により、きめ細かく循環利用されてきた水の流れが変化した。水路式発電は、河川に流れる水量をバイパスすることとなった。

 これらにより、通常時の河川流量の減少を招くとともに、バイパスによる減水区間が生じ、川らしさの喪失や河川環境の悪化を招いている。

オ.
防災対策上の水の不足

 阪神・淡路大震災では、過密都市の新たな脆弱性を露呈した。具体的には、同時多発火災の発生と延焼拡大、インフラの破壊による復旧復興のむずかしさ等である。延焼拡大防止に関しては、現行の消防システムと耐火建築システムだけでは限界があることが明らかになった。600名以上が焼死したこと、莫大な財産が焼失したこと、水道の復旧に時間を要し、水洗トイレ、洗濯用水、風呂水の確保にも非常に苦労したことを忘れてはいけない。

 この教訓でもわかるように、過密都市において、身近にある河川、水路、池沼等に水が存在することが、初期消火、延焼拡大防止、生活用水等の確保にとって非常に重要な意味を持つ。

 しかしながら、過密都市では、河川・水路等は、水質の悪化や土地の有効利用の観点から埋め立てられたり暗渠化されるとともに、そこに流れている水量が貧弱であり、地震時等の危機管理上、危惧せざるを得ない状況にある。

カ.
水質の汚濁と新たな水質問題の発生

 流域からの排水の受け皿である河川や湖沼には、様々な汚濁物質が流入し、深刻な水質汚濁を引き起こしてきた。各種の水質保全対策により、一定の水質改善はなされてきたが、下水道未整備地域からの生活排水、小規模の未規制事業場からの排水、森林、農地、道路等からの面的汚濁負荷源等が残されており、都市内の河川や湖沼等の閉鎖性水域を中心に、水質改善が依然として進まない状況にある。

 また、発ガン性の指摘される有機塩素系化合物の問題、病原性大腸菌O-157、クリプトスポリジウム等の病原性微生物の問題、さらには、生物の生殖機能等への重大な影響が懸念される環境ホルモンの問題等、人の健康や生態系に対して、有害な影響が指摘される新たな水質問題が次々と顕在化しており、水道をはじめとする利水や河川環境への深刻な影響が懸念されている。

 一方、従来、水質が良好であると考えられてきた地下水についても、トリクロロエチレン等の化学物質による汚染が広範に確認されており、いったん汚染されると水質改善が困難であることから、現在も問題となっている地域が多く見られる。また、硝酸性窒素及び亜硝酸性窒素による地下水汚染も広く見られており、今後留意が必要である。

キ.
地下水位の低下と地盤沈下

 従来から地下水に頼って生活していた地域では、人口の集中にともない、大量の地下水汲み上げが行われ、地下水位の低下とそれにともなう地盤沈下が社会問題化してきた。特に深刻化してきた東京都等では地下水取水を規制し、表流水に転換する施策を進めたため、沈静化してきたが、規制地域外周部の栃木県、埼玉県等では、水資源開発施設の整備の遅れにより安定的に表流水取水ができず、渇水が発生するたびに過剰な地下水取水が行われ、地盤沈下が発生し、新たな社会問題となっている。

ク.
都市のヒートアイランド現象

 都市域において、埋立地の増加、下水道暗渠の整備等により水面が減少するとともに、通常時の河川流量が減少してきている。さらにエネルギー多消費型の都市活動が活発化すること等により、都市の気温が高くなるヒートアイランド現象が生じてきている。この現象は、夏期における冷房機器の使用等による電力需要を増加させ、二酸化炭素の排出増加にもつながっている。

ケ.
生態系の変化

 水辺・緑地空間の減少、河川の直線化や排水路化、ダム等の洪水調節による流量の平滑化、基底流量の減少、発電取水等による減水区間の発生等水循環系に係わる環境の変化により、生態系に変化が生じている。なお、最近河川事業においては、多自然型川づくり等、自然の多様性を保全する施工法が各地で採用されてきているところであるが、河川改修が実施される箇所だけに限られるという課題を抱えている。

 また、流域から河川を通じて運ばれてくる汚濁物質は、生物の生息・生育にとって重要な河口部から沿岸域の生態系に影響を与えており、水産資源等への影響も懸念されている。

 さらに、洪水氾濫の減少や土地利用の変化によって豊かな生態系を育んできた湿地等が減少してきた。

コ.
水文化の喪失

 古来、わが国は、山紫水明の国といわれ、水とは切っても切れない文化が形成されてきた。ところが、水循環系の変化によって、自然の水循環系を認知できない生活領域を拡大してきたことから水文化の伝承育成が危ぶまれ、ひいては、わが国のアイデンティティを喪失することも懸念されている。


3.健全な水循環系の構築にあたっての基本的考え方

 理想的な水循環系とは、水循環系を構成している全ての場における一連の水の流れにおいて、環境面やエネルギー面の負荷が総計として少なく、安全で快適な生活と持続可能な発展を実現する水循環のシステムといえよう。こうした考えに立って、今までの流域や社会構造の変化によって生じた弊害を克服し、水循環を健全化していかなければならない。このためには、以下に述べる三つの基本的考え方を徹底すべきと考える。

 なお、安全な生活という面では、地球規模での気候変動にともなう集中豪雨の多発化や小雨化の傾向も指摘されており、これらに対しても万全の対策をとる必要がある。

 (1)国土マネージメントに水循環の概念を取り入れることが重要

 健全な水循環系を実現していく上で重要な点は、国土マネージメントの視点に水循環の概念を取り入れることであり、具体的には、以下のような視座を持つことが重要である。

 ○
水循環の連続性を重視し、水循環系を基本とした圏域での取り組みが極めて重要である。個々の圏域においては、保全と利用のバランスを考慮して、水の有効利用や汚濁物質の排出削減等、水循環へ与える負荷が低い地域づくりと水循環系の再編を考えるべきである。

 ○
河川・水路等は、洪水処理や導水機能だけでなく、多面的な機能を有するものであり、それを活かす必要がある。特に過密都市では、従来は認識されていなかった危機管理の観点からの防災機能を積極的に取り入れていくべきである。

 ○
人と自然との関わりを取り戻すとともに、生物の持続的な生息・生育の場を確保するために、自然の多様性を備えた水と緑豊かな空間や動線を積極的に回復していくべきである。

 (2)河川・流域・社会が一体となって取り組むことが重要

 健全な水循環を実現していくためには、人々が水循環を大切にするという意識を持ち、社会全体として取り組んでいく必要がある。そのためには、関係者が一体となった組織を作り、河川で取り組むべき対策や流域全体で取り組むべき施策を総合化し、行政関係機関の連携・協調を強化することはもとより住民・事業者とのパートナーシップを大切にして社会全体で取り組んでいくという共同、協力の体制を整えていくことが必要不可欠である。このため、行政として必要な制度等を充実させるとともに、地域として協調して取り組んでいく施策等について責任分担を明確にして推進する必要がある。

 また、健全な水循環を形成するためには、次のようなキーワードを共有化し目指すべき方向性を明確化することも重要である。

 ○
洪水被害の軽減、普段の水量の確保、地盤沈下の防止のために、雨をしみこませる、ためる、ゆっくり流すようなまちづくりとする。

 ○
良好で安全な水質を確保するため、汚濁物質を減らす、化学物質を賢く使う、有害物質を流さない、取水の場所、排水の場所をもう一度見直す。

 ○
身近な水を確保し、災害に強いまちづくり、水辺・緑の確保による人間性回復の機会充実のため、水面、水路が見える、さわれる、活かせるようにする。

 ○
水の有効利用を進めるため、水使用の無駄をなくす、水をもう一度使う。

 ○
生物の持続的な生息・生育の場を保全するため、水辺、緑の連続性を確保する。川が本来持つ自然の変動や復元力を尊重する。

 (3)水循環を共有する圏域毎の課題を踏まえた取り組みが重要

 水循環系を健全化するために、沿岸域や水系単位の大流域を見据えた視点が大切であるが、洪水対策、水利用、環境、防災面等における問題が共通化している中小流域をベースに、水循環系を共有する圏域単位で積み重ねて改善していくことが効果的である。

 また、個々の圏域においては、総合的な検討により、関係者の行動計画を明らかにするとともに、課題の重要度をランク分けして、行動計画の中の施策のプライオリティを明確にすべきである。


4.健全な水循環系を構築するための施策の推進

 健全な水循環系を構築するため、前記の三つの基本的考え方に沿って、以下の施策を総合的に推進するべきである。こうした施策により、水と人との距離を縮め、21世紀にふさわしい日本の水文化を再生していくことが求められる。

 (1)水循環に関する組織の設置及び総合的な水循環マスタープランの策定

 水循環系に関わる計画としては、河川計画、都市計画、下水道計画、防災計画等個々の分野での計画があるが、水循環系の健全化を図る総合的な計画が策定されておらず、水量・水質の一体的な管理が行われているとは言い難い。

 従って、水循環系の変化で問題が顕在化している都市域を含む圏域では、関係自治体、各種水路管理者、河川管理者等の関係機関、学識経験者や水循環に関係するあるいは関心を持つ市民や事業者の代表から構成される組織(以下「水循環再生会議(仮称)」という)を設け、流域における地域固有の自然、歴史、生活文化、産業等の地域特性を踏まえ、水循環の健全化に関して総合的に検討すべきである。特に、過密都市を含む圏域では、阪神・淡路大震災の教訓を踏まえ、市街地の中に、身近な水面を回復するとともに、水と緑の自然軸を積極的に回復するための総合的な水循環マスタープランを緊急に策定すべきである。

 一方、農山村地域においても、問題が顕在化している地域においては、環境・防災面をより充実するために、同様に総合的に水循環の健全化を検討していくことが望まれる。

 そして、総合的な水循環健全化の検討や水循環マスタープランは、河川整備計画、都市計画における「整備、開発又は保全の方針」と「市町村マスタープラン」、緑の基本計画、下水道整備計画、防災業務計画、地域防災計画等それぞれの計画へ反映していくとともに、策定主体である関係行政機関が連携して、実現を図っていくべきと考える。

 総合的な水循環健全化の検討や水循環マスタープランにおける内容としては、以下のような点が考えられる。

 ○
水循環の現状と課題

 ○
計画の対象とする範囲

 ○
健全な水循環系構築のための基本方針

 ○
目標 ・防災目標

   ・河川・水路等に確保する水量・水質の目標

   ・流域における雨水の貯留・浸透機能、利用の目標

   ・地下水保全目標

   ・水と緑の軸整備目標(水辺面積・水辺への接近性等) 等

 ○
施策 ・水量・水質の確保方策

   ・水と緑のネットワークの整備方策

   ・雨水の貯留・浸透機能の保全・回復及び利用のための方策

   ・水の有効利用・循環利用方策 等

 なお、水循環再生会議は、水循環施策の実施状況についてフォローアップし積極的に情報公開を行い、施策の立案や実施状況について住民・事業者の理解を深め、それらの協力を求めていくことが必要である。さらに、流域における大規模な開発行為等については、水循環のメカニズムを踏まえた上で健全な水循環の保全の視点からチェック機能を果たすことが期待される。

 (2)具体的施策の実施

 健全な水循環系を構築するために、以下のような具体的施策を積極的に実施していくべきである。

ア.
「環境防災水路」の指定等による水路・水面の多機能化

 良好な緑に囲まれた河川、水路、池沼等は、豊かな生物の生息・生育環境として、また人々の憩いの場としても貴重な空間であり、また、特に密集市街地では火災時の延焼遮断帯や災害時の消火用水及び被災後の生活用水の供給源等として重要な機能を有している。

 このため、河川、水路、池沼等の既存の水面を環境防災水路として指定し、従来の単一機能に環境防災の多面的機能を付与するとともに、これらの連続性を確保するために必要な連携水路等を整備することが重要である。

 整備の手法としては、公的主体による整備が期待される他、住民・事業者が主体となった水面・水路の整備・管理が重要である。このためには、住民、事業者、行政がパートナーであるという認識のもと、ボランティア活動の支援等を講じていくことが必要である。

 また、環境面、防災面の機能をより効果的に発揮するよう、水辺へのアクセス性の改良、防災拠点の設置、水辺のネットワーク化等を強力に推進すべきである。

イ.
既存の水源、施設の有効利用等による河川、水路等の水量の回復・確保

 都市内の河川・水路等における環境防災用水が不足している場合には、下水処理水を含む既存の水源及び施設の有効利用、水利使用の弾力的運用等により、その水量を回復・確保することが必要である。また、既存の水資源開発施設の統合管理や弾力的管理により平常時の河川流量を増やすとともに、可能な範囲で生態系の保全の観点から川が本来有する変動性を保全していくことも必要である。

 特に、木造家屋が密集している過密都市において、環境防災用水が不足している場合には、公共性を考慮し環境防災用水の水源を確保することが強く望まれる。

 ちなみに、兵庫県では、復興計画において、環境防災機能を強化するために、水と緑を街づくりの軸とするとともに、その水源として阪神疏水構想の実現を提唱している。

ウ.
閉鎖性水域、都市内河川等汚濁の著しい公共用水域の水質改善

 都市内の河川、湖沼等の閉鎖性水域など、依然として水質汚濁の著しい公共用水域については、川の持つ自然の浄化機能を活かしつつ、総合的な対策を強化することにより、積極的に水質改善を図るべきである。

 水質改善対策としては、従来の各種水質改善方策を、引き続き推進するとともに、対策の遅れている未規制事業場や面源からの汚濁負荷の削減を強化する必要がある。このため、水質汚濁が問題となっている流域においては、住民、事業者、行政等の役割分担を明確にした上で、関係者が一体となって流域からの汚濁負荷削減に取り組む体制を整備し、総合的に取り組んでいく必要がある。

 また、その際には、自然を生かした河川の整備や、植生を利用した水質浄化施設の導入など、川が本来持つ自然の浄化機能を最大限に活かした対策を講じていくことも重要である。

エ.
取排水体系の適正化等による良好で安全な水質の確保

 利水目的に応じた良好で安全な水質を確保することが重要であり、特に水道原水の安全性を確保するために、上流のダム貯水池から下流の取水口地点までを視野に入れて緊急かつ総合的な取り組みを優先して行うべきである。このような観点から、従来の各種水質改善方策を高度化・総合化するとともに、取排水体系の見直し等を積極的に進めることが必要である。

 また、最近水質事故が頻発している現状に鑑み、その早期発見と迅速な対策実施が可能となるような監視・対応システムの整備が必要である。

 さらに、環境ホルモン等の人の健康や生態系に対して有害な影響が指摘されている新たな水質問題については、関係行政機関と連携を図り、河川、海域等における汚染状況や生態系への影響等の実態を把握するとともに、汚染原因や人の健康への影響程度を解明する必要がある。これらの検討結果に基づき、問題となるような物質を極力使わない、河川等に流さないといった取り組みを関係機関や住民等と連携して積極的に進める必要がある。また、水道原水の安全確保等の観点から、リスクを最小化するような取排水体系の適正化、より高度な浄化対策等の施策を上水道、下水道部局等と協調しつつ、強力に推進する必要がある。

オ.
流域における雨水の浸透・貯留機能の保全・回復及び利用の促進

 洪水流出量の軽減、平常時の河川流量確保、湧水の復活、地下水の涵養、水の有効利用のためには、流域における雨水の浸透、貯留、利用が重要であるが、現状では住民意識が希薄であり、インセンティブが不足していることもあり、十分な対応がなされていない。このため、融資制度や優遇税制を拡充したり、各住宅や建築物において雨水浸透・貯留・利用施設の設置を促進する方策を講じる必要があるとともに、雨水の浸透・貯留・利用の一層の推進のため、目標等を都市計画に位置づける等の必要な措置について関係機関との調整を進めることが必要である。

 また、農地は本来保水・浸透機能を有しているものであるが、その機能の劣化が河川にも悪影響を与えていると推定される流域においては水田や畑地の経営や基盤整備等に本来の機能を損なわない工夫が期待される。

カ.
生物の生息・生育環境の保全・回復

 生物の持続的な生息・生育の場を保全・回復していくためには、河川水路等の連続性を確保するとともに、自然の復元力や浄化機能等川が本来持つ様々な機能や、川本来の変動や復元力を活かしていくことが重要である。

 このため、河川等の整備にあたっては、河川の上下流の連続性のみならず、各種水路とのつながりなど流域内の水辺も含めた連続性の確保に努めるとともに、多自然型川づくりや、水辺に沿った河畔林、樹林帯等の適切な整備を行っていくことが重要である。

 また、川の持つ自然の変動や復元力を極力損なわない形で河川等の整備を進めるとともに、必要に応じて貯水池からの放流により人為的な中小洪水を発生させる等の運用を行う等により、自然の変動や復元力の積極的な回復を図ることも重要である。

 さらに、氾濫原や地下水の涵養域等多様な機能を有する流域の湿地等についても、極力保全していくとともに、積極的な復元を図っていく必要がある。

キ.
地下水の保全・回復のための施策

 地下水の水位、水量、水質の実態を把握するため、関係機関と連携を図り、体系的な地下水位・流動・水質の観測システムを構築する必要がある。

 また、地盤沈下のおそれのある地域では、河川水への転換を積極的に支援するとともに、渇水時に行われる過剰な地下水の汲み上げに対して、規制策を講じるべきである。

 さらに、トリクロロエチレン等で汚染されている地下水質の改善のために、有害物質の除去技術等の開発を図る必要がある。

ク.
水循環型社会への転換を促す施策の推進

 水多消費型社会を水循環型社会へ転換するためには、水循環系が公共財産であるという認識のもと、従来の地域づくり、住まい方やライフスタイルに水の再利用、節水、循環利用等を促すシステムを取り入れるとともに、雨水、下水等についても条件が整えば水資源として有効に活用することも必要である。

 まず、河川・水路等の適正な管理にあたっては、コミュニティレベルの自主的なまちづくり活動が重要であり、財政的支援を含め、専門家を派遣したり、ボランティア活動を育成することが必要である。

 次に、環境・防災面の教育や啓発活動に加え、水循環の健全化に寄与する商品にエコラベルを付す等の運動を促進したり、土地や建物に過去の浸水実績といった治水上の安全度等の表示を行う等の取り組みを行い一般の経済活動を通して、水循環を健全化する方向へ誘導していく必要がある。

 また、水の再利用、節水、循環利用等についても、公的主体が実施する事業を拡充するだけでなく、一般の経済活動を通じて促進することが重要であり、事業者や住民等に対して、助成措置や融資制度を拡充する等のインセンティブ施策を講じる必要がある。

 さらに、水需要の抑制や水の高度処理等に関する技術開発を促進するため、公的研究機関においてこの分野の研究に重点的に取り組むとともに、民間の技術開発が促進されるよう、税制面等における誘導策が必要である。

ケ.
水センサスの実施

 水量、水質等の情報については、現在のところ、個々の施設の管理者が別々に取得・保有しているが、水循環系を構成する河川、水路、用排水システム等を通した流域全体において、互いの役割分担のもとの水量、水質等の基礎データを調査・整理し(水センサス)、共通のデータベースとして構築する必要がある。特に水循環の全体像を明らかにする上で、水利使用実態、地下水等の不足している情報については、計画的な実態調査を行い、早期のデータ整備に努める必要がある。

 これらのデータを活用して、水循環をより効果的に改善できるよう水循環のメカニズムを定量的に明らかにしていく必要がある。

 また、これらのデータベースについては、共通の情報基盤を有し、関係者が容易に活用できるように整備するとともに、インターネット等を通じて、広く一般に対して情報を公開すべきである。

コ.
水循環システムの経済的な評価

 水循環の健全化に向けて、住民・事業者等の積極的な協力を誘発するためには、河川、水路等の持つ多面的な価値を経済的に評価し、その情報を積極的に公開していくことが重要である。例えば、水循環の健全化がもたらす水質、生態、環境等への効果を経済的な手法を用いて、定量評価する技術の開発を進め、信頼性の向上を図る必要がある。

 加えて、住民、事業者等の協力を得るために水循環の現状や各種施策の実施状況と効果について、一般の人々が容易に把握できるよう、わかりやすい指標を用いて説明していくことも必要である。


5.健全な水循環系の構築に向けての課題

 水循環の健全化をさらに進めるにあたって、水に関する政策の一元化や住民、事業者を含めた社会全体の取り組みが重要であり、以下のような中長期的課題について検討を進めていく必要がある。

 (1)国土の利用・整備に関する制度の充実

 水多消費型社会を前提とした右肩上がりの経済成長を支える国土づくりから、水循環系の限界性を念頭においた土地や水の利用、ひいては、国土の再構築が求められる時代となっているため、健全な水循環系の再生といった観点から、国土の利用・整備の基本となる法制度も含めて抜本的な対応方策を検討していかなければならない。

 また、水循環再生会議の機能や水循環マスタープランの実効性を高めるため、規制・誘導策といった制度の検討を行っていく必要がある。

 (2)水政策調整機能の強化と地下水の公共性の確保

 水循環の健全化を図るためには、河川、下水道、上水、工水、農水等の水に関係する行政機関が一体となって、統合的なビジョンの下に各種の施策を実施していくことが不可欠である。

 このため、政策調整機能を強化し、水に関する政策の一元化を行うシステムを構築する必要がある。

 一方、現在のところ地下水を管理する法律は存在していないが、水循環の健全化を図るためには、地表水と地下水との一体的な管理が必要であり、地下水の公共性を確保する法制度についても検討していく必要がある。

 (3)経済原理を取り入れた誘導策

 健全な水循環を構築していくためには、行政と国民がそれぞれ応分の責任を負うという認識のもとに、住民や事業者の主体的な取り組みを促進することが不可欠となる。

 しかしながら、これまでの住民や事業者に対する誘導策や行為規制には限界があり、河川、地下水等の水資源を適正に利用したり、排水の水質改善を誘導する方策、例えば、渇水時に遊休水利権等を買い取り、危機的水不足が発生している利水者に売る米国カリフォルニア州の水銀行制度、環境水域に直接排水する者から汚染単位に対して課徴金を徴収するドイツの排水課徴金制度等の経済原理を取り入れた誘導策等の導入について、わが国の水事情を踏まえ検討する必要がある。





河川審議会 総合政策委員会

水 循 環 小 委 員 会

委 員 名 簿


委員長 

高橋  裕

東京大学名誉教授

委 員 

北野  大 

小早川光郎 

小林 重敬 

鈴木 洋子 

原   剛 

松井 三郎 

松尾 友矩 

三野  徹 

矢田 俊文 

山口 光恒 

淑徳大学国際コミュニケーション学部教授

東京大学法学部教授

横浜国立大学工学部教授

生活協同組合コープこうべ建設部

毎日新聞東京本社編集委員兼論説委員

京都大学工学部環境質研究制御センター教授

東京大学大学院工学系都市工学専攻教授

京都大学大学院農学研究科地域環境科学専攻教授

九州大学経済学部経済工学科教授

慶応大学経済学部教授

(五十音順、敬称略)





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